聖女の母と呼ばないで

文字の大きさ
上 下
68 / 75

14-1.

しおりを挟む

【第11週第2日 (4月上旬)】


「おはようございます。ハルカ様。」

リンジーの声で遙香は目覚めた。

「昨日は、随分とゆっくりされましたね。体調はいかがですか?」

寝室のカーテンを開けながら、リンジーが言う。

「・・・おはよう。」

遙香は、瞼を擦りながら返事をした。

「私、寝坊した?」

「いえ。ですが、今日は検診とお茶会がありますので、そろそろ起きてください。」

リンジーは、遙香の着替えを準備しながら答える。遙香はもぞもぞとベッドから降りた。


リンジーのコーディネートは、白のブラウスに紫紺のロングスカート。その上に薄紫のショールを羽織り、黒曜石のブローチでとめた。

髪は、緩くハーフアップにしてもらった。

「今日も素敵です。」

リンジーの言葉を受けて、寝室を出た。


「おはようございます。」

ダイニングテーブルのそばで、イザベルが遙香に挨拶した。

「おはよう。」

イザベルは、テーブルのセットを行いながら遙香に言う。

「朝食の準備が整っています。」

いつもと変わらない朝だった。






遙香が食事を始めると、イザベルが今日の予定を伝えた。

「先程、ヴァッハヴェル様に代わり担当になったという魔術師の方が来られました。こちらの紙を渡され、挨拶は夕方に来ると言付けして直ぐに帰られました。」

「何ていう人?」

「それが、名乗られなかったので。。。私はお顔を存じ上げない方でした。」

「アルベルトは見た?」

「見たが、俺も分からない。王城であった記憶もないな。」

「私、わかりますよ。魔術師団の雑用係のジルって呼ばれている人です。」

リンジーが、遙香のお茶を継ぎ足しながら言った。

「よく知ってるのね。」

「働き者の独身男性はチェック済みです。商会のお婿さんになってくれるかもしれませんからね。」

「そう。」

思いがけず、リンジーの花婿探しが役に立った。

「それで、紙には何て書いてあるの?」

「午前: 検診、午後: ヴァッハヴェル家本邸お茶会、とだけ書かれています。」

イザベルは、テーブルに紙を広げ遙香とアルベルトに見せた。

「今日の予定は、その2つだけ?」

「今のところは。」

「じゃあ、さくっと医局に行ってこようかな。アルベルトは馬車に乗るの?」

「同行者がいないときは、俺が同乗する。」

「じゃあ、行こう。リンジー、鞄の用意をお願い。」

遙香は食事を終え、医局へ行くための準備を始めた。







**************************************

「検診のときに、乗り物のことを聞いておいてくれ。」

アルベルトは、遙香と乗り込んだ馬車の中で遙香に言った。

「馬と馬車以外に何があるの?」

「海を回るなら船がある。あとは、転移陣と浮遊魔法か。」

「浮遊魔法!」

「転移陣と違って、常にコントロールがいるから長くは持たない。あとは、徒歩だな。」

「どこに行くのかで変わるのね。分かった。それぞれ、負担にならないかどうか聞いてみる。」

「あとは、物の調達だが、リンジーの商会を使おうと考えている。」

「・・・リンジーまで巻き込むの?」

「商会だけだ。あそこは貴族じゃないが、貴族以上に金と影響力がある。国外への渡航の伝手もあるかもしれない。」

「・・・お金のことも含めて、私には代わりの案が出せない。だから、反対も出来ないけど、なるべく他の人が危険にならない方法を考えよう。」

遙香は、アルベルトにそう言うに留めた。国外脱出には、物を買うにも宿泊するにもお金が必要だ。まだ、アルベルトと話をしていないが、少なくとも今の遙香にお金を得る手段はない。どうしたって、アルベルトに負担を強いることになる。

遙香は、今は全てを自分の中に飲み込むことを決めた。自由を得られたら、全てを返していこうと、心に刻む。

「本音を言うと、セドリックも連れていきたいんだがな。」

そんな遙香の考えをよそに、アルベルトが思いがけない発言をする。

「セド爺は、医局長だよ!?」

「もう歳なんだ。引退しても問題ないだろう。」

しれっとそんなことを言う。

「そんなことをしてたら、こっそり出国なんて出来ないと思うんだけど。」

「単身出ていく方が後々大変だ。身軽な者を味方につけて、旅団になった方がある意味楽だぞ。」

「ただの旅ならね。」

遙香は、そう言って馬車から窓の外を見た。景色はすでに城下町へと変わっていた。この景色の中に流れる日常が、自分がいなくなることでこれからどう変わってしまうのか。遙香は、考えないようにするためにそっと目線を馬車の中に戻した。

「みんなの生活を背負うなんて、私には出来ない。行き先も規模も、後で話し合おう。」

遙香は、王城の門で止まった馬車の中で、アルベルトにそう言った。










しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【1/23取り下げ予定】愛されない妃ですので。

ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。 国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。 「僕はきみを愛していない」 はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。 『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。 (ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?) そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。 しかも、別の人間になっている? なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。 *年齢制限を18→15に変更しました。

絶対に間違えないから

mahiro
恋愛
あれは事故だった。 けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。 だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。 何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。 どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。 私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!

暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい! 政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

処理中です...