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6-1.
しおりを挟む3日目。
遙香が目を覚ますと、外は雨が降っていた。昨日は日差しが降り注いでいた部屋が、なんだか薄暗い。
リンジーに支度を手伝ってもらい遙香が寝室を出ると、イザベルが待っていた。
「おはようございます。ハルカ様。朝食の準備が整っております。」
イザベルが遙香をダイニングテーブルに促す。遙香は手を合わせて朝食を食べ始めた。
「アルベルトは?」
遙香は、食べながら姿の見えないアルベルトについて尋ねた。
イザベルは、書斎に続くドアをそっと開く。
アルベルトが机に向かって、書き物をしていた。
「まさか、昨夜からずっと?」
昨日、医局から戻ったアルベルトは、イザベルとリンジーにマリアナから渡された冊子を手渡した。パラパラとめくった2人は、「これはすごい」「勉強になりますね」と、絶賛した。
2人に翻訳を早くするようせがまれたアルベルトは、夕食のあと、遙香の書斎を借りると、必死に翻訳に取り組み始めたのだ。
最初のうちこそ、専門用語もあり、遅々として進まなかった。見かねたイザベルが、アルベルトが分からない単語を書き出し、それを音読して聞いた言葉を、遙香が隣に日本語で書くことによって、単語表(簡易版)を作成した。これによって、アルベルトの翻訳が、劇的にスピードアップしたのだ。
ドアが開いたことに気づいたアルベルトが、遙香に向かって声をかけた。
「もうすぐ終わる。」
遙香が食事を終え、イザベルが遙香のグラスに水を注いでいるときに、首をコキコキ鳴らしながらアルベルトが書斎から出てきた。
手には、メモ用紙の束が握られている。
冊子は10日ごとの、胎児の成長、妊婦の状態、必要な栄養や行動の注意点が書かれていたようだ。
用紙の右上に1枚ずつ「○日目」と丸文字で記載されている。
アルベルトは、遙香の斜め前に座ると、リンジーにお茶を頼んだ。
「ありがとうございました。」
「多少間違っていても、気にするな。」
アルベルトは、湯気のたつコップに口をつけながら言った。
「徹夜で翻訳していたんですか?」
遙香は申し訳なさそうに聞いた。
「仮眠は取った。それに、」
アルベルトは遙香の顔を見て言った。
「これがあれば、心配事がひとつ消えるだろう。」
アルベルトの言葉は短かったが、遙香を気遣う温かさが含まれていた。
メモの束を手に、遙香は心からお礼を言った。
「ありがとう。」
そんな雰囲気を、リンジーの一言が台無しにする。
「仮眠なんて格好いいこと言ってますが、昨夜、何度も何度も寝落ちしそうなシェリスフォード様を起こしたのは、私とイザベルですからね。」
机仕事が得意ではないアルベルトは、翻訳に詰まると悩みながら目を閉じていたそうだ。
リンジーとイザベルは、アルベルトと一緒に、なんとか翻訳ができるよう、簡単な言い回しなど一生懸命考えてたそうだ。
最終的には、侍女を呼ぶベルを額にリボンで巻き付け、頭がかくんとなると、イザベルとリンジーが跳んでくる仕組みまでつくって翻訳を進めたという。
「そのメモ用紙は、3人の努力の結晶ですからね。」
リンジーが胸を張った。イザベルも苦笑しながら頷く。
「本当に、ありがとう。」
遙香は3人の気持ちに感謝した。
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