夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第38話 夢幻世界

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 KIP本部の遥か上空。やっと記憶を取り戻した状態で自由の身になった零は、初めての別世界の夜空を満喫していた。
 人間の姿で空中に寝転び、綺麗な満月と星を見ていると、ふと秋の言った言葉を思い出した。

「そういえば、秋が海に行きたいって言ってたよね。家族で」
「ルークを仲間に迎えたときですね」
「……秋の言っていた家族の中に俺が入っていた。秋の家族はもういないらしい。だから、一緒に過ごした俺を家族同然に思ってるんだろうね。でも俺には秋の気持ちはよく分からないなあ。家族という存在の重要性も」

 表情を変えずに零は言う。アースは少し考えてから返事をした。

「五か月の間、色々な人達と接してきて、何か感じませんでした?」
「何かって?」
「それは私達が教えられるようなことではありません。自分で見つけないと、意味が無いんですよ」
「……手厳しいねえ」

 うつ伏せになると、雲一つないおかげでまだらに光る街々が見えた。
 この小さく眩い地上の星に、多くの人間の生活があり、多くの人間の命がある。その中には暖かい家族や友人との会話が溢れていて、この世界を満たしているのだ。

「この世界は誰かに作られた世界なんでしょ?」
「はい」
「不思議だね、きっと作者は主人公とその周りの人達しか生み出していない。なのに、その世界は存在して、作者が作った話と関係ない所でも、人々の生活が動いてる。作者が描いた時代より、過去も未来も存在する。途中から作られた世界ではなく、元から存在していたかのように」
「元から存在していたのかもしれないですよ」
「というと?」
「本当に存在する世界を、人間の世界の人があたかも自分が作ったかのように振舞って、その世界の作者だと言い張ってるという考えです」
「そんなことある? 普通。たまたま存在する世界と同じ内容で、人間が物語を作ったってことでしょ?」
「ええ、可能性としては捨てきれないですよ。なにせ世界は無限にあるんですから。まあでも、名前や地域名、年月、その世界で起きたこと等が全て一致しているなんて、ほとんど無理でしょうけど」
「その無限にあるって言うのも、なかなかに変だよね。ありえない桁数の世界番号が割り振られてる世界も存在するってことだし」

 零がそう言うと、アースは思い出したように声を上げた。

「世界の仕組み、まだ説明しきってませんでしたね」
「仕組み? この話となにか関係が?」
「大ありですよ。妖怪の存在意義って分かります?」
「え、分かんない」
「神が万物を生成する生き物として、妖怪は万物を破壊する生き物です。そして、妖怪が破壊する万物という分類には、世界が入ってるんです」
「妖怪が世界を壊すってこと?」
「はい。神は世界を作る者、妖怪は世界を壊す者。これで均衡が保たれるんです。壊される世界は、当たり前ですが妖怪に抵抗する力の弱い世界です。それは世界の住人の力ではなく、世界そのものの力のことを指してます」
「うーん?」

 複雑な内容で、勉強らしくなってきたアースの説明に、零は首を捻った。

「いくら世界にいる生き物の力が絶大で、妖怪を殺せるくらいだとしても、世界そのものに力が無ければ、その世界は妖怪によって壊されるんです」
「あー……ん?」
「世界の強さは、認知度に依存します」
「おー?」
「よって、人間が頭の中だけで作った物語の世界は、一度は作られるものの、早々に妖怪によって破壊されます」
「ほお」
「逆に有名な作品だと、それによって生み出された世界は、ほぼ壊される心配はないです。でもその作品を人々が忘れていくにつれ、世界の力は弱くなります」
「なるほど?」
「まあ、世の中に出回らず、作者の中だけで作られた世界や、作者にすら忘れられた世界なんて沢山ありますので、三人ほどでも覚えている人がいれば壊される確率は結構下がりますね」
「うーん、わからん」
「……理解しようとしてます?」
「してない」

 少しのためらいもなく否定する零に、アースは頭を抱える。
 難しい話は置いておき、簡潔にまとめることにした。

「つまり、無限にあるとは言っても、認知度の低い順に妖怪に壊されていきます」
「なんとなく分からない。なら無限じゃないじゃん」
「はい、無限ではありません。さらに、力の弱い世界は妖怪の手によって、いとも容易く、そして儚く消え去ります。だから、世界の仕組みとされている『世界』は別名『世界』と呼ばれているんです」
「夢幻世界……」
「そして、問題なのはこの世界の認知度です。もしこの世界の認知度が低ければ、レイを狙っているあの妖怪の手で壊される可能性があります。または、レイと妖怪の戦闘で自然に世界が傷ついて壊れる可能性も」

 慌てて体を起こす。
 この世界が消えるかもしれない。なら、秋は? 瑞希、颯太、風は? その他、今この場所で生活している人達は? 全員存在しなかったことになるじゃないか。

「でも俺達が世界の存在を知ってるじゃん。それが認知度っていうのになるから……」
「残念ながら認知度はその物語を作った人がいる世界で、どれだけ知られているかに影響されます。もしこの世界が3番の人間の世界で作られた物語の世界なら、3番の世界の人にどれだけ知られているか。ということです」

 つまりは零やアースに知られていても意味が無いということだ。

「じゃあ俺がこの世界を出て戦えばいいんだよ。そしたら街への被害もないし、世界そのものが傷つくことも無いよ?」
「果たして相手は出ていくことを許してくれるでしょうか。わざわざこの3120の世界に呼び出したのは、この世界を壊す予定があったからだとしたら? たまたまレイとの戦闘でこの世界が壊れても、元から消す予定だったなら何も問題がありません」
「そんな……」
「一つ、この世界を救う方法があるとするなら、レイが世界を傷つけずに戦った上で、相手を倒すことです」

 結局、これが最良の結果だろう。問題はできるかどうかだ。
 相手は明らかに格上で、恐らく戦闘経験も零より断然多い。そんな相手に、世界を守りながら戦って勝利するなんてことを、本当にできるのだろうか。

「できなくてもやらないとってことだよね」

 あまり気が乗らない、というのが今の感想だった。
 何しろ情報が少なすぎる。こちらは相手の名前すら知らないのだ。そしてなぜ零を狙うのかも。

 アースの説明で疲れた零は、陸斗の家で食べたチョコレートを思い浮かべる。
 すると、手の上に同じものが出現した。

「やっぱ便利だね、魔力って」

 魔力を使って、思い浮かべたものを生成したのだ。
 零がそれを食べると、エンドが出てきた。

「俺も食いたい」
「えー、さっきまで話し合いにすら参加してなかったのに、こういう時だけ出てくるのはなー」
「説明やら分析やらは、アースの得意分野だから俺が出る幕じゃない。仕方ないだろ」
「ま、別にいいけど。アースもいる?」
「貰います」

 零から受け取り口に入れた二人は、目を輝かせた。

「これ美味いな」
「今まで食べたものの中で一番美味しい気が……」
「今まで食べた中って言うけど、全員人じゃないから、今まで食べた物が限られてくるけどね。でも俺も初めて食べた時は感動したよ」
「これくれたのって確か、陸斗さんという方でしたっけ?」
「そうそう。あ、陸斗さんにも出所報告しないとなー」
「出所って、まるで牢屋にでも入ってたかのような口ぶりだな」
「実際牢屋みたいなものでしょ、あそこは。とりあえず、夜に行っても迷惑になるだけだから、朝になるまで待機だね。秋が出社する前に家に行って、秋に報告したら他の人達にも報告だ」

 そうして一晩中、夜空や地上を見て時間を過ごした。
 ――秋と颯太の失踪を知らないままで
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