上 下
5 / 119
第1章 光と「クロード・ハーザキー」

05話 弱音

しおりを挟む
 疲労と恐怖で、これ以上なく息を切らしながら走る。

――ふうっ・・・よかった・・・着いた
 少しホッと息をついてから、少し大きめの木の所に身を隠した。
 荷物を下ろし、木の隙間からマンションの様子を伺う。
 
 ここなら距離もあるし、気づかれないだろう。

 やっと呼吸も落ち着いてきた。
 そのまま、息を殺しながらじっと待っていると、マンションの陰から、続々と何かがやってくるのが見えた。

――あれが、魔物? ちょっと・・・スライムみたいの期待してたかも・・・

 20匹ほどのダチョウみたいなものに、それぞれ深緑色の生き物がのっているのが見えた。
 服は着ているがボロボロで、下卑た顔をしている。
 それは魔物というより、ただの化け物だった。

 手に長めのナイフのようなものを持ち、なにやら叫んでいる。
 一応、言葉?があるようだ。
 何かをお互いに伝達しながらマンションに向かっていた。

 魔物の群れがマンションに近づき、そのうちの一匹が大声を張り上げた。
「グギギギィギギィギィィギグギギ」

 すると最後尾から小型の竜みたいなものに乗った、深緑色の奴の3倍はありそうな真っ黒な大男が現われた。
 大男は顔がゴツゴツしていて、まるで岩で出来た鬼のようだった。
 その鬼は、竜からおりて、ゆっくりとマンションに近づく。
 そしてマンションの入り口まで来ると、持っていた長い剣を高々と掲げて叫んだ。

「6/¥o d)hl)4,bcg@tg3z/wbe」

 すると、深緑色の集団は、一斉に声を上げてマンションの中になだれ込んでいった。

 数分もしないうちに、マンションの住民たちが捕らわれて出てきた。
 襲われたのだろう。
 全員、少なからず怪我をしている。

「あ、同じ階に住んでる女の人・・・」
 思わず声が漏れた。
 その人は、朝、たまに会うと優しく挨拶をしてくれる綺麗な女性だった・・・。

「上の階の夫婦も・・・」
 いつも二人でいる若い夫婦だ。
 エレベーターなどで一緒になる時は、いつも旦那さんが奥さんに怒られている。

「あっちの奥にいる女の人、赤ちゃん抱えてる・・・旦那もいたはずだけど・・・」

 連れ出された住民は一様に状況が飲み込めていないようだった。
 全員、1カ所に集められて、並んで座らされている。
 
 次から次へと、人が運ばれてきて、横に並べられる。

 暫くして、また数人が抱えられて出てくる。
 その時、運ばれて来た人を見て、赤ちゃんを抱えた女性が、突然立って走り出した。

 最後に抱えられて出て来た男性に向かって走っていく。
 直前で深緑色の化け物に止められ、泣き叫ぶ。

 おそらくは抵抗をしたのだろう。
 その男性は片腕を無くした状態で、既に亡くなっていた。

 無力感と喪失感に加えて、これまでにない状況に頭が混乱する。

 しばらくしてから、鬼の指示で一匹の深緑色の化け物がマンションに走って行った。
 その深緑色は、3分も経たないうちに戻ってきて、持っていた何かを鬼に差し出した。
 さきほどの男性の切られた腕だ。

 それを取りに行っていたようだ。

――しかしなぜ?

 その答えはすぐに分かった。
 鬼は腕をまじまじと眺めたあと、その腕を喰ったからだ。

「4je r^@wmat5.c@」

 あまりの凄惨な光景に、その場で吐いた。
 何度か吐いたあと、涙目でもう一度様子を窺う。

 そこには、捕まった人たちが、殴られ蹴られ、拷問を受けている光景が拡がっていた。
 傷だらけで動けなくなっていく人たち。
 死んではいない様子だった。
 しかし、抵抗出来る状態でもなく、ゴミのように1カ所に集められ積まれていく。

 その後ろでは鬼が、乗ってきた小型の竜になにやら話しかけている。

 話が終わったかと思うと、小型の竜の口からキラキラと光った青白い炎のようなものが吹き出す。
 炎がかかった場所が、次々に凍っていくのが見て取れる。
 竜が炎を吐き終わると、住民が全員氷付けになっていた。

 その数秒後、離れたこの場所にまでひんやりと冷気が伝わってきた。

 深緑色の集団は、凍った住民たちを急いで荷車のようなものに積んでいく。
 亡くなってしまった人間や各家庭から持ち出されたであろう食料の類いは、木の板にロープがついているだけの荷ゾリのようなものに乗せられている。

――これは助けなくていいのか?

 一瞬、頭をよぎったその考えは、パソコンには十分予測出来ていたようで、画面に目を移すと既に返答が打ち込まれていた。

『もしも、あの状況を助けようとするならば、現在のあなたが万単位の人数必要となります』

「ま、万単位って・・・」

『先ほど持ってこられた荷物の中に包丁があると思いますが、その包丁で立ち向かったとしても勝てる可能性はほぼ変わらずゼロです』

「・・・」

『このまま隠れて、彼らが帰るのをじっと待つのが得策と言えます』

「・・・・・・」

 それから30分ほどして、全員いなくなった。
 結局、俺は一歩も動かなかった。

 涙が止まらなかった。

 逃げ出せた自分はとても運が良かったと言える。
 だからこそ連れ去られた人たちの今後を考えると、胸が締め付けられる。

――でも、とりあえずパソコンには感謝をしなくては

 だが、自分が生き延びるために、諦めなくてはならないことが、これからも続くのだろうか。

 そのたびに、こんな恐怖や無力感を感じるのだろうか。

 そう思うと、身体の震えが止まらず、立ち上がることが出来なかった。

     ♣

 気持ちを切り替え、立ち上がるため、まず深呼吸をしてみた。

 気持ちを切り替え、元気を出そうと、鼻歌を歌ってみた。

 気持ちを切り替え、気合いを入れようと、自分の頬を叩いてみた。

 気持ちを切り替え、勇気を絞りだそうと、大声を出してみた。

 でも出たのは、涙だけだった。

「・・・これからどうしたらいいのだろう」
 ノートパソコンを見つめながら、普段は決して吐かない弱音を吐いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる

フルーツパフェ
大衆娯楽
 転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。  一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。  そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!  寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。 ――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです  そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。  大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。  相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。      

金眼のサクセサー[完結]

秋雨薫
ファンタジー
魔物の森に住む不死の青年とお城脱走が趣味のお転婆王女さまの出会いから始まる物語。 遥か昔、マカニシア大陸を混沌に陥れた魔獣リィスクレウムはとある英雄によって討伐された。 ――しかし、五百年後。 魔物の森で発見された人間の赤ん坊の右目は魔獣と同じ色だった―― 最悪の魔獣リィスクレウムの右目を持ち、不死の力を持ってしまい、村人から忌み子と呼ばれながら生きる青年リィと、好奇心旺盛のお転婆王女アメルシアことアメリーの出会いから、マカニシア大陸を大きく揺るがす事態が起きるーー!! リィは何故500年前に討伐されたはずのリィスクレウムの瞳を持っているのか。 マカニシア大陸に潜む500年前の秘密が明らかにーー ※流血や残酷なシーンがあります※

僕の家族は母様と母様の子供の弟妹達と使い魔達だけだよ?

闇夜の現し人(ヤミヨノウツシビト)
ファンタジー
ー 母さんは、「絶世の美女」と呼ばれるほど美しく、国の中で最も権力の強い貴族と呼ばれる公爵様の寵姫だった。 しかし、それをよく思わない正妻やその親戚たちに毒を盛られてしまった。 幸い発熱だけですんだがお腹に子が出来てしまった以上ここにいては危険だと判断し、仲の良かった侍女数名に「ここを離れる」と言い残し公爵家を後にした。 お母さん大好きっ子な主人公は、毒を盛られるという失態をおかした父親や毒を盛った親戚たちを嫌悪するがお母さんが日々、「家族で暮らしたい」と話していたため、ある出来事をきっかけに一緒に暮らし始めた。 しかし、自分が家族だと認めた者がいれば初めて見た者は跪くと言われる程の華の顔(カンバセ)を綻ばせ笑うが、家族がいなければ心底どうでもいいというような表情をしていて、人形の方がまだ表情があると言われていた。 『無能で無価値の稚拙な愚父共が僕の家族を名乗る資格なんて無いんだよ?』 さぁ、ここに超絶チートを持つ自分が認めた家族以外の生き物全てを嫌う主人公の物語が始まる。 〈念の為〉 稚拙→ちせつ 愚父→ぐふ ⚠︎注意⚠︎ 不定期更新です。作者の妄想をつぎ込んだ作品です。

レベルが上がりにくい鬼畜な異世界へ転生してしまった俺は神スキルのお陰で快適&最強ライフを手にしました!

メバル
ファンタジー
元地球生まれの日本人。 こよなくタバコと糖分を愛しタバコは1日5箱。糖分は何よりもあんこが大好物。まず俺は糖分過多で28歳で二型糖尿病というファックなスキルをゲット。更にタバコの吸いすぎで40歳独身のおっさんは、気づいた時には時既に遅し。普通に末期の肺癌で死んだ。 たったの40年。不健康な生活をしてしまった付けだろう。 そして俺は死ぬときに強く思った。 願わくば次に生まれ変わる場所では、不健康な生活を好む体に生まれ変わりますように…… と強く願ったら地球ではなく、まさかの異世界転生をしてしまう。 その場所はベイビーから老人までレベルが存在する世界。 レベルにより生活も変われば職業も変わる。 この世界では熟練度・スキル・アビリティ。これも全てレベルが存在する。 何をしてもOK。 どう生きるかも自由。 皿洗いでも皿洗いの熟練度レベルがある。 レベルが低い者は重宝されない。 全てはレベルの世界。 しかしこの世界のレベルは非常に上がりにくい。 ゆえにレベルが低い者は絶望的な世界。 まさに鬼畜な世界。 そう鬼畜な世界だったのだが……

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

異世界宿屋の住み込み従業員

熊ごろう
ファンタジー
なろう様でも投稿しています。 真夏の昼下がり歩道を歩いていた「加賀」と「八木」、気が付くと二人、見知らぬ空間にいた。 そこに居たのは神を名乗る一組の男女。 そこで告げられたのは現実世界での死であった。普通であればそのまま消える運命の二人だが、もう一度人生をやり直す事を報酬に、異世界へと行きそこで自らの持つ技術広めることに。 「転生先に危険な生き物はいないからー」そう聞かせれていたが……転生し森の中を歩いていると巨大な猪と即エンカウント!? 助けてくれたのは通りすがりの宿の主人。 二人はそのまま流れで宿の主人のお世話になる事に……これは宿屋「兎の宿」を中心に人々の日常を描いた物語。になる予定です。

排泄時に幼児退行しちゃう系便秘彼氏

mm
ファンタジー
便秘の彼氏(瞬)をもつ私(紗歩)が彼氏の排泄を手伝う話。 排泄表現多数あり R15

処理中です...