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二人の関係
友情と愛情と…。
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高校一年目の九月
夏休みも開け、始業式がやってきた。
「おはよう」「久しぶり」
久しぶりに顔を合わす同級生にみんなが楽しそうに会話に夢中になっている。
「おはよう祐一郎元気してたか!!?」
「おう、久しぶり大輔」
俺も久しぶりに大輔に会い世間話をする。
「祐一郎、何かいいことあった?夏休み前より生き生きしてるように見える、愛人でもできた?」
「んなわけねーだろ!愛人なんて作るわけねーだろ、強いて言うなら『彼女に久しぶりに会えた』」
大輔には彼女がいることは話してあった。だが、碧がこんなに近くにはいると知らず遠距離だと言ってあった。
この事を話すべきか否か。
中学の時の友達は俺と碧の関係を知ってる人は多かったが、電車通学に惹かれて地元の高校から離れた友達が多く、同じ高校にいても学科が違っていて滅多に会うことはなかった。
だから、高校で出来た友達第一号の大輔には話しておきたかった。
だが、
『隣のクラスに彼女がいる』
『実は、噂の美少女』
『隣のクラスの噂の美少女はいじめの中心にいる』
この事実を伝えるのは、二学期が始まった初日にしては、刺激が強すぎるんじゃないか。
大輔ならどんなリアクションするんだろう。
なんて考えていたら。
「良かったな彼女に会えて!なあ、祐一郎の彼女って美人?ボンッキュッボン?」
なんて馬鹿な事を聞いてきたから、妙な緊張感がなくなった。
「ボンッキュッボンではないけど美人だと思う」
「美男美女カップルかよ!ついつい僻んじまうぜ」
「いや、俺は別にイケメンじゃないし」
「そういや、大輔は早瀬先輩とどうなんだよ?告白できたのか?」
「おっそれ聞いちゃう?俺、早瀬先輩と付き合うことになりました!」
大輔からおめでたい話が聞けて良かった。
大輔はバスケ部に入っていて、マネージャーの早瀬夏美先輩に片思いをしていた。
大輔はどちらかといえば童顔で人懐っこい性格も相まって上級生の女子から人気があった。
彼女欲しいと毎日のように言っていたから、
すぐに出来るとは思っていたけど、無事に目標をクリアできたようで安心した。
これで碧のこともほんの少し話しやすくなる 。
おめでとうとお祝いの言葉を返したところでチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。
俺の高校一年目の二学期が始まった。
隣のクラスの碧は今何をしているのだろうか?
* 高校一年目の九月
わたしの二学期が始まった。
学校に着き靴箱を開けるとあるはずのシューズは無く代わりにどこから集めたのか、大量のゴミが出て来る。
シューズを探すが見当たらないため靴下のまま廊下を歩く。
ひんやりと冷たい廊下が夏の熱い体温に心地いい。
階段を登り『1ー5』と書いた教室を目指す。
『1ー4』の教室の前でふと足を止めて祐一郎を探してみた。
まだ来ていないようだ。祐一郎の席は廊下側の前から五番目よく知っていた。
教室に着くと、『汚い』『ビッチ』『死ね』
などの文字が机に黒く飾り付けされている席に鞄を置き座る。引き出しにも沢山のごみが入れられていた。ごみをかき出しごみ箱に片付ける。
先に来ていた何人かの生徒がわたしを見てこそこそと話し出す。
「夏休み中どこかの男の人の家に泊まってたらしいよ」
「次のターゲットは三年の先輩らしいよ、裸の写真送りつけてるって噂だよ」
全部身に覚えのない嘘偽りだが、彼女たちの話の材料には丁度いいのだろう。
毎日違った噂が行き交い、最後にはわたしのところに『行動』として返って来る。
はあ…ゆうちゃんに会いたい
学校だから知らない振りしなきゃ、いじめを利用してゆうちゃんに近づく女がいるかもしれないと思うと他人の振りを、余儀なくされてしまう…
そんな事を考えていると
ガラガラっ教室の扉が開き声が響き渡る
「うわー、なんか臭いと思ったらもうお出ましかよ、ねー見て?真由美あいつ、裸足なんだけど」
「まじうける!!」
「まじで臭いんだけど!こんな異臭放つなんて男と毎日寝てるからでしょ!」
「おいビッチ!無視してんじゃねーよ!」
がんっとわたしの机を蹴る。
ごんっ鈍い音が響く
真由美がわたしの顔を鞄で殴った音だ。
はあ…鬱陶しい、毎日、毎日よく飽きないな
中山真由美、水本日菜子
この二人の好きな男子に告白され、断った日からこの下らないいじめが始まった。
最初は彼女たち二人から無視されて、
だんだん今の様にクラスの皆も同調し始めた。
誰の言葉も誰かの暴力も気にならない。
ゆうちゃんから貰える愛じゃないなら
わたしには気にならない。
チャイムが鳴り、先生が入って来る。
ゆうちゃん会いたいな…
碧の二学期は始まった、大好きなゆうちゃんを思いながら、最悪な形で。
* 始業式も終わり、体育館に居るはずの碧を目で探す。隣のクラスの列に碧の姿はなかった。
キョロキョロしている俺に大輔が心配そうに話しかけてきた。
「どした?祐一郎?誰か探してんのか?」
「ん、ちょっと探し人」
「そっか手伝うか?」
手を望遠鏡のようにして辺りを見渡す大輔はもはや不審者だ。
解散して教室に戻っていく人の波に混じり歩き出す。来てないのかな?
教室に戻る道の途中で下品な笑い声を聞いた。
「あははは、まじうけるんだけど」
「朝から流血とか笑う」
「ちょっと鞄が当たっただけなのにあんなに血が出るなんて皮膚弱すぎだろ、鞄に碧菌がついたかもしれないわ最悪」
碧菌?そのワードが頭に引っかかった。
もしかして、碧のことか?
流血?鞄に当たった?
いきなり頭に入ってきた沢山の情報に頭がパンクした。
「祐一郎?どした?あっ、あいつら隣のクラスの虐めっ子達だろ、怖えーな、寮でも虐めてるらしいぜ、女って怖えーな」
大輔の言葉にハッとする。
ではやはり彼女達の言う碧菌は碧のことなのだろう。流血してるのに体育館にいるはずもないか、碧はきっと保健室にいるのかもしれない。
「大輔、悪いけど俺ちょっと腹痛いから保健室に行ってくる、先に教室に行っといてくれ」
「大丈夫かよ?了解!また後でな」
大輔は心配しつつも、俺を残して教室に戻った。
そんな大輔に感謝しつつも一階の保健室に俺は急ぐ。保健室を利用する生徒用の靴箱には、碧のシューズはなかった。
それでも一応中を覗く
「失礼します」
声を掛けたが中から反応はない、保健の花川先生も不在のようだ。
開いた窓から入ってくる夏の香りが消毒用のアルコールの匂いと混じり鼻腔をくすぐった。
「あれ?ゆうちゃん?」
不意に探していた声の主を発見する。
ベッドに裸足で腰掛けた彼女はこちらを不思議そうに見ていた。
「ゆうちゃん、大丈夫?怪我したの?具合悪い?」
俺を見た途端に心配そうな表情になり、慌てて起き上がろうとした碧の頭には包帯が巻かれていた。
事実をはっきりと目の当たりにした途端に感情が溢れそうになる。
「いや、碧を探してた」
やっとの事で碧に返答した俺は碧の隣に腰掛けた。
頭の包帯をそっと撫でる。
「碧、大丈夫か?」
「ん?なんのこと?」
心配してる俺を他所に本人は然程気にしていないようだ。
「頭の怪我は大丈夫か?」
「ああ、これ?大丈夫だよ、たまたまクラスメイトの鞄に当たったの、当たり処が悪くて沢山血が出たけど、コブにはならなかったみたい」
平然と自分が悪いように言う碧にまた感情が溢れる。感情を抑えきれない俺は碧をぎゅっと引き寄せ抱きしめる。
「ゆうちゃん?どしたの?」
碧を助けられない俺に怒りと、碧を傷つけられた怒りが溢れそうになる。
碧にそんなことは口が裂けても言えないから上手い言い訳を探し出す。
「高校生版の痛いの痛いの飛んでいけをしてる」
「痛いの痛いの飛んでいけか、碧初めてしてもらったかも…なんだか嬉しい!」
嬉しさから俯く碧の頭にキスをする、シャンプーの香りに混じる血の匂いがとても切なかった。
「ゆっゆうちゃん!そろそろ先生来ちゃうよ!離れなきゃ」
「あっ悪いつい」
「碧も教室戻ろうかな、血は止まったし今日はもうホームルームだけだから」
心配そうを含んだ視線を送る俺に碧が腕の中から離れチュッとキスをした。
「大丈夫だよ、ゆうちゃん!また後で会おうね、碧はもう少ししたら戻るから先に戻って、二人の時間以外は他人のふりしてね、一緒にいるところを誰かに見られたら大変だから」
「うん、じゃあ先に行く」
碧の頭を撫で立ち上がった。
名残惜しそうに碧の温もりから離れ保健室を出る。
扉を閉めようとした時、花川先生が戻ってきた。
「あれ?何か用だった?ごめんなさいね、具合悪い?」
「いえ、大丈夫です、お見舞いに来ました」
「ああ、梅原さんの!病院行くか聞いたら行かないって行って聞かないから、傷口は深くないから出血が止まれば問題はないと思うけど…」
そう言いながら心配そうな視線を保健室に向けた先生が俺に小声で聞いて来た。
「ねえ、梅原さん虐められてる訳じゃないわよね?シューズも履かずにここまであの怪我で連れ添いもなく歩いて来たから心配で、担任の先生は虐めは有り得ないって言っていたけどなんだか信じられなくて」
俺がここで本当のことを話したら碧は楽になるのだろうか?
いっそのこと吐き出してしまいたくなった。
するとその時、保健室から碧が出てきた。
「先生、ありがとうございました、もう大丈夫なので教室に戻ります」
呆気にとられている俺と花川先生の間を生きた人形の様な冷めた瞳の碧が歩き去った。
その様子を見た花川先生が呟やく。
「もし、何か知ってたら教えてね」
そう優しく俺に言葉を残し保健室に入って行った。
碧の後を一定の距離感でついて行く、シューズもなく歩くその姿が俺をまた苦しめた。
碧は自分の教室に何事も無かった様に入って行った。やっぱり俺は何も出来ないのか…
虚しさに駆られながら俺も教室に戻った。
ホームルームはまだ始まっておらず教室には賑やかな生徒たちの声が溢れていた。
「お帰り、祐一郎!大丈夫かよ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
席に着くと大輔から心配の声をかけられた。
俺自身は本当は、なんとも無かったから少しだけ罪悪感を、感じた。
やっぱり話しておくべきだ…碧のこと
このまま隠しておいても俺に得はない。
心を決め、大輔に伝えようとする。
「あのさ大輔、話が…」
大輔に話をしようとしたその瞬間、教室の扉が開き、先生が登場した。
何てタイミングなんだ…
「みんな、席着けよ、ホームルームはじめるぞ」
生徒達は慌てて席に着く。
「祐一郎、後でちゃんと話し聞くからな!」
大輔は俺の言いかけていた事を察してくれていた。
持つべきものは友だ、そんな事を考えながら、ホームルームは過ぎていった。
チャイムが鳴り、下校時刻になる。
午前中しか学校がない今日は、皆慌ただしく下校して行った。大輔と俺は学校にある売店で昼飯でも食べながら例の話をするかという事になり、一階の売店へ向かっていた。
「大輔今日部活は?」
「今日は休み」
「ふうん」
「聞いといて、ノーリアクションかよ!」
いつもみたいに馬鹿みたいな会話をしながら一階に向かう。
階段に差し掛かると何やら女子生徒の声が聞こえる。その声は聞き覚えのあるものだった。
始業式後に聞いた下品な笑い声…
大輔の言ういじめの原因
碧を傷つけた奴ら
我慢したくても怒りが溢れてくる。
「やっぱ女は怖えーわ」
大輔が呟いた言葉すら頭に入ってこないくらいに無性に腹が立っていた。
「祐一郎?すげー怖い顔してる?大丈夫か?」
「あっ?なんだよ大輔、じろじろ見るなよ」
「何かあったのか、今までになく怖い顔してたぜ」
大輔の言葉に我に返る。頭の中に碧の唇から紡がれた言葉が過ぎる。
『二人以外の時間は他人のふりだよ』
碧…
「大輔、俺の話したい事なんだけど」
「ん?」
いきなり口を開いた俺を不思議そうに見つめる大輔。言うなら今だろう口を開いたその瞬間
「調子乗るんじゃねーよ!!!!」
女子生徒の声が階段に響き渡った。
「てめーなんて死んでも誰も気づかねーよ!くず!死にやがれ!」
鳥肌が立つくらい嫌な予感がした。
ここは階段だ、階段で死ねと言われて反抗しない碧に彼女達がやる行動は一つだろう
『階段から落とし、事故か自殺に見せかける』
第一に担任が虐めを放置しているのだから、碧がどうなろうが担任には関係ないだろう
俺は声のする方へ走り出した。
「祐一郎!?」
大輔の言葉に振り返りもせず走る。
階段の目の前で女子生徒二人とすれ違った。
妙な笑みを浮かべていた。
俺の嫌な予感は的中した。
階段の下には倒れ込んだ碧と、碧のものだと思われる鞄の中身が散らばっていた。
階下で蹲る姿が俺の心を苦しめる。
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「碧!碧!…碧!」
何回も名前を呼んだ。
頼むから、返事をしてほしい。
「ゆうちゃん…?」
碧がゆっくりと目を開けた。
嬉しさから抱きしめる腕に力が入ってしまう。
「痛いよ、ゆうちゃん…ゆうちゃん?」
「碧…怪我は?頭痛くないか?」
いつもよりぼんやりと話す碧に不安が募る…。
このまま碧を失ってしまうのではないか…。
「碧なら大丈夫だよ、足打っちゃったけど、後教科書が散らかっちゃった」
小さな唇から漏れる言葉も、俺を心配させないために笑う可愛い顔も俺は失いたくなかった。
「もー!ゆうちゃん心配し過ぎ!こんなの初めてじゃないから大丈夫だよ!」
そんなこと言うなよ…
初めてじゃないから大丈夫なんて…
たまにはでいいから
『痛いよ、苦しいよ、助けて』って言えよ…
碧を変えてしまったもの達が憎い、
こんなにも可愛い碧がこんなに歪んでしまった事が憎い…。
「碧…痛いの痛いの飛んでいけ」
「ゆうちゃん?」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
「大丈夫だよ、ゆうちゃん」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
「ゆうちゃん…」
「あおい…」
碧の目から大粒の涙が溢れ始めた、碧は目頭を押さえ驚いている。
まるで溜め込んできた感情が溢れ出すように次から次に溢れ出す。
俺は碧を抱きしめ涙を唇で掬った。
包帯が巻かれた小さな頭を撫でる。
「ゆうちゃん…なんで碧泣いてるのかな?」
「碧、泣きたくなったら俺が抱きしめてやるから」
「ゆうちゃん…碧泣かないんだよ、碧痛くないんだよ、なのになんでこんなに涙が出るんだろう…ゆうちゃん…ゆうちゃん」
「俺が碧を愛してるから涙が出るんだよ」
「ゆうちゃん…もう一回、痛いの痛いの飛んでいけして」
俺は碧を、抱きしめて優しく撫でながら
『痛いの痛いの飛んでいけ』と言った。
こんなおまじないで本当に痛みがなくなるなら、
碧の心の痛みがなくなったらいいのにな…
なんて思いながら。
涙を指先で拭う碧の顔を見つめてキスをした。
涙で濡れた唇はしょっぱくて…
しばらく唇を重ねあっていると。
「ゆうちゃん、誰か来たら大変!!!」
我に返った碧が慌てて教科書を拾い出す、俺もそれを手伝い、碧の鞄を持った。
「ゆうちゃん、自分で持てるから!」
碧が俺の腕から鞄を取り上げようとした。
立ち上がった俺に合わせて立ち上がろうとした碧は足の痛みに襲われ上手く立てずに再び膝をついた。
「碧?大丈夫か?」
「足が痛いみたい」
みたいってなんだ、痛いってはっきり言って欲しい
今はそんなことより碧が心配だ。
「碧、俺にしっかり捕まっとけよ」
俺は、碧をいわゆるお姫様抱っこした。
思っていたより碧は軽くて、壊れてしまいそうだった。
「えっちょっと!ゆうちゃん!誰かに見られたらどうするの?」
「俺は、別に困らないし、俺の可愛い彼女と密着してたいから問題はないよ」
「だってゆうちゃん…碧は虐められてて、ゆうちゃんまで巻き込むからしれないんだよ」
「俺は、碧と一緒に居たいから、何されても構わない碧と一緒にいれるならそれだけでいいんだ…」
「ゆうちゃんの馬鹿、えっち」
「なんとでも言ってください碧姫様」
俺たちは、階段を下り始めようとした。
不意に後ろから誰かに肩を叩かれ今まで忘れていたことを思い出す!
「祐一郎、大胆だな!お前のこと尊敬するわ」
「だっ大輔さんこんにちは」
咄嗟に出た言葉が自分でも自分でもおかしい事は分かっていた。だが今は顔が引きつるほど大輔から逃げたかった。
「大輔さんなんて笑っちゃうぜ祐一郎さん、追いかけた後に一部始終見てたけど、お前って優しいんだなって思った」
「ありがとう、大輔俺このまま保健室に行くけど先に売店行ってくれよ、腹減ってるだろ?俺いつものでいいから」
大輔にズボンのポケットにある財布を差し出す。
「了解、梅原さんお大事に!いつもの場所で待ち合わせな!ちゃんと保健室に行けよ!学校でえっちなことすんなよ!」
「分かってるよ!じゃあまた後で」
俺たちの会話を聞いていた碧がぽつりと可愛い唇を動かし呟いた。
「あの人はバスケ部の柏崎さんだね、ゆうちゃんといつも一緒にいるからどんな人か前にこっそり後をつけて観察したの、隣町の駅で降りた後に捨て猫拾って抱きかかえて家に入っていったのを見て、ゆうちゃんの友達認定を差し上げたのでした!心の中でね!」
碧さんそれ、ストーカーです。
しかも間接的に、俺のためにわざわざ…。
「いつもの場所は、ゆうちゃんたちがご飯よく食べてる旧校舎の外階段!雨の日は、旧校舎の三階の階段にいるよね」
詳しいな…。
「そしてゆうちゃんは、掃除の後にトイレに一回行くのです!トイレは一番奥を使って、トイレの後に手を洗う水道は右から二番だよね!」
しばらく続く碧のストーカー情報に耳を傾け、保健室に無事に連れ込むことに成功した。
保健室から心配そうに顔を出した花川先生に事情を話した。
「階段から落ちて、足怪我したんです」
碧を保健室のベッドに降ろし、近くの椅子に腰掛けた。
「折れてる様子はないけど、捻挫かしら、湿布と包帯で処置するけど、病院に行けたら行った方がいいわ」
「はい」
花川先生と話しときの碧はまるで別人だ、バイト先でもそうだけど、生きた人形のように顔から表情が消え、淡々と言葉を放つだけになる。
「歩けるか?」
「大丈夫!もう歩けるもん!」
俺につかまりながら、ぎこちなく歩く碧を横目に碧にどうするか聞く。
「碧、俺と一緒に飯食う?それとも寮まで送る?」
「ゆうちゃんと一緒にいる、柏崎さんはどうするの?」
「大輔なら大丈夫だから気にしないでくれ、もし大輔が嫌なら大輔から俺の財布だけ返してもらって退散するから」
二人きりがいい…碧なら言うと思ってた。
俺の予想とは裏腹に碧の口からは予想外なことが発せられた。
「柏崎さんがよければ二人と一緒にいる」
「分かった、じゃあ行くか!」
碧が歩き辛そうだったから再びお姫様抱っこする。
恥ずかしさから暴れていた碧が観念して大人しくなるまで時間はかからなかった。
その時、碧の心はとても混乱していた。
なぜあの時わたしは泣いたのだろうか?
痛みや悲しみには慣れてしまい何も感じなかったのに、なぜ祐一郎には、こんなに素直になれるのだろうか
やはりわたしの中にあった『偽りの愛』が『本物の愛』に変わりつつあるのかもしれない、祐一郎のことが好きだ。
あの日無理やり押し付けたあの『愛』とは違う、
溢れ出しそうになる『愛』
祐一郎も同じ気持ちだろうか?
この気持ちは伝えるべきなのか?
今はまだ閉まっておこう、祐一郎への本物の愛の話は、いつかその日が来るまで…
「ゆうちゃん、本当に愛してる」
と言えるその日まで。
それよりも今は少しドキドキしていた。
柏崎さんと祐一郎のご飯を覗けることを。
祐一郎は、お弁当の時以外は、ジャムパンか鮭のおにぎりと紙パックのアイスココアをお昼に用意するのは知っていたが、柏崎さんとの会話までは知らない、どんな話をするのか
、楽しみだ。
全ての祐一郎を知っていなければ嫌だ。
碧は祐一郎にしがみつきながら不敵な笑みを浮かべていた。
「おまたせ、大輔」
碧をお姫様抱っこしたまま大輔に声をかける。
近くの階段に碧を座らせて俺も隣に座った。
「遅いよ、お二人さん!はい祐一郎の分と梅原さんは何食うか分からなかったから祐一郎と同じもん買ってきた!」
「サンキュー」「ありがとうございます」
大輔に二人でお礼を言う、本当に大輔は気がきく、碧の分まで用意してくれてあるのは助かった。
「で、お二人さんの関係は?」
いきなり大輔が真顔になり、話を切り出した。
顔は真剣なのに、持っているパンを口に慌ただしく運んでいるのがミスマッチだ。
「前に話しただろ、遠距離恋愛してる彼女がいるって、それが碧でお前が言ってた隣のクラスの梅原さんがまさか自分の彼女だって気付かずにいて、夏休みバイト先で一緒になって偶然梅原さんが碧だったことを知ったって話」
よく分からないぞ、と大輔の顔にはっきり書かれていた。
俺の説明に隣の碧が小さい声で補足する。
「わたしの苗字が変わったんです。高橋から梅原に、中学生の時は高橋碧だったから祐一郎くんはそれを知らなくて、わたしが同じ高校で隣のクラスにいるのも知らなくて、お互い中学生以来だから携帯番号も知らないし、わたしもなかなか祐一郎くんに会いに行けなかったから…夏休み中にやっと再開できて、今日に至ります」
大輔の顔は今度は納得のいった表情に変わる。
「なるほど、なるほど、噂の美少女が祐一郎の彼女だったわけか、羨ましいな!確かにボンッキュッボンとは違うな」
余計なことを言う大輔の頭を叩いた。
「梅原さんそれより怪我は大丈夫?」
思い出したように言う大輔に碧は大丈夫です、と丁寧に答える。
「大輔、毎日ここに碧連れて来ていい?それならあの女達も手出してこないだろ」
「いや、あの女達のネタになるだけじゃないか、根源を断たないとな、いいこと思いついたわ!」
そう言いながら立ち上がった大輔の表情は真剣そのものだった。
携帯を片手に爽やかに何処かに走り去った大輔を見送っていると、隣の碧が制服の袖を摘んで引っ張ってきた。
「ゆうちゃん、これ食べていいのかな?」
「どうぞ、あいついつも300円しか持ち歩かない主義だからこれは俺の財布から払ってあるから気にしないで食べて」
「うん、いただきます」
俺の言葉を聞いて安心したのか碧はパンの封を切った。
小さな口にパンを運ぶ碧がリスのように可愛くてじっと見つめていた。
そんな俺の視線に気づいた碧はにこりと笑い、口を開いた。
「ゆうちゃん、碧の食べたパンが食べたいの?しょうがないなあ、一口ずつ交換しよ!」
そう言うわけでもないが、可愛い碧の提案は断れないから言葉に従った。
「ねえ、ゆうちゃん…?」
パンの交換ではしゃいでいた碧が急に沈んだ顔になった。
「ん?」
「ゆうちゃんは、ボンッキュッボンが好きなの?碧おっぱい小さい…」
自分の胸に手を当て俯く姿を見て、大輔の言葉を気にしている事に気づく。
「あれは大輔の趣味だから、俺は碧が好きだから気にしないで」
「なぁんだ、よかった。」
ホッとした表情の碧は小動物みたいで可愛い。
俺たちがパンを一口ずつ交換しあい食べ終わる頃大輔が走って戻ってきた。
「お待たせ!」
「別に待ってねーよ」
「ひでーな!」
大輔といつもの様にやり取りしていると大輔が碧に向き直り話しかける。
「梅原さん、『小林元気』覚えてる?」
碧はしばらく悩んだ後首を傾げて困った表情を浮かべた。
「誰ですか?知らないです」
「梅原さんが虐められてる原因って言えばわかる?」
だんだんと大輔の話が見えてきた碧は大輔に見られない様に、俺の制服の裾をきゅっと摘んだ。
多分、怖いのかもしれない。
「俺、元気とは中学が一緒でさ、梅原さんの話聞いたことあったんだ。元気のせいで虐められてるってね」
俺も碧も大輔の話に耳を傾け続けた。
「元気はまず、学科が違うから俺ら普通科の棟にはいない、だから虐めの実態を知らないんだ。噂で聞いた程度でしかね」
『小林元気』
聞いたことがあった。サッカー部のイケメン君で、女子生徒から大人気の工業科の生徒だ。
俺の学校は普通科と工業科と商業科で分かれていて、普通科だけ棟が分かれている。
大輔は続ける。
「で、今話してきたわけ」
「碧の虐めの事?」
「そ、簡潔に言うとさ元気に止めてもらうんだ虐めの根源を!」
「そんな事できるのかよ」
「元気ならできるさ」
俺は大輔が何故余裕の表情なのか気になった。
俺と碧は大輔を見つめる。穴が空くほどに。
「多分…だけどな」
急にしおらしくなる大輔を見て碧は口を開く。
「どうして、今日会ったばかりの他人のためにそこまでするんですか?」
大輔は笑顔で即答した。
「友達の彼女だから他人事じゃねーし、それに善は跨げだろ!」
善は急げだ大輔、善は跨げなんて聞いた事ないぞ。
跨いでどうするんだ。
「まあ梅原さん、安心してくれ祐一郎がついてる」
結局人任せかよ、まあ大輔らしいな。
わたしには分からなかった。
今日初めて会話した他人に何故ここまでするのか…
普通なら関わりたくなくて目を逸らす人の方が多いのではないか…。
優しさには慣れていない。
そんな不安から祐一郎の制服をそっと握り安心感を求める。
頭の中では祐一郎に抱きしめてもらいたくて仕方がなかった。
『小林元気』
誰だかすっかり忘れていたが確かそんな名前だった気もする。
興味がない事は頭からすぐ消えてしまう。
隣の祐一郎を見るとわたしの話なのに自分の事のように真剣に大輔と話をしていた。
『優しいんだねゆうちゃん…また好きになる』
気付き始めた本当の好きが大きくなる事が怖くてたまらない。
好きになり嫌われる。愛を求め捨てられる。
わたしには綺麗すぎるんだ愛なんて…。
ゆうちゃん…本当に好きになりそうで怖いよ…
袖を掴む手に力が入る。
虐めなんてどうでもいい、小林元気なんてどうでもいいから二人きりになりたい。
やっぱり好きなのかな。
この気持ちが怖い。
そんな不安に駆られる碧を祐一郎は知らない。
まだ気づかないのだった。
「じゃあまたな」
4時半くらいまで旧校舎で三人で話をした後。
大輔が電車の時間だからと姿を消すと。
二人きりの時間が訪れた。
碧がすかさず抱きついてきた。
「ゆうちゃん…ゆうちゃん」
俺を呼ぶ碧の声に寂しさが滲んでいた。
そんな声で呼ばれると本当に好きになりそうだ。
本当はもう気づいてる…もう好きなんだ。
碧にはいつか伝えたい。
本当に碧が好きだと。
「碧?どした?」
俺にしがみつくように抱きついたまま離れない碧に声をかける。
「ゆうちゃん、ごめんね」
碧のごめんねの意味はよく分からなかったけど、今は何も聞かないでただ抱きしめ続けた。
「碧愛してるよ…」
「ありがとう、ゆうちゃん…」
わたしはゆうちゃんの匂いを噛みしめるように吸い込んで、肺に染み込ませた。
やっぱり好きだ。
この気持ちは嘘ではないんだ…。
夏休みも開け、始業式がやってきた。
「おはよう」「久しぶり」
久しぶりに顔を合わす同級生にみんなが楽しそうに会話に夢中になっている。
「おはよう祐一郎元気してたか!!?」
「おう、久しぶり大輔」
俺も久しぶりに大輔に会い世間話をする。
「祐一郎、何かいいことあった?夏休み前より生き生きしてるように見える、愛人でもできた?」
「んなわけねーだろ!愛人なんて作るわけねーだろ、強いて言うなら『彼女に久しぶりに会えた』」
大輔には彼女がいることは話してあった。だが、碧がこんなに近くにはいると知らず遠距離だと言ってあった。
この事を話すべきか否か。
中学の時の友達は俺と碧の関係を知ってる人は多かったが、電車通学に惹かれて地元の高校から離れた友達が多く、同じ高校にいても学科が違っていて滅多に会うことはなかった。
だから、高校で出来た友達第一号の大輔には話しておきたかった。
だが、
『隣のクラスに彼女がいる』
『実は、噂の美少女』
『隣のクラスの噂の美少女はいじめの中心にいる』
この事実を伝えるのは、二学期が始まった初日にしては、刺激が強すぎるんじゃないか。
大輔ならどんなリアクションするんだろう。
なんて考えていたら。
「良かったな彼女に会えて!なあ、祐一郎の彼女って美人?ボンッキュッボン?」
なんて馬鹿な事を聞いてきたから、妙な緊張感がなくなった。
「ボンッキュッボンではないけど美人だと思う」
「美男美女カップルかよ!ついつい僻んじまうぜ」
「いや、俺は別にイケメンじゃないし」
「そういや、大輔は早瀬先輩とどうなんだよ?告白できたのか?」
「おっそれ聞いちゃう?俺、早瀬先輩と付き合うことになりました!」
大輔からおめでたい話が聞けて良かった。
大輔はバスケ部に入っていて、マネージャーの早瀬夏美先輩に片思いをしていた。
大輔はどちらかといえば童顔で人懐っこい性格も相まって上級生の女子から人気があった。
彼女欲しいと毎日のように言っていたから、
すぐに出来るとは思っていたけど、無事に目標をクリアできたようで安心した。
これで碧のこともほんの少し話しやすくなる 。
おめでとうとお祝いの言葉を返したところでチャイムが鳴り、担任の先生が入ってくる。
俺の高校一年目の二学期が始まった。
隣のクラスの碧は今何をしているのだろうか?
* 高校一年目の九月
わたしの二学期が始まった。
学校に着き靴箱を開けるとあるはずのシューズは無く代わりにどこから集めたのか、大量のゴミが出て来る。
シューズを探すが見当たらないため靴下のまま廊下を歩く。
ひんやりと冷たい廊下が夏の熱い体温に心地いい。
階段を登り『1ー5』と書いた教室を目指す。
『1ー4』の教室の前でふと足を止めて祐一郎を探してみた。
まだ来ていないようだ。祐一郎の席は廊下側の前から五番目よく知っていた。
教室に着くと、『汚い』『ビッチ』『死ね』
などの文字が机に黒く飾り付けされている席に鞄を置き座る。引き出しにも沢山のごみが入れられていた。ごみをかき出しごみ箱に片付ける。
先に来ていた何人かの生徒がわたしを見てこそこそと話し出す。
「夏休み中どこかの男の人の家に泊まってたらしいよ」
「次のターゲットは三年の先輩らしいよ、裸の写真送りつけてるって噂だよ」
全部身に覚えのない嘘偽りだが、彼女たちの話の材料には丁度いいのだろう。
毎日違った噂が行き交い、最後にはわたしのところに『行動』として返って来る。
はあ…ゆうちゃんに会いたい
学校だから知らない振りしなきゃ、いじめを利用してゆうちゃんに近づく女がいるかもしれないと思うと他人の振りを、余儀なくされてしまう…
そんな事を考えていると
ガラガラっ教室の扉が開き声が響き渡る
「うわー、なんか臭いと思ったらもうお出ましかよ、ねー見て?真由美あいつ、裸足なんだけど」
「まじうける!!」
「まじで臭いんだけど!こんな異臭放つなんて男と毎日寝てるからでしょ!」
「おいビッチ!無視してんじゃねーよ!」
がんっとわたしの机を蹴る。
ごんっ鈍い音が響く
真由美がわたしの顔を鞄で殴った音だ。
はあ…鬱陶しい、毎日、毎日よく飽きないな
中山真由美、水本日菜子
この二人の好きな男子に告白され、断った日からこの下らないいじめが始まった。
最初は彼女たち二人から無視されて、
だんだん今の様にクラスの皆も同調し始めた。
誰の言葉も誰かの暴力も気にならない。
ゆうちゃんから貰える愛じゃないなら
わたしには気にならない。
チャイムが鳴り、先生が入って来る。
ゆうちゃん会いたいな…
碧の二学期は始まった、大好きなゆうちゃんを思いながら、最悪な形で。
* 始業式も終わり、体育館に居るはずの碧を目で探す。隣のクラスの列に碧の姿はなかった。
キョロキョロしている俺に大輔が心配そうに話しかけてきた。
「どした?祐一郎?誰か探してんのか?」
「ん、ちょっと探し人」
「そっか手伝うか?」
手を望遠鏡のようにして辺りを見渡す大輔はもはや不審者だ。
解散して教室に戻っていく人の波に混じり歩き出す。来てないのかな?
教室に戻る道の途中で下品な笑い声を聞いた。
「あははは、まじうけるんだけど」
「朝から流血とか笑う」
「ちょっと鞄が当たっただけなのにあんなに血が出るなんて皮膚弱すぎだろ、鞄に碧菌がついたかもしれないわ最悪」
碧菌?そのワードが頭に引っかかった。
もしかして、碧のことか?
流血?鞄に当たった?
いきなり頭に入ってきた沢山の情報に頭がパンクした。
「祐一郎?どした?あっ、あいつら隣のクラスの虐めっ子達だろ、怖えーな、寮でも虐めてるらしいぜ、女って怖えーな」
大輔の言葉にハッとする。
ではやはり彼女達の言う碧菌は碧のことなのだろう。流血してるのに体育館にいるはずもないか、碧はきっと保健室にいるのかもしれない。
「大輔、悪いけど俺ちょっと腹痛いから保健室に行ってくる、先に教室に行っといてくれ」
「大丈夫かよ?了解!また後でな」
大輔は心配しつつも、俺を残して教室に戻った。
そんな大輔に感謝しつつも一階の保健室に俺は急ぐ。保健室を利用する生徒用の靴箱には、碧のシューズはなかった。
それでも一応中を覗く
「失礼します」
声を掛けたが中から反応はない、保健の花川先生も不在のようだ。
開いた窓から入ってくる夏の香りが消毒用のアルコールの匂いと混じり鼻腔をくすぐった。
「あれ?ゆうちゃん?」
不意に探していた声の主を発見する。
ベッドに裸足で腰掛けた彼女はこちらを不思議そうに見ていた。
「ゆうちゃん、大丈夫?怪我したの?具合悪い?」
俺を見た途端に心配そうな表情になり、慌てて起き上がろうとした碧の頭には包帯が巻かれていた。
事実をはっきりと目の当たりにした途端に感情が溢れそうになる。
「いや、碧を探してた」
やっとの事で碧に返答した俺は碧の隣に腰掛けた。
頭の包帯をそっと撫でる。
「碧、大丈夫か?」
「ん?なんのこと?」
心配してる俺を他所に本人は然程気にしていないようだ。
「頭の怪我は大丈夫か?」
「ああ、これ?大丈夫だよ、たまたまクラスメイトの鞄に当たったの、当たり処が悪くて沢山血が出たけど、コブにはならなかったみたい」
平然と自分が悪いように言う碧にまた感情が溢れる。感情を抑えきれない俺は碧をぎゅっと引き寄せ抱きしめる。
「ゆうちゃん?どしたの?」
碧を助けられない俺に怒りと、碧を傷つけられた怒りが溢れそうになる。
碧にそんなことは口が裂けても言えないから上手い言い訳を探し出す。
「高校生版の痛いの痛いの飛んでいけをしてる」
「痛いの痛いの飛んでいけか、碧初めてしてもらったかも…なんだか嬉しい!」
嬉しさから俯く碧の頭にキスをする、シャンプーの香りに混じる血の匂いがとても切なかった。
「ゆっゆうちゃん!そろそろ先生来ちゃうよ!離れなきゃ」
「あっ悪いつい」
「碧も教室戻ろうかな、血は止まったし今日はもうホームルームだけだから」
心配そうを含んだ視線を送る俺に碧が腕の中から離れチュッとキスをした。
「大丈夫だよ、ゆうちゃん!また後で会おうね、碧はもう少ししたら戻るから先に戻って、二人の時間以外は他人のふりしてね、一緒にいるところを誰かに見られたら大変だから」
「うん、じゃあ先に行く」
碧の頭を撫で立ち上がった。
名残惜しそうに碧の温もりから離れ保健室を出る。
扉を閉めようとした時、花川先生が戻ってきた。
「あれ?何か用だった?ごめんなさいね、具合悪い?」
「いえ、大丈夫です、お見舞いに来ました」
「ああ、梅原さんの!病院行くか聞いたら行かないって行って聞かないから、傷口は深くないから出血が止まれば問題はないと思うけど…」
そう言いながら心配そうな視線を保健室に向けた先生が俺に小声で聞いて来た。
「ねえ、梅原さん虐められてる訳じゃないわよね?シューズも履かずにここまであの怪我で連れ添いもなく歩いて来たから心配で、担任の先生は虐めは有り得ないって言っていたけどなんだか信じられなくて」
俺がここで本当のことを話したら碧は楽になるのだろうか?
いっそのこと吐き出してしまいたくなった。
するとその時、保健室から碧が出てきた。
「先生、ありがとうございました、もう大丈夫なので教室に戻ります」
呆気にとられている俺と花川先生の間を生きた人形の様な冷めた瞳の碧が歩き去った。
その様子を見た花川先生が呟やく。
「もし、何か知ってたら教えてね」
そう優しく俺に言葉を残し保健室に入って行った。
碧の後を一定の距離感でついて行く、シューズもなく歩くその姿が俺をまた苦しめた。
碧は自分の教室に何事も無かった様に入って行った。やっぱり俺は何も出来ないのか…
虚しさに駆られながら俺も教室に戻った。
ホームルームはまだ始まっておらず教室には賑やかな生徒たちの声が溢れていた。
「お帰り、祐一郎!大丈夫かよ」
「大丈夫だよ、ありがとう」
席に着くと大輔から心配の声をかけられた。
俺自身は本当は、なんとも無かったから少しだけ罪悪感を、感じた。
やっぱり話しておくべきだ…碧のこと
このまま隠しておいても俺に得はない。
心を決め、大輔に伝えようとする。
「あのさ大輔、話が…」
大輔に話をしようとしたその瞬間、教室の扉が開き、先生が登場した。
何てタイミングなんだ…
「みんな、席着けよ、ホームルームはじめるぞ」
生徒達は慌てて席に着く。
「祐一郎、後でちゃんと話し聞くからな!」
大輔は俺の言いかけていた事を察してくれていた。
持つべきものは友だ、そんな事を考えながら、ホームルームは過ぎていった。
チャイムが鳴り、下校時刻になる。
午前中しか学校がない今日は、皆慌ただしく下校して行った。大輔と俺は学校にある売店で昼飯でも食べながら例の話をするかという事になり、一階の売店へ向かっていた。
「大輔今日部活は?」
「今日は休み」
「ふうん」
「聞いといて、ノーリアクションかよ!」
いつもみたいに馬鹿みたいな会話をしながら一階に向かう。
階段に差し掛かると何やら女子生徒の声が聞こえる。その声は聞き覚えのあるものだった。
始業式後に聞いた下品な笑い声…
大輔の言ういじめの原因
碧を傷つけた奴ら
我慢したくても怒りが溢れてくる。
「やっぱ女は怖えーわ」
大輔が呟いた言葉すら頭に入ってこないくらいに無性に腹が立っていた。
「祐一郎?すげー怖い顔してる?大丈夫か?」
「あっ?なんだよ大輔、じろじろ見るなよ」
「何かあったのか、今までになく怖い顔してたぜ」
大輔の言葉に我に返る。頭の中に碧の唇から紡がれた言葉が過ぎる。
『二人以外の時間は他人のふりだよ』
碧…
「大輔、俺の話したい事なんだけど」
「ん?」
いきなり口を開いた俺を不思議そうに見つめる大輔。言うなら今だろう口を開いたその瞬間
「調子乗るんじゃねーよ!!!!」
女子生徒の声が階段に響き渡った。
「てめーなんて死んでも誰も気づかねーよ!くず!死にやがれ!」
鳥肌が立つくらい嫌な予感がした。
ここは階段だ、階段で死ねと言われて反抗しない碧に彼女達がやる行動は一つだろう
『階段から落とし、事故か自殺に見せかける』
第一に担任が虐めを放置しているのだから、碧がどうなろうが担任には関係ないだろう
俺は声のする方へ走り出した。
「祐一郎!?」
大輔の言葉に振り返りもせず走る。
階段の目の前で女子生徒二人とすれ違った。
妙な笑みを浮かべていた。
俺の嫌な予感は的中した。
階段の下には倒れ込んだ碧と、碧のものだと思われる鞄の中身が散らばっていた。
階下で蹲る姿が俺の心を苦しめる。
慌てて駆け寄り、抱き起こす。
「碧!碧!…碧!」
何回も名前を呼んだ。
頼むから、返事をしてほしい。
「ゆうちゃん…?」
碧がゆっくりと目を開けた。
嬉しさから抱きしめる腕に力が入ってしまう。
「痛いよ、ゆうちゃん…ゆうちゃん?」
「碧…怪我は?頭痛くないか?」
いつもよりぼんやりと話す碧に不安が募る…。
このまま碧を失ってしまうのではないか…。
「碧なら大丈夫だよ、足打っちゃったけど、後教科書が散らかっちゃった」
小さな唇から漏れる言葉も、俺を心配させないために笑う可愛い顔も俺は失いたくなかった。
「もー!ゆうちゃん心配し過ぎ!こんなの初めてじゃないから大丈夫だよ!」
そんなこと言うなよ…
初めてじゃないから大丈夫なんて…
たまにはでいいから
『痛いよ、苦しいよ、助けて』って言えよ…
碧を変えてしまったもの達が憎い、
こんなにも可愛い碧がこんなに歪んでしまった事が憎い…。
「碧…痛いの痛いの飛んでいけ」
「ゆうちゃん?」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
「大丈夫だよ、ゆうちゃん」
「痛いの痛いの飛んでいけ」
「ゆうちゃん…」
「あおい…」
碧の目から大粒の涙が溢れ始めた、碧は目頭を押さえ驚いている。
まるで溜め込んできた感情が溢れ出すように次から次に溢れ出す。
俺は碧を抱きしめ涙を唇で掬った。
包帯が巻かれた小さな頭を撫でる。
「ゆうちゃん…なんで碧泣いてるのかな?」
「碧、泣きたくなったら俺が抱きしめてやるから」
「ゆうちゃん…碧泣かないんだよ、碧痛くないんだよ、なのになんでこんなに涙が出るんだろう…ゆうちゃん…ゆうちゃん」
「俺が碧を愛してるから涙が出るんだよ」
「ゆうちゃん…もう一回、痛いの痛いの飛んでいけして」
俺は碧を、抱きしめて優しく撫でながら
『痛いの痛いの飛んでいけ』と言った。
こんなおまじないで本当に痛みがなくなるなら、
碧の心の痛みがなくなったらいいのにな…
なんて思いながら。
涙を指先で拭う碧の顔を見つめてキスをした。
涙で濡れた唇はしょっぱくて…
しばらく唇を重ねあっていると。
「ゆうちゃん、誰か来たら大変!!!」
我に返った碧が慌てて教科書を拾い出す、俺もそれを手伝い、碧の鞄を持った。
「ゆうちゃん、自分で持てるから!」
碧が俺の腕から鞄を取り上げようとした。
立ち上がった俺に合わせて立ち上がろうとした碧は足の痛みに襲われ上手く立てずに再び膝をついた。
「碧?大丈夫か?」
「足が痛いみたい」
みたいってなんだ、痛いってはっきり言って欲しい
今はそんなことより碧が心配だ。
「碧、俺にしっかり捕まっとけよ」
俺は、碧をいわゆるお姫様抱っこした。
思っていたより碧は軽くて、壊れてしまいそうだった。
「えっちょっと!ゆうちゃん!誰かに見られたらどうするの?」
「俺は、別に困らないし、俺の可愛い彼女と密着してたいから問題はないよ」
「だってゆうちゃん…碧は虐められてて、ゆうちゃんまで巻き込むからしれないんだよ」
「俺は、碧と一緒に居たいから、何されても構わない碧と一緒にいれるならそれだけでいいんだ…」
「ゆうちゃんの馬鹿、えっち」
「なんとでも言ってください碧姫様」
俺たちは、階段を下り始めようとした。
不意に後ろから誰かに肩を叩かれ今まで忘れていたことを思い出す!
「祐一郎、大胆だな!お前のこと尊敬するわ」
「だっ大輔さんこんにちは」
咄嗟に出た言葉が自分でも自分でもおかしい事は分かっていた。だが今は顔が引きつるほど大輔から逃げたかった。
「大輔さんなんて笑っちゃうぜ祐一郎さん、追いかけた後に一部始終見てたけど、お前って優しいんだなって思った」
「ありがとう、大輔俺このまま保健室に行くけど先に売店行ってくれよ、腹減ってるだろ?俺いつものでいいから」
大輔にズボンのポケットにある財布を差し出す。
「了解、梅原さんお大事に!いつもの場所で待ち合わせな!ちゃんと保健室に行けよ!学校でえっちなことすんなよ!」
「分かってるよ!じゃあまた後で」
俺たちの会話を聞いていた碧がぽつりと可愛い唇を動かし呟いた。
「あの人はバスケ部の柏崎さんだね、ゆうちゃんといつも一緒にいるからどんな人か前にこっそり後をつけて観察したの、隣町の駅で降りた後に捨て猫拾って抱きかかえて家に入っていったのを見て、ゆうちゃんの友達認定を差し上げたのでした!心の中でね!」
碧さんそれ、ストーカーです。
しかも間接的に、俺のためにわざわざ…。
「いつもの場所は、ゆうちゃんたちがご飯よく食べてる旧校舎の外階段!雨の日は、旧校舎の三階の階段にいるよね」
詳しいな…。
「そしてゆうちゃんは、掃除の後にトイレに一回行くのです!トイレは一番奥を使って、トイレの後に手を洗う水道は右から二番だよね!」
しばらく続く碧のストーカー情報に耳を傾け、保健室に無事に連れ込むことに成功した。
保健室から心配そうに顔を出した花川先生に事情を話した。
「階段から落ちて、足怪我したんです」
碧を保健室のベッドに降ろし、近くの椅子に腰掛けた。
「折れてる様子はないけど、捻挫かしら、湿布と包帯で処置するけど、病院に行けたら行った方がいいわ」
「はい」
花川先生と話しときの碧はまるで別人だ、バイト先でもそうだけど、生きた人形のように顔から表情が消え、淡々と言葉を放つだけになる。
「歩けるか?」
「大丈夫!もう歩けるもん!」
俺につかまりながら、ぎこちなく歩く碧を横目に碧にどうするか聞く。
「碧、俺と一緒に飯食う?それとも寮まで送る?」
「ゆうちゃんと一緒にいる、柏崎さんはどうするの?」
「大輔なら大丈夫だから気にしないでくれ、もし大輔が嫌なら大輔から俺の財布だけ返してもらって退散するから」
二人きりがいい…碧なら言うと思ってた。
俺の予想とは裏腹に碧の口からは予想外なことが発せられた。
「柏崎さんがよければ二人と一緒にいる」
「分かった、じゃあ行くか!」
碧が歩き辛そうだったから再びお姫様抱っこする。
恥ずかしさから暴れていた碧が観念して大人しくなるまで時間はかからなかった。
その時、碧の心はとても混乱していた。
なぜあの時わたしは泣いたのだろうか?
痛みや悲しみには慣れてしまい何も感じなかったのに、なぜ祐一郎には、こんなに素直になれるのだろうか
やはりわたしの中にあった『偽りの愛』が『本物の愛』に変わりつつあるのかもしれない、祐一郎のことが好きだ。
あの日無理やり押し付けたあの『愛』とは違う、
溢れ出しそうになる『愛』
祐一郎も同じ気持ちだろうか?
この気持ちは伝えるべきなのか?
今はまだ閉まっておこう、祐一郎への本物の愛の話は、いつかその日が来るまで…
「ゆうちゃん、本当に愛してる」
と言えるその日まで。
それよりも今は少しドキドキしていた。
柏崎さんと祐一郎のご飯を覗けることを。
祐一郎は、お弁当の時以外は、ジャムパンか鮭のおにぎりと紙パックのアイスココアをお昼に用意するのは知っていたが、柏崎さんとの会話までは知らない、どんな話をするのか
、楽しみだ。
全ての祐一郎を知っていなければ嫌だ。
碧は祐一郎にしがみつきながら不敵な笑みを浮かべていた。
「おまたせ、大輔」
碧をお姫様抱っこしたまま大輔に声をかける。
近くの階段に碧を座らせて俺も隣に座った。
「遅いよ、お二人さん!はい祐一郎の分と梅原さんは何食うか分からなかったから祐一郎と同じもん買ってきた!」
「サンキュー」「ありがとうございます」
大輔に二人でお礼を言う、本当に大輔は気がきく、碧の分まで用意してくれてあるのは助かった。
「で、お二人さんの関係は?」
いきなり大輔が真顔になり、話を切り出した。
顔は真剣なのに、持っているパンを口に慌ただしく運んでいるのがミスマッチだ。
「前に話しただろ、遠距離恋愛してる彼女がいるって、それが碧でお前が言ってた隣のクラスの梅原さんがまさか自分の彼女だって気付かずにいて、夏休みバイト先で一緒になって偶然梅原さんが碧だったことを知ったって話」
よく分からないぞ、と大輔の顔にはっきり書かれていた。
俺の説明に隣の碧が小さい声で補足する。
「わたしの苗字が変わったんです。高橋から梅原に、中学生の時は高橋碧だったから祐一郎くんはそれを知らなくて、わたしが同じ高校で隣のクラスにいるのも知らなくて、お互い中学生以来だから携帯番号も知らないし、わたしもなかなか祐一郎くんに会いに行けなかったから…夏休み中にやっと再開できて、今日に至ります」
大輔の顔は今度は納得のいった表情に変わる。
「なるほど、なるほど、噂の美少女が祐一郎の彼女だったわけか、羨ましいな!確かにボンッキュッボンとは違うな」
余計なことを言う大輔の頭を叩いた。
「梅原さんそれより怪我は大丈夫?」
思い出したように言う大輔に碧は大丈夫です、と丁寧に答える。
「大輔、毎日ここに碧連れて来ていい?それならあの女達も手出してこないだろ」
「いや、あの女達のネタになるだけじゃないか、根源を断たないとな、いいこと思いついたわ!」
そう言いながら立ち上がった大輔の表情は真剣そのものだった。
携帯を片手に爽やかに何処かに走り去った大輔を見送っていると、隣の碧が制服の袖を摘んで引っ張ってきた。
「ゆうちゃん、これ食べていいのかな?」
「どうぞ、あいついつも300円しか持ち歩かない主義だからこれは俺の財布から払ってあるから気にしないで食べて」
「うん、いただきます」
俺の言葉を聞いて安心したのか碧はパンの封を切った。
小さな口にパンを運ぶ碧がリスのように可愛くてじっと見つめていた。
そんな俺の視線に気づいた碧はにこりと笑い、口を開いた。
「ゆうちゃん、碧の食べたパンが食べたいの?しょうがないなあ、一口ずつ交換しよ!」
そう言うわけでもないが、可愛い碧の提案は断れないから言葉に従った。
「ねえ、ゆうちゃん…?」
パンの交換ではしゃいでいた碧が急に沈んだ顔になった。
「ん?」
「ゆうちゃんは、ボンッキュッボンが好きなの?碧おっぱい小さい…」
自分の胸に手を当て俯く姿を見て、大輔の言葉を気にしている事に気づく。
「あれは大輔の趣味だから、俺は碧が好きだから気にしないで」
「なぁんだ、よかった。」
ホッとした表情の碧は小動物みたいで可愛い。
俺たちがパンを一口ずつ交換しあい食べ終わる頃大輔が走って戻ってきた。
「お待たせ!」
「別に待ってねーよ」
「ひでーな!」
大輔といつもの様にやり取りしていると大輔が碧に向き直り話しかける。
「梅原さん、『小林元気』覚えてる?」
碧はしばらく悩んだ後首を傾げて困った表情を浮かべた。
「誰ですか?知らないです」
「梅原さんが虐められてる原因って言えばわかる?」
だんだんと大輔の話が見えてきた碧は大輔に見られない様に、俺の制服の裾をきゅっと摘んだ。
多分、怖いのかもしれない。
「俺、元気とは中学が一緒でさ、梅原さんの話聞いたことあったんだ。元気のせいで虐められてるってね」
俺も碧も大輔の話に耳を傾け続けた。
「元気はまず、学科が違うから俺ら普通科の棟にはいない、だから虐めの実態を知らないんだ。噂で聞いた程度でしかね」
『小林元気』
聞いたことがあった。サッカー部のイケメン君で、女子生徒から大人気の工業科の生徒だ。
俺の学校は普通科と工業科と商業科で分かれていて、普通科だけ棟が分かれている。
大輔は続ける。
「で、今話してきたわけ」
「碧の虐めの事?」
「そ、簡潔に言うとさ元気に止めてもらうんだ虐めの根源を!」
「そんな事できるのかよ」
「元気ならできるさ」
俺は大輔が何故余裕の表情なのか気になった。
俺と碧は大輔を見つめる。穴が空くほどに。
「多分…だけどな」
急にしおらしくなる大輔を見て碧は口を開く。
「どうして、今日会ったばかりの他人のためにそこまでするんですか?」
大輔は笑顔で即答した。
「友達の彼女だから他人事じゃねーし、それに善は跨げだろ!」
善は急げだ大輔、善は跨げなんて聞いた事ないぞ。
跨いでどうするんだ。
「まあ梅原さん、安心してくれ祐一郎がついてる」
結局人任せかよ、まあ大輔らしいな。
わたしには分からなかった。
今日初めて会話した他人に何故ここまでするのか…
普通なら関わりたくなくて目を逸らす人の方が多いのではないか…。
優しさには慣れていない。
そんな不安から祐一郎の制服をそっと握り安心感を求める。
頭の中では祐一郎に抱きしめてもらいたくて仕方がなかった。
『小林元気』
誰だかすっかり忘れていたが確かそんな名前だった気もする。
興味がない事は頭からすぐ消えてしまう。
隣の祐一郎を見るとわたしの話なのに自分の事のように真剣に大輔と話をしていた。
『優しいんだねゆうちゃん…また好きになる』
気付き始めた本当の好きが大きくなる事が怖くてたまらない。
好きになり嫌われる。愛を求め捨てられる。
わたしには綺麗すぎるんだ愛なんて…。
ゆうちゃん…本当に好きになりそうで怖いよ…
袖を掴む手に力が入る。
虐めなんてどうでもいい、小林元気なんてどうでもいいから二人きりになりたい。
やっぱり好きなのかな。
この気持ちが怖い。
そんな不安に駆られる碧を祐一郎は知らない。
まだ気づかないのだった。
「じゃあまたな」
4時半くらいまで旧校舎で三人で話をした後。
大輔が電車の時間だからと姿を消すと。
二人きりの時間が訪れた。
碧がすかさず抱きついてきた。
「ゆうちゃん…ゆうちゃん」
俺を呼ぶ碧の声に寂しさが滲んでいた。
そんな声で呼ばれると本当に好きになりそうだ。
本当はもう気づいてる…もう好きなんだ。
碧にはいつか伝えたい。
本当に碧が好きだと。
「碧?どした?」
俺にしがみつくように抱きついたまま離れない碧に声をかける。
「ゆうちゃん、ごめんね」
碧のごめんねの意味はよく分からなかったけど、今は何も聞かないでただ抱きしめ続けた。
「碧愛してるよ…」
「ありがとう、ゆうちゃん…」
わたしはゆうちゃんの匂いを噛みしめるように吸い込んで、肺に染み込ませた。
やっぱり好きだ。
この気持ちは嘘ではないんだ…。
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