夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第48話 目覚め

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 体がだるい。何か声が聞こえる。なんだか人の声を聴くのは久しぶりに感じた。

「――ってなんだよ!」

 聞き覚えのない子供っぽい声。まだ朦朧とする意識の中、秋はゆっくりと体を起こした。左で同じように起き上がる人影が見えて目を向けると颯太がぼーっとした様子で座っていた。しばらく頭の整理が追い付かないまま、颯太の方を見つめていると、だんだんと意識がはっきりとしてきた。

「……颯太君!」

 秋は慌てて声をかけると、颯太も驚いたように秋を見つめる。

「……ここは?」

 その颯太の問いに、秋は周りを見渡す。なぜ視界に入らなかったのだろうか、目の前に人が二人立っていた。一人は全く知らないが、もう一人は……。
 気づいた瞬間に秋は大きく後ろに飛びのいた。うまく力の入らない足での着地は、思うようにバランスが取れなかった。

「あー……。そういえばおいら、顔見られてたんだった」
「じゃあ堂本 司が敵だってことはもう知られてるってことか」
「そうだけど、この人は堂本 司のことは知らないよ。会ったことなかったし。ラークで認識してる」

 会話の様子を離れて見ていると、知らない方の人が話しかけてきた。

「じゃあラークを知ってるんだな。お前を拉致った奴だ」
「……知ってる」
「なら、そのとき一緒にいた奴も分かるか? イグニスって言うんだが」
「名前は知らなかったけど顔は見た。色々聞いたよ、私を捕まえた理由とか……」

 そう言って理由を考えたところで、重要なことを思い出した。

「零が……!」
「理由も知ってるのか、話が早くて助かる。イグニスが二人を拉致した理由はレイを誘い出すためだ。俺はレイの仲間のエンド、コイツは敵だったが訳あってこっちに寝返ったラークだ」
「仲間? 寝返った?」

 そんな言葉を信じていいのだろうか。確かにラークの雰囲気は初めて会った時と大きく変わっている気がした。だがエンドという人物のことは何も知らない。
 そんな秋の様子を理解したかのようにエンドは言葉をかける。

「信じる信じないは関係ない」
「どういうこと?」
「お前ら二人を助けたのは俺たちだ。借りがあるってことを忘れるな」
「それ壊したの、おいらなんだけど……」
「大差ないだろ」

 秋と颯太の周りには、黒い鎖が散らばっていた。

「……確かに助けてもらった恩はあるみたい。わかった、とりあえず信じる」
「ちょっと待ってよ! 何の話してるの、俺は何も知らないんだけど!」

 今まで黙って話を聞いていた颯太が声を上げる。

「颯太君、自分が今まで何してたか覚えてる?」
「何してたかって、春杉と事件のことを調べてて、途中で喧嘩して俺一人で家に帰って……ないわ。家に帰る途中で知らない人に会って気づいたら今ここに」
「やっぱり。その数日あと、風君が『成瀬がいない』ってKIPに駆け込んできたの。それで私は颯太君を探しに街を歩いていたら、同じように知らない人に捕まった。そこからしばらく相手と会話して、気絶させられたんだ。私も覚えているのはここまでで、一つ確かなことは、相手は零を誘い出すために私たちを捕まえたってこと」

 状況の整理をしながら、秋は颯太に簡潔に説明する。

「じゃあ零が危ないんじゃ……」
「うん、私もそう思う」

 そんなことを話していると、上空に何かの影ができた。上を見上げると鳥が一羽、飛んでいる。なんだ鳥かと安心していると、鳥はこちらに向かって下りてきた。同時に思っていたより大きいことに気が付く。

(襲われる――!)

 そう思ったのも束の間、その鳥はエンドの横にあった室外機の上にとまり、羽をバサバサと動かしながら一声鳴いた。
 よく見るとそれは、屋上で零が触っていた大型の猛禽類、イヌワシに似ていた。
 イヌワシを見たエンドの表情に一瞬で焦りが浮かぶ。

「……まずは報告ありがとな、ルーク」

 エンドはそのイヌワシをルークと呼び、腕に乗せた。

「この鳥って屋上に来た……」
「ああ、あの時お前もいたのか。レイが触っていた奴と同じだ。あの時に手懐けて、今は俺と同じようにレイの仲間だ。ルークっていう」
「お、俺知ってるよ、猛禽類だろ? 零が何で猛禽類なんか飼ってるんだよ」
「偵察のためだ。地下にいたときに外の様子を見るためのな。今は伝令も兼ねている、速くて優秀な奴だ」

 そのエンドの言葉に、ルークは嬉しそうに羽を広げた。

「んで、その優秀なペットになんて言われたんだ? おいらは鳥の声以外何も聞こえなかったけど」
「内容的には、さっき二人が言っていた『零が危ない』ってことだ。ただ危ないのレベルが、二人の想像を遥かに超えている。イグニスから再三レイの話を聞いていて、更にイグニスの持ち物を把握しているラークなら、なんとなく予想はつくだろう」
「……首輪つけられた?」

 ラークの返答に、エンドは小さく頷いた。その反応に、聞いていた秋と颯太は顔を見合わせる。

「首輪って?」
「どゆこと?」

 答えを求めるように、そう言って二人はエンドを見た。エンドは溜息をついてから話し始める。

「レイは過去にトラウマのようなものがある。イグニスが持ってる首輪はそれを思い出させる最も簡単な道具でな。それが数分前に使われたってことだ」
「それってどれくらいヤバいんだ?」
「……さあな」
「さあなって、なんだよ! 俺たちに言えないことなのか?」
「予想がつかないんだ。どんな反応を示すかはレイ次第だからな」

 颯太の問いに淡々と答えていくエンドを、秋はただ見つめていた。零の過去を知っているという人物が今目の前にいるのだ。聞きたいことが山ほどある。
 思い切って秋はエンドに声をかけた。

「零の仲間なら何で今更出てくるの? もっと早く来て、ショッピングモールの時とかに助けることだってできたでしょ。記憶がなくなってたって、仲間が目の前に現れたら簡単に思い出せたかもしれないし。それに零って呼び方も、私がつけたものなのにどうして貴方達も呼んでるの? 彼の本当の名前は? 零はどこからきて、貴方とはどういう関係なの? 零って……誰なの?」

 怒涛の質問攻めに、エンドは困ったように一歩後ろに下がる。そして一言、

「本人の口からじゃなくて、俺からでいいのか?」

 とだけ言った。
 秋はその返答にただ小さく「だって……」と呟く。――次の瞬間、地面が大きく揺れ、今までに聞いたこともない、叫び声にも聞こえる鳴き声のような音が聞こえてきた。

「な、なに!?」
「地震か!?」
「いや……これは」
「流石のおいらでも分かるぞ、これはヤバいって」

 振動で周りの建物が崩れ始めていた。四人は道が塞がれる前に路地裏から出て、音がした方向に目を向ける。
 騒ぎは少し離れたところで起きているようだ。

「何が起きてるの?」

 秋は独り言のように言葉を漏らす。そして再び鳴き声のような音が聞こえると共に、目線の先にあった家の影から、大きな生物が空中に現れた。
 それを見た颯太が、喉から絞り出したような声を出す。

「あ、あ、あれってドラゴンじゃ……」

 全員の視線の先には、空に浮かぶ真っ白なドラゴンがいた。離れていても結構な大きさで見えているため、近くで見ればもっと大きいことは明らかだ。

「ドラゴン? そんなの架空の生き物なんじゃないの……?」

 秋の問いに、エンドはドラゴンから目線を外さずに答えた。

「……この世界ではな。だがドラゴンは存在する。今見ているこの光景も間違いなく本物だ。なんていったってあのドラゴンは――」

 エンドは言葉を止める。言ってもいいのか迷っているようだった。それを感じた秋は、続きの言葉を促した。

「あのドラゴンは?」
「……レイだ」

 耳を疑うような言葉に、秋は言葉を失う。それは颯太も同じのようだった。

「冗談キツイって、俺らのことバカにしてるの? そんな訳――」
「嘘なんて言ってられる状況じゃないのが分からないのか。悪いがこれ以上質問に答えてる暇はない。早くアイツを落ち着かせないと街が滅ぶぞ」
「街が!?」
「最悪の場合、街だけじゃ済まないかもな。ルーク、とりあえずお前は様子見だ。危険だからレイに近づくなよ。ラークはこの二人を頼む」

 エンドの指示にルークはすぐに飛び立ち、上空へと消えた。

「二人を頼むって……。おいらにどうしろっていうんだよ」
「とりあえず守れ」

 そう言ってエンドは人から小さな黒いドラゴンへと姿を変えて、飛んで行った。
 秋と颯太はその様子にまたも絶句する。

「あ、あの人も……」
「俺たちさっきまでドラゴンと話してたってこと……?」
「そういうことだよ。ちなみにおいらも人じゃない」

 堂本 司の姿をしたラークは、二人にそう告げてから小さい悪魔の姿へと変わった。

「あ、俺もう何もわかんない」

 颯太が地面にしゃがみこむ。一方で秋はイグニスとの会話から「人ではない」という情報を得ていたため、この状況を納得はできずとも理解はできているようだった。

「簡潔に説明してくれない? 今がどんな状況なのか、何が起こってるのか」
「……嘘偽りなく話すから、文句言わないでね」

 秋はラークの言葉に力強く頷いた。目の前で非日常的なことが起きている。今更どんなことを言われても受け入れるしかないのだろう。

 ラークは零の生い立ちや仲間の話などを抜きにして、簡潔に現状だけ説明した。秋は口を挟まずに、ただ静かに耳を傾けていた。颯太もとりあえず話だけでもということで聞いていた。
 説明を受けたあとは、秋と颯太で内容を整理し、ラークに疑問点を解消してもらうことで、なんとか大まかな全体像を理解することが出来たのだった。
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