聖女の母と呼ばないで

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階下での騒ぎがおさまったのか、近衛騎士の2人が遙香の部屋の前に戻ってきた。厨房でもフェリックスの指摘があり、対処をしていたところ、荷棚が崩れ料理人と侍女の2人が下敷きになったらしい。

幸いにも軽症で、荷棚も老朽化していたため新しいものと交換するそうだ。

「ご苦労さん。俺も屋敷を見て回ろう。ハルカ様は疲れて休むそうだから、あとは頼む。」

アルベルトはそう言って近衛騎士と交代し、自然に階下へ降りていった。



図書室には人はいなかった。フェリックスは、指摘をする場所について、人の動きを意図して出していったようだ。

「あの執事も切れ者だな。」

アルベルトは、フェリックスを観察対象にすることを心に刻んだ。


天井まで続く本棚が無数に立ち並ぶ図書室の隅まで行き、隠し通路の扉を開く。

中から、遙香が飛び出さんばかりに出てきた。


「上手くいったね。」

遙香は、アルベルトに笑顔を向けて言った。

「まだ気を抜くな。」

アルベルトは、短くそう言うと、図書室の別の場所に移動していった。

とある場所で、アルベルトが床に左手を翳しながら呪文を唱えた。すると、本棚と本棚の間の狭い通路がぽっかりと開き、地下への階段が現れた。

アルベルトは、遙香に先に降りるように促し、自分もそれに続く。再び呪文を唱え入口を塞ぐと、遙香の手首を掴んで歩き始めた。

地下の通路は、両側に発光する石が置かれていた。魔術が組み込まれているのか、人がいるところだけを淡く照らしている。

アルベルトは、時々右に左に進む方向を変えながら、迷いなく歩いていく。

「目印もないのに、どうして曲がるところがわかるの?」

遙香は不思議になって聞いた。

「歩数だ。」

アルベルトの短かい答えで察した遙香は、それ以上話しかけることなくアルベルトについていった。



「ここだ。」

アルベルトは壁に手を翳し、壁の中に道を開く。

先には、僅かな空間が広がっており、地面には遙香が召喚された時のような魔法陣が描かれていた。

「ここから本邸にとぶ。心の準備はいいか?」

遙香は、ゆっくりと頷く。

「魔法陣を起動させる間、絶対に離れるなよ。」

アルベルトはそう言うと、遙香に自分のジャケットを握らせる。両手を床に向け、目を閉じ、呪文を唱え始めた。

魔法陣が淡く光り始める。遙香は心許なくアルベルトのジャケットを握りしめた。

「ううっ。絶対シワになってる。ごめんなさい。」


一瞬の強い光に、遙香はぎゅっと目を瞑る。


「もういいぞ。」

アルベルトの声に恐る恐る目を開けると、そこは地下ではなく、狭い控室のような部屋の中だった。

「ようこそ本邸へお越しくださいました。」

後ろを振り返ると、フェリックスが立っていた。

「こちらは、本邸にある旦那様の執務室の続き部屋です。こちらへどうぞ。」

フェリックスが横にある扉を開く。
遙香は、アルベルトに背を押されるようにして、フェリックスについていった。


続き部屋の扉を出ると、書類が乗った大きな机の真後ろに出た。部屋には壁一面に書棚が並び、本や巻物やびっしりと詰め込まれている。花や絵画などの調度品は一切なく、まさに「仕事部屋」という雰囲気だ。

遙香の目の前の机は、使い込まれた跡がありながらも艶があり、年季を感じさせる物だった。

部屋の中央には、シルバーの髪をオールバックにした60代位の男性が立っていた。深く刻まれた眉間のシワからは、責任のある役職に就いている人の様な厳しさを感じさせる。
足を肩幅に開き堂々と立つ様は、厳格さと威厳を感じさせるのに十分だった。


「旦那様、コバヤシ・ハルカ様がお越しです。ハルカ様、こちらが現ヴァッハヴェル家当主、ディードリヒ・ヴァッハヴェル様です。」

遙香は、机の前まで出ると、礼をした。


「よく来た。急な呼び出しですまなかったな。」

ディードリヒは、そう言うと、遙香に手を差し出した。遙香は近づき、差し出された手を取り握手をする。ディードリヒの手は、温かかった。

「隣の応接室で話をしよう。来なさい。」

ディードリヒは、遙香がはいってきた扉とは異なる扉へ向かった。遙香とアルベルトもその後に続く。



「座りなさい。」

ディードリヒは、テーブルの横に面して置かれた一人がけのソファに腰を掛けながら言った。

遙香は、ディードリヒの斜め右側に位置するソファに座り、アルベルトも遙香の側に座った。

執事のフェリックスが、全員にお茶を配ったあと、遙香の向かいに座った。


「さて、何から話すか。」

遙香は、ディードリヒの言葉を待つ。

ディードリヒは、頭の中を整理するような素振りをした。

「今日は、公爵として呼んだわけでも、話をするわけでもない。ただ、この国の長い歴史を正しく知る者の責務として、現状に危機感を抱いて話をするだけだ。

ハルカ殿に何かを強制するものではない。」

そう前置きしてから、ディードリヒは話し始めた。

「ヴァッハヴェル家の歴史は長く、王国の物とは別に、一族が様々な情報網を持っている。これから話すことは、一族が持つ情報網を駆使した結果の仮説だ。」

ディードリヒはお茶に口をつけてから、遙香に尋ねる。

「魔の森と聖女の関係を、どのように聞いている?」

「数十年ごとに溢れる魔の森の瘴気を浄化するために、聖女が召喚されてきたと聞いています。」

「そうだ。国民も、神だの何だのと脚色が付くが、大体同じように「説明」され、そう信じている。」

「真実ではないのですか?」

「聖女に浄化の力があるのは事実だ。」

「では、何が。」

「魔の森だ。あれは、自然発生のものではない。」

「え?」

「魔の森は、かつて、グリーンバル王国が実験のために作成した、魔法陣の成れの果てだ。」

「魔法陣。。。」

「人間や動物の能力を改変し、軍隊を作り出すために人為的に作られた魔法陣、それが魔の森の正体だ。」











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