聖女の母と呼ばないで

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アルベルトは、暫く黙り込んだあと、再びディードリヒに向かって言った。

「ヴァッハヴェル家は、ハルカをどうしたいんだ?」

ディードリヒが口を開く前に、アルベルトはたたみかける。

「王が、国が、聖女の母を都合勝手にしようとしているとして、歴史あるヴァッハヴェル公爵家の当主である貴方は、ハルカに何を望んでいる?」


遙香は、はっ、とアルベルトを見た。


アルベルトの琥珀の瞳は、怒りの色を灯しているようだった。強い視線で、ディードリヒを見ている。

ディードリヒは、誤魔化すことなくアルベルトの視線を受け止め、しっかりと見据えていった。


「私の望みは、国民の安寧。ただそれだけだ。」


「・・・王国の存続ではないのか?」

「王国の繁栄と国民の平穏が一致しているのならばそれでいい。だが、王国が国民の平和を脅かすものに成り下がるのならば、我が身を挺してでもそれを止める。それが、ヴァッハヴェル家の矜持であり、私の使命だ。」

ディードリヒの言葉には、当主としての覚悟が伺えた。

「私が「聖女」に望むことは、これまでも、ただ一つだった。浄化の力を使い、魔の森を鎮め、国民の平穏が続くことを守ってもらうことだ。

だが、これまで話してきた様に、此度の召喚と今の王国は雲行きが怪しい。

ハルカ殿に私が望むことは、王国の思惑に囚われずに、無事に浄化の力を持つ聖女を生み育てること、ただそれだけだ。」


「・・・ハルカは、・・・じゃない。」


アルベルトは、小さく何かを呟いたが、遙香は聞き取ることが出来なかった。アルベルトは、自身の手を固く組み合わせ、握りしめている。

白くなるほどに握り合わせた拳に、遙香は、自分の手をそっと置いた。

アルベルトは、ばっと顔を上げて遙香を見た。その瞳を見つめながら、遙香は僅かに微笑んだ。

遙香は、ディードリヒに向かって言った。

「貴重なお話をありがとうございました。まだ、飲み込めていない部分もありますし、自衛と言われても困惑してもいますが。。。

大分時間も経ったので、そろそろ別邸に帰りたいと思います。」

「そうだな。」


ディードリヒの了承を得て、遙香は立ち上がった。

ディードリヒは、フェリックスに遙香達を見送るよう指示したあとに、遙香に言った。

「フォンや王の動きは、今後も探る。分かることがあれば、また伝えよう。」

遙香は、お辞儀をしてから、控えの間の転移陣に向かった。




転移陣に立ち、アルベルトのジャケットをつかむ。そのままの姿勢で、遙香は壁際に立つフェリックスに、お礼を言った。

「お世話になりました。」

「明日、お茶会の際にお迎えにあがります。お気をつけて。」



アルベルトが呪文を唱え、足元が光りだした。

フェリックスに見送られながら、遙香とアルベルトは本邸を後にした。














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