聖女の母と呼ばないで

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1-6. (召喚の儀の裏側で)

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フォン・ヴァッハヴェルは、召喚の儀を前に、重たくなる気持ちを振り払おうとしていた。


過去の聖女達の記録では、召喚されたことがわかると、「帰りたい」と、泣き叫ぶ者や、反対に、「私の力が必要なんでしょ」と、横柄な態度を取る者などがいた。

表向き、全ての聖女が魔の森を鎮め、国を救ったことに「なっている」。

ほとんどの国民は、操作された聖女の姿しか知らない。清廉で、自己犠牲の精神で、国の危機を救うために「降臨」された聖女。

魔の森から瘴気が溢れる頃には、必ず神が聖女を遣わす。そのために、建国の祖に神が魔方陣を与えたのだと。



王族と、魔法師団の上層部のみが、「聖女降臨」の隠された真実を知っている。いや、隠された真実の罪深さを正しく認識している者など、ほとんどいないのかもしれない。



フォン・ヴァッハヴェルは、聖堂で召喚した者が、魔術師達の前で、怯え、取り乱し、「聖女」らしくない姿を見せることを恐れていた。





召喚の術が唱え終わると、魔方陣が眩しく輝いた。瞬間的に目が眩む様な白色光となった後、輝きは消え、聖堂は静寂に包まれた。

魔方陣の中央には、真っ黒な服を着た女性が。無事に成功したと安堵したのも束の間、魔術師達が歓喜の雄叫びをあげた。


その様子に内心焦りを覚えたものの、王の一声で辺りは再び静寂に包まれた。

笑顔を張り付け、召喚された者の前へ進む。
顔を覗くことが出来るほど近づくと、既に泣いた後なのだろうか、目は赤く充血し、瞼は腫れぼったくなっていた。




手を取り、拒否される前に無事に召喚された者の言語を習得する。言葉による驚きと安心感を与え、こちらの言語を「音」のみで渡す。

王に、端的に、しかし衝撃的な内容のみ伝えていただき、思考を停止させる。

よくわからない状況の中で、私を「味方」と認識してもらい、無条件での信頼を勝ち得る。そういう手筈で進めたつもりだった。





応接室へ移動し、向かい合うように座る。
軽食と飲み物を、聖堂の部屋付き見習いに指示する。

過去の聖女に関する文献を参考に、あらかじめ用意させておいた、軽食のプレートと、癖のないお茶を持ってこさせた。軽食は、女性が好むよう、可愛らしい盛り付けにした。

魔の森の説明に関して、嘘はない。
聖女に関する説明についても、「表向きの正しい内容」だ。

これで召喚されたものは、自身に急に与えられた「世界を救う使命」と「特別感」を持ち、召喚されたことに対する嫌悪感を気にしなくなるはずだ。フォン・ヴァッハヴェルは、そう信じていた。



コバヤシ・ハルカからの質問は、想定外の内容だった。



「私が期待されている役割は理解しました。ですが、私は自分が妊娠しているか分かりません。特段兆候も出ていないと思います。何か、判断できる方法があるのでしょうか?」




フォン・ヴァッハヴェルは、驚いた。一瞬顔に出てしまったように思うが、すぐに笑みを浮かべ直す。

この者は、このように急に置かれた環境の中でも、冷静に自己の状態を分析している。

確かに、聖女に資質は重要だ。浄化の魔法を使えなければ意味がない。それは、胎児であっても判断が可能だった。

しかし、それだけではダメだ。

民衆から慕われ、国を救う英雄としての器も身に付けなければならない。

「聖女は、聖女たるよう作られる。」

この者が、その考えに気がつくのはそう遠くない。そう感じた。





改めて、目の前の女性を観察する。

初めて見た時と同様、目は赤く充血し、瞼は腫れている。しかし、ソファに背筋を伸ばして座り、顔もうつむくことなくフォンを見据えている。

飾られた軽食を無邪気に喜ぶ様子はなく、ただひたすらフォンの言葉の意味を理解しようとする姿勢をみて、フォン・ヴァッハヴェルは、このまま勢いで無条件に信頼させるのは難しいと悟った。

開示できる範囲で情報を与え、こちらの誠意を正しく見せる必要がある、そう、認識を改めた。



これまで、狸のような宰相や狐のような貴族達とやりあってきたが、「今回は思いの外難しい案件かもしれない」と、コバヤシ・ハルカと共に、別邸へ向かう馬車に揺られながら考えた。






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