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私の初恋
* 背伸びをしたラブレター
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キーンコーンカーンコーン…。
「はい、じゃあここまで…次回は授業の最初に漢字の小テストをするから復習は怠らないようにして下さい!」
6限目の授業終了のチャイムが鳴り、先生が授業を締めくくった。
クラス委員の掛け声で、先生に授業終了の挨拶をして皆ホームルーム迄の時間を楽しげに過ごす。
私は一つ前の席の橋渡さんにノートを見せてほしいと頼まれて快く渡した。
橋渡 灯さんは私とは正反対のタイプで授業中はいつも寝ているか、こっそり携帯を触っていたりしてはっきり言ってしまうと不真面目な生徒だった。
きっと席が前後の関係でなければ関わる機会もなかったかもしれない。
彼女はこうしてよく授業の終わりに私からノートを借り、携帯で写真を撮ってから私にノートを返す。
形はどうあれ写真というのは便利なもので、こういう使い方も出来るなんて改めてすごいと思う。
今日も橋渡さんは携帯に私の板書を残して、ノートを返してくれた。
私はノートを受け取ると、通学用のカバンにしまった。いつもの私ならホームルームが終わるまで、ノートや教科書は引き出しに待機しているが、今日は違っていた。
今日はすでに通学用のカバンの中にそれらはしまってある。
私は今日楽しみな出来事があった。
体育祭から一週間経ち、何とかして上崎先輩に近付きたいと二年四組の教室の前を通ったりしてみたりしたが、なかなか出会う機会もなく、況してやいきなり声を掛ける勇気もなく。今日まで変わらない日常を送ってきた。
そんな意気地なしの私を見兼ねた乙葉が上崎先輩のバイト先に行ったら会えるんじゃないか。と提案してくれて、今日ついにその日を迎えたのだった。
私の心臓は緊張と喜びでいつもより早足で動いていた。そのせいか帰りのホームルームは殆ど記憶になくて気が付いたら先生に頭を下げていた。
ホームルームが終わると同時に、私の元に足音が近づいてきた。
「柚子!準備できたら行くよ」
「今日はもう準備万端だよ!」
足音の主は乙葉だった。
乙葉はいつもならゆっくり帰り支度をする私がすでに用意を済ませていることに驚いていた。
「柚子がこんなに早く帰り支度をするなんて…明日は雨かな…」
本心からそう呟いていると感じるような言い方に私が反論したくてもできないのは、乙葉の言う通りだからだ。
「私が本気を出せば帰り支度なんてあっという間だよ」
反論できない代わりに見栄を張って対抗してみた。
「はいはい、じゃあいつも本気出してよね」
私の小さな抵抗は失敗に終わってしまった。
私たちは学校から出ると駅の近くのファストフード店に向かった。
ファミリーショップという名前の子の場所は、乙葉曰く私の恋した彼が働いている場所だった。
今日の私は彼の姿を一目見たくてここまで来た。
チャンスがあれば彼と言葉を交わせるかもしれない。
私は期待に胸を膨らまして乙葉の後に連れて足を動かした。
「着いた!」
「乙ちゃん…緊張してきた…」
ファミリーショップに着いたと同時に私の緊張感は高まった。
心臓の音が溢れ出しそうなのを感じて胸に両手を当てた。
小さな両手に大きな鼓動が伝わってくる。
心臓が爆発しそうとはこういうことなのだろうか。
「柚子、行こう」
乙葉は動けずにいる私の手を掴みガラス張りのドアを開いた。
カランカランッ。
来客を知らせる心地の良い音が店内に響き、店内にいた店員が出迎えの挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
私は未だに手を掴まれたまま辺りをキョロキョロ見回していた。
店内はきちんと清掃されていて木目調の落ち着いた雰囲気だった。
子供連れのお客様のためにキッズスペースもあった。
私たちを出迎えてくれたのは若い男性の店員だった。男性にしては細身で女性的な顔立ちをしていた。
名札には『霧島』と書かれていた。
カウンターでサイドメニューとドリンクを頼み、二人がけの席に座った。
少しすると先程の霧島さんがドリンクを運んできた。
乙葉はアイスティー、私はアイスココアをそれぞれ乾いた喉に流し込んだ。
「美味しい…」
「美味しいね」
乙葉と私はすっかり目的を忘れて寛いでいた。
乙葉はカバンから宿題を取り出し手をつけ始めた。
私も真似をして宿題に手をつける。
「柚子、ここ分からない…この公式でいいの?」
「ここは…150ページに書いてあった式が…」
私たちは暫く宿題に集中していた。
店内に滞在して30分くらい経つと、小腹の空いた人たちで客席が賑わってきた。
先程の霧島さんもお客様の対応に忙しそうだった。
私は宿題から顔を上げると、暫く霧島さんを観察していた。
霧島さんはキッチンには入らずにレジや提供を素早くこなしていた。
もしかしたら上崎さんはキッチンにいるのかもしれない…もしかしたら今日はお休みなのかもしれないし、今日は会えないのかな…。
そんなことを考えて一人で落ち込み始めた時、霧島さんではない誰かがレジに入り、お客様の注文を取り始めた。
その姿に私は釘付けになる。
「乙ちゃん…上崎先輩見つけた…」
真剣に宿題に取り組む乙葉の体を揺すって乙葉の集中をずらした。
「えっ?本当?」
慌てて顔をあげた乙葉は上崎先輩を視界に入れると私に微笑んだ。
「よかったじゃん、柚子!」
「うん!来てよかった」
落ち着いていた私の心臓はまた忙しく動き出した。
自分でも気付かないくらい私は彼を見つめていたらしい。
ばちっと音が聞こえそうなほどに上崎先輩の視線が私の視線と絡んだ。
10秒ほど私達は視線を逸らさずに見つめ合った。上崎先輩がどうして視線を逸らさなかったのかは分からなかったけど、私の心臓は破裂しそうなくらい忙しなく動いていた。
私達の視線は店内に新しく入ってきたお客様によって逸らされた。
「乙ちゃん…心臓が破裂するかと思った…」
乙葉は私を見つめて良かったねと呟いた。
嬉しさから大きく頷いた私に乙葉は課題を与えた。
「柚子、せっかくここまで来たんだから上崎先輩に声かけてきたら?」
「ええー!!無理だよ!目があっただけで心臓が破裂しそうなのに…直接話すなんて絶対無理だよ!」
私は涙目で訴えた。
こんな気持ちは初めてだ。
好きだから、話したい、声を聞きたい、そう思うのに…そう思うほどに話しかける勇気が出なかった。
「せっかくのチャンスなんだからものにしなきゃダメだよ!とりあえず私の為にアイスティのお代わり頼んできて、お金は渡すから」
確かに今、レジに行くと上崎先輩が担当してくれるのは確定事項だが、私は踏み出す勇気が出なかった。
「柚子、待ってるだけじゃ何も始まらないよ?」
乙葉が放った一言が私の心に深く刺さった。
そうだ…このままじゃダメだ…。
私は大きく深呼吸をして一歩前に踏み出した。
乙葉は笑顔でそれを見送った。
たどり着いたレジにはお客様が一人並んでいたが、私の番が回ってくるのに30秒もかからなかった。
レジが空く…一歩前に踏み出す。
緊張から顔はずっと伏せて、視界には私の履いているローファーが映っている。
今、顔を上げると…。
目の前には…目の前には私の恋をしている人。
お金を握る手が小さく震えて、心臓も飛び出しそうなほどに活動している。
唇を噛み締めて、思いっきり顔をあげた。
私を見つめていた上崎先輩と視線が合う。
「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ」
先輩は笑顔で私に声をかけてくれた。
先輩の声を聞いた途端手だけではなく足まで震え始めた。
「あっあの…あっ、アイスティーを下さい!」
「かしこまりました、以上でよろしいですか?」
「はっはい!」
「お会計、200円でございます」
チャリンッと慌てて握っていたお金をカウンターに置いて、先輩の仕草を観察していた。
「200円丁度いただきましたので、レシートを失礼致します。お席までお持ちいたしますので、おかけになってお待ち下さい」
先輩は私に一礼すると笑顔で次のお客様の対応を始めた。
私は極度の緊張から解放されて今にも泣き出しそうだった。
あんなに震えていた体は何事もなかったように元に戻り、走って乙葉の元に帰っていった。
「おかえり!よく頑張りました!」
「乙ちゃん…緊張したよぉ」
「これでまた少し先輩に近づけたね」
「うん。でも私、挙動不審だったかな」
「かなり挙動不審だったけど、気にしてないと思うよ」
「どうしよう…嫌われてないかな…」
「まあ、怪しまれてるかもしれないけどね」
苦笑いする乙葉に私はしがみついた。
「ちょっと、柚子」
「乙ちゃん…どうしたらいいかな」
乙葉はわたしを引き離すと深呼吸するように諭した。言われた通りに大きく深呼吸する。
「柚子、今日の目標は達成出来たんだから大丈夫よ!次のステップに進まないとね」
私にウインクをしながら乙葉は告げた。
「柚子!次は告白しなきゃね」
私は一瞬、乙葉の言葉の意味が分からなかった。
告白かあ…告白かあ…告白?…告白!?
しばらくの沈黙の後。
「こっ告白!!!」
「柚子!うるさい!」
「だってだってだって…私が…告白」
「柚子…このまま拝むだけじゃ何も始まらないよ。ちゃんと気持ちを伝えないと」
私は乙葉をじっと見つめた。
乙葉の顔は大真面目で反論のしようもなかった。
「乙ちゃん…私…私、告白する!」
「よく言った!」
乙葉は私の頭をよしよしと撫でた。
私達はその後すぐにお店から出た。
「ありがとうございました!」
店員の気持ちの良い挨拶とともに外の空気に触れた私の髪はサラサラと風に揺れた。
今日、初めて彼の声を聞いた。
初めて彼の近くに立って彼の視界に入れた。
乙葉が口にした『告白』という言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
「乙ちゃん…私…お手紙書いてみようかな…」
漠然と頭にある『告白』の言葉に自分なりに答えを出してみた。
私はきっと上崎先輩を前にしたら震えて、泣き出してしまうかもしれない。
現に今日だってただ注文をするだけで体中が震えて泣き出しそうになってしまっていたんだから、直接なんて告白できるわけがない。
だから、私が出した答えは『手紙』だった。
手紙なら勇気を出して渡せるかもしれない。
「ラブレターか、柚子らしくて良いと思う」
私の提案に乙葉は賛成してくれた。
この日から一週間、私の頭はラブレターでいっぱいだった。
この溢れそうな恋心を紙に表すのに丁度いい言葉を探し、一文字ずつ埋めていった。
「出来た!」
私がこの声をあげたのは丁度一週間後だった。
書き終えた手紙を封筒にしまうと、一枚の写真も添えるように封筒の中に入れて封をした。
完成したのは上崎先輩に渡すラブレターだった。
わたしはそれを大事に胸に抱え抱きしめた。
「先輩に私の気持ちが届きますように…」
私はそれを通学用のカバンにしまった。
明日いよいよ上崎先輩に私の気持ちを手紙に託して届ける。
私はドキドキする心臓を抱きしめながら眠りについた。
「はい、じゃあここまで…次回は授業の最初に漢字の小テストをするから復習は怠らないようにして下さい!」
6限目の授業終了のチャイムが鳴り、先生が授業を締めくくった。
クラス委員の掛け声で、先生に授業終了の挨拶をして皆ホームルーム迄の時間を楽しげに過ごす。
私は一つ前の席の橋渡さんにノートを見せてほしいと頼まれて快く渡した。
橋渡 灯さんは私とは正反対のタイプで授業中はいつも寝ているか、こっそり携帯を触っていたりしてはっきり言ってしまうと不真面目な生徒だった。
きっと席が前後の関係でなければ関わる機会もなかったかもしれない。
彼女はこうしてよく授業の終わりに私からノートを借り、携帯で写真を撮ってから私にノートを返す。
形はどうあれ写真というのは便利なもので、こういう使い方も出来るなんて改めてすごいと思う。
今日も橋渡さんは携帯に私の板書を残して、ノートを返してくれた。
私はノートを受け取ると、通学用のカバンにしまった。いつもの私ならホームルームが終わるまで、ノートや教科書は引き出しに待機しているが、今日は違っていた。
今日はすでに通学用のカバンの中にそれらはしまってある。
私は今日楽しみな出来事があった。
体育祭から一週間経ち、何とかして上崎先輩に近付きたいと二年四組の教室の前を通ったりしてみたりしたが、なかなか出会う機会もなく、況してやいきなり声を掛ける勇気もなく。今日まで変わらない日常を送ってきた。
そんな意気地なしの私を見兼ねた乙葉が上崎先輩のバイト先に行ったら会えるんじゃないか。と提案してくれて、今日ついにその日を迎えたのだった。
私の心臓は緊張と喜びでいつもより早足で動いていた。そのせいか帰りのホームルームは殆ど記憶になくて気が付いたら先生に頭を下げていた。
ホームルームが終わると同時に、私の元に足音が近づいてきた。
「柚子!準備できたら行くよ」
「今日はもう準備万端だよ!」
足音の主は乙葉だった。
乙葉はいつもならゆっくり帰り支度をする私がすでに用意を済ませていることに驚いていた。
「柚子がこんなに早く帰り支度をするなんて…明日は雨かな…」
本心からそう呟いていると感じるような言い方に私が反論したくてもできないのは、乙葉の言う通りだからだ。
「私が本気を出せば帰り支度なんてあっという間だよ」
反論できない代わりに見栄を張って対抗してみた。
「はいはい、じゃあいつも本気出してよね」
私の小さな抵抗は失敗に終わってしまった。
私たちは学校から出ると駅の近くのファストフード店に向かった。
ファミリーショップという名前の子の場所は、乙葉曰く私の恋した彼が働いている場所だった。
今日の私は彼の姿を一目見たくてここまで来た。
チャンスがあれば彼と言葉を交わせるかもしれない。
私は期待に胸を膨らまして乙葉の後に連れて足を動かした。
「着いた!」
「乙ちゃん…緊張してきた…」
ファミリーショップに着いたと同時に私の緊張感は高まった。
心臓の音が溢れ出しそうなのを感じて胸に両手を当てた。
小さな両手に大きな鼓動が伝わってくる。
心臓が爆発しそうとはこういうことなのだろうか。
「柚子、行こう」
乙葉は動けずにいる私の手を掴みガラス張りのドアを開いた。
カランカランッ。
来客を知らせる心地の良い音が店内に響き、店内にいた店員が出迎えの挨拶をする。
「いらっしゃいませ」
私は未だに手を掴まれたまま辺りをキョロキョロ見回していた。
店内はきちんと清掃されていて木目調の落ち着いた雰囲気だった。
子供連れのお客様のためにキッズスペースもあった。
私たちを出迎えてくれたのは若い男性の店員だった。男性にしては細身で女性的な顔立ちをしていた。
名札には『霧島』と書かれていた。
カウンターでサイドメニューとドリンクを頼み、二人がけの席に座った。
少しすると先程の霧島さんがドリンクを運んできた。
乙葉はアイスティー、私はアイスココアをそれぞれ乾いた喉に流し込んだ。
「美味しい…」
「美味しいね」
乙葉と私はすっかり目的を忘れて寛いでいた。
乙葉はカバンから宿題を取り出し手をつけ始めた。
私も真似をして宿題に手をつける。
「柚子、ここ分からない…この公式でいいの?」
「ここは…150ページに書いてあった式が…」
私たちは暫く宿題に集中していた。
店内に滞在して30分くらい経つと、小腹の空いた人たちで客席が賑わってきた。
先程の霧島さんもお客様の対応に忙しそうだった。
私は宿題から顔を上げると、暫く霧島さんを観察していた。
霧島さんはキッチンには入らずにレジや提供を素早くこなしていた。
もしかしたら上崎さんはキッチンにいるのかもしれない…もしかしたら今日はお休みなのかもしれないし、今日は会えないのかな…。
そんなことを考えて一人で落ち込み始めた時、霧島さんではない誰かがレジに入り、お客様の注文を取り始めた。
その姿に私は釘付けになる。
「乙ちゃん…上崎先輩見つけた…」
真剣に宿題に取り組む乙葉の体を揺すって乙葉の集中をずらした。
「えっ?本当?」
慌てて顔をあげた乙葉は上崎先輩を視界に入れると私に微笑んだ。
「よかったじゃん、柚子!」
「うん!来てよかった」
落ち着いていた私の心臓はまた忙しく動き出した。
自分でも気付かないくらい私は彼を見つめていたらしい。
ばちっと音が聞こえそうなほどに上崎先輩の視線が私の視線と絡んだ。
10秒ほど私達は視線を逸らさずに見つめ合った。上崎先輩がどうして視線を逸らさなかったのかは分からなかったけど、私の心臓は破裂しそうなくらい忙しなく動いていた。
私達の視線は店内に新しく入ってきたお客様によって逸らされた。
「乙ちゃん…心臓が破裂するかと思った…」
乙葉は私を見つめて良かったねと呟いた。
嬉しさから大きく頷いた私に乙葉は課題を与えた。
「柚子、せっかくここまで来たんだから上崎先輩に声かけてきたら?」
「ええー!!無理だよ!目があっただけで心臓が破裂しそうなのに…直接話すなんて絶対無理だよ!」
私は涙目で訴えた。
こんな気持ちは初めてだ。
好きだから、話したい、声を聞きたい、そう思うのに…そう思うほどに話しかける勇気が出なかった。
「せっかくのチャンスなんだからものにしなきゃダメだよ!とりあえず私の為にアイスティのお代わり頼んできて、お金は渡すから」
確かに今、レジに行くと上崎先輩が担当してくれるのは確定事項だが、私は踏み出す勇気が出なかった。
「柚子、待ってるだけじゃ何も始まらないよ?」
乙葉が放った一言が私の心に深く刺さった。
そうだ…このままじゃダメだ…。
私は大きく深呼吸をして一歩前に踏み出した。
乙葉は笑顔でそれを見送った。
たどり着いたレジにはお客様が一人並んでいたが、私の番が回ってくるのに30秒もかからなかった。
レジが空く…一歩前に踏み出す。
緊張から顔はずっと伏せて、視界には私の履いているローファーが映っている。
今、顔を上げると…。
目の前には…目の前には私の恋をしている人。
お金を握る手が小さく震えて、心臓も飛び出しそうなほどに活動している。
唇を噛み締めて、思いっきり顔をあげた。
私を見つめていた上崎先輩と視線が合う。
「いらっしゃいませ、ご注文どうぞ」
先輩は笑顔で私に声をかけてくれた。
先輩の声を聞いた途端手だけではなく足まで震え始めた。
「あっあの…あっ、アイスティーを下さい!」
「かしこまりました、以上でよろしいですか?」
「はっはい!」
「お会計、200円でございます」
チャリンッと慌てて握っていたお金をカウンターに置いて、先輩の仕草を観察していた。
「200円丁度いただきましたので、レシートを失礼致します。お席までお持ちいたしますので、おかけになってお待ち下さい」
先輩は私に一礼すると笑顔で次のお客様の対応を始めた。
私は極度の緊張から解放されて今にも泣き出しそうだった。
あんなに震えていた体は何事もなかったように元に戻り、走って乙葉の元に帰っていった。
「おかえり!よく頑張りました!」
「乙ちゃん…緊張したよぉ」
「これでまた少し先輩に近づけたね」
「うん。でも私、挙動不審だったかな」
「かなり挙動不審だったけど、気にしてないと思うよ」
「どうしよう…嫌われてないかな…」
「まあ、怪しまれてるかもしれないけどね」
苦笑いする乙葉に私はしがみついた。
「ちょっと、柚子」
「乙ちゃん…どうしたらいいかな」
乙葉はわたしを引き離すと深呼吸するように諭した。言われた通りに大きく深呼吸する。
「柚子、今日の目標は達成出来たんだから大丈夫よ!次のステップに進まないとね」
私にウインクをしながら乙葉は告げた。
「柚子!次は告白しなきゃね」
私は一瞬、乙葉の言葉の意味が分からなかった。
告白かあ…告白かあ…告白?…告白!?
しばらくの沈黙の後。
「こっ告白!!!」
「柚子!うるさい!」
「だってだってだって…私が…告白」
「柚子…このまま拝むだけじゃ何も始まらないよ。ちゃんと気持ちを伝えないと」
私は乙葉をじっと見つめた。
乙葉の顔は大真面目で反論のしようもなかった。
「乙ちゃん…私…私、告白する!」
「よく言った!」
乙葉は私の頭をよしよしと撫でた。
私達はその後すぐにお店から出た。
「ありがとうございました!」
店員の気持ちの良い挨拶とともに外の空気に触れた私の髪はサラサラと風に揺れた。
今日、初めて彼の声を聞いた。
初めて彼の近くに立って彼の視界に入れた。
乙葉が口にした『告白』という言葉が頭の中でぐるぐる回っていた。
「乙ちゃん…私…お手紙書いてみようかな…」
漠然と頭にある『告白』の言葉に自分なりに答えを出してみた。
私はきっと上崎先輩を前にしたら震えて、泣き出してしまうかもしれない。
現に今日だってただ注文をするだけで体中が震えて泣き出しそうになってしまっていたんだから、直接なんて告白できるわけがない。
だから、私が出した答えは『手紙』だった。
手紙なら勇気を出して渡せるかもしれない。
「ラブレターか、柚子らしくて良いと思う」
私の提案に乙葉は賛成してくれた。
この日から一週間、私の頭はラブレターでいっぱいだった。
この溢れそうな恋心を紙に表すのに丁度いい言葉を探し、一文字ずつ埋めていった。
「出来た!」
私がこの声をあげたのは丁度一週間後だった。
書き終えた手紙を封筒にしまうと、一枚の写真も添えるように封筒の中に入れて封をした。
完成したのは上崎先輩に渡すラブレターだった。
わたしはそれを大事に胸に抱え抱きしめた。
「先輩に私の気持ちが届きますように…」
私はそれを通学用のカバンにしまった。
明日いよいよ上崎先輩に私の気持ちを手紙に託して届ける。
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