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しおりを挟む【第11週第2日 (4月上旬)】
「おはようございます。ハルカ様。」
リンジーの声で遙香は目覚めた。
「昨日は、随分とゆっくりされましたね。体調はいかがですか?」
寝室のカーテンを開けながら、リンジーが言う。
「・・・おはよう。」
遙香は、瞼を擦りながら返事をした。
「私、寝坊した?」
「いえ。ですが、今日は検診とお茶会がありますので、そろそろ起きてください。」
リンジーは、遙香の着替えを準備しながら答える。遙香はもぞもぞとベッドから降りた。
リンジーのコーディネートは、白のブラウスに紫紺のロングスカート。その上に薄紫のショールを羽織り、黒曜石のブローチでとめた。
髪は、緩くハーフアップにしてもらった。
「今日も素敵です。」
リンジーの言葉を受けて、寝室を出た。
「おはようございます。」
ダイニングテーブルのそばで、イザベルが遙香に挨拶した。
「おはよう。」
イザベルは、テーブルのセットを行いながら遙香に言う。
「朝食の準備が整っています。」
いつもと変わらない朝だった。
遙香が食事を始めると、イザベルが今日の予定を伝えた。
「先程、ヴァッハヴェル様に代わり担当になったという魔術師の方が来られました。こちらの紙を渡され、挨拶は夕方に来ると言付けして直ぐに帰られました。」
「何ていう人?」
「それが、名乗られなかったので。。。私はお顔を存じ上げない方でした。」
「アルベルトは見た?」
「見たが、俺も分からない。王城であった記憶もないな。」
「私、わかりますよ。魔術師団の雑用係のジルって呼ばれている人です。」
リンジーが、遙香のお茶を継ぎ足しながら言った。
「よく知ってるのね。」
「働き者の独身男性はチェック済みです。商会のお婿さんになってくれるかもしれませんからね。」
「そう。」
思いがけず、リンジーの花婿探しが役に立った。
「それで、紙には何て書いてあるの?」
「午前: 検診、午後: ヴァッハヴェル家本邸お茶会、とだけ書かれています。」
イザベルは、テーブルに紙を広げ遙香とアルベルトに見せた。
「今日の予定は、その2つだけ?」
「今のところは。」
「じゃあ、さくっと医局に行ってこようかな。アルベルトは馬車に乗るの?」
「同行者がいないときは、俺が同乗する。」
「じゃあ、行こう。リンジー、鞄の用意をお願い。」
遙香は食事を終え、医局へ行くための準備を始めた。
**************************************
「検診のときに、乗り物のことを聞いておいてくれ。」
アルベルトは、遙香と乗り込んだ馬車の中で遙香に言った。
「馬と馬車以外に何があるの?」
「海を回るなら船がある。あとは、転移陣と浮遊魔法か。」
「浮遊魔法!」
「転移陣と違って、常にコントロールがいるから長くは持たない。あとは、徒歩だな。」
「どこに行くのかで変わるのね。分かった。それぞれ、負担にならないかどうか聞いてみる。」
「あとは、物の調達だが、リンジーの商会を使おうと考えている。」
「・・・リンジーまで巻き込むの?」
「商会だけだ。あそこは貴族じゃないが、貴族以上に金と影響力がある。国外への渡航の伝手もあるかもしれない。」
「・・・お金のことも含めて、私には代わりの案が出せない。だから、反対も出来ないけど、なるべく他の人が危険にならない方法を考えよう。」
遙香は、アルベルトにそう言うに留めた。国外脱出には、物を買うにも宿泊するにもお金が必要だ。まだ、アルベルトと話をしていないが、少なくとも今の遙香にお金を得る手段はない。どうしたって、アルベルトに負担を強いることになる。
遙香は、今は全てを自分の中に飲み込むことを決めた。自由を得られたら、全てを返していこうと、心に刻む。
「本音を言うと、セドリックも連れていきたいんだがな。」
そんな遙香の考えをよそに、アルベルトが思いがけない発言をする。
「セド爺は、医局長だよ!?」
「もう歳なんだ。引退しても問題ないだろう。」
しれっとそんなことを言う。
「そんなことをしてたら、こっそり出国なんて出来ないと思うんだけど。」
「単身出ていく方が後々大変だ。身軽な者を味方につけて、旅団になった方がある意味楽だぞ。」
「ただの旅ならね。」
遙香は、そう言って馬車から窓の外を見た。景色はすでに城下町へと変わっていた。この景色の中に流れる日常が、自分がいなくなることでこれからどう変わってしまうのか。遙香は、考えないようにするためにそっと目線を馬車の中に戻した。
「みんなの生活を背負うなんて、私には出来ない。行き先も規模も、後で話し合おう。」
遙香は、王城の門で止まった馬車の中で、アルベルトにそう言った。
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