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11-5.
しおりを挟む「じゃあ、行くか。」
「どうやって行くの?」
アルベルトの言葉に、遙香は尋ねた。
「庭を突っ切って、走っていく。」
まさかの物理的方法だった。
「ここからは見えないけど、本邸ってそんなに近いの?」
南向きの部屋の窓の下には、庭園が広がるだけで建物は見えない。
「この建物が、敷地の西側にあるから、こう、ぐるっとまわっていけば着く。」
アルベルトは窓を指差し、そこから左に大きく腕を回した。
「見つからないように?」
「見つからないように。」
「いや、無理。」
「だろうな。冗談だ。」
むっと遙香がアルベルトを睨むと、アルベルトの口が弧を描く。
「冷静に判断出来て何よりだ。」
「・・・」
「気にするな。ちょっとした意趣返しだ。」
「・・・(怒)」
「本邸と別邸は地下通路でつながっている。」
遙香の無言の怒りを無視して、アルベルトは説明を続ける。
「1階の図書室から通路が伸びている。緊急時の通路だから通常は使用されない。そして、本邸と別邸だけではなく、様々な場所と繋がっているのと同時に、侵入防止用に迷路状になっている。」
遙香は、庭園をぐるっと回る方が簡単な気がしてきた。そんな表情を読んだのか、アルベルトが補足する。
「転移陣を間違えなければ、さほど歩かずに本邸に着く。問題は、ここから図書室までどうやって行くかだ。」
「フェリックスさんの言っていた合図は?」
「多分、別邸の使用人の気をそらす方法だろうが、具体的にはわからない。
いつも使う廊下と階段では目立ち過ぎるから、別邸内もできれば隠し通路を使いたいんだが、それでも一度は廊下に出る必要がある。」
「廊下は、近衛騎士がいるわね。」
「そうだな。」
「アルベルトが一人で廊下を歩くのは?」
「問題ない。」
「隠し通路は複雑?」
「いや、廊下に沿うようにあるだけだ。いつもと反対に、西側の突き当りまで行くと階段があって降りられる。降りれば直ぐに図書室だ。」
「隠し通路の入り口はどこ?」
「この部屋を出た先の、青い絵の場所だ。一人で行けるか?」
遙香は頷く。
アルベルトは、おもむろに遙香の座る書物机の横に来ると、左手を壁に翳して何かを呟いた。
すると、壁の一部が床から上へスライドし、遙香が屈んで通れるほどの穴が開いた。穴の先は、遙香の寝室だった。
再び手を翳し、アルベルトが何かを呟くと、壁はもとに戻った。
「こうやれば、隠し通路の入口が開く。」
「今、なんて言ったの?」
「土の魔法だ。[開けゴマ]と言えば開く。」
「・・・」
翻訳の呪文は、適切に翻訳してくれたようだ。
遙香も椅子から立ち上がり、アルベルトがやったように壁に手を翳し、呪文を唱える。
「開けゴマ。」
壁に変化はなかった。遙香は、呪文を言った損で恥ずかしくなる。
「ここに触れて言ってみろ。」
アルベルトは、なんの変哲もない壁の一部を指差して言った。遙香は、その場所に触ながらもう一度言う。
「開けゴマ。」
今度は、壁に通路が表れた。
「位置さえ正しければ、ちゃんと開くな。」
アルベルトはそう言うと、「閉じてみろ」と遙香を促す。
「閉じよゴマ。」
壁は元の形に戻った。一度手を離すと、どこに向かって手を翳したら良いのか分からなくなる。
「廊下の隠し通路は、青い絵のすぐ下に向かって手を翳せ。一度で開かなくても焦らなくていいが、中に入ったらちゃんと閉じていけよ。」
「わかった。」
「階段を降りたら隠し通路の中で待ってろ。図書室から迎えに行く。」
「うん。」
アルベルトの説明が終わったのを見計らったかのように、階下で何かが崩れるような大きな音がした。
「なんだ。」
アルベルトは、廊下に出て近衛騎士に聞く。2人が首を振っていると、リンジーが階段を駆け上がってきて言った。
「すみません、力を貸してくれませんか?厨房の荷棚が倒れて、人が下敷きに!」
「すぐに行って助けだせ。ここは俺がいる。」
アルベルトの指示に、2人の近衛騎士がリンジーについて階下へ降りていく。アルベルトは部屋から遙香を出し、「行け。」と小さく言った。
アルベルトが言った青い絵は、動物の描かれている絵だった。明暗を使い分けた青で描かれた薄暗い森を、狼の様な動物が2頭駆けていく。
遙香は、その絵の真下の壁に手を当て、「開けゴマ。」と唱える。手の位置をずらしながら唱えること4回で、無事に隠し通路が開いた。
中にからだを滑り込ませ、「閉じよゴマ。」と唱える。隠し通路の扉が閉じても、採光の工夫がされているのか、多少薄暗い程度で進むのに支障はなかった。
通路を進み、階段を降りたところで座ってアルベルトを待つ。石でできた壁と床は、ひんやりと冷たかった。
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