70 / 75
14-3.
しおりを挟むマリアナが診察室からいなくなると、アルベルトは衝立の向こうから椅子を持って遙香のそばに移動した。そして、セドリックに向かって言う。
「この前の診察のときに、聞かれたことの答えの続きだ。セドリックは、誰のためにハルカの診察をしている?」
初めての診察のときに、セドリックはアルベルトに「聖女の母だけを護るのか、遙香を護るのか」と問うた。アルベルトに、遙香を取り巻く環境を気付かせたのもセドリックだった。
今日は反対に、アルベルトからセドリックの立場を確認するために質問する形となった。
セドリックは、手招きしてアルベルトを机の方まで越させると、手元の紙に何かを書き、それを見せながら答えた。
「儂は医局長じゃからな。もちろん聖女の母が聖女を健やかに生み育てられるように診察しておる。」
セドリックの手元の紙を見たアルベルトは、一瞬、眉根を寄せ、苦々しい表情を浮かべた。
「・・・なら、いい。」
「この国において、聖女の浄化の力はなくてはならないものじゃ。魔の森が蔓延れば、たちまちに人々の生活は失われる。聖女の母は、国の希望じゃ。」
再び、紙に向かいペンを走らせながらセドリックは続けた。セドリックの筆記を目で追いかけながら、アルベルトは言った。
「国の希望と言うなら、若くて将来性のある者と、ハルカの担当を代わったらどうだ?セドリックはもう年だろう。引退を考えてはいないのか?」
セドリックは、言葉の真意を探るように、アルベルトの顔をじっと見る。暫くしてから、戯けたような口調で答えた。
「医局の全部を預かるのは、そろそろしんどくなっておるから、医局長は交代してもいい頃かもしれんの。じゃが、儂から麗しのハルカ様にお会いする機会を奪うことは、誰にもさせん。ハルカ様の担当は、儂じゃ。」
「変なことを言うな。」
「変とは何じゃ。お前さんこそ、さっきの診察の間、悶々した気持ちでおったくせに。」
「・・・そんなことはない。」
「間があったな。ハルカ様、こやつはむっつり君じゃから気をつけたほうがよいぞー。」
軽口の合間に、アルベルトが遙香に一言紙に書いて見せていた。
“へや ぜんぶ きかれている”
「セド爺、アルベルトをからかっちゃだめだって。」
遙香は、いつもと同じような声色となるように意識した。セドリックの書いた物は、遙香には読むことができなかった。状況が深く分からない遙香は、ただ緊張と不安から、自分の手を握りしめるしかなかった。
「いやいや、ハルカ様は男どもの気持ちをわかっておらんな。こんなに素敵な女性を、それもつきっきりで護衛出来るんだから、内心ウハウハに決まっておる。」
「今後の護衛に支障となるような発言はするな。俺は、聖女の母の護衛を命じられて、それを遂行するだけだ。」
アルベルトの口から、「聖女の母」と言われ、遙香は身体を固くする。それに気づいたアルベルトは、遙香の前にかがんで、顔を覗き込んだ。
アルベルトの琥珀色の瞳は、優しく遙香を映していた。そして、遙香の握りしめた手にそっと触れる。
「頭の固いやつじゃのう。」
セドリックも、遙香を安心させるように優しく見つめていた。
「セドリック、本題だ。貴族院の会議で、新たに聖女に関する浄化院を設置する事が決定したと聞いた。」
「儂にも連絡が来たわい。」
「詳細が知りたい。」
「詳細も何も、まだ、なぁんにも決まってないんじゃよ。」
セドリックは、肩をすくめて言った。
「メンバーどころか、何を目的にするのかすら決まっとらん。期間も権限も真っ白じゃ。貴族院の面々は、少しでも旨味が欲しくて牽制しあっておる。御子が生まれるのが早いかもじゃな。」
「それは困ったな。浄化院が機能するまで、ハルカの教育の予定が確定しない。時間があるようなら、国内を見せて回りたいと思っているんだが。
聖女の母の召喚を公表する前なら、ハルカが街に出ても目立たないだろう。この国に馴染ませるのに、一度も街におりたことがないなんて話にならない。まあ、いつ何処に行くのかは、まだ決まっていないが。
そんな訳で、次回の検診の予約が出来ない。むしろ、セドリックも旅行に付いてくるか?」
アルベルトが、すらすらと嘘を吐く。普段、端的にしか言葉を発さないアルベルトが雄弁に語りだしたため、遙香には逆に嘘くさく見えた。
セドリックにも、そう感じられたのだろう。声に出さずに笑いをこらえている。
「いいのぅ。医局長を降りて、診察がてらハルカ様とゆったり国内観光でもしようかの。」
「セドリックが付いてきてくれるなら心強い。計画も立てやすくなる。行き先を考えたら連絡する。」
アルベルトは、セドリックが書き付けた紙を折りたたみ胸元のポケットにしまった。遙香はそれを見て、アルベルトとセドリックの間の話は終わったのだろう、と思った。
「ハルカ様、マリアナを呼んでお茶にでもしますかな。診察室では味気ないので、外でお日様に当たりながらなんていかがじゃな?」
そう言って、セドリックはハルカを診察室の外へ連れ出した。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
契約破棄された聖女は帰りますけど
基本二度寝
恋愛
「聖女エルディーナ!あなたとの婚約を破棄する」
「…かしこまりました」
王太子から婚約破棄を宣言され、聖女は自身の従者と目を合わせ、頷く。
では、と身を翻す聖女を訝しげに王太子は見つめた。
「…何故理由を聞かない」
※短編(勢い)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる