聖女の母と呼ばないで

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転移陣の光がおさまり、遙香は周りを見渡した。四方を壁に囲まれ、扉などは見当たらなかった。

地下通路だ。

遙香は、アルベルトのジャケットから手を離し、正面の壁に向かって歩き出しながら言った。

「どこの壁に扉があるんだっけ?」

壁を観察してみても、遙香に分かるような印は、やはりなかった。アルベルトの返事もない。

不思議に思った遙香は、後ろを振り返った。


「アルベルト?」


アルベルトは、転移したあとの位置から一歩も動かず、遙香をじっと見ていた。眉間にしわを寄せ、苦悶の表情を浮かべている。


「どうしたの?」


遙香は、アルベルトに近づき、その額に右手を伸ばした。

遙香が指先で触れると、アルベルトは、眉間のしわはそのままに瞳を閉じた。遙香の人差し指は、しわを解すかのように、アルベルトの額をぐりぐりする。


「巻き込んで、ごめんね。」


遙香は、ぽつりと言った。


「お前が謝ることじゃない。巻き込まれたのは、お前のほうだろう。」


アルベルトは、瞳を閉じたまま言った。遙香は、アルベルトの額から手を離し、首を振って言う。

「私の護衛を命じられていなかったら、ううん、私が着いてきてと頼まなかったら、アルベルトは魔の森のことを知らないままで済んだ。関わらずにいられた。「魔物」の正体を知ることも、国の裏側を見る必要もなかった。」

下を向いて、「ごめんなさい。」と呟く遙香の頭を、アルベルトは、右手でぽんぽんと撫でた。


「俺は俺の意志でお前の護衛をしてる。関わることができて良かった。この先も、お前を一人で泣かせずに済む。」


見上げた遙香の目に映ったアルベルトは、とても穏やかな表情をしていた。頭の上にそっとのせられた手から、優しさが伝わってくる。

「これからどうしたらいいのかを考えていただけだ。心配をかけたな。すまない。」

アルベルトはそう言うと、遙香の頭を撫でた。

遙香は気恥ずかしくなり、アルベルトから目を逸らした。そのまま目を瞑り、トンと、アルベルトの胸に頭を預ける。


一瞬、アルベルトの手は、遙香の行動に驚いたように動きを止めた。アルベルトは、遙香の突然の行動に対して、何も聞かずに、寄りかかる遙香を抱く様に、ゆっくりと両腕で包み込んだ。









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