9 / 75
1-6. (召喚の儀の裏側で)
しおりを挟むフォン・ヴァッハヴェルは、召喚の儀を前に、重たくなる気持ちを振り払おうとしていた。
過去の聖女達の記録では、召喚されたことがわかると、「帰りたい」と、泣き叫ぶ者や、反対に、「私の力が必要なんでしょ」と、横柄な態度を取る者などがいた。
表向き、全ての聖女が魔の森を鎮め、国を救ったことに「なっている」。
ほとんどの国民は、操作された聖女の姿しか知らない。清廉で、自己犠牲の精神で、国の危機を救うために「降臨」された聖女。
魔の森から瘴気が溢れる頃には、必ず神が聖女を遣わす。そのために、建国の祖に神が魔方陣を与えたのだと。
王族と、魔法師団の上層部のみが、「聖女降臨」の隠された真実を知っている。いや、隠された真実の罪深さを正しく認識している者など、ほとんどいないのかもしれない。
フォン・ヴァッハヴェルは、聖堂で召喚した者が、魔術師達の前で、怯え、取り乱し、「聖女」らしくない姿を見せることを恐れていた。
召喚の術が唱え終わると、魔方陣が眩しく輝いた。瞬間的に目が眩む様な白色光となった後、輝きは消え、聖堂は静寂に包まれた。
魔方陣の中央には、真っ黒な服を着た女性が。無事に成功したと安堵したのも束の間、魔術師達が歓喜の雄叫びをあげた。
その様子に内心焦りを覚えたものの、王の一声で辺りは再び静寂に包まれた。
笑顔を張り付け、召喚された者の前へ進む。
顔を覗くことが出来るほど近づくと、既に泣いた後なのだろうか、目は赤く充血し、瞼は腫れぼったくなっていた。
手を取り、拒否される前に無事に召喚された者の言語を習得する。言葉による驚きと安心感を与え、こちらの言語を「音」のみで渡す。
王に、端的に、しかし衝撃的な内容のみ伝えていただき、思考を停止させる。
よくわからない状況の中で、私を「味方」と認識してもらい、無条件での信頼を勝ち得る。そういう手筈で進めたつもりだった。
応接室へ移動し、向かい合うように座る。
軽食と飲み物を、聖堂の部屋付き見習いに指示する。
過去の聖女に関する文献を参考に、あらかじめ用意させておいた、軽食のプレートと、癖のないお茶を持ってこさせた。軽食は、女性が好むよう、可愛らしい盛り付けにした。
魔の森の説明に関して、嘘はない。
聖女に関する説明についても、「表向きの正しい内容」だ。
これで召喚されたものは、自身に急に与えられた「世界を救う使命」と「特別感」を持ち、召喚されたことに対する嫌悪感を気にしなくなるはずだ。フォン・ヴァッハヴェルは、そう信じていた。
コバヤシ・ハルカからの質問は、想定外の内容だった。
「私が期待されている役割は理解しました。ですが、私は自分が妊娠しているか分かりません。特段兆候も出ていないと思います。何か、判断できる方法があるのでしょうか?」
フォン・ヴァッハヴェルは、驚いた。一瞬顔に出てしまったように思うが、すぐに笑みを浮かべ直す。
この者は、このように急に置かれた環境の中でも、冷静に自己の状態を分析している。
確かに、聖女に資質は重要だ。浄化の魔法を使えなければ意味がない。それは、胎児であっても判断が可能だった。
しかし、それだけではダメだ。
民衆から慕われ、国を救う英雄としての器も身に付けなければならない。
「聖女は、聖女たるよう作られる。」
この者が、その考えに気がつくのはそう遠くない。そう感じた。
改めて、目の前の女性を観察する。
初めて見た時と同様、目は赤く充血し、瞼は腫れている。しかし、ソファに背筋を伸ばして座り、顔もうつむくことなくフォンを見据えている。
飾られた軽食を無邪気に喜ぶ様子はなく、ただひたすらフォンの言葉の意味を理解しようとする姿勢をみて、フォン・ヴァッハヴェルは、このまま勢いで無条件に信頼させるのは難しいと悟った。
開示できる範囲で情報を与え、こちらの誠意を正しく見せる必要がある、そう、認識を改めた。
これまで、狸のような宰相や狐のような貴族達とやりあってきたが、「今回は思いの外難しい案件かもしれない」と、コバヤシ・ハルカと共に、別邸へ向かう馬車に揺られながら考えた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
【完結】聖女にはなりません。平凡に生きます!
暮田呉子
ファンタジー
この世界で、ただ平凡に、自由に、人生を謳歌したい!
政略結婚から三年──。夫に見向きもされず、屋敷の中で虐げられてきたマリアーナは夫の子を身籠ったという女性に水を掛けられて前世を思い出す。そうだ、前世は慎ましくも充実した人生を送った。それなら現世も平凡で幸せな人生を送ろう、と強く決意するのだった。
絶対に間違えないから
mahiro
恋愛
あれは事故だった。
けれど、その場には彼女と仲の悪かった私がおり、日頃の行いの悪さのせいで彼女を階段から突き落とした犯人は私だと誰もが思ったーーー私の初恋であった貴方さえも。
だから、貴方は彼女を失うことになった私を許さず、私を死へ追いやった………はずだった。
何故か私はあのときの記憶を持ったまま6歳の頃の私に戻ってきたのだ。
どうして戻ってこれたのか分からないが、このチャンスを逃すわけにはいかない。
私はもう彼らとは出会わず、日頃の行いの悪さを見直し、平穏な生活を目指す!そう決めたはずなのに...……。
骸骨と呼ばれ、生贄になった王妃のカタの付け方
ウサギテイマーTK
恋愛
骸骨娘と揶揄され、家で酷い扱いを受けていたマリーヌは、国王の正妃として嫁いだ。だが結婚後、国王に愛されることなく、ここでも幽閉に近い扱いを受ける。側妃はマリーヌの義姉で、公式行事も側妃が請け負っている。マリーヌに与えられた最後の役割は、海の神への生贄だった。
注意:地震や津波の描写があります。ご注意を。やや残酷な描写もあります。
【取り下げ予定】愛されない妃ですので。
ごろごろみかん。
恋愛
王妃になんて、望んでなったわけではない。
国王夫妻のリュシアンとミレーゼの関係は冷えきっていた。
「僕はきみを愛していない」
はっきりそう告げた彼は、ミレーゼ以外の女性を抱き、愛を囁いた。
『お飾り王妃』の名を戴くミレーゼだが、ある日彼女は側妃たちの諍いに巻き込まれ、命を落としてしまう。
(ああ、私の人生ってなんだったんだろう──?)
そう思って人生に終止符を打ったミレーゼだったが、気がつくと結婚前に戻っていた。
しかも、別の人間になっている?
なぜか見知らぬ伯爵令嬢になってしまったミレーゼだが、彼女は決意する。新たな人生、今度はリュシアンに関わることなく、平凡で優しい幸せを掴もう、と。
*年齢制限を18→15に変更しました。
記憶喪失になった嫌われ悪女は心を入れ替える事にした
結城芙由奈@12/27電子書籍配信中
ファンタジー
池で溺れて死にかけた私は意識を取り戻した時、全ての記憶を失っていた。それと同時に自分が周囲の人々から陰で悪女と呼ばれ、嫌われている事を知る。どうせ記憶喪失になったなら今から心を入れ替えて生きていこう。そして私はさらに衝撃の事実を知る事になる―。
城で侍女をしているマリアンネと申します。お給金の良いお仕事ありませんか?
甘寧
ファンタジー
「武闘家貴族」「脳筋貴族」と呼ばれていた元子爵令嬢のマリアンネ。
友人に騙され多額の借金を作った脳筋父のせいで、屋敷、領土を差し押さえられ事実上の没落となり、その借金を返済する為、城で侍女の仕事をしつつ得意な武力を活かし副業で「便利屋」を掛け持ちしながら借金返済の為、奮闘する毎日。
マリアンネに執着するオネエ王子やマリアンネを取り巻く人達と様々な試練を越えていく。借金返済の為に……
そんなある日、便利屋の上司ゴリさんからの指令で幽霊屋敷を調査する事になり……
武闘家令嬢と呼ばれいたマリアンネの、借金返済までを綴った物語
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる