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10-3. (紛糾)
しおりを挟む議場に集まった人々は、どこか落ち着きがなかった。
大きな円形の広間。
外側に階段になるように設けられた席に、貴族院に召集された面々が着席している。
皆、表情には出さずとも、お互いの様子を探り、牽制しあっていた。
王の入場が告げられる。
全員が一斉に起立し、深く頭を垂れる。
「よい、楽に。」
王の声で、順々に着席していく。
「それでは、貴族院を開会いたします。」
宰相の開会宣言が、議会に響いた。
「議題は、次の三件の王令発布についてです。
一、聖女の母は安定期に入るまで、国民に周知しない。
一、生まれてくる聖女は、王宮の庇護のもと養育する。
一、聖女は生誕後、王太子の第三子 ウィリードの婚約者とする。
王令採用は、議会の全会一致が条件となります。それでは、順に審議に入ります。」
宰相は淡々と進めていく。
「まず始めに、「聖女の母」について。聖女の母は現在、ヴァッハヴェル公爵家の別邸にご滞在頂いています。
これは、召喚の儀の責任者である魔術師フォン・ヴァッハヴェルの庇護の元に置くための措置です。
当初、精神的な乱れが見られましたが、現在は比較的落ち着いていると報告を受けています。
まあ、先ほどの謁見でも、堂々とした姿を見せていましたので問題ないでしょう。
王は、初めての「聖女の母」召喚に万全を期したいとのお考えです。
胎児と母体を第一に考え、体調が安定するまで公表を控えることを望まれています。
意見があれば発言をどうぞ。」
宰相の言葉の終了と共に、議会には静寂が広がる。
「聖女の母」の体調を気遣う王の意図に、表立って反対する者はいない。
宰相が決をとろうとした時に、歴史ある侯爵家、ミッドリード侯爵が口を開いた。
「聖女の母は、安定期に入るまで、ヴァッハヴェル公爵家に滞在されるということでよろしいのでしょうか?」
ミッドリード侯爵の言葉に、宰相の眉がピクッと動く。侯爵は続ける。
「聖女の母に相応しい教育を施せるのは、我が侯爵家でしょう。既に、妻が教育係に指名されておりますし、フォン・ヴァッハヴェル殿では、妊娠中の女性の機微は荷が重いのでは?」
侯爵は「ヴァッハヴェル公爵家には、貴族の女性はいませんしねぇ。」と、続ける。
宰相は、表情を崩さず聞き返す。
「聖女の母に相応しい教育とは、何でしょう。」
「何でしょうねぇ。」
ミッドリード侯爵は、含み笑いをしながら答える。
「我が伯爵家には、聖女の母と同じ年頃の娘がおります。必ずやお心に沿えるかと。」
「それなら、我が伯爵家の嫁は妊娠10週程です。妊娠中に必要なものも揃っています。これから先々の不安も共感できることでしょう。」
各家が、我先にと声をあげる。
議会は、一時騒然となるものの、ミッドリード侯爵が、パンパンと手を叩き、それらの声を鎮める。
「お分かりでしょう、宰相殿。たった1年に満たない聖女の母ですら、これだけの期待を集めているのです。公表を遅らせることは、それだけ、神の遣わした聖女の母に、我が国の貴族がお仕えする栄誉ある機会が失われるということ。」
言外に、「聖女を囲い込むだなんてもってのほか」という顔をしながら、侯爵は言った。
「国民も、聖女の母が現れたと聞くだけでも、早く安心感を得られると思いますよ。」
多くの貴族が、ミッドリード侯爵の言葉に賛同を示す。
しかし、そこで、ヴァッハヴェル公爵が発言した。
「そんなにも早く、聖女の母を担ぎ出して何になる。」
低く重い声は、他を圧倒する威厳を備えている。
「聖女の母を世に知らしめたところで、浄化の儀は行えまい。聖女が生まれ育つまで10数年、いたずらに国民を待たせるだけになるだろう。
聖女の母に負担をかけることとなれば、その聖女の誕生すら危ぶまれることになるかもしれん。
それでも、貴殿らは、「仕える貴族の栄誉」とやらを優先するのか?」
公爵家、しかも王よりも歳上の貴族院の重鎮の言葉は、一度傾きかけた議会の意見を戻すのに十分な力があった。
宰相は、静まり返った議会を見渡していう。
「本日は、ここで休会にいたしましょう。第一の王令案について、明朝から引き継ぎ審議を行います。陛下、お言葉を。」
これまで発言をしなかった王の言葉を聞き漏らさぬよう、議会の出席者は行きを潜めて言葉を待った。
「活発な議論となり、嬉しく思う。全ては、神が新たな方法で遣わした聖女を、いかに最適な方法で育て上げることができるかだ。明日の議論に期待している。」
王は、それだけを言うと、マントを翻すように議場を去っていった。
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