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14-2.
しおりを挟む遙香とアルベルトは、マリアナに出迎えられ、直ぐにセドリックの診察室に通された。
「1週間、体調はどうでしたかな。」
「何も変わりありません。ご飯も食べられています。まだつわりもないです。」
「体調が良いのはなによりじゃ。今日は検査はせんのでな。胎児の成長を確認しましょう。」
「はい。」
「ほれ、お前さん、やっぱり気が利かんなぁ。」
セドリックは、笑いながらアルベルトを部屋の外へと促す。アルベルトが扉に向かおうとするのを、遙香が止めた。
「あの、私なら大丈夫です。むしろ、アルベルトには一緒に状態を聞いておいてほしいのですが。」
遙香は、ちらりとセドリックを見た。
「ふむ。本人が良ければ、儂からは特に追い出す理由はないがな。」
「お待ちください。それならば、せめて衝立を。」
マリアナが、診察室を出てどこかへ走っていく。遙香は、アルベルトに確認していない事に気づいて聞いた。
「ごめん、アルベルトが嫌じゃなかったらだけど。」
「・・・別に、平気だ。2回説明される手間も省ける。」
アルベルトは、少しの逡巡のあと、そう答えた。
マリアナが、かご編みされた衝立を持って戻ってきた。遙香の後ろにそれを置き、アルベルトに言う。
「シェリスフォード様、こちらの椅子に後ろを向いてお座り下さい。」
マリアナのアルベルトに対する口調が、少しだけきつく感じられた。まるで、アルベルトが覗きの犯人のようだ。
「お腹ぐらい、別にいいのに。」
「いやいや、いかんぞ。妙齢の美女の素肌なんぞ見た日にゃ、あやつは悶々して眠れんわい。」
「なっ!?」
「セド爺、アルベルトは真面目なんだからからかっちゃだめ。それに、私は妙齢でも、美女でもないです。」
「いやぁ、ハルカ様は黒目黒髪の美人さんじゃぞ?」
「じゃあ、セド爺は悶々しちゃうの?」
「儂のストライクゾーンは、色気に溢れた熟女じゃからの。」
「マリアナみたいな?」
「あらあら、それは困りましたねぇ。」
「はっはっは、これは一本取られたわい。」
「・・・」
「茶番はこのくらいにして、検診を始めましょうか。ハルカ様、ブラウスを失礼します。」
マリアナは、遙香を診察室のベッドに横にならせ、お腹を捲った。セドリックが遙香の臍の下辺りに手をかざし、魔力で何かを確認している。かざされた部分は、じわっと暖かかった。
「順調ですな。特に問題はなさそうじゃ。」
セドリックは、遙香の上から手を離して言った。遙香は、ブラウスを直しながら起き上がる。
「胎児はちゃんと成長しとりますな。母体側の栄養状態も、良い。貧血もなし。便通はありますかな?」
「そういえば、出てないですね。」
「妊娠初期には、便秘になりやすいんじゃ。苦しかったりはしますかな?」
「まだ、全然。」
「暫く様子見じゃな。胸が張るような感じは?」
「それは、時々あります。」
「胸が張るのも自然な身体の変化じゃ。つわりも、匂いに敏感になったり、食べられなかったり、食べ過ぎたりするが、胎児と自分の身体がバランスを取ろうとしている証拠じゃ。変化を受け入れながら、身体が言うとおりに楽に過ごすんじゃぞ。」
「わかりました。」
「じゃが、程度がひどく、辛くなるようなら、我慢せずに医局に来なさい。」
「はい。」
「通常なら、検診の間隔は3,4週開けて見るんじゃが、次回はどうしますかな?」
セドリックが、遙香に聞いた。
「・・・次回の検診の日を決める前に、ちょっと聞いておきたいことがあるんです。」
遙香が言った。
「今、馬車で来ているんですが、時間短縮で馬で来たり、逆にお散歩で来たりしても大丈夫ですか?」
「ふむ。ハルカ様の体調次第じゃな。目眩があるのに無理して歩いたりするのはご法度じゃが、ちゃんと水分補給をして散歩する分には問題ないじゃろう。馬も、闊歩なら問題なかろう。じゃが、早駆けの場合は、問題ないとは言い切れんぞ。腹部の圧迫、急激な振動で、大丈夫な場合もあるが、そうじゃない場合もある。お勧めは出来んな。」
「遠くへの旅行は、行っても大丈夫ですか?」
「それも同じじゃよ。体調が悪いのに無理するようなことは許可できん。食事が取れて、水分補給もきちんとできる状態なら、問題ないじゃろう。」
遙香は、セドリックの答えを聞いて、アルベルトに声をかけた。
「アルベルトから、他に質問はある?」
衝立の向こうで、アルベルトの動く音がする。
「検診を受けない場合のリスクを聞きたい。」
「ふむ。」
セドリックは、前回遙香に渡した冊子と同じものを持ってきた。
「これはもう見られましたかな?」
「はい。」
「この冊子は、順調に胎児が育ったときの事が書かれておる。もちろん、注意事項もあるが、ここには書ききれていない胎児側の異常、母体側の病気などもある。検診を受けていれば、そういったことの兆候が分かるから早期対処が可能じゃ。まあ、問題が起こらなければ、検診は必要ないと思うかもしれんが、検診で「何も問題がない」事を確認するのも安心になろうて。」
遙香は頷いた。
「もし、長期間王都を離れるんであれば、医局から医者を派遣しますぞ。まあ、ハルカ様の専属は儂じゃから、儂が行くがの。」
はっはっは、と笑いながら、セドリックが言った。
「・・・ちょっと個別に話したいことがある。国の機密に関わるから、マリアナは外してくれないか?」
セドリックの明るい笑い声とは対象的に、アルベルトは低く抑えた声で言った。
「わかりました。ハルカ様、お菓子を用意しているので、後ほど一緒に食べましょうね。」
マリアナは、そう言って診察室を出ていった。
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