聖女の母と呼ばないで

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マリアナが診察室からいなくなると、アルベルトは衝立の向こうから椅子を持って遙香のそばに移動した。そして、セドリックに向かって言う。

「この前の診察のときに、聞かれたことの答えの続きだ。セドリックは、誰のためにハルカの診察をしている?」

初めての診察のときに、セドリックはアルベルトに「聖女の母だけを護るのか、遙香を護るのか」と問うた。アルベルトに、遙香を取り巻く環境を気付かせたのもセドリックだった。

今日は反対に、アルベルトからセドリックの立場を確認するために質問する形となった。

セドリックは、手招きしてアルベルトを机の方まで越させると、手元の紙に何かを書き、それを見せながら答えた。

「儂は医局長じゃからな。もちろん聖女の母が聖女を健やかに生み育てられるように診察しておる。」

セドリックの手元の紙を見たアルベルトは、一瞬、眉根を寄せ、苦々しい表情を浮かべた。

「・・・なら、いい。」

「この国において、聖女の浄化の力はなくてはならないものじゃ。魔の森が蔓延れば、たちまちに人々の生活は失われる。聖女の母は、国の希望じゃ。」

再び、紙に向かいペンを走らせながらセドリックは続けた。セドリックの筆記を目で追いかけながら、アルベルトは言った。

「国の希望と言うなら、若くて将来性のある者と、ハルカの担当を代わったらどうだ?セドリックはもう年だろう。引退を考えてはいないのか?」

セドリックは、言葉の真意を探るように、アルベルトの顔をじっと見る。暫くしてから、戯けたような口調で答えた。

「医局の全部を預かるのは、そろそろしんどくなっておるから、医局長は交代してもいい頃かもしれんの。じゃが、儂から麗しのハルカ様にお会いする機会を奪うことは、誰にもさせん。ハルカ様の担当は、儂じゃ。」

「変なことを言うな。」

「変とは何じゃ。お前さんこそ、さっきの診察の間、悶々した気持ちでおったくせに。」

「・・・そんなことはない。」

「間があったな。ハルカ様、こやつはむっつり君じゃから気をつけたほうがよいぞー。」

軽口の合間に、アルベルトが遙香に一言紙に書いて見せていた。

“へや ぜんぶ きかれている”

「セド爺、アルベルトをからかっちゃだめだって。」

遙香は、いつもと同じような声色となるように意識した。セドリックの書いた物は、遙香には読むことができなかった。状況が深く分からない遙香は、ただ緊張と不安から、自分の手を握りしめるしかなかった。

「いやいや、ハルカ様は男どもの気持ちをわかっておらんな。こんなに素敵な女性を、それもつきっきりで護衛出来るんだから、内心ウハウハに決まっておる。」

「今後の護衛に支障となるような発言はするな。俺は、聖女の母の護衛を命じられて、それを遂行するだけだ。」

アルベルトの口から、「聖女の母」と言われ、遙香は身体を固くする。それに気づいたアルベルトは、遙香の前にかがんで、顔を覗き込んだ。

アルベルトの琥珀色の瞳は、優しく遙香を映していた。そして、遙香の握りしめた手にそっと触れる。

「頭の固いやつじゃのう。」

セドリックも、遙香を安心させるように優しく見つめていた。

「セドリック、本題だ。貴族院の会議で、新たに聖女に関する浄化院を設置する事が決定したと聞いた。」

「儂にも連絡が来たわい。」

「詳細が知りたい。」

「詳細も何も、まだ、なぁんにも決まってないんじゃよ。」

セドリックは、肩をすくめて言った。

「メンバーどころか、何を目的にするのかすら決まっとらん。期間も権限も真っ白じゃ。貴族院の面々は、少しでも旨味が欲しくて牽制しあっておる。御子が生まれるのが早いかもじゃな。」

「それは困ったな。浄化院が機能するまで、ハルカの教育の予定が確定しない。時間があるようなら、国内を見せて回りたいと思っているんだが。
聖女の母の召喚を公表する前なら、ハルカが街に出ても目立たないだろう。この国に馴染ませるのに、一度も街におりたことがないなんて話にならない。まあ、いつ何処に行くのかは、まだ決まっていないが。
そんな訳で、次回の検診の予約が出来ない。むしろ、セドリックも旅行に付いてくるか?」

アルベルトが、すらすらと嘘を吐く。普段、端的にしか言葉を発さないアルベルトが雄弁に語りだしたため、遙香には逆に嘘くさく見えた。

セドリックにも、そう感じられたのだろう。声に出さずに笑いをこらえている。

「いいのぅ。医局長を降りて、診察がてらハルカ様とゆったり国内観光でもしようかの。」

「セドリックが付いてきてくれるなら心強い。計画も立てやすくなる。行き先を考えたら連絡する。」

アルベルトは、セドリックが書き付けた紙を折りたたみ胸元のポケットにしまった。遙香はそれを見て、アルベルトとセドリックの間の話は終わったのだろう、と思った。

「ハルカ様、マリアナを呼んでお茶にでもしますかな。診察室では味気ないので、外でお日様に当たりながらなんていかがじゃな?」

そう言って、セドリックはハルカを診察室の外へ連れ出した。













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