光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

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第4章 光と「ブルクハント王国の誘拐犯」

98話 受付嬢

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 窓からは柔らかな陽射し。
 窓の外からは子供が遊ぶ楽しげな声。
 俺は、ホカホカの布団に包まれて、清々しい朝を迎えた。
 こんなに熟睡したのは、いつ以来だろうか。
 全身の力も抜けて、とてもリラックスしている。

 というか、力が入らない。
 力を入れようにも、全身の力が抜けていく。

「うわっ、ホカホカしてたの、血のせいじゃん。ひ、ひ、ヒカリ~!」
 寝ぼけた頭から血の気が引き、一気に目が覚める。
 頭のてっぺんにあった大きなコブからは、ドクドクと出血が続いている。

『申し訳ありませんでした。もう少しちゃんと処置をしておけば良かったです』
 手当てをしながら、ヒカリが答えてくれた。
 出血は多かったが、症状としては軽く、身体にも特に問題ないとのこと。

「ありがとう・・・ヒカリ、えーと、ここはどこなの?」
 顔についた血を拭いながら状況を確認する。

『中層の宿屋です。昨日、玄人クロードが倒れた後に、宿屋を借りておきました。ルージュとアマリージョはとなりの部屋。私は玄人クロードと同じ部屋なのですが、昨日は街を偵察に出ていました。まさか、朝になってから出血するとは思いませんでしたので、申し訳ありません』

 ヒカリがいつになく優しかった。たまにはこんなのも悪くはないかも。
「ところで、昨日の買い取りは上手くいったの?」
 気を失った記憶はなんとなくあったが、その後どうなったのかは、やはり聞いておきたかった。

『はい。支払いの時にブルーノさんとも連絡をとり、売却金額の半額をこちらに。半額をブルーノさんへの返済に充てることになりました』

「オークションの話はした?」

『はい。ですがブルーノさんは、オークションにはすぐ出品したくないとのとこでした。様子を見てから、一品ずつ出品するかどうか決めたいと。その前に買い手が出れば売るつもりのようでしたので、もしかすると貴族に伝手があるのかも知れません。オークションや貴族に高値で売れたときの利益のほかも、魔石や素材の転売分の利益について考える必要もあったのですが、買い取り以外の利益はいらないと、私から断りを入れておきました』

「ええ? それってなんで!? かなりの大損じゃない?」

『通常かかるはずだった利息や今後の関係を思えば、それくらいの利益は渡してしまった方が逆に良いのでは?との判断でした。勝手にすみません』

「・・・いや、確かにそうか。金よりも人脈ってことか。ヒカリが計算の上でその方がいいと思うなら、それでいいよ」

『ありがとうございます』

「それで最終的には、どのくらい・・・あっ借金か・・・残りいくらになったの?』

『現在の借金は、2580万になりました』

「新しい武器や防具を手に入れて、なんだかんだで借金が1700万増・・・か。それでもMAXより1000万以上減ったのか。それだけヒカリの武器が相当高く売れたっていうことだけど・・・あれ、買い取り額は、ブルーノさんの借金と折半って言ってたよね。ていうことは・・・?」

『はい。現金としては、852万と少し持っています』

「ん? なんか使った? 1000万以上はあると思ったけど・・・」

『まずは、宿代ですね。この部屋と隣の部屋の2部屋を取りました。お風呂までは無理でしたが、湯浴みのスペースがついている少し高めの宿です。セキュリティもしっかりしていましたし、一番の上の階の角部屋が空いていたのでこちらにしました。1泊朝食付き4名で6万ギリル。20泊分抑えましたので合計で120万です。湯浴みスペースの使用料はサービスしてくれました。夕食などは1階が食堂で、宿泊者は安く食べられるとの事です』
 
「20泊、120万か・・・結構思い切った金額だけど。あとは?」

『そのほか、冒険者ギルドにチーム専用個室を借りました。ギルドタグに反応して入室可能で、借りておくと依頼を受ける際の優遇措置や、商業ギルドでの買取りが個室で出来るようになったりと、特典が受けられます。50日で金貨10枚、100万ギリルでした』

「高くない? 個室で100万って・・・」

『私たちは、あまり見られたくない秘密も多いので、そういう意味でも必要かと思います。少し高くはつきましたが、充分利用価値はあると思います』

「あ、いや。別に大丈夫だよ。いろいろ依頼もこなせばお金も手に入るだろうし」

『それと他に、街の雑貨屋で薬草や書籍などを数点購入しました。ルージュとアマリージョにもお小遣いとして現金を渡してあります。それで残りが852万と少しです』

「なるほど・・・まあ全体的には問題無さそうな感じだね。で、とりあえず今日は何からする?」

『まずは拠点となる家が欲しいですね。ルージュとアマリージョも同様の意見です。昨晩見た感じですと、街の南側中層と北側下層に空き家がいくつかあるようです。南側中層は値段が高く、北側下層は不便というのが理由のようですが、購入となるとどちらも残金では難しいですね』

「ほら、ウール村の家みたく、ボロ家を買って、修理とかは出来ないの?」

『出来なくもないですが、その肝心のボロ家がありませんね』

「そうか。じゃ仕方ないか。じゃ今日は物件探しとかでいいのかな?」

『はい。玄人クロードの傷も心配ですから、商業ギルドで物件の手配と、冒険者ギルドで依頼の確認などをしようかと思います』

「わかった。じゃ支度するから出かけようか」

 俺はベッドから起き上がり、着替える。
 ヒカリと一緒に宿屋の一階の食堂に降りると、ルージュとアマリージョが朝食を食べていた。

 俺とヒカリも同じテーブルに座り、ルージュ達と同じものを注文してから、食事を楽しんだ。ヒカリは基本何も食べないので、ヒカリの分は3人でシェアして食べた。

 俺の怪我については、ルージュが素直に謝ってきたので、笑顔で許してやった。
 だってそれが、大人というものだろうから。

 食事を終えたあと、4人で商業ギルドに向かう。
 宿屋がある南側中層から、ギルドがある南側下層までは、直線距離でおよそ300メートルほどだが、階段や塀が入り組んで配置されており、距離の割に時間がかかる。
 道すがら、ルージュとアマリージョは、どんな家が良いのか希望を言い合っていたが、おそらくは賃貸になるだろうから、そんな都合の良いものはないだろうと思いながら聞いていた。

 10分後、商業ギルドに到着した。

 商業ギルドの主な業務は、契約している商人に変わり一定の相場で素材や魔石の買い取り業務を行うものだが、店で販売していないような珍しい品の売買や、土地や物件の賃貸や購入、そのほか人の紹介なども行っている。
 物件については、各不動産商人の情報が集まっており、必要に応じて不動産専門の商人の紹介してくれる。

 言うなれば、冒険者ギルドは労働力の何でも屋で、商業ギルドがあらゆる代理業務をこなす便利屋といったところだろうか。
 とにかく、あらゆる事が1カ所で済んでしまうこの世界のギルドは便利以外の何ものでも無かった。

     ♣

 ギルドに到着すると、受付には昨日いたロザリーの姿はなく、一人の若い男性が座っていた。

「すいません。商業ギルドで物件の紹介を頼みたいのですが」
 代表して俺が若い男性に話しかける。

「あ、え、はい。えーと。ギルドに物件。不動産部門か。えーと、連絡用の石版。どれだ? すいません、ちょっとお待ちください・・・」
 若い男性は、オロオロしながら何かを探し始めた。
 途中で話しかけようとも思ったが、テンパる若者を見ていると、話すタイミングがつかめない。
 とりあえず落ち着くまで、様子をみることにする。

「アマリ・・・昨日のロザリーもダメダメ受付だったけど、今日のはもっとダメね」
 ルージュは小声でアマリージョに伝えたようだが、結構大きい声だったので受付をはじめ、俺たち全員に聞こえてしまっていた。

「姉さん! ギルドは今、流行り病で人が足りないって言っていましたから。今日もきっと臨時の方なんですよ」

「流行り病・・・確かにそんなこと言ってたかも・・・ねえ、昨日、ここに座っていたロザリーって子は今日はどこにいるの?」
 ルージュが受付の若い男性に聞いた。

「えっ!、あ・・・ロザリーさんですか・・・ロザリーは、えーと・・・」
 若い男性の目がこれ以上無く泳いでいる。
 この男は、極度の人見知りなのだろうか・・・
 それとも単に仕事が出来ない、テンパりやすいだけの人なのだろうか・・・
 うろたえる男を見ながらそんなことを考えていると・・・

「おっ! おチビちゃん達じゃねーか」
 冒険者ギルドの方から聞き覚えのある声がした。
 全員で振り向くと、そこにはギルドマスターのモンローが立っていた。

『おはようございます。昨日はお世話になりました』
「おはようございます」
「モンローさん、おはようございます」
 ヒカリと俺とアマリージョが頭を下げて挨拶をする。

「おっちゃん、早いわね。ギルマスってもっと夕方から働くものかと思ってたわ」
「姉さん! モンローさん、すいません」
 ルージュはどんなに偉い人でも、接し方が同じだった。

「いや、いいんだ。嬢ちゃんの言う通りだしな。普段は忙しくなる夕方だけ様子を見に来るんだが、今日はちょっとな」

「そうよ、人手不足なんでしょ。だからちゃんと働きなさいよ。それと、ロザリーはどうしたのよ。こんなに慣れてない受付じゃ何の役にも立たないわよ、まだ、昨日のロザリーの方がマシだったわ」
 ルージュがうろたえ続ける若い男を正面からディスる。

「あー、まあいいか。嬢ちゃんたちはCランクだもんな。実はな・・・ロザリーが、昨日から行方不明でな。例の誘拐事件に巻き込まれたかも知れねぇんだ」

 モンローの言葉に、俺たち4人に緊張が走る。
 受付の若い男が動揺していたのは、おそらくこれが原因だ。
 この受付の男はロザリーとも年が近い。
 同じ職場で、もしかしたら好意を抱いて女性だったのかも・・・

 そう思うと、俺は申し訳ない気持ちと、いたたまれない気持ちでいっぱいになってしまった。
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