聖女の母と呼ばないで

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10-5. (疑念)

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フォン・ヴァッハヴェルの父であるディードリヒ・ヴァッハヴェル公爵は、宰相の提案の裏にあるであろう王の考えが読めないでいた。

宰相が退出したあとの議場は、有力貴族とその派閥ごとに、「浄化院」について相談している。

浮き足立ったその様子を、ヴァッハヴェル公爵は静観しながら、ひとり思考を巡らせる。


ヴァッハヴェル家は、建国時からの歴史があり、グリーンバル王国の中で最も王家の血筋に近い貴族だ。
直近では、前国王の姉がヴァッハヴェル家に降嫁している。
そのため、現国王とディードリヒは、いとこの関係にあった。

また、ヴァッハヴェル家は、代々優秀な魔術師を輩出する家でもある。
それは、国家の機密を扱う魔術師団を統括すべく、本家分家を問わず、男児に幼少期から英才教育を施すことによりなせる技だ。
代替わる王家を陰日向に支え、時に暗部を引き受けてきたヴァッハヴェル家は、王国の「裏」の歴史を把握している唯一の一族だった。



だからこそ、ディードリヒ・ヴァッハヴェル公爵は、宰相の提案を訝しんでいた。


現国王は、国民にも貴族にも知らせていない魔の森の真実を正しく知っているはずだった。

もし、それを知らずに、召喚した者が生む子を「神の遣わした聖女」として、貴族の覇権争いの餌にするのならば、それはそれで良い。


だが、王が真実を知らないということはありえない。


王が、魔の森の真実を正しく認識した上で、宰相にこのような提案をさせているのだとすれば。


「一体、何を目論んでいる?」


貴族院が開会してから、息子であるフォンを見掛けていない。
聖女の母の世話にかかりきりなのだろうと、気に止めてなかったが、あるいは、

「魔術師団を動かしているのか?」



嫌な予感がする。


ヴァッハヴェル公爵は、未だ他の貴族が派閥ごとの会議を執り行う議場を静かに退出した。
従僕を呼び、表向きは、昼食を自宅で取るため馬車を準備するよう指示を出す。

既に貴族院の開会から4日が経過している。

まずは、正しく情報を集めなければならない。


「手遅れにならなければいいが。」


ヴァッハヴェル公爵の呟きは、王城の冷たい廊下に消えていった。














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