聖女の母と呼ばないで

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遙香とアルベルトは、マリアナに出迎えられ、直ぐにセドリックの診察室に通された。

「1週間、体調はどうでしたかな。」

「何も変わりありません。ご飯も食べられています。まだつわりもないです。」

「体調が良いのはなによりじゃ。今日は検査はせんのでな。胎児の成長を確認しましょう。」

「はい。」

「ほれ、お前さん、やっぱり気が利かんなぁ。」

セドリックは、笑いながらアルベルトを部屋の外へと促す。アルベルトが扉に向かおうとするのを、遙香が止めた。

「あの、私なら大丈夫です。むしろ、アルベルトには一緒に状態を聞いておいてほしいのですが。」

遙香は、ちらりとセドリックを見た。

「ふむ。本人が良ければ、儂からは特に追い出す理由はないがな。」

「お待ちください。それならば、せめて衝立を。」

マリアナが、診察室を出てどこかへ走っていく。遙香は、アルベルトに確認していない事に気づいて聞いた。


「ごめん、アルベルトが嫌じゃなかったらだけど。」

「・・・別に、平気だ。2回説明される手間も省ける。」

アルベルトは、少しの逡巡のあと、そう答えた。

マリアナが、かご編みされた衝立を持って戻ってきた。遙香の後ろにそれを置き、アルベルトに言う。

「シェリスフォード様、こちらの椅子に後ろを向いてお座り下さい。」

マリアナのアルベルトに対する口調が、少しだけきつく感じられた。まるで、アルベルトが覗きの犯人のようだ。

「お腹ぐらい、別にいいのに。」

「いやいや、いかんぞ。妙齢の美女の素肌なんぞ見た日にゃ、あやつは悶々して眠れんわい。」

「なっ!?」

「セド爺、アルベルトは真面目なんだからからかっちゃだめ。それに、私は妙齢でも、美女でもないです。」

「いやぁ、ハルカ様は黒目黒髪の美人さんじゃぞ?」

「じゃあ、セド爺は悶々しちゃうの?」

「儂のストライクゾーンは、色気に溢れた熟女じゃからの。」

「マリアナみたいな?」

「あらあら、それは困りましたねぇ。」

「はっはっは、これは一本取られたわい。」

「・・・」

「茶番はこのくらいにして、検診を始めましょうか。ハルカ様、ブラウスを失礼します。」

マリアナは、遙香を診察室のベッドに横にならせ、お腹を捲った。セドリックが遙香の臍の下辺りに手をかざし、魔力で何かを確認している。かざされた部分は、じわっと暖かかった。

「順調ですな。特に問題はなさそうじゃ。」

セドリックは、遙香の上から手を離して言った。遙香は、ブラウスを直しながら起き上がる。

「胎児はちゃんと成長しとりますな。母体側の栄養状態も、良い。貧血もなし。便通はありますかな?」

「そういえば、出てないですね。」

「妊娠初期には、便秘になりやすいんじゃ。苦しかったりはしますかな?」

「まだ、全然。」

「暫く様子見じゃな。胸が張るような感じは?」

「それは、時々あります。」

「胸が張るのも自然な身体の変化じゃ。つわりも、匂いに敏感になったり、食べられなかったり、食べ過ぎたりするが、胎児と自分の身体がバランスを取ろうとしている証拠じゃ。変化を受け入れながら、身体が言うとおりに楽に過ごすんじゃぞ。」

「わかりました。」

「じゃが、程度がひどく、辛くなるようなら、我慢せずに医局に来なさい。」

「はい。」

「通常なら、検診の間隔は3,4週開けて見るんじゃが、次回はどうしますかな?」

セドリックが、遙香に聞いた。

「・・・次回の検診の日を決める前に、ちょっと聞いておきたいことがあるんです。」

遙香が言った。

「今、馬車で来ているんですが、時間短縮で馬で来たり、逆にお散歩で来たりしても大丈夫ですか?」

「ふむ。ハルカ様の体調次第じゃな。目眩があるのに無理して歩いたりするのはご法度じゃが、ちゃんと水分補給をして散歩する分には問題ないじゃろう。馬も、闊歩なら問題なかろう。じゃが、早駆けの場合は、問題ないとは言い切れんぞ。腹部の圧迫、急激な振動で、大丈夫な場合もあるが、そうじゃない場合もある。お勧めは出来んな。」

「遠くへの旅行は、行っても大丈夫ですか?」

「それも同じじゃよ。体調が悪いのに無理するようなことは許可できん。食事が取れて、水分補給もきちんとできる状態なら、問題ないじゃろう。」

遙香は、セドリックの答えを聞いて、アルベルトに声をかけた。

「アルベルトから、他に質問はある?」

衝立の向こうで、アルベルトの動く音がする。

「検診を受けない場合のリスクを聞きたい。」

「ふむ。」

セドリックは、前回遙香に渡した冊子と同じものを持ってきた。

「これはもう見られましたかな?」

「はい。」

「この冊子は、順調に胎児が育ったときの事が書かれておる。もちろん、注意事項もあるが、ここには書ききれていない胎児側の異常、母体側の病気などもある。検診を受けていれば、そういったことの兆候が分かるから早期対処が可能じゃ。まあ、問題が起こらなければ、検診は必要ないと思うかもしれんが、検診で「何も問題がない」事を確認するのも安心になろうて。」

遙香は頷いた。

「もし、長期間王都を離れるんであれば、医局から医者を派遣しますぞ。まあ、ハルカ様の専属は儂じゃから、儂が行くがの。」

はっはっは、と笑いながら、セドリックが言った。

「・・・ちょっと個別に話したいことがある。国の機密に関わるから、マリアナは外してくれないか?」

セドリックの明るい笑い声とは対象的に、アルベルトは低く抑えた声で言った。

「わかりました。ハルカ様、お菓子を用意しているので、後ほど一緒に食べましょうね。」

マリアナは、そう言って診察室を出ていった。









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