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二人の関係
壊れたドール『碧』
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俺が初めて碧に出逢ったのは、いつだったか覚えていないくらい、小さいときだった。
お互いの家も歩いて五分くらいの距離だったから、
必然的に学校も一緒になる。
「祐一郎くん一緒に帰ろっ」
小学校時代の放課後はよく碧いから声をかけられた
そんな俺たちを見て、同級生に
『イチャイチャすんなよー!』
『祐一郎くんと碧ちゃん両思いらしいよ』
とかよく言われていた。
俺はその都度、過敏に反応してこんなやつ好きじゃねーよとか、言い返していたのを覚えている。
小学生の俺にはイマイチ恋愛感情がわからなかった
教室で俺に近づくだけでからかわれる碧は他の人がいる前では、俺に話しかけなくなった。
通学路を半分くらい家に進んだところで、
大抵碧が後ろから走ってきて、
そこからは一緒に帰ることが
パターン化していた。
中学に上がると、ますます周りが恋愛に敏感になり、碧も俺も帰り道以外は、会話もなかった。
中学は近くの市の小学校からきた生徒も合わさり、人数も増えたからか碧とはクラスも離れてしまい、
俺も部活に入っていたから。
帰り道に会うこともなくなった。
「ただいまー!」
「おかえり、碧ちゃんは元気にしてる?」
中学生一年目の六月ごろ家に帰ると、いきなり母親から碧のことを聞かれ、なんのことか分からず
考え込む。
「碧ちゃんがどうかしたの?クラス違うから、最近会ってないけど」
「碧ちゃんのママがね、再婚したのよ!お腹に赤ちゃんもいるんですって、だから碧ちゃんのママがね、碧は一人っ子だったから、今になって兄弟が出来ることに対して、顔には出さないけど、傷ついてるんじゃないかって心配しててね、祐一郎なら仲良くしてたから碧ちゃんと何か話ししたかなと思って」
「そうなんだ、今度会ったら聞いとく、それとおばさんにおめでとうって言っといて」
適当に会話を終わらし、部屋に入り、着替えを済ましゲームをはじめる。
コントローラーを無意識に操作しながら、
そういえば碧ちゃんのお母さんシングルマザーで彼氏がいるから、あまり家にいないって昔聞いたな
なんて思い出していた。
まあ俺には関係ないけど
この時はそう思っていたんだ…。
中学生一年目の八月の終わりの夕方
俺は、宿題と言う名の恐ろしい難易度のミッションをこなしていた。
ひぐらしの鳴き声がまでの外から聞こえてきて、
じわりじわりと日に日に迫る夏休みの終わりを告げているようだった。
美術部の俺は、夏休み中体育祭に向けたポスターとかを仕上げ、その後は部活に出向かなかった。
美術の先生はお年寄りで夏休みまで指導できないため、八月からはまるっきり夏休みを満喫していた。
宿題で一番困るのは、日記だ。昨日一昨日までの天気は覚えていても、一週間前なんてよほどの嵐や台風でない限り覚えていない。
適当に勘でうめていく。
そんなこんなで、俺の夏休みも終わり、
日に焼けた同級生に久々に会う。
久しぶり見る担任の小野先生はなんだか新鮮だった
「みんな、元気だったか、先生は息子と…」
生き生きした先生の会話をぼーっと聞きながら、窓の外を眺めていた。
まだどこのクラスもホームルーム中なのにポツリと一人校庭を歩いている生徒がいた。
俺のクラスは二階でそんなに高さもないからか、その姿が誰かはっきり見えた。
「あれ、碧ちゃん?」
目を凝らして、何度か確認しても
見間違いではない気がした。
しばらく校庭を歩くシルエットに見入っていると、
教壇の小野先生から
「おーい、岡本、久しぶりだから、先生の話くらい聞いてくれよ」
と苦笑い混じりに言われ、教室にも笑い声が上がる
「すみません」
とりあえず謝るもやはり碧が気になる
なぜこんな時間に歩いているんだろう?
早退したのか?
でも、早退したなら普通親が迎えに来るはずだし…
チャイムがなり、帰り支度をする。
結局、先生の話はほとんど耳に入らず、碧が見えなくなるまで目で追っていた。
「またな」 「じゃあねー」
別れの声が響く教室を後にし、俺は、同じ部活の友達と美術室に向かっていた。
部活も終わり、家路を歩く。
中学高からの通学路の途中には小さい公園がある。 公園にはブランコが二人分と大きめの滑り台が配置されてあるが、近くに大きくて綺麗な公園が、最近できたため、子供達の足はそちらに向いていた。
公園の前に差し掛かると、ブランコに座る寂しげな人影があった。
その人影に見覚えがあり、思わず近づいていく。
「あ…おいちゃん?」
俺の声に反応して、俯いていた顔を上げる
その顔が涙まみれだったことに驚いた。
「な…んですか? あ…あれっ?祐一郎くん? 久しぶりだね」
俺だと気づいた碧はこちらに慌てて作り笑顔を向けた。
「おう!久しぶり!何かあったのか?相談乗るけど話せる? あれっ?今帰り?」
一応知り合いだし、泣いてるのを見て見ぬ振りして帰れるほど心が冷たい人間ではなかった。
それに、部活を終えてから帰る俺と、ホームルーム中に帰ったであろう碧が通学路で会うなんて不思議だ。しかも彼女はまだ制服を身につけていた。
家に帰ってないの、
あるいは習い事をしているのか、可能性はいくつかあるが、そんなことはどうでもよかった。
「…ゆっ…祐一郎くん…には関係ないよ」
ポツリと碧が漏らした言葉には悲しみが溢れそうなことが伝わってきて、『関係ない』と言われても、
放っておけなかった。
「泣いてる人を放っておけないよ、もう薄暗くなってきたし家まで送ろうか?」
俺の言葉にハッと息を飲む碧の表情が悲しみから、怒りに変わるのがはっきりとわかった
「わたしのこと、何も知らないくせに!放っておいてよ!祐一郎くんにはわからないから!わたしのことなんてわからないんだから!」
瞳には怒りの色がはっきり滲み、俺を穴があきそうなほどに睨みつけている。
殺気すら感じられる。
なんだか、心配したのに損した気になった。
こんなに、心配したのになぜこんなに怒りを露わにされなきゃいけないんだろ
俺は、滅多に怒らないし、家族とも喧嘩はしない、
6歳上の兄ちゃんとも喧嘩したことはない。
だから余計に人から怒りを向けられることに慣れていなかった。
碧は、怒りのあまり、ブランコから立ち上がり
どこかへ立ち去ろうとしていた。
そんな碧を見て、カッとなった俺は、無意識に碧との距離を詰め碧の手首をぐっと強く握る。
突然の俺の行動に、碧は離して!と大きな声を出す。
自分でもなぜだか、わからないくらい冷静さを欠いていた俺は、離してと暴れる碧を無理矢理引き寄せてキスをした。
歯がぶつかるほど強くキスをする。
目の前の碧の顔を見るのが怖くて、目をぎゅっと瞑る。
「いっんっ…っはぁ」
苦しそうな呻き声が聞こえて、慌てて唇を話す。
「ごっごめん、本当にごめん」
自分でもなんでこんなことしたのかわからない。
ましてや記念すべきファーストキスがこんな怒り任せでしたものになってしまうなんて…
絶対に許してもらえないと覚悟してちらっと碧の表情を盗み見た。
俺は驚いて、声も出なかった。
怒りに震えているだろうと思った表情は、想像してたものと真逆の表情をしていた。
頬をほんのり赤らめ、瞳は怒りとは違う優しげな雰囲気を醸し出していた。
「祐一郎くん…祐一郎くんはわたしのこと…碧のこと好き?」
「へっ?碧ちゃんのことを俺が…」
驚いて思わず変な声を出してしまった。
「だって今、キスしてくれたよね…碧ファーストキスだったの、驚いちゃった」
「俺も…驚いてる」
さっきまで今にも俺のこと殺しそうな雰囲気を出していた碧とは別人ようだった。
碧は続ける。
「碧、嬉しいよ。碧のことをキスしてくれるくらい好きな人がいることが嬉しいの」
どうしようもなくて、黙り込む俺に嬉しそうな顔で碧は言う。
「だって、祐一郎くんは碧に無意識にキスしちゃうくらい碧のことを好きなんだよっ!あの人たちがいなくても、祐一郎くんがいてくれるだけで碧は幸せだよ」
無意識にキスするくらい好きだなんて、
怒りに任せてしてしまったことだから、事故のようなものなんだけど、こうなってしまえばどうしようもない。
俺のことは後々訂正するとして、気になることを聞いた。
「あのさ、あの人たちって誰のこと?」
俺の質問に表情を歪め碧は可愛いらしい唇から、言葉を紡ぐ。
「わたしはあの人たちがいなくても生きていける」
「わたしはお母さんとお父さん、それからお母さんのお腹の子も大嫌い!」
いきなりの碧の言葉に驚く。
「見て、お母さんも新しいお父さんも碧のこと嫌いなんだって、新しい赤ちゃんがいれば碧は要らないみたい」
見て、と言われて目をやった場所には生々しい痣が紫色に咲いていた。
でも、どうして?この間母親から聞いた話とは違う
碧のことを心配していたと話していた。何か変わったことはないかと。
俺はその疑問を碧にぶつけた。
すぐに碧いからその答えが返ってきた。
「碧が仲がいい人に虐待されてること告げ口してないか心配なんだよ。あの人たちの評判が悪くなるのが怖いんだろうね」
なんだか、胸糞悪い。
こんなの、おかしい。
「碧ちゃんは平気なのか?碧ちゃんは辛くないのかよっ」
思わず声を荒げてしまう。
だから泣いてたんだ。
だから関係ないって突き放離されたんだ。
唇を強く噛み締めていると、俺を見上げた碧が口を開く。
「辛かったよ、悲しかったし、寂しかったよ、でもね、もう大丈夫祐一郎くんがいるから、あの人たちじゃない祐一郎くんが碧をちゃんとを愛してくれるから、碧は救われたよ」
ニッコリと笑顔を向けられ、俺は恐怖心すら覚えた
これで正しいのか、俺が愛していたら彼女は、救われるのか。
でも、俺がとった行動で彼女が救われたなら、
これが正解だと信じて縋るしかないんじゃないか。
俺は、碧を抱きしめた。
これからは、碧を誰よりも愛そう。
昨日まで好きでもなかった相手を好きになっていくんだ。ずっとずっと愛するんだ。
「祐一郎くん?碧のこと好き?」
「うん…好き」
これが正解なんだ。俺が碧を救うために出した答え
「碧も大好きだよ」
『祐一郎くんが碧を愛してくれるならいい、デタラメな愛でもそのうちに本当の愛に変わるんだ変えるしかないんだ、あの人たちがくれない愛を祐一郎くんがこれからはくれる碧は救われるんだ』
愛してる…壊れた君を愛してる。
これからも、これまでも…。
中学三年目の七月
図書室で碧と進学先について、話をした。
「友達が偏差値高いところに行っちゃうからいない家から近いとこにしようかな、もしゆうちゃんが決まってるならそこにする!」
「んー、家から近いなら城咲高校かな、自転車で通えるし」
「そっか、碧もそうしようかな」
シャーペンをカチカチとならし、参考書に目をチラチラと動かし、ノートに文字を書き込んでいく。
俺の前の碧も同じように、受験勉強に勤しんでいた。
「ゆうちゃん、碧ね、お引越しするからしばらく会えなくなるよ」
「うん…ってえええ?!」
さらっとびっくりすることを言うから思わず大きい声を出しながら立ち上がってしまい、周りの人に睨まれてしまった。
「夏休み明けに、隣の県に引越すのお父さんの転勤と、弟の喘息がひどくて、空気がいい、山の麓まで行くみたい。まあ碧がいるから喘息が出てるって言ってるけどね」
「じゃあ、もうすぐ会えなくなるのか?」
「うん、でも高校受かれば会えるから寮に入ればいいし」
「まあそうだけど…碧は俺と離れて平気なのかよ」
「大丈夫だよ、ゆうちゃんの髪の毛とか爪とか大事に取ってあるから毎日一緒だもん」
「そういう問題かよ」
碧のこの手の発言には二年経って慣れた。
一応付き合ってるんだし、もっと早く教えてほしかった。
中学生三年目の八月
始業式には碧の姿はなかった。
引越しの前日にちょっとだけ会いに行って、寂しそうにしてる俺に、碧はちゅっと背伸びしてお別れのキスをくれた。
小さい可愛いらしい舌と初めてぶつかった。
中学生三年目の八月
長い間碧と離れる、
正直、寂しいし、会いたかった。
だけどプレッシャーから解放された気がした。
無理に愛さなくていい。
無理に愛を与えなくていい。
もちろん、碧のことは好きだった。
あの日はそんな感情なかったけど二年経つとお互い依存しあってお互い好きになっていった。
だから、高校に入った入学式
『高橋碧』の文字を探し、見つからずに断念した。
隣のクラスに『梅原碧』を見つけた。
『碧』の文字だけを見てハッとしたが、名字が違うことで失望した。
やっぱり違う高校にしたのかな、
連絡先も知らないし、もう会えないのかな。
だけど…。
高校一年目の四月
出来たばかりの友人に、彼女がいるか聞かれて、
碧を思い出す。
『いるよ』
俺はしっかり付け加える、遠距離だけど…
だけど俺の中に碧はしっかりいて、いつか会える気がしていた。
そのいつかは、わからないけど…
高校三年目の七月
会いたかった彼女に突然再開する。
バイト先も一緒で学校も一緒だったり
『高橋』から『梅原』に転校すると同時に新しい父親の名字に変わったことなど、
知らないことばっかりだった。
久しぶりの碧の声は、寒気を覚えるくらい
恋しくて、不安になった
俺だけの碧、俺の碧
怖いくらい、声が出ないくらい、
愛しさが溢れる
『碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧』
頭の中がいっぱいになり、言葉が出なかった。
その時に気付く、碧より、俺の方がおかしくて、
壊れてるのかもしれない…
でも今は溺れてるくらいが心地いい
俺はこれから碧と居られるんだ…
碧とずっと一緒なんだ…
久しぶりの碧は更に綺麗に大人びていた。
「おっそーい!」
碧の声を聞き冷汗が出る。
ずっと聞きたかった、会いたかった。
俺はこんなに碧を好きになってどうするんだろうか。
俺の愛はいつまで受け取ってもらえるのだろうか。
壊れた碧と俺は再開し、再び愛し合う。
偽りの愛でもいい、今はそれが心地いいから。
お互いの家も歩いて五分くらいの距離だったから、
必然的に学校も一緒になる。
「祐一郎くん一緒に帰ろっ」
小学校時代の放課後はよく碧いから声をかけられた
そんな俺たちを見て、同級生に
『イチャイチャすんなよー!』
『祐一郎くんと碧ちゃん両思いらしいよ』
とかよく言われていた。
俺はその都度、過敏に反応してこんなやつ好きじゃねーよとか、言い返していたのを覚えている。
小学生の俺にはイマイチ恋愛感情がわからなかった
教室で俺に近づくだけでからかわれる碧は他の人がいる前では、俺に話しかけなくなった。
通学路を半分くらい家に進んだところで、
大抵碧が後ろから走ってきて、
そこからは一緒に帰ることが
パターン化していた。
中学に上がると、ますます周りが恋愛に敏感になり、碧も俺も帰り道以外は、会話もなかった。
中学は近くの市の小学校からきた生徒も合わさり、人数も増えたからか碧とはクラスも離れてしまい、
俺も部活に入っていたから。
帰り道に会うこともなくなった。
「ただいまー!」
「おかえり、碧ちゃんは元気にしてる?」
中学生一年目の六月ごろ家に帰ると、いきなり母親から碧のことを聞かれ、なんのことか分からず
考え込む。
「碧ちゃんがどうかしたの?クラス違うから、最近会ってないけど」
「碧ちゃんのママがね、再婚したのよ!お腹に赤ちゃんもいるんですって、だから碧ちゃんのママがね、碧は一人っ子だったから、今になって兄弟が出来ることに対して、顔には出さないけど、傷ついてるんじゃないかって心配しててね、祐一郎なら仲良くしてたから碧ちゃんと何か話ししたかなと思って」
「そうなんだ、今度会ったら聞いとく、それとおばさんにおめでとうって言っといて」
適当に会話を終わらし、部屋に入り、着替えを済ましゲームをはじめる。
コントローラーを無意識に操作しながら、
そういえば碧ちゃんのお母さんシングルマザーで彼氏がいるから、あまり家にいないって昔聞いたな
なんて思い出していた。
まあ俺には関係ないけど
この時はそう思っていたんだ…。
中学生一年目の八月の終わりの夕方
俺は、宿題と言う名の恐ろしい難易度のミッションをこなしていた。
ひぐらしの鳴き声がまでの外から聞こえてきて、
じわりじわりと日に日に迫る夏休みの終わりを告げているようだった。
美術部の俺は、夏休み中体育祭に向けたポスターとかを仕上げ、その後は部活に出向かなかった。
美術の先生はお年寄りで夏休みまで指導できないため、八月からはまるっきり夏休みを満喫していた。
宿題で一番困るのは、日記だ。昨日一昨日までの天気は覚えていても、一週間前なんてよほどの嵐や台風でない限り覚えていない。
適当に勘でうめていく。
そんなこんなで、俺の夏休みも終わり、
日に焼けた同級生に久々に会う。
久しぶり見る担任の小野先生はなんだか新鮮だった
「みんな、元気だったか、先生は息子と…」
生き生きした先生の会話をぼーっと聞きながら、窓の外を眺めていた。
まだどこのクラスもホームルーム中なのにポツリと一人校庭を歩いている生徒がいた。
俺のクラスは二階でそんなに高さもないからか、その姿が誰かはっきり見えた。
「あれ、碧ちゃん?」
目を凝らして、何度か確認しても
見間違いではない気がした。
しばらく校庭を歩くシルエットに見入っていると、
教壇の小野先生から
「おーい、岡本、久しぶりだから、先生の話くらい聞いてくれよ」
と苦笑い混じりに言われ、教室にも笑い声が上がる
「すみません」
とりあえず謝るもやはり碧が気になる
なぜこんな時間に歩いているんだろう?
早退したのか?
でも、早退したなら普通親が迎えに来るはずだし…
チャイムがなり、帰り支度をする。
結局、先生の話はほとんど耳に入らず、碧が見えなくなるまで目で追っていた。
「またな」 「じゃあねー」
別れの声が響く教室を後にし、俺は、同じ部活の友達と美術室に向かっていた。
部活も終わり、家路を歩く。
中学高からの通学路の途中には小さい公園がある。 公園にはブランコが二人分と大きめの滑り台が配置されてあるが、近くに大きくて綺麗な公園が、最近できたため、子供達の足はそちらに向いていた。
公園の前に差し掛かると、ブランコに座る寂しげな人影があった。
その人影に見覚えがあり、思わず近づいていく。
「あ…おいちゃん?」
俺の声に反応して、俯いていた顔を上げる
その顔が涙まみれだったことに驚いた。
「な…んですか? あ…あれっ?祐一郎くん? 久しぶりだね」
俺だと気づいた碧はこちらに慌てて作り笑顔を向けた。
「おう!久しぶり!何かあったのか?相談乗るけど話せる? あれっ?今帰り?」
一応知り合いだし、泣いてるのを見て見ぬ振りして帰れるほど心が冷たい人間ではなかった。
それに、部活を終えてから帰る俺と、ホームルーム中に帰ったであろう碧が通学路で会うなんて不思議だ。しかも彼女はまだ制服を身につけていた。
家に帰ってないの、
あるいは習い事をしているのか、可能性はいくつかあるが、そんなことはどうでもよかった。
「…ゆっ…祐一郎くん…には関係ないよ」
ポツリと碧が漏らした言葉には悲しみが溢れそうなことが伝わってきて、『関係ない』と言われても、
放っておけなかった。
「泣いてる人を放っておけないよ、もう薄暗くなってきたし家まで送ろうか?」
俺の言葉にハッと息を飲む碧の表情が悲しみから、怒りに変わるのがはっきりとわかった
「わたしのこと、何も知らないくせに!放っておいてよ!祐一郎くんにはわからないから!わたしのことなんてわからないんだから!」
瞳には怒りの色がはっきり滲み、俺を穴があきそうなほどに睨みつけている。
殺気すら感じられる。
なんだか、心配したのに損した気になった。
こんなに、心配したのになぜこんなに怒りを露わにされなきゃいけないんだろ
俺は、滅多に怒らないし、家族とも喧嘩はしない、
6歳上の兄ちゃんとも喧嘩したことはない。
だから余計に人から怒りを向けられることに慣れていなかった。
碧は、怒りのあまり、ブランコから立ち上がり
どこかへ立ち去ろうとしていた。
そんな碧を見て、カッとなった俺は、無意識に碧との距離を詰め碧の手首をぐっと強く握る。
突然の俺の行動に、碧は離して!と大きな声を出す。
自分でもなぜだか、わからないくらい冷静さを欠いていた俺は、離してと暴れる碧を無理矢理引き寄せてキスをした。
歯がぶつかるほど強くキスをする。
目の前の碧の顔を見るのが怖くて、目をぎゅっと瞑る。
「いっんっ…っはぁ」
苦しそうな呻き声が聞こえて、慌てて唇を話す。
「ごっごめん、本当にごめん」
自分でもなんでこんなことしたのかわからない。
ましてや記念すべきファーストキスがこんな怒り任せでしたものになってしまうなんて…
絶対に許してもらえないと覚悟してちらっと碧の表情を盗み見た。
俺は驚いて、声も出なかった。
怒りに震えているだろうと思った表情は、想像してたものと真逆の表情をしていた。
頬をほんのり赤らめ、瞳は怒りとは違う優しげな雰囲気を醸し出していた。
「祐一郎くん…祐一郎くんはわたしのこと…碧のこと好き?」
「へっ?碧ちゃんのことを俺が…」
驚いて思わず変な声を出してしまった。
「だって今、キスしてくれたよね…碧ファーストキスだったの、驚いちゃった」
「俺も…驚いてる」
さっきまで今にも俺のこと殺しそうな雰囲気を出していた碧とは別人ようだった。
碧は続ける。
「碧、嬉しいよ。碧のことをキスしてくれるくらい好きな人がいることが嬉しいの」
どうしようもなくて、黙り込む俺に嬉しそうな顔で碧は言う。
「だって、祐一郎くんは碧に無意識にキスしちゃうくらい碧のことを好きなんだよっ!あの人たちがいなくても、祐一郎くんがいてくれるだけで碧は幸せだよ」
無意識にキスするくらい好きだなんて、
怒りに任せてしてしまったことだから、事故のようなものなんだけど、こうなってしまえばどうしようもない。
俺のことは後々訂正するとして、気になることを聞いた。
「あのさ、あの人たちって誰のこと?」
俺の質問に表情を歪め碧は可愛いらしい唇から、言葉を紡ぐ。
「わたしはあの人たちがいなくても生きていける」
「わたしはお母さんとお父さん、それからお母さんのお腹の子も大嫌い!」
いきなりの碧の言葉に驚く。
「見て、お母さんも新しいお父さんも碧のこと嫌いなんだって、新しい赤ちゃんがいれば碧は要らないみたい」
見て、と言われて目をやった場所には生々しい痣が紫色に咲いていた。
でも、どうして?この間母親から聞いた話とは違う
碧のことを心配していたと話していた。何か変わったことはないかと。
俺はその疑問を碧にぶつけた。
すぐに碧いからその答えが返ってきた。
「碧が仲がいい人に虐待されてること告げ口してないか心配なんだよ。あの人たちの評判が悪くなるのが怖いんだろうね」
なんだか、胸糞悪い。
こんなの、おかしい。
「碧ちゃんは平気なのか?碧ちゃんは辛くないのかよっ」
思わず声を荒げてしまう。
だから泣いてたんだ。
だから関係ないって突き放離されたんだ。
唇を強く噛み締めていると、俺を見上げた碧が口を開く。
「辛かったよ、悲しかったし、寂しかったよ、でもね、もう大丈夫祐一郎くんがいるから、あの人たちじゃない祐一郎くんが碧をちゃんとを愛してくれるから、碧は救われたよ」
ニッコリと笑顔を向けられ、俺は恐怖心すら覚えた
これで正しいのか、俺が愛していたら彼女は、救われるのか。
でも、俺がとった行動で彼女が救われたなら、
これが正解だと信じて縋るしかないんじゃないか。
俺は、碧を抱きしめた。
これからは、碧を誰よりも愛そう。
昨日まで好きでもなかった相手を好きになっていくんだ。ずっとずっと愛するんだ。
「祐一郎くん?碧のこと好き?」
「うん…好き」
これが正解なんだ。俺が碧を救うために出した答え
「碧も大好きだよ」
『祐一郎くんが碧を愛してくれるならいい、デタラメな愛でもそのうちに本当の愛に変わるんだ変えるしかないんだ、あの人たちがくれない愛を祐一郎くんがこれからはくれる碧は救われるんだ』
愛してる…壊れた君を愛してる。
これからも、これまでも…。
中学三年目の七月
図書室で碧と進学先について、話をした。
「友達が偏差値高いところに行っちゃうからいない家から近いとこにしようかな、もしゆうちゃんが決まってるならそこにする!」
「んー、家から近いなら城咲高校かな、自転車で通えるし」
「そっか、碧もそうしようかな」
シャーペンをカチカチとならし、参考書に目をチラチラと動かし、ノートに文字を書き込んでいく。
俺の前の碧も同じように、受験勉強に勤しんでいた。
「ゆうちゃん、碧ね、お引越しするからしばらく会えなくなるよ」
「うん…ってえええ?!」
さらっとびっくりすることを言うから思わず大きい声を出しながら立ち上がってしまい、周りの人に睨まれてしまった。
「夏休み明けに、隣の県に引越すのお父さんの転勤と、弟の喘息がひどくて、空気がいい、山の麓まで行くみたい。まあ碧がいるから喘息が出てるって言ってるけどね」
「じゃあ、もうすぐ会えなくなるのか?」
「うん、でも高校受かれば会えるから寮に入ればいいし」
「まあそうだけど…碧は俺と離れて平気なのかよ」
「大丈夫だよ、ゆうちゃんの髪の毛とか爪とか大事に取ってあるから毎日一緒だもん」
「そういう問題かよ」
碧のこの手の発言には二年経って慣れた。
一応付き合ってるんだし、もっと早く教えてほしかった。
中学生三年目の八月
始業式には碧の姿はなかった。
引越しの前日にちょっとだけ会いに行って、寂しそうにしてる俺に、碧はちゅっと背伸びしてお別れのキスをくれた。
小さい可愛いらしい舌と初めてぶつかった。
中学生三年目の八月
長い間碧と離れる、
正直、寂しいし、会いたかった。
だけどプレッシャーから解放された気がした。
無理に愛さなくていい。
無理に愛を与えなくていい。
もちろん、碧のことは好きだった。
あの日はそんな感情なかったけど二年経つとお互い依存しあってお互い好きになっていった。
だから、高校に入った入学式
『高橋碧』の文字を探し、見つからずに断念した。
隣のクラスに『梅原碧』を見つけた。
『碧』の文字だけを見てハッとしたが、名字が違うことで失望した。
やっぱり違う高校にしたのかな、
連絡先も知らないし、もう会えないのかな。
だけど…。
高校一年目の四月
出来たばかりの友人に、彼女がいるか聞かれて、
碧を思い出す。
『いるよ』
俺はしっかり付け加える、遠距離だけど…
だけど俺の中に碧はしっかりいて、いつか会える気がしていた。
そのいつかは、わからないけど…
高校三年目の七月
会いたかった彼女に突然再開する。
バイト先も一緒で学校も一緒だったり
『高橋』から『梅原』に転校すると同時に新しい父親の名字に変わったことなど、
知らないことばっかりだった。
久しぶりの碧の声は、寒気を覚えるくらい
恋しくて、不安になった
俺だけの碧、俺の碧
怖いくらい、声が出ないくらい、
愛しさが溢れる
『碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧、碧』
頭の中がいっぱいになり、言葉が出なかった。
その時に気付く、碧より、俺の方がおかしくて、
壊れてるのかもしれない…
でも今は溺れてるくらいが心地いい
俺はこれから碧と居られるんだ…
碧とずっと一緒なんだ…
久しぶりの碧は更に綺麗に大人びていた。
「おっそーい!」
碧の声を聞き冷汗が出る。
ずっと聞きたかった、会いたかった。
俺はこんなに碧を好きになってどうするんだろうか。
俺の愛はいつまで受け取ってもらえるのだろうか。
壊れた碧と俺は再開し、再び愛し合う。
偽りの愛でもいい、今はそれが心地いいから。
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