53 / 75
11-2.
しおりを挟む閉じられた扉の向こうの足音が遠ざかると、「ふぇー」と、情けない息を吐きながら、遙香はソファにぐったりともたれかかった。
そのまま天井を仰ぎ見る。
「なんだ、あれ?」
遙香の独り言は、アルベルトに拾われた。
「わざと、だろ。」
「え!?どういうこと?」
遙香が、がばっとからだを起こして聞き返す。
アルベルトは、遙香の問いには答えないまま、壁際に静かに寄っていき、耳をすませている。
微かにパタパタと足音が聞こえたかと思うと、部屋のドアが勢いよく開いた。
「ハルカ様!」
予想通りのリンジーの登場に、遙香は苦笑する。
「今のは、イザベルに怒られるレベルだと思うよ。」
遙香は、入ってきたリンジーを見ながら言った。
しかし、そのリンジーの後ろから、音は立てずに急いだ様子のイザベルが入室するのを見て、遙香は、何かあったのか、と、僅かに緊張する。
イザベルは、遙香の顔を見るなり言った。
「ハルカ様、本邸からヴァッハヴェル公爵家執事、フェリックス様がお見えです。」
「フォンさんの言っていた、代わりの人かな?」
遙香は、アルベルトに聞く。
「それは、「明日以降」と言っていた。別件だろう。」
アルベルトは首を振る。
「フェリックス様は、旦那様からのご用件でお越しです。」
「旦那様って、フォンさんのお父さんのこと?」
イザベルの言葉に、遙香が尋ねた。
「はい。現ヴァッハヴェル公爵閣下です。」
「行かないとまずい?」
「はい、大変「まずい」です。」
はぁ、と、息を吐くと、遙香は立ち上がった。
「リンジー、何の件で来られたか予想できる?」
遙香の問いに、リンジーは申し訳なさそうな顔をして言った。
「全く予想できません。」
「わかった。イザベル、お願い、サロンに案内して。アルベルトは、一緒に来て。」
遙香はそう言うと、突然の来客に会うためサロンに向かった。
**************************************
イザベルに案内されたのは、暖色系で統一されたサロンだった。
春めいた色の調度品に囲まれて、かっちりと黒のスーツを着た、長身で細身の男性が立っていた。
遙香がサロンに入ると、その男性は、綺麗な姿勢を保ったまま、僅かに頭を下げた。
遙香も会釈をする。
「お待たせして申し訳ありませんでした。」
「いえ、突然の訪問にもかかわらず、お時間を頂きまして恐縮です。ヴァッハヴェル公爵家の執事をしておりますフェリックスと申します。お見知りおきを。」
さすが、公爵家の執事といった、落ち着きのある丁寧な話し方だった。
「小林 遙香です。別邸に滞在させていただいているのに、これまでご挨拶もせずにすみません。」
「特別な事情は伺っておりますので、どうかお気になさらず。」
フェリックスは、「座りましょうか。」と言って、遙香をソファへ促した。チラッとアルベルトを伺うと、小さく頷くのが見えた。
遙香とフェリックスが対面になるように座ると、イザベルが、タイミングを見計らったかのようにお茶を配る。心なしか、普段より緊張しているように見えた。
「あの、私はまだこの国のことに疎く、失礼をしてしまうことがあるかもしれません。」
遙香は、先にフェリックスに断りを入れた。
「ハルカ様は当家のお客人ですので、この場では、そのように難しく考えずともよろしいのですよ。もし、隣にイザベルや護衛のシェリスフォード様がいた方が安心されるのであれば、同席してもらっても構いません。」
フェリックスは、そう遙香に提案する。
遙香がイザベルを見ると、口を結んで難しい顔をしている。「上司と同じ席につくのは、ハードルが高いよね。」と、遙香は思い直した。
そして、後ろのアルベルトを振り返り、
「ごめん、一緒に聞いてくれる?」
と声をかけた。
アルベルトは、フェリックスに目礼してから遙香の側のソファに腰を掛けた。
「本日は、急ぎ旦那様からのお手紙をお渡しするために参りました。」
フェリックスは、胸元から白い封筒を取り出し、遙香の前に差し出した。封筒の表には、日本語で「コバヤシ・ハルカ 殿」と書かれている。
遙香は、封筒を受け取り裏に返した。差出人の名はなく、代わりに封蝋に羽ばたく鳥の形をした印璽が押されていた。
「旦那様とは、ヴァッハヴェル公爵のことで間違いないでしょうか?」
印璽の模様では差出人がわからない遙香は、あえて口に出して質問した。
「そのとおりです。現当主のディードリヒ・ヴァッハヴェル公爵からのお手紙となります。旦那様からは、お返事を頂いてくるように申しつかっております。」
フェリックスは、そう言って、遙香に封筒の開封を促した。
「では、このまま読ませていただきます。」
遙香は、浮き彫りがされた美しい封筒の隙間に指を入れ、開封した。
中には二つ折りされたカードが1枚入っていた。封筒と同じ浮き彫りの入ったカードには、丁寧な日本語で言葉が書かれていた。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
ハルカ 殿
すぐに、挨拶できず申し訳なかった。
愚息に任せていたが、生活は問題ないだろうか。
本日、フェリックスを遣いにやったのは、
丁度みごろを迎える花を一緒にと思ったのだ。
にわで、お茶でもどうだろうか。
都合を言付けて欲しい。
ディードリヒ・ヴァッハヴェル
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
そろそろ前世は忘れませんか。旦那様?
氷雨そら
恋愛
結婚式で私のベールをめくった瞬間、旦那様は固まった。たぶん、旦那様は記憶を取り戻してしまったのだ。前世の私の名前を呼んでしまったのがその証拠。
そしておそらく旦那様は理解した。
私が前世にこっぴどく裏切った旦那様の幼馴染だってこと。
――――でも、それだって理由はある。
前世、旦那様は15歳のあの日、魔力の才能を開花した。そして私が開花したのは、相手の魔力を奪う魔眼だった。
しかも、その魔眼を今世まで持ち越しで受け継いでしまっている。
「どれだけ俺を弄んだら気が済むの」とか「悪い女」という癖に、旦那様は私を離してくれない。
そして二人で眠った次の朝から、なぜかかつての幼馴染のように、冷酷だった旦那様は豹変した。私を溺愛する人間へと。
お願い旦那様。もう前世のことは忘れてください!
かつての幼馴染は、今度こそ絶対幸せになる。そんな幼馴染推しによる幼馴染推しのための物語。
小説家になろうにも掲載しています。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
王命を忘れた恋
須木 水夏
恋愛
『君はあの子よりも強いから』
そう言って貴方は私を見ることなく、この関係性を終わらせた。
強くいなければ、貴方のそばにいれなかったのに?貴方のそばにいる為に強くいたのに?
そんな痛む心を隠し。ユリアーナはただ静かに微笑むと、承知を告げた。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
素顔を知らない
基本二度寝
恋愛
王太子はたいして美しくもない聖女に婚約破棄を突きつけた。
聖女より多少力の劣る、聖女補佐の貴族令嬢の方が、見目もよく気もきく。
ならば、美しくもない聖女より、美しい聖女補佐のほうが良い。
王太子は考え、国王夫妻の居ぬ間に聖女との婚約破棄を企て、国外に放り出した。
王太子はすぐ様、聖女補佐の令嬢を部屋に呼び、新たな婚約者だと皆に紹介して回った。
国王たちが戻った頃には、地鳴りと水害で、国が半壊していた。
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる