光の声~このたび異世界に渡り、人間辞めて魔物が上司のブラック企業に就職しました

黒葉 武士

文字の大きさ
上 下
89 / 119
第3章 光と「クリチュート教会」

84話 エージェント・シスター

しおりを挟む
 しばらくの沈黙の後、このままでは埒があかないと悟り、なるべく穏やかな口調を心がけながら三人に問いかける。

「どうしようか?」

 ルージュ、アマリージョ、ヴェールが、一斉にこちらを向く。
 三人とも、さきほどまでの楽しそうな顔とは打って変わったような険しい表情をしている。まあ、あんなに不快な思いをさせられたテスターが近くまで来ていると聞かされて、楽しいわけもないが・・。

「とりあえず、村の入り口か・・村の代表の方とお待ちするのが一番良いかと・・・」
 意外にも、一番最初に口を開いたのはヴェールだった。

「そうか・・じゃあ申し訳ないけど、村長の家で事情を話して、みんなで待たせてもらおうか? 人数が多い方が何かと心強いし・・」
 少なくとも、この中で一番テスターを知っているであろうヴェールの意見を元に提案してみた。

「そうですね・・。多分このままでは、村長さんにもご迷惑をおかけしてしまうことになると思いますので」
 ヴェールが、不安そうな表情で言った。

「OK! 決まりね。じゃあアマリ、私たちは一足先に村長の家に行って、ザッと事情を説明しておきましょう」
 ルージュはそう言いながら、椅子から立ち上がった。アマリージョは少し怪訝な顔をしながらも、つられて立ち上がる。
 そんなアマリージョの様子に気づいたルージュが、さらに続けた。

「アマリ・・あなた、どうせヴェールが心配だ、とか言って、村長に報告らしい報告なんてしてないでしょ? きっと、後できちんと報告に来るからって言って、ろくに顔も見せずに急いで戻ってきたはずよ。だから、先に行ってあの金ピ・・・テスターがどんだけ面倒くさい奴かも含めて、きちんと説明しておかないと・・・でしょ?」
 ルージュが、すべてお見通しよと言わんばかりに、アマリージョの肩を叩くと、

「そうよね、その通りよ・・ごめんなさい、姉さん」
 アマリージョがシュンとしながらルージュを見た。

「いいのよ。それだけ、ヴェールが心配だったんでしょ? それがアマリのいいところでもあるんだから・・ね? じゃ、クロードあとはよろしく! ヒカリもありがとね。ヴェール・・・これからはいつでも声かけてね」
 ルージュはそう言いながら、髪をかきあげ、耳に入っている自分のイヤホンを見せながらウインクした。

「あ、はい!  本当にありがとうございました」
 ヴェールは大事そうに両手でスマホを包み込むと、笑顔で言った。

「友達なんだから、敬語もお礼もいらないわ。じゃあ、あとでね!」
 ルージュはそう言って片手を上げると、アマリージョと一緒に階段を駆け下りていく。

「じゃ、俺たちも行こうか」
 椅子から立ち上がり、ヴェールに声をかける。

「はい! 今日はクロードさんも、ヒカリさんもご親切に色々ありがとうございました。それに、こんな凄いものまで頂いてしまって・・」
 ヴェールは、大切な宝物を扱うようにそっと両手を開き、スマホを見つめる。

「ルージュじゃないけど・・お礼なんていいんだよ。ヒカリも俺も、そうしたくてしてるだけだし・・。それにさっきヒカリが言った通り、このスマホがあれば、魔素切れも起こさなくなると思うから、身体にも優しいしね」
 ヴェールになるべく気軽な気持ちでいてほしいと思い、何でもないことのように気楽な調子で言う。

「本当に何から何まで、・・・」
 ヴェールが、感極まって言葉を詰まらせると、優しく諭すようなヒカリの声が響く。

『ヴェール、恐縮しているようなので、あえて言いますが、今回、ヴェールにスマホなどを渡したのは、もちろんそれが助けになるから・・・とう事もありますが、私にとってもメリットが大きいからなのです』

「メリット・・?」
 ヴェールが、キョトンとした顔をして聞き返す。

『あ、すみません。メリットというのは、私にとっても得があるという意味です』

「得? ですか・・・」
 ヴェールはイマイチ意味がわからないようだった。

『はい、そうです。私は、このスマホを世界中で使用できるようにしたいと考えています。それは、もちろん利便性が向上するということもありますが、私自身の存在する意味や、私自身の安全面を考えてのことです。その意味で、ヴェールがそのヒーロー君を連れて、スマホを持って下さることは、その通信網を作るにあたり、非常に有効であると考えています』

「は、はい・・」

『つまり、ヴェールが王都まで行けば、王都まで通信ができるようになり、他国まで出向けば他国まで通信ができ、私には情報も入ってくる。そういう訳です』

「なんだか・・・間者みたいですね」
 ヴェールがいたずらっぽい笑顔で、楽しそうに言った。

「間者って?」
 聞いたことのない言葉が出てきて、思わず口を挟む。

『スパイの事です。その辺りは受け取り方一つだとは思いますが、助ける事はあっても迷惑になるような事は決してしませんので。後は信じて頂くしかないのですが』
 ヒカリは遠慮がちだが、真剣な声でヴェールに言った。

「あ・・そんなつもりで言ったわけじゃ・・・誤解させてしまったならすみません。私は、みなさんの友達ですし、みなさんの会社の契約社員ですから。あ・・さすがに、教会に不利益になる事まではできないですが・・・でも、できる限りの協力はさせて頂きます!」
 ヴェールが、ちょっと困った顔をしながらも、最後は笑顔で力強く言い切った。

『充分です。では、シスター・ヴェール。これからもよろしくお願いします。あと、この子の事も重ねてよろしくお願いします』
 ヒカリがそう言うと、ヒーロー君の一人がヒカリの横でお辞儀をしていた。

「はいっ! ふふっ、可愛い・・。えーと、何て呼べば・・ヒーロー君? スパイ?のヴェールです。これから、よろしくお願いいたします」
 ヴェールが嬉しそうに微笑みながら、ペコリと頭を下げた。

『ヴェール、その場合の呼び名は、スパイではなく、エージェント・シスター。こちらの方が的確かと思われます』

――冗談に突っ込むなよ・・マジメか!! 

「!! はいっ!  エ、エージェント・シスター。これからも頑張ります!」
 ヴェールはピンッと背筋を伸ばすと、元気よく返事をした。思いのほか、エージェントと言うネーミングが気に入ったようだった。そんな無邪気なヴェールは、こちらも思わずニヤけてしまうほど可愛らしかった。
 ルージュ達が先に出かけてくれてよかった・・こんな顔を見られたら何を言われるかわかったもんじゃないぞ。

 その後、ヴェールと2人で村長の家に向かうために家を出た。やはり、俺もだがヴェールもテスターのことが気になっているらしく、どちらからともなく早足になる。
 しばらく進み、ふと前方に目をやると、村長とケナ婆、ルージュとアマリージョの4人がこちらに向かってきているのが見えた。

「あっ、村長たちだ」
 俺が言うと、ヴェールも前方を見ながら

「あら、あちらが村長さんなんですね」
と言いながら、「あっ!」という顔をして大きく手を振った。見ると、ルージュが向こうからブンブン手を振っていた。

「あれ? どうしたんだろ」
 こちらに気づいたらしい村長が、もの凄い勢いでこちらに向かってきている。まさに一目散と言う言葉がぴったりな勢いだ。

 教会の騎士団というのは、そんなに気を使う存在なのだろうか。
 だとしたら、村長にまた余計な苦労をかけて、悪いことをしてしまったかな、そんな事を思っていると、村長が真っ直ぐにヴェールの前まで駆けてきて、ピタッと止まった。そして、背筋を正すと、

「聖女様であらせられまりならませるられるでござるか?」
 目を潤ませ、顔を真っ赤にして、完全に舞い上がり、変な敬語でヴェールに挨拶した。
 俺が思わず吹き出したのは、言うまでもなかった。



しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

日本列島、時震により転移す!

黄昏人
ファンタジー
2023年(現在)、日本列島が後に時震と呼ばれる現象により、500年以上の時を超え1492年(過去)の世界に転移した。移転したのは本州、四国、九州とその周辺の島々であり、現在の日本は過去の時代に飛ばされ、過去の日本は現在の世界に飛ばされた。飛ばされた現在の日本はその文明を支え、国民を食わせるためには早急に莫大な資源と食料が必要である。過去の日本は現在の世界を意識できないが、取り残された北海道と沖縄は国富の大部分を失い、戦国日本を抱え途方にくれる。人々は、政府は何を思いどうふるまうのか。

サバイバル能力に全振りした男の半端仙人道

コアラ太
ファンタジー
年齢(3000歳)特技(逃げ足)趣味(採取)。半仙人やってます。  主人公は都会の生活に疲れて脱サラし、山暮らしを始めた。  こじんまりとした生活の中で、自然に触れていくと、瞑想にハマり始める。  そんなある日、森の中で見知らぬ老人から声をかけられたことがきっかけとなり、その老人に弟子入りすることになった。  修行する中で、仙人の道へ足を踏み入れるが、師匠から仙人にはなれないと言われてしまった。それでも良いやと気楽に修行を続け、正式な仙人にはなれずとも。足掛け程度は認められることになる。    それから何年も何年も何年も過ぎ、いつものように没頭していた瞑想を終えて目開けると、視界に映るのは密林。仕方なく周辺を探索していると、二足歩行の獣に捕まってしまう。言葉の通じないモフモフ達の言語から覚えなければ……。  不死になれなかった半端な仙人が起こす珍道中。  記憶力の無い男が、日記を探して旅をする。     メサメサメサ   メサ      メサ メサ          メサ メサ          メサ   メサメサメサメサメサ  メ サ  メ  サ  サ  メ サ  メ  サ  サ  サ メ  サ  メ   サ  ササ  他サイトにも掲載しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

日本帝国陸海軍 混成異世界根拠地隊

北鴨梨
ファンタジー
太平洋戦争も終盤に近付いた1944(昭和19)年末、日本海軍が特攻作戦のため終結させた南方の小規模な空母機動部隊、北方の輸送兼対潜掃討部隊、小笠原増援輸送部隊が突如として消失し、異世界へ転移した。米軍相手には苦戦続きの彼らが、航空戦力と火力、機動力を生かして他を圧倒し、図らずも異世界最強の軍隊となってしまい、その情勢に大きく関わって引っ掻き回すことになる。

性転のへきれき

廣瀬純一
ファンタジー
高校生の男女の入れ替わり

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

いい子ちゃんなんて嫌いだわ

F.conoe
ファンタジー
異世界召喚され、聖女として厚遇されたが 聖女じゃなかったと手のひら返しをされた。 おまけだと思われていたあの子が聖女だという。いい子で優しい聖女さま。 どうしてあなたは、もっと早く名乗らなかったの。 それが優しさだと思ったの?

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

処理中です...