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6-3.
しおりを挟む「失礼します。」
遙香は、ソファに背筋を伸ばして座った。アルベルトが遙香の後ろに控える。
給仕の者が、物音を立てずに素早く茶器を準備していく。
ジーナ・ミッドリードは、指先でカップを持ち上げ一口お茶を飲む。そして、音を立てずにカップをソーサーに戻すと、遙香に言った。
「ハルカ様は、「聖女」はどの様な者であるとお考えですか?」
なんの前置きもなく問われ、遙香は一瞬たじろいだ。しかし、すぐに気持ちを建て直し答える。
「私が聞いた限りでは、安全や安心、平和をもたらす者、その象徴であると思います。」
ジーナは笑みを深めた。
「では、「聖女の母」はいかがでしょう。」
遙香はジーナを見たまま考える。就職の面接のようだな、と、思考の外側で思った。
「一般に、「母」とは子を慈しみ育てる者です。「聖女の母」は、聖女を産む者でありつつも、魔の森の瘴気を憂い、国民を慈しむ、そんな存在であることが期待されていると思います。」
遙香は、フォンからの説明を受け、瘴気を払う「聖女」にも「聖女の母」にも、そんな人間離れした女神の様な印象を持っていた。
少なくとも、国はそんな「聖女」と「聖女の母」を求めている。遙香はそう感じていた。
ジーナは、遙香の答えに満足そうに頷いた。
「ハルカ様は聡明でいらっしゃいますね。」
変わらない笑みのまま、ジーナは続けて遙香に問う。
「では、「聖女の母」となるために、ハルカ様が学ぶ必要があることはなんでしょう。」
「立ち振舞い、です。」
入室からこれまで、ジーナの優雅な所作は遙香を圧倒した。異なる文化やマナーであっても、洗練された動きは人々の目を引き、そして、見惚れることがあっても嫌悪感を抱かせることはない。
最初から、ここに至るまでの布石だったのか、と遙香は感心した。
ジーナは、カップのお茶を飲み干すと、遙香を目で促しながら立ち上がった。
「本日は、ここまでにいたしましょう。また、明日、同じ時間にお伺い致します。それでは、ごきげんよう。」
ジーナは、来たときと同じように、膝を折りながら挨拶をすると、ふわりと音がするかのように扉へ振り返り退出していった。
流れるような動きに、遙香は声をかけそびれて立ち尽くしていた。
「おい。」
アルベルトが遙香の肩を叩いた。その声に、遙香は、はっ、と正気に戻る。
「雰囲気に呑まれるな。帰るぞ。」
サロンの扉を出ていくアルベルトに、遙香は慌ててついていく。
「はぁ、やられたなぁ。」
遙香は階段を登りながらため息をついた。
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