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第一章 カナリアのデスゲーム
カナリアの僕の日記
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午前五時、起床のチャイムで目を覚ます。眠たいなんて戯言を零したらどうなるかなんて、とうの昔に知っている。
近くの部屋にいたカナリア達は日に日に入れ替わっていき、最近では誰も居なくなってしまった。
今日も重たい体を起こすと監視システムが内蔵された色味のない殺人マシーンが僕のガラス張りの個室の前に食事の乗ったトレイを置いて音もなく去っていく。
食事の時や刑務作業、生活物資の支給の時のみこの個室のドアは開いた。
ドアから飛び出そうとした時点でドアから降圧電流が流れ、死に至らしめるシステムになっているようだ。
僕の個室の向かいの人はそうやっていなくなった。
僕がいつからここに来て、何年経つのかなんて全く分からない。ただ分かるのは自分の名前と今日も生きているという感触だけだ。
この施設は監視システムが内蔵されている先程の殺人マシーンがカナリア達を管理している。
マシーンの正式名称はセキュリティハンターと言うらしい。
僕の手には鋼鉄の手錠が嵌められ、思うように動けないが慣れとは恐いもので今では気にならないようになっていた。
それだけ長い期間、ここにいるということなのだろう。
『男性、十九歳、萩野目咎愛健康状態に問題なし、今日の作業は中庭の雑草処理、刑務官同行有』
食事を済ませると同時に僕のガラス張りの個室の前にセキュリティハンターが現れる。
ゆっくり立ち上がるとセキュリティハンターに連れられて歩き出した。
「すみません、質問をしてもいいですか?」
セキュリティハンターに何かを訴える際は自分の要件を端的に伝えなければいけない。
少しでも反抗の意志が見られると恐ろしい罰が待っている。
僕の問いに無機質な機械音声が返答をする。
『質問を許可する』
「失礼します、どうして今日の作業には刑務官同行なのでしょうか?先日は単独作業でしたので刑務官の手を煩わせる必要はないのではないかと」
『その質問には答えかねる、作業内容については機密事項だ』
「失礼しました」
理由はよく分からなかったけどこれ以上踏み込む事の方が恐ろしい。
セキュリティハンターに連れられて中庭に到着すると、先程の疑問にすぐに合点がいった。
通常は多くて二、三人で行う筈の雑草処理の作業をカナリアが五人も集まり行なっていた。
カナリアのすぐ近くには刑務官が二人見張りに徹していてカナリア達の目は恐怖に見開かれていた。
刑務官はセキュリティハンターとは違い、生身の人間だ。カナリア達を直接見張るのは珍しい光景だが、カナリアの人数的にもセキュリティハンターより刑務官を同行することを決めたらしい。
「来ましたか」
『はい!よろしくお願いします、それでは雑草処理の作業に入ります』
刑務官に一礼をしてカナリア達の輪に入ろうとした。刑務官から指示をもらい雑草処理を始める。
昼食時間まで雑草処理を行うと午後からは先程の雑草を片付ける仕事を任された。
単純な作業だが、何かに生きがいを見つけないと狂いそうなこの場所では仕事を貰えることが何よりも救いだった。
作業も片付き収容場所の個室まで誘導されると僕の部屋に一枚の封筒が置いてあった。
簡易ベッドに置かれたそれをセキュリティハンターに許可を取り開いた。
端正な字で窘められた手紙には恐ろしいことが記されていた。
恐る恐る声に出して文字を読む。
「 萩野目 咎愛 様…貴方はカナリアのデスゲームの参加券を手に入れました。
三ヶ月間、他の参加者と共同生活をし生き残った者は刑期の控除や釈放も約束されます。
また、カナリア達は抽選で選出されているため軽犯罪、重犯罪、レベル一から五の方まで問われず参加していただきます。
この期間内は皆様参加者には特別な施設で生活をしていただきます。
この期間内は何をしても罪は問いません。何をしても…。
詳細はゲーム開始時に追ってお伝え致します。
貴方の健闘を御祈りしております」
カナリアのデスゲーム…。参加者が殺しあうことで知られているこのゲームにどうして僕が…。
カナリアからランダムで選出されるとは聞いていたけどまさか自分が選出される日が来るなんて…。
絶望的な恐怖に体中が震え上がった。
はっきり言ってしまうと、このゲームに選ばれた時点で命の安全は失ったようなものだ。
恐怖を目の当たりにした僕の手はカタカタと震え、鋼鉄の手錠が鈴のようにジリジリと音を立てた。
ここにいても未来はない。
だけど死ぬよりはマシだと、そう思って生きてきた。
なのに…。よりによって、カナリアのデスゲームの参加券を得たなんて…。
僕の中にある全ての感情が絶望に変わっていくのを感じた。
この日の夕食は今までで一番美味しくなかった。
食事のトレイをセキュリティハンターが取りに来る前に眠りについた。
翌朝、いつものように五時に起床し重たい体をゆっくりと起こした。
昨日の作業の跡なのか爪に黒くなっている箇所がいくつか見られた。
きっと雑草を取っているうちに入り込んでいたのだろう。
爪を見つめているうちにセキュリティハンターが朝食を運んできた。
今日はいつもの簡素な和食に栄養ゼリーが付いていた。
栄養ゼリーなんていつぶりに口に入るのだろう…。
思い出そうとしても記憶が曖昧で分からなかった。
朝食を済ますと顔を洗って歯磨きを済ませた。
手錠の嵌められた手で自分でも器用なほどに日常生活が送れるのは僕の刑期が長いことを表しているのかもしれない。
セキュリティハンターはいつものように端的に予定を告げるとすぐさま去って行く。
こんな毎日を過ごすこと一ヶ月くらいだったのだろうか…。
変わりばえしない毎日にイレギュラーは突然訪れた。
いつものようにやって来たセキュリティハンターにいきなり手錠を外され、ついてくるように命じられた。
いきなり解放された手首はまるで別の手にすり替わったように感じるくらい解放的だった。
いつもなら作業が始まる時間に僕がいたのは広いホール状の建物の中だった。
白を基調とした質素ながらも清潔感のあるホール内に僕を含め総勢十二名ほどのカナリアが目に入った。
皆、手錠はしておらず壇上の刑務官を見上げていた。僕はこの状況に激しい不安を覚え始める。
刑務官の重たい口が開かれると僕の不安は更に煽られた。
「カナリア諸君、ここに集まってもらった意味は理解できているな?君達は皆、カナリアのデスゲームに選ばれた特別なカナリア達だ。三ヶ月間生き延びるだけで君達は幸せを手にできるのだからな。これからカナリアのデスゲーム開催に当たってルールを説明する。」
誰かが生唾を飲む音が耳に伝わって来た。緊張しているのが僕だけではないことに安心感を覚えた。
そんな僕達には構わず、刑務官は刻々と話を進める。
「ルールは簡単だ、まず忘れないでもらいたいことは君達は勝者だということだ。
施設内を自由に行動する権利がある。
それぞれの犯罪歴についての関与は当人が死んでから初めての告知とする。
当人同士での犯罪歴についての会話は当人達の責任で行なってもらう。
そしてこのゲーム中は君達カナリアは自由だ。
殺人や恋愛…ここに来る前のように自由に振舞っていいのだ。
私からの説明は以上だ。
君達には今日、この後からカナリアのデスゲームを開始してもらう。
施設への移動はセキュリティハンター達に一任する。
それでは私は失礼する。」
壇上から刑務官が降り立つと不気味な静けさが僕達を包んだ。
私語が聞こえようものならすぐさま存在をも消されてしまいそうな、そんな空気が漂っていた。
刑務官の姿が完璧に見えなくなると僕達はセキュリティハンターに誘導され、ホールを後にした。
こんな施設がここにあったなんて…。つくづく驚く一日だった。
かなり歩いたと思う、時間の感覚は正しい方だからそう確信出来た。
僕達は見たことのない場所に集められた。エントランスは広々としていて、例えるならセレブになった気分を味わえた。
「今から貴方達はこの場所で三ヶ月間、生活をしていただきます、ここでの身の回りの世話は、家事システムが内蔵されたセキュリティハンターにより行われます、最初に貴方達には希望した物を二点だけ渡します、この紙に欲しいものを記載してください」
セキュリティハンターから荒紙と鉛筆を渡されて暫く悩んだ挙句、日記帳と筆記用具と記載して提出した。
「今書いてもらったものは本日中に貴方達の手元に渡るように手配しておきます、それと、この期間内は何をしても自由ですが、貴方達に少しだけ制約をつけます、それぞれ制約の内容は異なるので一人ずつ今から内容が記載された紙を配布します、ここに書かれていることが破られれば即座に命はなくなると思ってください」
セキュリティハンターから四つ折りにされた紙を渡され、ゆっくり開いて中身を確認した。
『萩野目 咎愛様…貴方は今後、手首、足首が露出するような事を控えてください』
よく分からないが、手首と足首を他者に見られないようにすればいいという事なのだろうか、不安は残るかこの状況で逃げ出すことはできない。
僕は制約の書いた紙を握りしめた。僕の制約は比較的に簡単だけど他のカナリア達はどうなのだろうか…。淡々とした表情からは何もうかがえなかった。
「制約を確認していただきましたら、こちらのクローゼットルームから自分の好きな洋服を選んで着用して下さい」
セキュリティハンターが示した方には金のドアノブの豪華な扉があり、男女別れて室内に案内された。最初に部屋に入ったのは女性陣からだった。
女性達は時間をかけて服を選び、囚人服とは見違える格好で戻ってきた。
女性達が全員揃うと男性達が入れ替わるように案内された。室内は広々としていて三つの試着室のようなスペースが設けられ順番に中に招かれた。
僕は最後の三人に別けられ、先の三人が出てきてから中に入った。自由に服を選べるのかと思いきや、五着ほど用意された中から選ぶというシステムになっていた。
不思議と目の前にある服に見覚えがあるのはここに来る前に持ち合わせていた服だったりするのかもしれない。
僕はその中から適当に深緑色の長袖のTシャツとジッパーのついた半袖の羽織を選び身につけた。
これなら制約も破っていないし、安泰だ。
それにしても手首、足首を見られてはいけないというのは何故なのだろう。手錠や足枷の後が目立つからだろうか、確かに生々しく痣になっているがそれはカナリアである以上皆、同義だと思うと不思議と疑問に思えた。
そんな考えに捉われながらも、全身の着替えが終わり部屋から順番に元の場所に戻っていった。
列が再び揃うとセキュリティハンターが僕達カナリアを連れて移動を始めた。
次に案内されたのはそれぞれの個室だった。
木目調の扉には金属のプレートでそれぞれの名前が打ち付けられていた。
日本人だけではなく外国の人が何人かいるということが名前だけで窺えた。はっきり何人とは数えてないけど、後に分かるはずだ。
セキュリティハンターは僕達を一通りの施設に案内していった。風呂場、調理室、食堂、トイレ、図書室、植物園、音楽室、プール、教会までもが用意されている。
生活施設以外の施設の存在意味は謎だが、きっとカナリアとしてではなく、人間として暮らせるようにとの配慮なのかもしれない。
セキュリティハンターは一通りの案内が済むと僕達に1日のスケジュールの書いた紙を配り個室に案内した。
朝からどれくらいの時間が経ったのか分からないが、少しだけ感じる空腹感から昼に近いのか、昼であることだけは意識できた。
個室に入るとシンプルなベッドが一つと、シャワールームが一つ、トイレが一つ、用意されていた。
ベッドに腰掛けてみると、いつも僕が使っているベッドとの質の違いに驚きを隠せなかった。
「柔らかい…」
誰もいない個室に僕の漏らした声が響いた。いつもの硬いベッドとは大違いに柔らかく、掛け布団も早くベッドに入りたくなるように誘っている。
「これからどうなるんだろう…」
スケジュール表には十二時半に昼食と書かれていて、時間まではあと三十分あった。
食堂まではそう遠くないから5分もかからずに行けるだろうし、それまでは休んでいていいということだろうか。
なれない状況に緊張感を覚えながらも僕はのろのろと洗面台を求めてシャワールームに向かった。
洗面台の鏡に写る柔らかい栗色の髪と緑色の瞳を持った少年と目があった。
髪はボサボサで見るからに窶れているのが分かる。とりあえず髪の毛だけでもと思い、髪を少し濡らして整えてみた。
記憶にある年齢は十九歳だが、それよりはかなり幼く見える。鏡から目を落とすと、長袖を捲りあげて手首を見つめた。
赤く跡のついた箇所は生々しく僕を見つめているように感じるのは僕がカナリアだということを主張しているようだった。
僕は手首を見つめながら自身の記憶を探り始めた。
何故、僕はここに居るのだろうか…。
何の罪を犯してしまったのだろうか…。
僕は何故記憶が曖昧なのだろうか…。
考えれば考えるほど疑問が溢れてくるが何一つとして解決する目処が立たない。
せめて自分が捕まった理由だけでも思い出せればいいのだが、いくら考えてもここに来だ後の記憶しか僕にはないのであった。
それは僕が自身の犯した罪から背を向けたい感情からなのか、ここの施設の職員たちが意図的になんらかの方法で僕の記憶を消しているのか…。
そうなのなら僕は後者でありたい。自身の犯した罪を忘れながら生きるなんて、そんな身勝手な人間にはなりたくないと切に思う。
カナリアである僕が意識するのもおかしいかもしれないけれど、人間として生きていく以上は最低限の倫理観は持ち合わせていないといけないというプライドはある。
この妙なプライドが今の僕を作り上げている気がしている。
カナリアとして生きる僕には倫理観が大切でならないんだ。
そんなことを考えながらシャワールームから出ると時刻は昼食の予定時間の十分前を指していた。
慌てて部屋から出て食堂に向かおうとしていると、僕の他にも何人かのカナリアの姿が目に入りホッと胸をなでおろした。
「おい、あんた!ちょっと待てよ!待ってくれよ」
後方から青年のものと思わしき声が聞こえて来た。ここの施設ではカナリア同士の私語は認められていないため振り返らずに歩いていた。決して無視をしていたのではなく、まさか僕が話しかけられている対象だとは思ってもみなかったから知らないふりをしていたのだが。
「待てってば」
背中を二回トントンと叩かれそっと振り返った。そこにはオレンジ色の髪をした愛嬌のある笑みを浮かべ青年が立っていた。
「何か僕にご用ですか?」
咄嗟に出た言葉はよそよそしく彼の笑顔に対する返答とは真逆のものだった。
「なあ、あんたも食堂に行くんだろ?どうせ目的地が一緒なんだから一緒に行こうぜ」
「いいですけど、カナリア同士で話しても大丈夫なんでしょうか?」
僕が警戒していたのはこの青年ではなく、カナリアとして話をしていてセキュリティハンターの目に止まらないかということだった。
青年は屈託のない笑顔で僕に言葉を投げる。
「あんたルール聞いてただろ?ここでは俺たちはカナリアとしてではなく人間として生活出来るんだ、だから話をしても咎められることはないさ、丁度今、あんたに話しかけて事実確認してみたところだったんだ!ほらっ大丈夫そうだろ?」
確かにそんなルールを聞かされていたような気がする。セキュリティーハンターが来ない事が事実なのは今、この場で証明されているから青年の言葉に確証がある。
「確かにセキュリティーハンターが来ないのを見ると本当に自由に話をしても大丈夫なのは確かみたいですね」
僕が感慨深げに呟くと青年はハハッと爽やかに笑った。
「あんた神経質な人なんだな、せっかくなんだからもっと楽しまなきゃ損だぜ!俺、愛美平って言うんだ、よろしくな!」
愛美平と名乗った青年は僕にスッと手を差し出した。僕は慣れない事に戸惑いながらも愛美の手を握った。
「萩野目咎愛です、よろしくお願いします」
「へえ、じゃあ咎愛って呼ぶな!俺のことは気軽に平って呼んでくれ!それと多分歳変わらないだろうし敬語使わなくていいぞ!」
「でも…初対面ですし…」
「んなこと気にすんなよ!それより腹も減ったし早く行こうぜ!」
「えっ、あのっちょっと!」
僕は平に腕を引かれて歩き出した。こんな風に誰かと自由に話をしても許される日がくるなんて思ってもみなかった。
それに少し強引だけど平には自然と心を開いてしまうような優しさが感じられた。
そうして僕は平と食堂に入って行った。食堂の中には既に僕達以外のカナリアは集まっていて僕達は大慌てで席に着いた。
僕と平が席に着くと食堂内に設置された大型スクリーンにポゥッと光が灯りセキュリティハンターにしては少し細身のシルエットが映し出された。
一見カエルの様なそれは人型をしており緑色のボディには似つかわしくないタキシードを纏っていた。カエルはゆっくりと口を開くとカナリア達の名前を一人一人呼び上げた。
『ご機嫌麗しゅうございます、カナリア諸君。
私は君たちの案内人を務めるガエリゴと申します。
君たち選ばれしカナリアはこの施設内では囚人という事を忘れて貰うために囚人番号ではなく名前で呼びあってもらいます。
そのために一人ずつ私の方で君たちの名前を読んでいこうではありませんか。
顔と名前を認識してもらうために、名前を呼ばれたカナリアから起立していただきたく思います。
初めに…』
ガエリゴと名乗った不気味な案内人は一呼吸置いてからカナリア達の名前を読み上げ始めた。
『アン・スリウム』
まず最初の一人目は金髪碧眼にコックの様な服を纏った端正な顔立ちの男性が立ち上がった。彼はここに来る前はコックだったのかもしれない。
僕がそう思ったのは僕自身に用意された服がここに来る前に身につけていたものだと確信したからだった。
『蝶番舞鶴』『ちょうつがいまいずる』
二人目の名前が呼ばれると妖艶な雰囲気の着物を纏った美女が立ち上がった。彼女はカナリアとは思えないほどに完璧に化粧を施しており大人の女性の色気を感じさせた。
『彼方茜』『かなたあかね』
三人目に立ち上がったのは赤髪にそばかすが印象的な見るからに体育会系な男性だった。腕から覗く鍛えられた筋肉が彼の力強さを物語っていた。
『黄瀬檸檬』 『きせれもん』
四人目に立ち上がったのは長い金の髪を二つに結った可愛らしい女性で白いブラウスに紐リボンを結び紺のフリルのスカートを身につけていた。歳は僕と変わらないくらいに見えた。
『芙蓉夏彦』 『ふようなつひこ』
五人目に立ち上がった男性は緑色のファーのついたコートを纏っており、暗めの茶色の髪にふわっと浮かべた優しい笑顔は自然とカナリアとは思えない優しい雰囲気をまとっていた。
『日暮茉里』『ひぐらしまり』
六人目の女性は緑色の短い髪をカールさせた吊り目の女性で背はすらりと高く体も骨が浮くほど細かった。
牡丹一華 『ぼたんいちか』
七人目に立ち上がったのは名だけ聞くと女性と勘違いしそうだが男性だった。ハイネックのセーターがとても似合う色白な青年で紳士的な雰囲気を醸し出していた。
月華兎耳 『げつかとじ』
八人目に勢いよく立ち上がったのは二つのお団子頭が特徴的な小さな女の子だった。まだ小さい彼女がなぜここにいるのか不思議だが彼女は屈託のない笑みを浮かべキョロキョロと周りを見渡していた。
櫓櫂順一 『ろかいじゅんいち』
九人目に立ち上がったのは黒髪に眼鏡が印象的な白衣を纏った男性で、容姿から医者だとすぐにわかった。彼は眉間に深い皺を刻ませあたりを睨みつけていた。
『九条百合』 『くじょうゆり』
十人目に立ち上がったのは桃色の髪を高く二つに結った女性で、視線に困るほどあちこちを露出した服装をしていた。
『愛美平』『あいびへい』
十一人目に立ち上がったのは僕とさっき知り合いになった平だった。平は笑顔を浮かべ僕の方を見ていた。
『萩野目咎愛』『はぎのめとがめ』
最後に呼ばれたのは僕だった。恐る恐る立ち上がると周りの視線は僕に集まった。身の縮みそうな思いで俯くとガエリゴが言葉を続けた。
以上の十二名が今回の参加者となります。皆様にはカナリアとしての自分を忘れてこの三ヶ月間お楽しみいただきたく思います。
今から皆様にはコミュニケーションを取りやすいように腕時計型の端末を配ります、皆様の個人名と連絡先を登録してありますのでそちらで自由に連絡を取り合ってください。
今後の質問等は私、ガエリゴが対応致しますのでよろしくお願い致します。それでは遅くなりましたが昼食が出来ましたのでお召し上がりください。失礼します。』
モニターの発光が消えるとその瞬間にテーブルの上に昼食が慌ただしく並べられた。
配膳をしているのはセキュリティハンターに良く似た機械だった。
「え…こんなの…食べていいんですか?」
思わず心の声が溢れ出してしまうほど豪華なご馳走が並べられ皆はハッと息を飲んだ。
「咎愛!食べようぜ!」
「うっうん…いただきます」
平に促されて恐る恐る目の前のローストビーフに手を伸ばした。手錠のない違和感と久しぶりにしっかりと握るフォークの感覚は不気味なほどに新鮮味があった。
僕の隣の平は周りを気にせずに口の中に食べ物を掻き込んでいた。
「美味しい…」
他のカナリア達も料理の味に翻弄され目を丸く見開いていた。平だけは我を失ったように食事に夢中になっている。
僕はサラダとライスを平らげるとワイングラスに注がれたオレンジジュースを飲み干した。
「ご馳走さまでした」
目の前の皿が空になると食器を下げに忙しなくマシーン達がやってくる。
全ての食器がなくなるとマシーン達は僕たちに腕時計型の端末を配り始めた。ガエリゴが言っていたコミュニケーションを取るための端末だろう。
皆がそれを貰うと同時に手首に巻き始める中、僕は制約が気になって端末をポケットにしまった。
「咎愛は付けないのか?俺が付けてやるか?」
「ううん、大丈夫自分で付けるよ」
もし、平に見られてしまって死んでしまうなんてことになれば呆気なさすぎて死にきれない。
平は僕の不自然な行動に首を傾げていたが、深く追求はしてこなかった。取り敢えず制約を破らずに済んだことは確実だ。
一息ついたのも束の間に皆は食堂から部屋へ戻って行った。数人は食堂に残り何やら雑談を楽しんでいるようだった。
カナリア同士が自由に会話をしているという不思議な光景に僕が見入っていると平に肩を叩かれた。
「咎愛?この後どうする?予定ないなら一緒に行動しようぜ」
平の提案に僕は首を縦に振った。一人でいるより誰かといた方が安心だし、それに皆はカナリア同士ということもあり緊張感も漂っていた。
不思議と平には警戒心を解いている自分がいて、平と行動することが身の安全に繋がるような気がしていた。
「特に予定はないから平と行動するよ、その前に部屋に戻ってもいいかな?歯磨きとかしたいし」
「そうだな、じゃあ咎愛の用意が整ったら俺の部屋に来てくれよ」
「うん、わかったよ」
「あんまり待たすなよ!じゃあ俺先部屋行くわ、またな」
平と一旦別れた後、部屋に戻った僕は痣のある手首に腕時計型の端末を付けて袖を被せた。
平と離れる時間が欲しかったのはこの為だった。
平に嘘をつくのは倫理観に反するような気がして歯磨きをしてから部屋を出た。平の部屋は僕の部屋と対になる場所にあった。
僕は恐る恐るノックをすると部屋の中から平の返事と慌ただしく平自身が部屋から姿を見せた。
「よっ、まあ入れよ!変なことはしないから安心しろよな」
平は悪戯に笑うと僕を部屋に招き入れた。平の言う変なことが何かは分からないけど取り敢えずお邪魔する。
「失礼します」
平の部屋は僕の部屋と対になる造りになっていた。
簡素なベッドの上にはノートやカメラが点在しているのが目に入った。
「まあ、座れよ」
平が僕に椅子を差し出してくれて椅子に腰掛けて平を見つめた。
「なんだ?」
見つめられた平は不思議そうにこちらを見ている。
「少し気になったんだけど、そのカメラは?」
僕が質問すると平はこれか、と言いながらカメラを僕に手渡してきた。
平の手から渡ったそれは小さいながらも重みがあってレプリカではないことは感触から確かだと分かった。
「本物のカメラなんて触ったの初めてかも」
「そうなのか?まあ、ここに居たら触る機会もないけどな」
「ありがとう、返すよ」
僕の手から平にカメラが渡ると平はカメラの電源を起動させた。
「咎愛は悪い奴じゃなさそうだから話すけど、俺の制約はここで起こる出来事を1日に一枚、写真に収めることなんだ」
「写真に?」
「よく分かんねーけど従うしかないから今日中にカメラを請求したってわけ」
「確かに従うしかないよね…だけど平、僕と平はさっき知り合ったばかりなのに僕のことを簡単に信用して大丈夫なの?」
「なんつーか、咎愛にはカナリアっぽさがない気がするんだよな、だから勝手に信用したくなるんだ」
屈託のない笑みを浮かべながら話す平を見つめているとここが監獄だということを忘れてしまいそうになる。
「ありがとう、僕も平なら信用出来そうだよ」
「なあ、咎愛は何でここにいるんだ?」
平は急に真剣な表情をして僕に向き合った。
一瞬の緊張感が走る中、僕はゆっくりと口を開いた。平は僕に制約を話してくれたし、平に嘘を付く気もなかった。
「分からないんだ…気が付いたら牢にいて…気が付いたらこのゲームに参加することになっていたんだ」
「記憶喪失ってことか…?」
平は僕の言葉を疑う様子もなく顎に手を添えて考え始めた。
「だとすると、咎愛は保護対象なのかもな」
「保護対象?」
聞いたことのない言葉に僕が首をかしげると平は納得したように頷きながら言葉を発した。
「極度の悲惨な現場に居合わせて精神的におかしくなったりしないように保護してる奴らのことだよ、事件のケースによっては二次被害を防ぐために記憶を消したりしてるって話を聞いたことがある、それなら咎愛の話も説明つくだろ?」
確かに平の話が事実なら辻褄が合う。それに、犯罪を犯していないのなら僕の倫理観は崩れていないということになる。
「咎愛は犯罪を犯しそうにないもんな、咎愛に聞いといて話さないのもなんだから話すけど、俺は潜入してきた先輩を探してここに来たんだ、そしたら情報漏洩防止の為に捕まってさ、毎日暴れてたらこうしてここにいるってわけだ」
「そんな理不尽な理由で…先輩は見つかったの?手がかりは?」
平は肩を落として困ったような表情を浮かべた。平の顔を見るだけで深く聞かなくても返答は分かった。
「そっか…でもきっと平みたいに無事でいると思うよ、ここから出て見つけないとね」
「見つかるといいけどな…」
どこか儚げに遠くを見つめる平に遠慮がちに質問をしてみる。
「平、聞きたいんだけど、何でわざわざこんな場所に潜入する必要があったんだ?」
「そんなの決まってるだろ、秘密をばらして世間に知らせるのが俺たちの仕事だからだよ!ここには沢山の噂があってな、まず有名なのは未だに廃止になったはずの死刑が行われていること…それと飼われているカナリアがいること」
「飼われているカナリア…?」
「そう、死刑を執行する為に飼われているカナリアさ、そいつらが死刑囚を好き勝手に殺せる権限を与えられているって話さ、そいつらの特徴は…」
一番重要なところで口を閉ざした平をじっと見つめていると平は僕に視線を合わせて柔らかく笑いかけてきた。
「そいつらは囚人番号が五十番代から始まっているらしい、証拠に囚人番号五十一番の釘井アリスは残虐な死刑のやり口で有名だ。」
「釘井アリス?」
僕が首を傾げていると平は大きな溜息を一つついた。まるで、その名前を呼ぶこと自体を禁忌だというような態度だった。
「お前、本当に記憶ないんだな…釘井を知らないカナリアは多分いないんじゃないか?咎愛みたいに記憶がないやつを除いての話だけど」
「そんなに、有名なんだね」
「まあな、釘井に殺されるくらいなら自殺した方がマシだって別のカナリアからよく聞かされてたよ」
「へぇ…こわいな」
「まあ、ここにいれば死刑はないだろうがいつどこで殺されてもおかしくないからな、気を張ってないとな」
平の言葉には重みがあって聞いているだけで身震いを起こした。
「平は僕に情報を教えてくれてよかったの?」
「情報共有できる仲間がいるだけで安心だろ、それに咎愛は保護対象の可能性が高いから俺も安心できるぜ」
「まだ、保護対象と決まったわけじゃないけどね…僕も平と話せてよかったよ」
平と話せて心から安心している自分がいて平の存在に感謝した。きっと一人で怯えるよりこうして誰かと一緒にいた方が身の安全も確かだろう。
僕は平にまだ話していなかった制約を話だした。
「平には話しておくけど、僕の制約は手首と足首を他人に見せないことなんだ」
「…そうか…それはまた大変だな、うっかりしてると死んじまうじゃねーか」
「そうなんだよね、気をつけないと」
僕が困ったように頭を掻くと平は苦笑いでそれに返した。僕たちは夕食までお互いの知る限りの情報を話してノートに纏めた。
まだまだ情報は少なくて何も手かがりはないけれど平という心強い仲間が出来て僕は嬉しかった。
この日から僕は一日の出来事を日記に綴り始めた。
『今日からカナリアのデスゲームが始まった…平という仲間が出来て少しだけ安心出来る。
どうして僕が選ばれたのか、記憶がないのか、まだまだ分からないことだらけだけど今はただ、生き延びることだけを考えたい。
平の言っていた保護対象に僕も当てはまるのか、少しずつ此処にいれば分かってくるのかもしれない。
カナリアのデスゲーム初日を僕は無事に越えられました。明日も無事で入られますように。』
日記を書き終えた僕はベッドに横になった。
普段と違う柔らかいベッドのお陰ですぐに意識は薄れていった。
こうしてカナリアのデスゲーム初日は何事もなく過ぎていくのだった。
近くの部屋にいたカナリア達は日に日に入れ替わっていき、最近では誰も居なくなってしまった。
今日も重たい体を起こすと監視システムが内蔵された色味のない殺人マシーンが僕のガラス張りの個室の前に食事の乗ったトレイを置いて音もなく去っていく。
食事の時や刑務作業、生活物資の支給の時のみこの個室のドアは開いた。
ドアから飛び出そうとした時点でドアから降圧電流が流れ、死に至らしめるシステムになっているようだ。
僕の個室の向かいの人はそうやっていなくなった。
僕がいつからここに来て、何年経つのかなんて全く分からない。ただ分かるのは自分の名前と今日も生きているという感触だけだ。
この施設は監視システムが内蔵されている先程の殺人マシーンがカナリア達を管理している。
マシーンの正式名称はセキュリティハンターと言うらしい。
僕の手には鋼鉄の手錠が嵌められ、思うように動けないが慣れとは恐いもので今では気にならないようになっていた。
それだけ長い期間、ここにいるということなのだろう。
『男性、十九歳、萩野目咎愛健康状態に問題なし、今日の作業は中庭の雑草処理、刑務官同行有』
食事を済ませると同時に僕のガラス張りの個室の前にセキュリティハンターが現れる。
ゆっくり立ち上がるとセキュリティハンターに連れられて歩き出した。
「すみません、質問をしてもいいですか?」
セキュリティハンターに何かを訴える際は自分の要件を端的に伝えなければいけない。
少しでも反抗の意志が見られると恐ろしい罰が待っている。
僕の問いに無機質な機械音声が返答をする。
『質問を許可する』
「失礼します、どうして今日の作業には刑務官同行なのでしょうか?先日は単独作業でしたので刑務官の手を煩わせる必要はないのではないかと」
『その質問には答えかねる、作業内容については機密事項だ』
「失礼しました」
理由はよく分からなかったけどこれ以上踏み込む事の方が恐ろしい。
セキュリティハンターに連れられて中庭に到着すると、先程の疑問にすぐに合点がいった。
通常は多くて二、三人で行う筈の雑草処理の作業をカナリアが五人も集まり行なっていた。
カナリアのすぐ近くには刑務官が二人見張りに徹していてカナリア達の目は恐怖に見開かれていた。
刑務官はセキュリティハンターとは違い、生身の人間だ。カナリア達を直接見張るのは珍しい光景だが、カナリアの人数的にもセキュリティハンターより刑務官を同行することを決めたらしい。
「来ましたか」
『はい!よろしくお願いします、それでは雑草処理の作業に入ります』
刑務官に一礼をしてカナリア達の輪に入ろうとした。刑務官から指示をもらい雑草処理を始める。
昼食時間まで雑草処理を行うと午後からは先程の雑草を片付ける仕事を任された。
単純な作業だが、何かに生きがいを見つけないと狂いそうなこの場所では仕事を貰えることが何よりも救いだった。
作業も片付き収容場所の個室まで誘導されると僕の部屋に一枚の封筒が置いてあった。
簡易ベッドに置かれたそれをセキュリティハンターに許可を取り開いた。
端正な字で窘められた手紙には恐ろしいことが記されていた。
恐る恐る声に出して文字を読む。
「 萩野目 咎愛 様…貴方はカナリアのデスゲームの参加券を手に入れました。
三ヶ月間、他の参加者と共同生活をし生き残った者は刑期の控除や釈放も約束されます。
また、カナリア達は抽選で選出されているため軽犯罪、重犯罪、レベル一から五の方まで問われず参加していただきます。
この期間内は皆様参加者には特別な施設で生活をしていただきます。
この期間内は何をしても罪は問いません。何をしても…。
詳細はゲーム開始時に追ってお伝え致します。
貴方の健闘を御祈りしております」
カナリアのデスゲーム…。参加者が殺しあうことで知られているこのゲームにどうして僕が…。
カナリアからランダムで選出されるとは聞いていたけどまさか自分が選出される日が来るなんて…。
絶望的な恐怖に体中が震え上がった。
はっきり言ってしまうと、このゲームに選ばれた時点で命の安全は失ったようなものだ。
恐怖を目の当たりにした僕の手はカタカタと震え、鋼鉄の手錠が鈴のようにジリジリと音を立てた。
ここにいても未来はない。
だけど死ぬよりはマシだと、そう思って生きてきた。
なのに…。よりによって、カナリアのデスゲームの参加券を得たなんて…。
僕の中にある全ての感情が絶望に変わっていくのを感じた。
この日の夕食は今までで一番美味しくなかった。
食事のトレイをセキュリティハンターが取りに来る前に眠りについた。
翌朝、いつものように五時に起床し重たい体をゆっくりと起こした。
昨日の作業の跡なのか爪に黒くなっている箇所がいくつか見られた。
きっと雑草を取っているうちに入り込んでいたのだろう。
爪を見つめているうちにセキュリティハンターが朝食を運んできた。
今日はいつもの簡素な和食に栄養ゼリーが付いていた。
栄養ゼリーなんていつぶりに口に入るのだろう…。
思い出そうとしても記憶が曖昧で分からなかった。
朝食を済ますと顔を洗って歯磨きを済ませた。
手錠の嵌められた手で自分でも器用なほどに日常生活が送れるのは僕の刑期が長いことを表しているのかもしれない。
セキュリティハンターはいつものように端的に予定を告げるとすぐさま去って行く。
こんな毎日を過ごすこと一ヶ月くらいだったのだろうか…。
変わりばえしない毎日にイレギュラーは突然訪れた。
いつものようにやって来たセキュリティハンターにいきなり手錠を外され、ついてくるように命じられた。
いきなり解放された手首はまるで別の手にすり替わったように感じるくらい解放的だった。
いつもなら作業が始まる時間に僕がいたのは広いホール状の建物の中だった。
白を基調とした質素ながらも清潔感のあるホール内に僕を含め総勢十二名ほどのカナリアが目に入った。
皆、手錠はしておらず壇上の刑務官を見上げていた。僕はこの状況に激しい不安を覚え始める。
刑務官の重たい口が開かれると僕の不安は更に煽られた。
「カナリア諸君、ここに集まってもらった意味は理解できているな?君達は皆、カナリアのデスゲームに選ばれた特別なカナリア達だ。三ヶ月間生き延びるだけで君達は幸せを手にできるのだからな。これからカナリアのデスゲーム開催に当たってルールを説明する。」
誰かが生唾を飲む音が耳に伝わって来た。緊張しているのが僕だけではないことに安心感を覚えた。
そんな僕達には構わず、刑務官は刻々と話を進める。
「ルールは簡単だ、まず忘れないでもらいたいことは君達は勝者だということだ。
施設内を自由に行動する権利がある。
それぞれの犯罪歴についての関与は当人が死んでから初めての告知とする。
当人同士での犯罪歴についての会話は当人達の責任で行なってもらう。
そしてこのゲーム中は君達カナリアは自由だ。
殺人や恋愛…ここに来る前のように自由に振舞っていいのだ。
私からの説明は以上だ。
君達には今日、この後からカナリアのデスゲームを開始してもらう。
施設への移動はセキュリティハンター達に一任する。
それでは私は失礼する。」
壇上から刑務官が降り立つと不気味な静けさが僕達を包んだ。
私語が聞こえようものならすぐさま存在をも消されてしまいそうな、そんな空気が漂っていた。
刑務官の姿が完璧に見えなくなると僕達はセキュリティハンターに誘導され、ホールを後にした。
こんな施設がここにあったなんて…。つくづく驚く一日だった。
かなり歩いたと思う、時間の感覚は正しい方だからそう確信出来た。
僕達は見たことのない場所に集められた。エントランスは広々としていて、例えるならセレブになった気分を味わえた。
「今から貴方達はこの場所で三ヶ月間、生活をしていただきます、ここでの身の回りの世話は、家事システムが内蔵されたセキュリティハンターにより行われます、最初に貴方達には希望した物を二点だけ渡します、この紙に欲しいものを記載してください」
セキュリティハンターから荒紙と鉛筆を渡されて暫く悩んだ挙句、日記帳と筆記用具と記載して提出した。
「今書いてもらったものは本日中に貴方達の手元に渡るように手配しておきます、それと、この期間内は何をしても自由ですが、貴方達に少しだけ制約をつけます、それぞれ制約の内容は異なるので一人ずつ今から内容が記載された紙を配布します、ここに書かれていることが破られれば即座に命はなくなると思ってください」
セキュリティハンターから四つ折りにされた紙を渡され、ゆっくり開いて中身を確認した。
『萩野目 咎愛様…貴方は今後、手首、足首が露出するような事を控えてください』
よく分からないが、手首と足首を他者に見られないようにすればいいという事なのだろうか、不安は残るかこの状況で逃げ出すことはできない。
僕は制約の書いた紙を握りしめた。僕の制約は比較的に簡単だけど他のカナリア達はどうなのだろうか…。淡々とした表情からは何もうかがえなかった。
「制約を確認していただきましたら、こちらのクローゼットルームから自分の好きな洋服を選んで着用して下さい」
セキュリティハンターが示した方には金のドアノブの豪華な扉があり、男女別れて室内に案内された。最初に部屋に入ったのは女性陣からだった。
女性達は時間をかけて服を選び、囚人服とは見違える格好で戻ってきた。
女性達が全員揃うと男性達が入れ替わるように案内された。室内は広々としていて三つの試着室のようなスペースが設けられ順番に中に招かれた。
僕は最後の三人に別けられ、先の三人が出てきてから中に入った。自由に服を選べるのかと思いきや、五着ほど用意された中から選ぶというシステムになっていた。
不思議と目の前にある服に見覚えがあるのはここに来る前に持ち合わせていた服だったりするのかもしれない。
僕はその中から適当に深緑色の長袖のTシャツとジッパーのついた半袖の羽織を選び身につけた。
これなら制約も破っていないし、安泰だ。
それにしても手首、足首を見られてはいけないというのは何故なのだろう。手錠や足枷の後が目立つからだろうか、確かに生々しく痣になっているがそれはカナリアである以上皆、同義だと思うと不思議と疑問に思えた。
そんな考えに捉われながらも、全身の着替えが終わり部屋から順番に元の場所に戻っていった。
列が再び揃うとセキュリティハンターが僕達カナリアを連れて移動を始めた。
次に案内されたのはそれぞれの個室だった。
木目調の扉には金属のプレートでそれぞれの名前が打ち付けられていた。
日本人だけではなく外国の人が何人かいるということが名前だけで窺えた。はっきり何人とは数えてないけど、後に分かるはずだ。
セキュリティハンターは僕達を一通りの施設に案内していった。風呂場、調理室、食堂、トイレ、図書室、植物園、音楽室、プール、教会までもが用意されている。
生活施設以外の施設の存在意味は謎だが、きっとカナリアとしてではなく、人間として暮らせるようにとの配慮なのかもしれない。
セキュリティハンターは一通りの案内が済むと僕達に1日のスケジュールの書いた紙を配り個室に案内した。
朝からどれくらいの時間が経ったのか分からないが、少しだけ感じる空腹感から昼に近いのか、昼であることだけは意識できた。
個室に入るとシンプルなベッドが一つと、シャワールームが一つ、トイレが一つ、用意されていた。
ベッドに腰掛けてみると、いつも僕が使っているベッドとの質の違いに驚きを隠せなかった。
「柔らかい…」
誰もいない個室に僕の漏らした声が響いた。いつもの硬いベッドとは大違いに柔らかく、掛け布団も早くベッドに入りたくなるように誘っている。
「これからどうなるんだろう…」
スケジュール表には十二時半に昼食と書かれていて、時間まではあと三十分あった。
食堂まではそう遠くないから5分もかからずに行けるだろうし、それまでは休んでいていいということだろうか。
なれない状況に緊張感を覚えながらも僕はのろのろと洗面台を求めてシャワールームに向かった。
洗面台の鏡に写る柔らかい栗色の髪と緑色の瞳を持った少年と目があった。
髪はボサボサで見るからに窶れているのが分かる。とりあえず髪の毛だけでもと思い、髪を少し濡らして整えてみた。
記憶にある年齢は十九歳だが、それよりはかなり幼く見える。鏡から目を落とすと、長袖を捲りあげて手首を見つめた。
赤く跡のついた箇所は生々しく僕を見つめているように感じるのは僕がカナリアだということを主張しているようだった。
僕は手首を見つめながら自身の記憶を探り始めた。
何故、僕はここに居るのだろうか…。
何の罪を犯してしまったのだろうか…。
僕は何故記憶が曖昧なのだろうか…。
考えれば考えるほど疑問が溢れてくるが何一つとして解決する目処が立たない。
せめて自分が捕まった理由だけでも思い出せればいいのだが、いくら考えてもここに来だ後の記憶しか僕にはないのであった。
それは僕が自身の犯した罪から背を向けたい感情からなのか、ここの施設の職員たちが意図的になんらかの方法で僕の記憶を消しているのか…。
そうなのなら僕は後者でありたい。自身の犯した罪を忘れながら生きるなんて、そんな身勝手な人間にはなりたくないと切に思う。
カナリアである僕が意識するのもおかしいかもしれないけれど、人間として生きていく以上は最低限の倫理観は持ち合わせていないといけないというプライドはある。
この妙なプライドが今の僕を作り上げている気がしている。
カナリアとして生きる僕には倫理観が大切でならないんだ。
そんなことを考えながらシャワールームから出ると時刻は昼食の予定時間の十分前を指していた。
慌てて部屋から出て食堂に向かおうとしていると、僕の他にも何人かのカナリアの姿が目に入りホッと胸をなでおろした。
「おい、あんた!ちょっと待てよ!待ってくれよ」
後方から青年のものと思わしき声が聞こえて来た。ここの施設ではカナリア同士の私語は認められていないため振り返らずに歩いていた。決して無視をしていたのではなく、まさか僕が話しかけられている対象だとは思ってもみなかったから知らないふりをしていたのだが。
「待てってば」
背中を二回トントンと叩かれそっと振り返った。そこにはオレンジ色の髪をした愛嬌のある笑みを浮かべ青年が立っていた。
「何か僕にご用ですか?」
咄嗟に出た言葉はよそよそしく彼の笑顔に対する返答とは真逆のものだった。
「なあ、あんたも食堂に行くんだろ?どうせ目的地が一緒なんだから一緒に行こうぜ」
「いいですけど、カナリア同士で話しても大丈夫なんでしょうか?」
僕が警戒していたのはこの青年ではなく、カナリアとして話をしていてセキュリティハンターの目に止まらないかということだった。
青年は屈託のない笑顔で僕に言葉を投げる。
「あんたルール聞いてただろ?ここでは俺たちはカナリアとしてではなく人間として生活出来るんだ、だから話をしても咎められることはないさ、丁度今、あんたに話しかけて事実確認してみたところだったんだ!ほらっ大丈夫そうだろ?」
確かにそんなルールを聞かされていたような気がする。セキュリティーハンターが来ない事が事実なのは今、この場で証明されているから青年の言葉に確証がある。
「確かにセキュリティーハンターが来ないのを見ると本当に自由に話をしても大丈夫なのは確かみたいですね」
僕が感慨深げに呟くと青年はハハッと爽やかに笑った。
「あんた神経質な人なんだな、せっかくなんだからもっと楽しまなきゃ損だぜ!俺、愛美平って言うんだ、よろしくな!」
愛美平と名乗った青年は僕にスッと手を差し出した。僕は慣れない事に戸惑いながらも愛美の手を握った。
「萩野目咎愛です、よろしくお願いします」
「へえ、じゃあ咎愛って呼ぶな!俺のことは気軽に平って呼んでくれ!それと多分歳変わらないだろうし敬語使わなくていいぞ!」
「でも…初対面ですし…」
「んなこと気にすんなよ!それより腹も減ったし早く行こうぜ!」
「えっ、あのっちょっと!」
僕は平に腕を引かれて歩き出した。こんな風に誰かと自由に話をしても許される日がくるなんて思ってもみなかった。
それに少し強引だけど平には自然と心を開いてしまうような優しさが感じられた。
そうして僕は平と食堂に入って行った。食堂の中には既に僕達以外のカナリアは集まっていて僕達は大慌てで席に着いた。
僕と平が席に着くと食堂内に設置された大型スクリーンにポゥッと光が灯りセキュリティハンターにしては少し細身のシルエットが映し出された。
一見カエルの様なそれは人型をしており緑色のボディには似つかわしくないタキシードを纏っていた。カエルはゆっくりと口を開くとカナリア達の名前を一人一人呼び上げた。
『ご機嫌麗しゅうございます、カナリア諸君。
私は君たちの案内人を務めるガエリゴと申します。
君たち選ばれしカナリアはこの施設内では囚人という事を忘れて貰うために囚人番号ではなく名前で呼びあってもらいます。
そのために一人ずつ私の方で君たちの名前を読んでいこうではありませんか。
顔と名前を認識してもらうために、名前を呼ばれたカナリアから起立していただきたく思います。
初めに…』
ガエリゴと名乗った不気味な案内人は一呼吸置いてからカナリア達の名前を読み上げ始めた。
『アン・スリウム』
まず最初の一人目は金髪碧眼にコックの様な服を纏った端正な顔立ちの男性が立ち上がった。彼はここに来る前はコックだったのかもしれない。
僕がそう思ったのは僕自身に用意された服がここに来る前に身につけていたものだと確信したからだった。
『蝶番舞鶴』『ちょうつがいまいずる』
二人目の名前が呼ばれると妖艶な雰囲気の着物を纏った美女が立ち上がった。彼女はカナリアとは思えないほどに完璧に化粧を施しており大人の女性の色気を感じさせた。
『彼方茜』『かなたあかね』
三人目に立ち上がったのは赤髪にそばかすが印象的な見るからに体育会系な男性だった。腕から覗く鍛えられた筋肉が彼の力強さを物語っていた。
『黄瀬檸檬』 『きせれもん』
四人目に立ち上がったのは長い金の髪を二つに結った可愛らしい女性で白いブラウスに紐リボンを結び紺のフリルのスカートを身につけていた。歳は僕と変わらないくらいに見えた。
『芙蓉夏彦』 『ふようなつひこ』
五人目に立ち上がった男性は緑色のファーのついたコートを纏っており、暗めの茶色の髪にふわっと浮かべた優しい笑顔は自然とカナリアとは思えない優しい雰囲気をまとっていた。
『日暮茉里』『ひぐらしまり』
六人目の女性は緑色の短い髪をカールさせた吊り目の女性で背はすらりと高く体も骨が浮くほど細かった。
牡丹一華 『ぼたんいちか』
七人目に立ち上がったのは名だけ聞くと女性と勘違いしそうだが男性だった。ハイネックのセーターがとても似合う色白な青年で紳士的な雰囲気を醸し出していた。
月華兎耳 『げつかとじ』
八人目に勢いよく立ち上がったのは二つのお団子頭が特徴的な小さな女の子だった。まだ小さい彼女がなぜここにいるのか不思議だが彼女は屈託のない笑みを浮かべキョロキョロと周りを見渡していた。
櫓櫂順一 『ろかいじゅんいち』
九人目に立ち上がったのは黒髪に眼鏡が印象的な白衣を纏った男性で、容姿から医者だとすぐにわかった。彼は眉間に深い皺を刻ませあたりを睨みつけていた。
『九条百合』 『くじょうゆり』
十人目に立ち上がったのは桃色の髪を高く二つに結った女性で、視線に困るほどあちこちを露出した服装をしていた。
『愛美平』『あいびへい』
十一人目に立ち上がったのは僕とさっき知り合いになった平だった。平は笑顔を浮かべ僕の方を見ていた。
『萩野目咎愛』『はぎのめとがめ』
最後に呼ばれたのは僕だった。恐る恐る立ち上がると周りの視線は僕に集まった。身の縮みそうな思いで俯くとガエリゴが言葉を続けた。
以上の十二名が今回の参加者となります。皆様にはカナリアとしての自分を忘れてこの三ヶ月間お楽しみいただきたく思います。
今から皆様にはコミュニケーションを取りやすいように腕時計型の端末を配ります、皆様の個人名と連絡先を登録してありますのでそちらで自由に連絡を取り合ってください。
今後の質問等は私、ガエリゴが対応致しますのでよろしくお願い致します。それでは遅くなりましたが昼食が出来ましたのでお召し上がりください。失礼します。』
モニターの発光が消えるとその瞬間にテーブルの上に昼食が慌ただしく並べられた。
配膳をしているのはセキュリティハンターに良く似た機械だった。
「え…こんなの…食べていいんですか?」
思わず心の声が溢れ出してしまうほど豪華なご馳走が並べられ皆はハッと息を飲んだ。
「咎愛!食べようぜ!」
「うっうん…いただきます」
平に促されて恐る恐る目の前のローストビーフに手を伸ばした。手錠のない違和感と久しぶりにしっかりと握るフォークの感覚は不気味なほどに新鮮味があった。
僕の隣の平は周りを気にせずに口の中に食べ物を掻き込んでいた。
「美味しい…」
他のカナリア達も料理の味に翻弄され目を丸く見開いていた。平だけは我を失ったように食事に夢中になっている。
僕はサラダとライスを平らげるとワイングラスに注がれたオレンジジュースを飲み干した。
「ご馳走さまでした」
目の前の皿が空になると食器を下げに忙しなくマシーン達がやってくる。
全ての食器がなくなるとマシーン達は僕たちに腕時計型の端末を配り始めた。ガエリゴが言っていたコミュニケーションを取るための端末だろう。
皆がそれを貰うと同時に手首に巻き始める中、僕は制約が気になって端末をポケットにしまった。
「咎愛は付けないのか?俺が付けてやるか?」
「ううん、大丈夫自分で付けるよ」
もし、平に見られてしまって死んでしまうなんてことになれば呆気なさすぎて死にきれない。
平は僕の不自然な行動に首を傾げていたが、深く追求はしてこなかった。取り敢えず制約を破らずに済んだことは確実だ。
一息ついたのも束の間に皆は食堂から部屋へ戻って行った。数人は食堂に残り何やら雑談を楽しんでいるようだった。
カナリア同士が自由に会話をしているという不思議な光景に僕が見入っていると平に肩を叩かれた。
「咎愛?この後どうする?予定ないなら一緒に行動しようぜ」
平の提案に僕は首を縦に振った。一人でいるより誰かといた方が安心だし、それに皆はカナリア同士ということもあり緊張感も漂っていた。
不思議と平には警戒心を解いている自分がいて、平と行動することが身の安全に繋がるような気がしていた。
「特に予定はないから平と行動するよ、その前に部屋に戻ってもいいかな?歯磨きとかしたいし」
「そうだな、じゃあ咎愛の用意が整ったら俺の部屋に来てくれよ」
「うん、わかったよ」
「あんまり待たすなよ!じゃあ俺先部屋行くわ、またな」
平と一旦別れた後、部屋に戻った僕は痣のある手首に腕時計型の端末を付けて袖を被せた。
平と離れる時間が欲しかったのはこの為だった。
平に嘘をつくのは倫理観に反するような気がして歯磨きをしてから部屋を出た。平の部屋は僕の部屋と対になる場所にあった。
僕は恐る恐るノックをすると部屋の中から平の返事と慌ただしく平自身が部屋から姿を見せた。
「よっ、まあ入れよ!変なことはしないから安心しろよな」
平は悪戯に笑うと僕を部屋に招き入れた。平の言う変なことが何かは分からないけど取り敢えずお邪魔する。
「失礼します」
平の部屋は僕の部屋と対になる造りになっていた。
簡素なベッドの上にはノートやカメラが点在しているのが目に入った。
「まあ、座れよ」
平が僕に椅子を差し出してくれて椅子に腰掛けて平を見つめた。
「なんだ?」
見つめられた平は不思議そうにこちらを見ている。
「少し気になったんだけど、そのカメラは?」
僕が質問すると平はこれか、と言いながらカメラを僕に手渡してきた。
平の手から渡ったそれは小さいながらも重みがあってレプリカではないことは感触から確かだと分かった。
「本物のカメラなんて触ったの初めてかも」
「そうなのか?まあ、ここに居たら触る機会もないけどな」
「ありがとう、返すよ」
僕の手から平にカメラが渡ると平はカメラの電源を起動させた。
「咎愛は悪い奴じゃなさそうだから話すけど、俺の制約はここで起こる出来事を1日に一枚、写真に収めることなんだ」
「写真に?」
「よく分かんねーけど従うしかないから今日中にカメラを請求したってわけ」
「確かに従うしかないよね…だけど平、僕と平はさっき知り合ったばかりなのに僕のことを簡単に信用して大丈夫なの?」
「なんつーか、咎愛にはカナリアっぽさがない気がするんだよな、だから勝手に信用したくなるんだ」
屈託のない笑みを浮かべながら話す平を見つめているとここが監獄だということを忘れてしまいそうになる。
「ありがとう、僕も平なら信用出来そうだよ」
「なあ、咎愛は何でここにいるんだ?」
平は急に真剣な表情をして僕に向き合った。
一瞬の緊張感が走る中、僕はゆっくりと口を開いた。平は僕に制約を話してくれたし、平に嘘を付く気もなかった。
「分からないんだ…気が付いたら牢にいて…気が付いたらこのゲームに参加することになっていたんだ」
「記憶喪失ってことか…?」
平は僕の言葉を疑う様子もなく顎に手を添えて考え始めた。
「だとすると、咎愛は保護対象なのかもな」
「保護対象?」
聞いたことのない言葉に僕が首をかしげると平は納得したように頷きながら言葉を発した。
「極度の悲惨な現場に居合わせて精神的におかしくなったりしないように保護してる奴らのことだよ、事件のケースによっては二次被害を防ぐために記憶を消したりしてるって話を聞いたことがある、それなら咎愛の話も説明つくだろ?」
確かに平の話が事実なら辻褄が合う。それに、犯罪を犯していないのなら僕の倫理観は崩れていないということになる。
「咎愛は犯罪を犯しそうにないもんな、咎愛に聞いといて話さないのもなんだから話すけど、俺は潜入してきた先輩を探してここに来たんだ、そしたら情報漏洩防止の為に捕まってさ、毎日暴れてたらこうしてここにいるってわけだ」
「そんな理不尽な理由で…先輩は見つかったの?手がかりは?」
平は肩を落として困ったような表情を浮かべた。平の顔を見るだけで深く聞かなくても返答は分かった。
「そっか…でもきっと平みたいに無事でいると思うよ、ここから出て見つけないとね」
「見つかるといいけどな…」
どこか儚げに遠くを見つめる平に遠慮がちに質問をしてみる。
「平、聞きたいんだけど、何でわざわざこんな場所に潜入する必要があったんだ?」
「そんなの決まってるだろ、秘密をばらして世間に知らせるのが俺たちの仕事だからだよ!ここには沢山の噂があってな、まず有名なのは未だに廃止になったはずの死刑が行われていること…それと飼われているカナリアがいること」
「飼われているカナリア…?」
「そう、死刑を執行する為に飼われているカナリアさ、そいつらが死刑囚を好き勝手に殺せる権限を与えられているって話さ、そいつらの特徴は…」
一番重要なところで口を閉ざした平をじっと見つめていると平は僕に視線を合わせて柔らかく笑いかけてきた。
「そいつらは囚人番号が五十番代から始まっているらしい、証拠に囚人番号五十一番の釘井アリスは残虐な死刑のやり口で有名だ。」
「釘井アリス?」
僕が首を傾げていると平は大きな溜息を一つついた。まるで、その名前を呼ぶこと自体を禁忌だというような態度だった。
「お前、本当に記憶ないんだな…釘井を知らないカナリアは多分いないんじゃないか?咎愛みたいに記憶がないやつを除いての話だけど」
「そんなに、有名なんだね」
「まあな、釘井に殺されるくらいなら自殺した方がマシだって別のカナリアからよく聞かされてたよ」
「へぇ…こわいな」
「まあ、ここにいれば死刑はないだろうがいつどこで殺されてもおかしくないからな、気を張ってないとな」
平の言葉には重みがあって聞いているだけで身震いを起こした。
「平は僕に情報を教えてくれてよかったの?」
「情報共有できる仲間がいるだけで安心だろ、それに咎愛は保護対象の可能性が高いから俺も安心できるぜ」
「まだ、保護対象と決まったわけじゃないけどね…僕も平と話せてよかったよ」
平と話せて心から安心している自分がいて平の存在に感謝した。きっと一人で怯えるよりこうして誰かと一緒にいた方が身の安全も確かだろう。
僕は平にまだ話していなかった制約を話だした。
「平には話しておくけど、僕の制約は手首と足首を他人に見せないことなんだ」
「…そうか…それはまた大変だな、うっかりしてると死んじまうじゃねーか」
「そうなんだよね、気をつけないと」
僕が困ったように頭を掻くと平は苦笑いでそれに返した。僕たちは夕食までお互いの知る限りの情報を話してノートに纏めた。
まだまだ情報は少なくて何も手かがりはないけれど平という心強い仲間が出来て僕は嬉しかった。
この日から僕は一日の出来事を日記に綴り始めた。
『今日からカナリアのデスゲームが始まった…平という仲間が出来て少しだけ安心出来る。
どうして僕が選ばれたのか、記憶がないのか、まだまだ分からないことだらけだけど今はただ、生き延びることだけを考えたい。
平の言っていた保護対象に僕も当てはまるのか、少しずつ此処にいれば分かってくるのかもしれない。
カナリアのデスゲーム初日を僕は無事に越えられました。明日も無事で入られますように。』
日記を書き終えた僕はベッドに横になった。
普段と違う柔らかいベッドのお陰ですぐに意識は薄れていった。
こうしてカナリアのデスゲーム初日は何事もなく過ぎていくのだった。
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