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10-1. (とある子爵の算段)
しおりを挟む「聖女の母」
そう呼ばれる人を見たのは初めてだった。
正確には、「聖女」に連なる人を今まで見たことはなかった。
前回の召喚のときは、自分の父が爵位を持っていたし、そもそも貴族院に呼ばれるような力を、まだつけてはいなかった。
謁見の間の末席に並び、聖女の母の到着を待つ。
神が遣わした聖女は、光輝く浄化の力を使い、魔の森を鎮めると聞く。いよいよ、見られる。
期待が膨らんだ。
ヴァッハヴェル公爵家の嫡男が、聖女の母を先導して謁見の間に入室した。
まだ距離があり、顔はよく見えない。
漆黒の服に身を包んだ小柄な女性のようだ。
聖女の母は、近衛騎士にエスコートされるように、王の前に進んでいく。
背筋を伸ばし、きれいな礼をするが、神々しさは感じられない。特段美人でもない。
期待が勝手に裏切られたようで、残念だった。
宰相の言葉から、目の前の女性が、確かに「聖女の母」として神に遣わされてここに召喚されたことを知る。
ならば、この「聖女の母」にうまく取り入れられれば、「聖女」にもお近づきとなれるチャンスがあるだろうか?
貴族としての影響力を高める算段を、頭のなかで練っていると、宰相から「王の意思」として、とんでもないことが発表された。
聖女を王宮で育てるだけではなく、王族の婚約者にするだと?
異例の待遇に、謁見の間に並ぶ貴族達はざわめきだした。過去の聖女は、公爵家や侯爵家のいずれかが筆頭となり、その御身を保護し、浄化の時まで衣食住を提供していた。
その間、聖女が身に付けたり気に入ったりした物は、王国内での流行となり大きな財を生む。同じく、聖女が気に入った人間は、能力の有無を問わず浄化の儀に随行することができ、栄誉を賜ることとなっていた。
我が子爵家も、先代の聖女がたまたま我が領地の特産品で作られた菓子を気に入ったことで、領地の収益が上がり、貴族院に参入するまでになったのだ。「次も」と考えていたのに、王家の囲い込みがあっては、それが叶わないではないか。
しかも、今回は10数年にも及ぶ期間だ。王の意思とはいえ、簡単には頷けない。
宰相は、貴族院での討議を告げ、謁見を終了させた。
私は、貴族院が始まる前に、懇意にしている伯爵と早く相談がしたかった。
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