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13-3.
しおりを挟む遙香とイザベルのやり取りを黙って聞いていたアルベルトが、唐突にイザベルに質問した。
「ハルカが、「聖女の母やーめた」と言ったら、お前はどうする?」
「アルベルト?」
アルベルトの口調は軽かったが、内容は核心をついていた。遙香は、アルベルトが何故そんな質問をイザベルにしたのかわからず困惑した。
「どうもしません。私は、聖女の母ではなく、ハルカ様にお仕えしています。」
アルベルトの顔を見て、イザベルが答えた。
「聖女を望むこの国と、対立することになるぞ。」
「構いません。」
「何故そこまでする。」
アルベルトは、イザベルに聞いた。イザベルは、少し困った様に苦笑してから言った。
「不敬かもしれませんが、ハルカ様を自分の妹の様にお慕いしているからです。」
遙香を見つめて、柔らかく微笑む。
「お会いするまでは、聖女も聖女の母も、俗世とは異なる神聖なものだと勝手に思っていました。ですが、召喚されたハルカ様は、失礼ながら「降臨」とは程遠いお顔をされていて。。。それで、「ひと」なのだと実感したのです。」
「確かに、瞼は腫れて死にそうな顔をして、全く神々しさはなかったな。」
アルベルトも、最初の遙香を思い出したのか、イザベルの言葉に同意する。
遙香は、少し言い返したい思いがあったが、イザベルの話を聞くために黙っていた。
「最初の日に、ハルカ様が吐露して下さった事が私には大きな衝撃となりました。それから、召喚についてハルカ様の立場から考える様になり、そして思う様になりました。召喚なんてきれいな言葉で言っていますが、それは王国側だけの見方でしかないと。もし、自分が召喚された側だったら、「拉致や誘拐」だと感じるのではないかと。」
遙香は、目を見開いてイザベルを見た。イザベルは、少し困った様な、しかし、遙香を安心させようとする様な顔をしていた。
「同情や憐憫ではないのです。強いて言うなら、贖罪でしょうか。召喚によって、ハルカ様は御身以外の全てを失いました。私の力ではそれらの代わりには到底なりませんが、せめて、心から安らげる場所をと思っています。」
イザベルはそう言うと、一度目を伏せた。
「・・・お前の気持ちは分かった。だが、実際にハルカを庇って国と対立したら、この国では生きていけなくなるぞ。」
「構いません。今は、ハルカ様以上に大切なものはありませんし、私の家族は、もうこの国にはいません。もしそうなったら、隣国の親戚を頼って国境を渡るだけです。」
アルベルトは、顔を上げて答えたイザベルをじっと観察した。イザベルは、菫色の瞳でまっすぐアルベルトを見ている。
遙香を慕う気持ちに、嘘はないようだ。
アルベルトは目を瞑り腕を組んだ。
国を出るにためには、それなりの準備が必要だ。ましてや遙香は身重である。同行させるかは別としても、イザベルの協力は必要だとアルベルトは判断した。
ふぅと息を吐いて目を開いたアルベルトは、イザベルに言った。
「ハルカと国を出る。」
「!?」
「アルベルト?」
「ハルカを、聖女と関係のないところで生活させたい。」
「アルベルト!」
「俺の独断でイザベルを巻き込む。ハルカには、イザベルの協力が必要だ。」
「だめだよ。親族がいなくたって、友達や同僚やこれまで関係してきた沢山の人達がいるでしょう。築いてきたものも。それを全部手放すことになるかもしれないんだよ。」
「ハルカが気にすることはない。俺の独断だと言っただろう。」
「知ってしまってからでは、知らないままの方が良かったと言えないのよ?」
突然、イザベルを巻き込もうとするアルベルトを、遙香は必死で止めようとした。アルベルトに続き、イザベルの「日常」まで遙香の都合で変えてしまうのは憚られた。
「・・・ハルカ様。」
イザベルは、優しく微笑んで遙香を見ながら言った。
「もし、私が選んで良いのなら、私はハルカ様のお力になることを選びます。それに、もう、「国を出る」と聞いてしまいました。ハルカ様が国を出なければならない事情を教えていただけなくても、私は、準備に協力してついていきます。」
「・・・イザベル。」
「国を出ると、もう決められたのですね?」
「・・・ごめん。」
「本邸で、それを決断させるだけのことがあったのですか?」
「・・・。私個人の、わがままなの。このまま、聖女の母として生かされるのは、嫌。ただそれだけ。私に仕えることなんてしなくていいよ。ただ身勝手に、召喚された意義や役割を捨てて出ていくだけだから。」
「それは困りましたね。」
「え?」
「もし、ハルカ様の言葉通り「わがまま」であるなら、私は逃げ出さないように、必死でお止めしなければなりません。そして、それが出来ずにハルカ様がいなくなってしまったら、私は処罰を受けるでしょう。」
「あっ。」
「仮に、ハルカ様を引き止める事ができたとしても、引き止めた事が原因でハルカ様に危険なことが起きたり、ハルカ様が悲しい思いをすることになったら、私はきっと自分を許すことができません。侍女の職を辞し、ここを去ることになってしまいます。」
「うっ。」
イザベルは、言葉巧みに遙香の思考を囲い込む。
「ハルカ様に巻き込まれたのではありません。私が、ハルカ様にお仕えしたい、心に寄り添いたいと決めたのです。
本邸で何があったのか、お聞かせいただけますか?」
遙香は、観念した。
出ていったのをイザベルに見つかっていた時点で、きっとこうなることが決まっていたんじゃないかと思った。
やっぱり、イザベルは最強だった。
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