聖女の母と呼ばないで

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10-4. (計略)

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議場を出て執務室に戻った宰相は、先に部屋に戻っていた王に一度礼をすると声をかけた。

「うまく行きましたね。」

「狸の考えることは分かりやすい。もっとも、あそこでヴァッハヴェル公爵が口を出すとは思わなかったがな。」

王が、グラスに注がれた赤ワインを飲み干す。

窓の外はまだ明るく、階下の庭では、王妃のお茶会が催されているのが見える。


「流れが傾きすぎたので、抑えたのに過ぎないでしょう。」


宰相は、そう言うと、王のグラスに赤ワインを静かに注ぐ。

「あの娘に情でもわいたのなら面白いのにな。」

王は、あり得ない想像をして、ひとりクックッと笑う。

「ともあれ、岩盤のようなヴァッハヴェル公爵の一言のお陰で、私が下手に議論を動かす必要がなくなり助かりました。」

宰相が真面目に返す。

王が「面白味のない奴め」と、小声で呟きながら言った。

「あと2日、結論を出させず議会を延ばせ。4日目に、聖女に関する部署を王城内に特例で設けることを提案しろ。王令は全て廃案。聖女の母は、公式には発表しないが、存在を隠すこともしない。これで、貴族どもは、次に誰を部署に送り込むかで躍起になるだろう。」

手にしたグラスの中の赤ワインを、ゆらゆらと揺らす。

「その間に、魔の森での検証を予定どおり決行する。かけられる期間は4日。フォン・ヴァッハヴェルに、最大の成果を上げてくるように伝えよ。」

宰相は、王の言葉に、「承知いたしました。」と礼をして執務室をあとにした。


王は、窓辺に立ち、階下のお茶会を眺める。

王妃もうまく誘導できているだろうか。

愚問だ。

あの者程、腹に抱えたものを微笑みで隠して、夫人達を掌握することに長けたものはいない。


「さて、最高の役者は誰かな。」


王は、自らの脚本の始まりが、上手く滑り出したことに一人乾杯した。







**************************************

翌日からの貴族院は、貴族の利権の主張と、聖女の母への人道的配慮が入り交じった形で議論が進められた。

宰相は、あえて方向を示さず、議会は発言の流れるまま収束する気配すらなかった。


貴族院が開会して4日目の朝、宰相は困り顔をして言った。

「第一の王令草案ですが、3日かかっても議論が尽きず採決に至りません。
此度の召喚は、浄化の儀まで、過去に例を見ない長期間を要します。これまでの聖女の召喚のように、有力な貴族の「ご厚意」のみでは、貴族側の負担も大きく、また、聖女側も落ち着いた環境を得ることが難しいでしょう。」

宰相は、そこで言葉を区切ると、議会を見渡してから言った。

「そこで、特例として、王城内に聖女および浄化に関する専門家会議を行う部署、「浄化院」を設けてはどうでしょうか?」



貴族の面々は、宰相の言葉の意味を、言葉の裏を理解しようと考え込む。

ひとりの子爵が、口を開いた。

「これまでも、魔術師団が魔の森を監視し、浄化に関することを取り仕切ってきたと思いますが、それとは異なるのでしょうか?」


「魔術師団の実行部隊としての機能は残します。ただ、聖女が成長するまでは、魔術師団としての能力は必要なものの一部しか提供できません。
医局や教育、場合によっては友なども必要となるでしょう。
要は、そういった包括的なことを検討する専門機能が新たに必要ではないか、ということです。」

「いかがでしょうか?」と、宰相は貴族のひとりひとりを見るように言う。



「いい」も「悪い」も声が上がらない。

皆、様々な条件を考え、メリットとデメリットを計算しているようだ。


「突然の提案でしたから、この沈黙も無理はないでしょう。午前はここで休会にして、午後から再開いたしましょう。」


宰相は、そう告げて、議場を後にした。

扉が閉まった向こう側で、有力貴族達の検討が予想通りに始まることを期待して。















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