夢幻世界

レウォル

文字の大きさ
上 下
38 / 66
第二章 3120番の世界「IASB」

第36話 証明

しおりを挟む
 ドアを開けると、心地の良い風が頬を撫でた。
 時刻は午後六時。日は落ち、空は残り火で青と黄色のグラデーションに彩られていた。

 零は前のように手すりに向かう。慎吾と昭はその背中を追った。

「さて、屋上に着いたわけだが、どう証明するんだ?」

 慎吾が話を切り出す。

「お二人は幻獣って知ってます?」
「僕が前に零さんに渡した本に書いてある生き物ですよね」
「はい、とりあえず俺の仲間を紹介しますね。エンド、アース」

 そう言うと、零の横に二つの影が現れた。
 その影は気づいた時には人を型取り、零の横で慎吾と昭を見据えていた。
 片方は頭に角が生えており、もう片方は耳が生えている。

 今まで何もいなかった場所に突然現れたその奇妙な生き物に、慎吾と昭は目を奪われる。そして、その奇妙な生き物の真ん中に立つ零に目を向けた。
 薄暗い空と二人の仲間を背に立つ零からは、不思議な圧が感じられた。

「これがお前の仲間か? 人……ではなさそうだが」
「おお鋭いですね、佐々木さん。俺の右手側にいるのがアース、大狼で、左手側にいるのがエンド、黒竜です」
「大狼? 黒竜?」
「はい、大きい狼と黒いドラゴンです」

 零がそう説明すると、アースが不満そうに声を上げた。

「説明、雑すぎません? 特に私の説明が」
「じゃあなんて説明して欲しいの? 実際でっかい狼じゃん」
「あのですね、私はこれでも一応幻獣の中でトップ5に入ってるので、ただの大きな狼なんて説明しないでください」
「それって世話焼きランキング?」

 からかう零に、アースは諦めたようにため息をついてから「向こうに帰ったら勉強漬けにしますよ?」と言った。
 零の体が小さく震えたのが見えた。

「え、えーっと、大狼は別名魔狼フェンリルと呼ばれていて、魔力を豊富に持った狼です。つややかな銀の毛皮は人々を魅了し、鋭い牙は――」
「もういいです。どれだけ勉強したくないんですか」

 早口、棒読みで喋る零をアースが止めた。

 二人の会話を、処理の追いつかない頭で横流しに聞いていた慎吾が、我に返って言い合う二人に割り込んだ。

「ちょっと待て、ドラゴン? フェンリル? この二人がそうだと言うのか?」

 零が言い合いを止めて、慎吾に向き直る。

「そうですよ。信じられないなら見せますね。エンド、俺ら以外に見えないようにしてから飛び降りてよ。その後すぐに飛んで戻ってきてね」
「俺? アースでもいいんじゃ?」
「残念ながらアースは狼だから飛べないんだってさ」
「飛べますよ! 重力操作とか浮遊とか、翼がなくたって、飛ぶ方法はたくさんあるんで。まあ勉強してない貴方は知らないかもしれませんけどね」

 また始まった絶好調な言い合いを制してから、エンドは手すりに立ち、屋上から落ちていった。
 昭が慌てて手すりに駆け寄ると、その目の前を黒い塊が一瞬で過ぎ去る。
 上を見上げると、黒い翼を背中に生やして空中に浮くエンドが見えた。

「そのまま人化も解いて良いよ。あ、証明ならアースも解いた方がいいかな」

 零の許可が降りてから、アースは地面を蹴って空中に立った。左右で横並びになったエンドとアースが黒い光の球に包まれる。その球はどちらも一瞬で屋上よりも大きくなった。
 そして、二つの大きな黒い球が共に弾けて消えると、そこには大きな黒いドラゴンと大きな白銀の狼がいた。

 慎吾と昭は声を出せないまま、首が痛くなるほど上を見続けていた。

「ほん……ものだ」
「お、おい、これは他の人達には見えてないんだよな?」
「見えてないですよ、今屋上にいる俺たちだけに見えてます。二人とも原寸大はちょっと邪魔になるから、地下の時の大きさくらいになって」

 そう指示されたエンドとアースは、たちまち小さくなって中型犬程になった。

「信じてもらえました?」
「こんなものを見てから否定なんてできないだろ。本当にお前は何者なんだ?」
「……改めて、自己紹介からいきましょうか。名付けの儀はまだ行われていないので、本名と言えるかは分かりませんが、生まれつき与えられた名、平たく言うと生体番号として付けられていた名は『バル』です。仲間は全員、俺をそれで呼びます。まあ好きなように呼んでくれて構いません。そして俺は神と妖怪の間に生まれた異例の奇妙な生き物です。自分が何なのかは俺にも分かりません。何者かという質問の解答はこれで足りますか?」

 自虐的な笑みを浮かべながら零は語った。
 質疑応答の時間のようだ。首を捻っている昭に代わって、慎吾は気になった点を零に質問した。

「名付けの儀ってなんだ? バルが名前ではないっていうのもよく分からないんだが」
「バルは生まれたと同時に勝手にその個体に付けられる番号、記号のようなものです。名前のように聞こえるので、俺は名前として使ってます。名付けの儀はどの世界でも行ってるはずですよ? 儀式的なものでは無いだけで。佐々木 慎吾、須藤 昭、そういう名前を生き物に付けることを言います」
「なんだ、親が子供に名前をつけることを名付けの儀って言ってるだけか」
「そうですそうです。神の世界ではそう呼ばれてるってだけですよ。それをすると、親から貰った名前が生まれつきの生体番号に上書きされます。普通の子は生まれてすぐに行われて、生体番号は忘れ去られていきます」
「……つまり、今のお前は名前がないってことだな?」

 納得したような、していないような、こんがらがった頭で慎吾は零に聞くと、零は手を叩いて「おみごと~」と笑顔で言った。

「それで零、俺たちは何をすればいいんだ?」
「せっかく自己紹介したのにバルって呼ばないんですね。佐々木さんが知りたがってた、俺の本名に近いのはバルの方なのに」
「でもそれは名前じゃないんだろ? 聞いた感じだと、囚人番号に似ている。勝手に割り振られた、何の意味もなさないものでお前を呼ぶ気は無いからな。それに零って名前は天宮がお前につけた、れっきとした名前だ。名付けの儀なんて無くても、この世界じゃ名前は付くんだよ。だから俺はお前の本名を零の方で認識した」

 慎吾の言葉に、零は驚いたように目を見開いて固まった。両隣にいる零の仲間は、心配そうに見ている。
 慎吾が「どうした」と声をかけると、零は我に返って「あ、いえ、なんでもないです」と慌てて元に戻った。

「エンドとアースも零って呼んでくれたっていいんだよ? 照れずにさあ」

 笑って零は二人に話しかける。

「照れてません。しかしそうですね、統一した方がわかりやすいので、この世界ではレイと呼びますね」
「じゃあ俺も」
「……幻獣って、人の姿じゃなくても言葉喋るんですね」

 昭はまだ状況が飲み込めていないのか、エンドとアースの存在を見つめながら呟いた。

「俺もそれ、初めて二人に会った時に言いましたよ。こんな明らかに人外な生き物が喋るとは思いませんよね、普通。ところで何の話でしたっけ」

 逸れてしまった話を戻そうとするも、慎吾の質問内容を忘れてしまった零にアースが答えた。

「佐々木さん達が今後どういう風に動けばいいかです」

 あーそうだった。と言って、零がどうしようか考えていると、今度はエンドが声を上げた。

「……レイ、どうやら考えてる暇はなさそうだ」
「どうしたの?」
「ラークが動き出した」

 エンドの報告に、零は急いで目を閉じる。ついでにと、慎吾と昭にも目を閉じるように指示した。
 目を閉じると、暗くなった視界に映像が流れ始める。高い位置から一人の男を追っている映像だった。

「この男がラークとかいう妖怪か?」

 慎吾は目を閉じた状態で尋ねた。

「はい。ただ、あれはラーク本人の姿ではありません、変えています。堂本 司と名乗ってました」
「詳しいな。接触したことがあるのか」
「……記憶が無い時に。知り合いの家の使用人をやってました。ちなみに気づいたかもしれないですが、これはこの前のイヌワシ、ルークの視点です」
「これで、地下でも外の様子を見てたのか」

 ラークは住宅街をキョロキョロしながら進んでいる。
 そして、人目につかない暗いところに言った瞬間、背中から小さな黒い羽が生え、周りの家の屋根に飛び乗った。そのまま軽快な足取りで屋根を伝って移動している。

「この方向だと……C地区の北側に向かってますね。前に事件の捜査で今見えた家に行ったことがあります」

 たまたま見た事のある家を発見した昭が場所を突き止めたようだった。

 そのまま追っていくと、木に囲まれた公園を通過し、その横にある廃墟へとラークが入っていくのを捉えた。

「この廃墟がラークとその仲間って奴のアジトと考えるのが自然か」
「そうでしょうね。場所は分かったので、準備を整えてから――」

 零が言葉を切った。ルークの視点には、を見つめるラークとは別の人影があった。
 その人影は、親指と人差し指を立てて片手で銃を作る。そして指先をに向けた。

「ルーク! 最速で行ける影に突っ込め!」

 零が叫ぶと同時に視点は地面を向き、急降下し始めた。その後すぐに発砲音が響く。ルークは地面に落ち、視点は真っ暗になった。
しおりを挟む

処理中です...