聖女の母と呼ばないで

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「ご検討をお願いいたします。」

遙香の落ち着いた声が、謁見の間に広がる。

黒を基調とした衣装に身を包んだ遙香の姿は、回りを威圧するような雰囲気こそなかったが、王を前にしても怯むことのない堂々としたものだった。

「その方の望むことは、それだけか。」

王が、遙香に問うように声を出す。
一瞬、遙香を見る目が鋭く光ったものの、すぐにもとの表情に戻り言った。

「聖女の母の要望は、すぐに検討しよう。結果はおって伝える。ただし、必ずしも全てが思うように叶うことはないということは、承知せよ。」

「承知いたしました。」

遙香は、答えた。



「宰相。」

「はっ。」

巻物を読み上げた男が、王の呼び掛けに答えて一歩前に進み出る。

王は、自らの椅子に座り直した。

宰相は、二つ目の巻物を広げた。


「聖女および聖女の母に関して、陛下のご意志をお伝え致します。」

遙香の方をちらりと見たあと、宰相ははっきりとした声で高らかに宣言した。

「一、聖女の母は安定期に入るまで、国民に周知しない。

一、生まれてくる聖女は、王宮の庇護のもと養育する。

一、聖女は生誕後、王太子の第三子 ウィリードの婚約者とする。

以上です。」



宰相が読み上げた王の意志に、立ち並ぶ人々から驚きと動揺するような声が聞こえる。

それらを一蹴するように、ぴしゃりと宰相は言った。

「この後の貴族院にて、本件の王令としての採用を審議いたします。ご意見は審議の場でお願いいたします。」

ざわめきが止み、謁見の間に沈黙が広がる。


宰相は遙香に向きなおり、宣言した。

「以上で、聖女の母の謁見を終了いたします。ハルカ様、ご退室下さい。」

突然の終了宣言に、「王の意志」について考えていた遙香は反応が遅れた。しかし、丁寧にお辞儀をして、一歩下がり、ゆっくりと歩いて謁見の間をあとにした。







遙香は、フォンに謁見の間から程近い控え室へと案内された。

フォンは遙香にソファへ座るように促し、給仕の者にお茶とお菓子を指示した。

「ハルカ様、私はこの後、貴族院に参集されるためここで失礼いたします。
この控え室は、ご自由にご利用になっていただいて構いません。お帰りの際は、部屋付きの者に一言言付けをお願いいたします。」

いつも通り、微笑みを浮かべたままフォンが遙香に言った。

「わかりました。引率ありがとうございました。」

遙香は一度立ち上がり、フォンに礼をした。
フォンは、遙香の礼に応じずに部屋を出ていった。


遙香は、アルベルトに聞いた。

「フォンさん、ちょっとイライラしてる?」

「だいぶ、な。」

アルベルトは答えると、給仕の出したお茶とお菓子を確認する。そして、遙香に言った。

「この部屋に長居することもない。帰るか。」

遙香は頷いた。

アルベルトが部屋付きの侍従に声をかけ、馬車を準備させる。

「馬はいいの?」

行きにアルベルトが乗ってきた馬について、遙香が尋ねた。

「近衛の交代の時に、連れてこさせる。」

「近衛騎士は、一人一人に決まった馬がいる?」

「相性があるからな。大抵は決まる。」

「アルベルトの馬の名前は?」

「サクラ」

「え!?」

「サクラだ。しなやかな幹に、薄紅の花を付ける木の名前だと聞いている。」

「あるの?」

「いや、この国にはない。聖女の手記に書かれていた。幹がしなやかだということと名前の音が気に入っている。」

「そうなんだ。」

「聖女が伝えた言葉を、大切なものに名付けることはよくある。」

「他にはどんな名前の馬がいるの?」

「タピオカ」

「へ?」

「アラシ」

「ん?」

「スマホ」

「んん?」

「バイガエシ」

「・・・意味わかって付けてるんだよね?」

「いや、大抵は音の響きじゃないか?」

遙香が、馬の名前に衝撃を受けていたときに、馬車の準備が整ったと知らせが入った。

「今度、ゆっくりサクラに会わせてね。」

遙香は、アルベルトの馬の名前が普通でよかったとちょっと思った。










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