黄昏一番星

更科二八

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1章 呪いの女

193話 冒険者シモン

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(スズナ視点)

ランダバウト辺境伯領兵士団訓練場兵舎。
ギルダナの街から少し北西にある大きな訓練場にある訓練兵の為の兵舎。
私はここにとある人物が到着したと聞き自ら出向いてきている。
夫には怪訝がられたが結界魔法の相談と実験の為と誤魔化してきた。
夫を騙すのは心苦しいが今は頼れない。

指定された応接室へ赴くと中には30代前半ほどの普人族の男性が1人椅子に座って待っていた。
私が部屋へ入ると立ち上がり丁寧な仕草の挨拶をする。

「急にお呼びたてしてしまい申し訳ございませんでした。お久しぶりですね、スズナ様」
「いえ、呼び立ててしまったのはこちらですわ。お越しいただき光栄ですわ」
「お初にお目にかかります、私はランダバウト辺境伯領魔法兵団体長、クリス・コリンズであります。よろしくお願いいたします。
ご高名なシモン様にお会いできて感動です」
「初めまして、クリス殿。冒険者のシモンです。そう畏まらないで頂けると助かります」

この場には私の他にコリンズにも同席してもらっている。
これは彼の指示でもある。
冒険者シモンはこの国で現在活動している最も優れた冒険者だ。
ランクはSSであり、伝説の冒険者とされるライと同格に至る存在だ。
国の筆頭魔術師でもある彼とは何度か面識があり、今回の聖女の件の調査協力をギルド経由で内密に依頼したのが一昨日の夜。

「お早いお付きで驚きましたわ」
「たまたま仕事で近くにいたものでしたのでね、かなり緊急度の高い状況だと判断して飛んできましたよ」

彼が普段拠点としているのは王都のはずだ。
たまたま幸運が重なったようだ。
そして彼の言葉の通りで彼は飛んで移動できる。
連絡を受けて1日でこの街まで移動してきている。

「私の依頼が伝わってくれてよかったです。とても助かりますわ」
「僕も早くついて正確でした。スズナ様も僕を頼っていただいてありがとうございます。既にこの件について確信が持てましたよ」
「まあ!ではやはり」
「ええ、スズナ様の判断は間違い無いかと」
「あの、大変失礼なのですが私には状況が分からず、お教えいただけませんでしょうか」

コリンズには聖女の件はまだ説明していない。
彼は先日聖女が市民に回復魔法を施した場所の警備で聖女と接触している。
タイガの言っていたことが本当であれば魂を歪められている可能性があるのだ。

「クリス殿、大変失礼ですが、あなたを鑑定させていただきました。
そしてあなたは既に強力な精神操作を受けている。
お越しいただいたばかりで申し訳ないのですがこの先の話をあなたにする訳には行かないのです」
「精神操作!?どう言うことですか?
私は耐性スキルもありますし、別になんとも」
「これはスキルなんかではどうしようもできない大変強力なものです。それが私が急ぎここへきた理由です」
「成程、承知しました。お力になれず申し訳ございません」
「いえ、あなたのおかげで確信が持てたのです。お気になさらず」
「はい、お気遣い痛み入ります」
「コリンズ、貴方はいつも通りに職務をこなしなさい。あとこの件は内密に」
「はっ!承知いたしました!それでは失礼致します!」

コリンズが応接室を去る。
やはりタイガの言う通りであった。
もしコリンズが呪いの影響を受けていなければ頼もしい存在だったが残念だ。

「私は呪いで魂を歪められていると聞いたのですが、精神操作と同じものですか?」
「ほほう、魂を見れるものがいるのですね。伝わりやすいと思い精神操作と言っただけで、魂を確認しましたよ。
クリス殿の魂を鑑定した結果、魂の状態は呪われているとわかりました。
呪いの内容は聖女への強い崇拝と献身の強制です」

シモンは最高位の冒険者であり筆頭魔術師でありこの国最高の鑑定士でもある。
鑑定スキルレベル最大に到達していると言われている。
彼の持つ地位もあり彼の行う鑑定は国においても絶対的な信用がある。
聖女の行いを速やかに暴き、国に伝える為に彼が何より最適だと思い依頼したのだ。

「聖女は何故このような事をしているのでしょうか」
「それを考える前に一つ、魂を見れるものがいると言われてましたね。その物は聖女を直接見られましたか?」
「ええ、聖女を見て異常性に気づき私の元へきてくれたのです。
聖女の魂は見えなかったと言っていましたわ」
「成程、ほぼ間違い無いと思っていましたが確定ですね。聖女は人を滅ぼすために動く獣です」
「滅ぼす?!ですが、聖女は先日この領で起こった魔物の大量侵攻を抑えてくださいました。それなのに何故」
「獣はとても狡猾なのです。
より効果的に人が多く死ぬように動く。
しかも悟られないように慎重に。
いつの間にか人が大量に死に始め国が滅びます。
私はこれまでそんな獣を追って、突然滅びた国をいくつか調査しました。
魔族の影響、人の行いは原因としてありますが、その中に今回のように魂に呪いを刻まれ国が傾いた事例もあったのです」
「シモン様はなぜそのような獣の存在をご存知なんですの?」
「かつて僕の故郷が獣によって滅ぼされたからですよ。別の獣ですがね」
「獣は複数いるのですか!?」
「ええ、魔族やリヴァイアサンなんかもそうです。人を滅ぼす為に動く魂なき呪いの塊のことを獣と呼んでいます。
まあ魔族は魂ありますけどね、獣によって人に仇なす物として作り替えられた者達です」

そんな、そんな存在がこの街にこの国に入り込んでいたなんて。
既に聖女は大勢を呪ってしまっている
それに相当な地位まで獲得してしまっている。

「こうなるまでに気付けないのでしょうか」
「僕も獣の動向には気をつけているんですがね。そもそも尻尾が掴みにくいうえに、僕の存在がどうもバレているらしく僕が調べ出したと悟られると手酷い妨害を受けて殺されかけるし、挙句逃げられてしまう。きっちり大勢の被害者を出してね。
だから迂闊に近づけないでいるんですよ」
「それで街ではなくここで話し合う事にされたのですわね」
「そう言う事です。僕は街には入れませんし、僕の動きを悟らせないようにする必要がありますが、今は聖女も迂闊に動けない立場でしょうからこちらとしては都合がいいです。
スズナ様には聖女をこの街に確実に止めとくようにお願いします。その間僕は王都に戻り聖女が巡礼を行った各地の状況を探って聖女討伐に足る証拠をまとめます。
討伐時期は聖女がこの街を出て王都に移動するときにしましょう」
「討伐はできますの?」
「正直僕1人では厳しいと思いますが当てはあります。それもこの国ににいるはずなので討伐までには探しておきますよ」
「私の方でも1人対抗できそうなものが居ますがどうしましょうか」
「それは頼もしいです、連携できそうならやりましょう。詳細は僕の調査が終わった後で」
「わかりましたわ、よろしくお願いします」
「獣を放置すれば大変な被害になりますからここできっちり討伐できるよう頑張りましょう」

目的が聖女討伐に完全に定まった。
タイガのほうは順調かしら。
魔族と同じ存在と聞けば確実に手伝ってくれるでしょうね。
彼は強くなったと言っていた。
今度は確実にこの街を、この国を守ってくれる事を祈ろう。
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