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しおりを挟む「この国の人の寿命ってどれくらい?」
イザベルとリンジーが食事を再開したのを見て、遙香は聞いた。
「90を越える人は稀ですね。だいたい70位でしょうか。」
「召喚の周期は30年から50年って言っていたよね。魔の森の瘴気が増える周期と一緒?」
「はい、同じはずです。」
「聖女が生きていることもあるでしょう?2回浄化したりはしないの?」
「浄化の力は1度で無くなるらしい。」
「使いきり?戻らないの?」
「そんな例は、聞いたことがない。」
「浄化した後の聖女はどうなるの?」
イザベルとリンジーは顔を見合わせる。
「わかりません。」
「え?」
遙香は、アルベルトを見る。
「記録がない。少なくとも、俺が見られる範囲にはない。」
「生きている記録がないの?」
「いや、死んだという記録もない。」
「それって、どういう。」
遙香は言葉に詰まった。
聖女の生死に関する記録が、国に管理されている。
「聖女は、この国では神が遣わした者だ。ただの人になってその辺をぶらついてたら、国にとって不都合なことがあるんだろう。」
アルベルトが軽く言う。
「王家所有の別荘あたりで、隠居してるんじゃないか?」
「10代のうちに隠居?」
「じゃあ、幽閉か?」
「もっと悪いわー!」
遙香は、勢いあまってテーブルを叩く。
食器が、カシャンと音を立てて揺れた。
「ハルカ様、落ち着いてください。シェリスフォード様も、憶測であってもあまり良いものではありませんよ。」
イザベルが、遙香をなだめる。
「今日の謁見を聞いていて、思ったことがある。」
アルベルトが口を開いた。
「聖女が生まれるまで。宰相も王もそういう言葉を使っていた。なんで、「聖女が生まれるまで」なんだ?」
「・・・」
「国は聖女に関して印象操作している。用心しておいた方がいい。」
アルベルトが言っていることはもっともだった。遙香も、「聖女が生まれるまで」という期限が気になっていた。
宰相の最初の口上もそうだ。
遙香を召喚したのはフォンを筆頭とする魔術師達であり、召喚を決行したのは王だ。しかし、宰相は、神の意志で「聖女の母」が召喚されたとした。
そこには、どの様な思惑があるのだろうか。
今考えても、情報が不足していて答えがでない。
遙香は、頭を振って気持ちを切り替え、違う質問をした。
「王太子殿下の第三子って、知ってる?」
「わかりますよ。ウィリード殿下ですね。御年2歳の可愛らしい王子殿下です。」
リンジーが答える。
「聖女が生まれたら、婚約者になるんだそうよ。」
「王族と婚約ですか。なんだかすごいですね。」
「あと、聖女は、王宮の庇護のもと養育するんだって。これって、」
「なんですか、それは!」
リンジーが、遙香の言葉を食い気味に叫んだ。
「ハルカ様のお子様は、私が大切に大切にお育てする予定なのに。横取り、ダメ!きっとハルカ様に似て、黒目がくりくりして可愛くて。ほっぺすりすりして、「リーちゃん」って呼んでもらおうと思っていたのにー!」
イザベルの制止も間に合わず、リンジーは欲望と妄想を全開にした。
遙香は冷静に言った。
「あ、やっぱり王宮に取り上げられるってことだったのね。」
しん、と、部屋が静まり返る。
アルベルトが食事を終え、お茶を飲みながら言う。
「貴族院で承認されれば、だ。だが、王族の婚姻と王族以外への例のない過大な庇護だ。慎重な意見も出るだろう。
今出来ることはないが、まだ時間がある。ハルカはどうしたい?」
琥珀の瞳が、じっと遙香を見つめる。
遙香は、アルベルトの瞳から逃れるように自分の手を見て言う。
「まだ、わからない。」
「そうか。」
「薄情だ、って怒らないの?」
「実感がないんだろ?」
「・・・」
「焦ることはない。さっきも言ったが、まだ時間はある。自分の足元を固めてから、ゆっくり考えても遅くはない。」
「そういうものかな。」
「腹の子が成長するのとともに、親側の子を慈しむ気持ちも一緒に育つもんだと思うぞ。」
アルベルトの言葉に、遙香は思わずアルベルトの顔を見上げる。
「アルベルト、すごいね。経験談?」
「・・・俺に子はいない。」
「ごめん、冗談。ありがとう。」
「ハルカ様、私達もそばにいます。」
「一緒に成長していきましょう。」
「うん、ありがとう。」
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