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第2章 光と「ウール村」
42話 隠蔽
しおりを挟む「移住の件はこれで良し。とは言え人手不足じゃ。こき使うは使うぞ」
「で、ほかにやる事って何?ケナ婆」
ルージュが質問する。
「そうじゃな。まずは説明からじゃな。ルージュやアマリから聞いたかも知れんが、この世界の人間は、生まれた時から魔素を持っていると言われておる」
「はい、それはなんとなく」
「だが、厳密には生まれた時ではなく、生まれた直後から魔素の蓄積が始まるというのが正しい言い方なんじゃ。つまり、生まれた瞬間はまだ魔素を持っておらず、呼吸をしたり母乳を飲んだりすることで、すぐに体内に取り込まれ蓄積していくということなんじゃ。そして魔素は取り込んだら最後、その後は次々に体内に入ってくる魔素との戦いになると言うわけなんじゃ」
「戦い?・・・ですか」
「そうじゃ・・・。魔素は身体を強くして魔法も生み出すが、急激な魔素の増加は身体に負担がかかるんじゃ。いきなり入れ過ぎても身体が耐えきれんし、全く入れなければ身体が弱いまま。どちらにしても生きづらいのは確かじゃて・・・何事もバランスが大事と言うことじゃな」
「魔素って、そこまで万能ってわけじゃないんですね・・・」
「うむ・・・そこで本題じゃな」
「本題?」
「あぁそうじゃ。大事なことじゃな」
「はい」
「この世界の人間は、生きていく為に、幼い頃より魔素の扱い方を自然に学ぶのじゃ。理由はあれこれあるが、一番は身体の強化じゃの。それから魔物から襲われないために、周囲の魔素を感じる訓練をし、最後に魔素を隠蔽する術を学ぶのじゃ」
「隠蔽?」
「隠蔽じゃ・・・その隠蔽にも理由があっての。まずは魔物に見つかりにくくするためじゃ。魔物も人間同様、周囲の魔素を検知できるからのぅ。それからもう一つが獲物を狩るためじゃ。あらかじめ見つかってしまっては獲物に近づくことすら出来んのでな」
「はぁ・・・」
話の意図がイマイチ分からない。
「つまりじゃ。この世界で暮らす人間は、皆、自然に無意識のうちに魔素を抑えて暮らしているということじゃ」
「あっ・・・・」
「そういう事じゃ」
「じゃ、俺やヒカリは・・・」
「その通り・・・。お主は魔素がダダ漏れで全く隠れていない。そちらの魔道具は、隠しているのではなく、少ししか漏れていないだけじゃな・・・。普通当たり前にしている隠蔽するという作業が、何故か二人とも全く出来ていない・・・そういう事じゃ」
確かにそうだ。
道理で魔物も動物も近づいて来ないわけだ。
それに、この世界の人間が全員、魔素を見えないようにして生きているのに、そこへ何も隠さず隠し方も知りませんなんて奴が現われたら、誰でも不思議に思うし警戒もする。
下手すると裸の王様状態で生活するところだった。
この人もさっき、俺の魔素が強すぎて目が眩むようなことを言ってたし。
――もしかしたら、このままじゃヤバイ?
でも、魔素を隠蔽しろと言われても、方法がさっぱりわからない。
――どうしたものか・・・・
「これって、ここで生きていくには困る事ですよね?」
理解したつもりだが、一応聞いてみた。
「そうじゃな。そこで提案じゃ」
「提案・・・ですか?」
「今から二人には、儂が魔素を抑えて周囲に漏らさぬようにする術式を組み込んだ魔法陣を書いてやる。それで移住だけでなく、空き家でよければ好きな家もやろう。村の仕事も最低限手伝えるときだけで良い。その代わりじゃ・・・」
「その代わり・・・?」
「身体を鍛え、魔素の操作を学び、強くなれ。それで、遠からずくる厄災から村を守って欲しいのじゃ」
「厄災? なんですか・・・それは?」
「まぁ、分かりやすく言えば強い魔物じゃ。この世には、厄災と言われる7種の魔物がおっての。そのうちの数種が、この数年以内に生まれると言われておる。遠い場所だったり、国が軍を派遣できる場所で生まれるならまだ対処のしようもあるんじゃが、もしも生まれたのが辺境の村のそばとかじゃと最悪なんじゃ」
「最悪・・・ですか」
「あぁ、最悪じゃ。例えばこの村の近くに現れた場合、まず狙われるのはこの村ということになる。そうなるとほぼ皆殺しじゃろうな。なんとか誰か一人でも逃げられて、厄災が出たことをほかの街の者に伝えられたら、それで上出来じゃな」
「たった一人でもですか・・・」
「それで上出来じゃ。それが伝われば討伐隊が組まれてほかに被害が拡がらないからの」
『で、代わりの条件というのは、その厄災から村を守れと、いう事でしょうか?』
ヒカリが改めて尋ねた。
「守れというか、皆を逃がすために時間稼ぎをして欲しいということじゃな」
「それって、ここで面倒みてやるから、襲われたら真っ先に死ねってことなんじゃ・・・」
不安になって聞いてみる。
「まぁ・・・そうとも言うが・・・もしもの事じゃよ。そもそも近くで生まれるとは限らんし、生まれんかったら村の護衛やら、狩りなんかして、のんびり暮らしてもらえればええだけじゃ」
「それ運次第で死ぬか生きるか、天国と地獄しかない二択なんですけど・・」
「まぁそうなる訳でもないし、死ぬとは限らん。というか・・・お主ならちゃんと鍛えれば厄災にも勝てるんじゃないかと思うての・・・まぁ、老婆の戯言じゃが・・・」
「勝てる? 俺が?」
「そうじゃ。倒すことは不可能ではない」
「なんで・・・俺が・・・」
「現にオグルベアは倒したんじゃろ。どうやって倒した?」
「走って行って蹴りで・・・」
「それ自体、普通の人間には無理じゃ。いくら不意打ちだったとしても、冒険者のレベルで言えば既にD級のパーティ並、個の力としてはC級に匹敵しておる。全くの素人がいきなりそれだけの力を発揮できるんじゃ。きちんと鍛えれば、またまだ強くなるし、魔素量から考えれば、たとえ厄災が相手だとしても、なんとかなるやも知れんという訳じゃ。なんとかこの老いぼれの願い・・・聞いてはもらえぬかの?」
「一つだけいいですか?」
「なんじゃ?」
「その厄災が村に来たとして、俺がいなかった場合、元々はどうするつもりだったんですか?」
「運が悪ければ全員死ぬ。それだけじゃな。その辺は、まあ当たり前のことなんじゃよ。お主らが住んでいた所がどうかは知らんがのぅ、ここではいつでも死は隣り合わせ。水を汲みに行くだけでも危険があるんじゃからな。ただ、誰も無駄に死のうとは思うとらん。自分がダメだと思えば、近くにいる誰か、近くに誰もいなければ遠くにいる誰かのために死のうと考えるもんなんじゃ。それだけじゃな」
「それなら最初から国の偉い人なり、その冒険者ですか? そういうのにお願いするなりして、なんとかならないんですかね」
「それはもっともな意見じゃが、厄災クラスともなると国が討伐するか、国が冒険者組合に特別な依頼を出して討伐するかになるんじゃ。じゃが、そもそもいつ何処に現れるかがわからん以上、対処は常に後手にまわる。じゃから最初にどこかの村や街が襲われて全滅して、それからが始まりみたいなもんじゃ。ま、一番最初に襲われるところは運が悪いと思って諦めるしかないのが現状なんじゃよ」
「そんな・・・」
「とにかく、この村も運が悪かったと諦めなきゃいけんかった村の一つじゃ。じゃが、今回の件で、お主らが村に現れた。元々、全員死ぬと諦めていたものが、少しだけ何とか逃げられるかもという希望が出てきた。お主らを見捨てると言う訳じゃないんじゃ。しかし時間稼ぎはして欲しい。わがままな話じゃが、これも何かの縁だと思うて、引き受けてはくれんかの?」
――希望か・・・
言っていることはよく分かる。
自分でも答えは出てる気がする。
でもどうするかは・・・結局はヒカリ次第になるかな。
「ちょっと考えてもいいですか・・・」
そう言って目を閉じた。
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