夢幻世界

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第二章 3120番の世界「IASB」

第25話 後悔

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 後始末が全て終わった頃には、夕方になっていた。
 瑞希と颯太は各自で帰宅し、風は子供達を送ってから帰ることになった。そして秋と零は、慎吾と昭と共に一度KIPの本部に行くことになった。





 KIPの本部に着き、零と慎吾、秋と昭に別れる。

 零と別れ、本部の食堂に来た秋は、夕食になる物を適当に選んで購入し、席に着く。昭も食事を持って秋の前に座った。
 まだ少し時間が早いからか人が少ない。窓側の席で食べ始めると、一般人と話す口調で、昭が話しかけてきた。

「秋さん、お疲れ様でした。巻き込んでしまってすみません」
「いえ、むしろKIPの方々の仕事を見ることが出来て勉強になりました。……須藤さんって、いつKIPに入ったんですか?」
「え、僕ですか? 二年前です。大卒で入りました」
「……入ったばかりの頃ってどんな感じだったんですか?」

 昭に尋ねる秋の表情は暗かった。それを見て、事情を何となく察した昭は少し考えてから秋に言った。

「入ったばっかりは散々でしたよ。僕のクラリスはKIPという人を守る組織には全く役立たない、自分を守るためだけの自己防御系なので。それでもどうしてもKIPに入りたくて、勉強と能力無しの実技をひたすらに頑張って入りました。でも、いざ入ってみると、あんなに頑張って身につけた体術も、ほぼ全員持ってて当たり前、それに加えてクラリスも強い人ばかりで、僕に活躍の場はありませんでした。やっとの初任務も、先輩たちの足を引っ張って終わり、そこで自分には合わないって気づいたんです」

 思い出しながら話す昭からは哀愁が漂っていた。しかし、すぐに「でも」と言って表情が明るくなる。

「辞めようと思ってた時に、佐々木さんに会ったんです。その時もこの食堂で話をしました。そこで思ってること全部、佐々木さんに言ったら、全部聞いた上で部下にならないかって言ってくれたんです。そのまま一年間、佐々木さんの指導で、ずっと訓練してました。銃弾や蹴りをクラリスで防いだりしていくうちに、クラリスが強化されていって、今では僕から半径約5メートルまでシールドを張れるようになりました」
「一年間の訓練でそこまで……」
「凄いですよね。佐々木さんは自分の経験からどうやって鍛えるとクラリスが効率良く強化されるか知っていたんです。まさか僕も自己防御から範囲防御に鍛えられるとは思いませんでした。クラリスの可能性は無限大ってことです。秋さんのクラリスも、もっと鍛えればさらに色んなことができるようになると思いますよ」

 昭は笑って言った。今はもう、そんな過去があったことを忘れたかのように、自信を持っている。

 再び手を動かして、あまり量の減っていない夕食を食べ進める。

「何かあるなら、人に話した方が楽になると思います。僕でいいなら聞きますよ」

 二人が食べ終わった頃に、昭が言った。秋は少し悩んだ末に、話し始めた。

「私、あの時何してたのかなって。零は自分を犠牲にして子供達を助けて、佐々木さんは零の作った隙をしっかりと利用して敵を倒して、須藤さんや羽嶋さんも、敵の増援にしっかり対処して。……零は私が守らないといけないのに、KIPに入るんだから、皆を守るためにしっかりしないといけないのに、体が動かなくて、見ていることしか出来なかった。零の合図にも気づいていたのに、目の前の光景に驚いて動けなかった。挙句の果てには、助かったことが嬉しくて零の怪我にも気づかずに喜んで、気づいても後は瑞希に任せて自分は見てるだけ。結局今回、私は何もできなった。少なくとも、零をあんな危険な目に合わせたら駄目だった。あの時動くべきは私だったのに……」

 独り言とも思える言い方で、秋は話す。途中から後悔と悔しさのせいか、我慢していた涙が堪えきれずに溢れ出していた。

「こんなこと言われたくないかもしれませんが、秋さんの反応の方が普通です。まあ確かに、佐々木さんや真衣さんと比べたら、自分が劣っているように見えるかもしれないですね。でも初めは皆、そこからのスタートなんです。驚いて、恐れて、それと何度も向き合って強くなるんだと思います」
「そう……ですかね。正直に言うと、私なんかKIPではやっていけないんじゃないかって思ったんです。正式にKIPに入れば何か変わるのかな……」
「変わりますよ、間違いなく。何事も経験です、今回起きたことだけが一生を決めるわけではないんですから。それと、零……さんのことでそんなに落ち込むのはやめた方がいいですよ。彼は異例です。自分の命を顧みず、敵に真正面から突っ込む。僕も驚いて動けませんでした。なんとなくですが、彼は守られる側ではない気がします。それに、合図に気づいただけでも十分凄いです。気づいたのは佐々木さんと秋さんだけだったんですから」

 守られる側ではない。昭のその言葉が頭の中で響く。今回の件を見て、零が記憶喪失であろうと、秋が守らなければいけないほど弱くないことを、秋はよく理解したのだった。
 心のどこかで、弟を守る姉のように振舞っている節があったのかもしれない。家族のいない秋にとって、嘘でも弟の存在は大きかった。その関係を壊さないためにも、無意識に零を守るという使命が頭の中に染みついていたようだ。

「守られる側ではない。私もわかる気がします。……よし、もう大丈夫です。なんか吹っ切れました。KIPに入った後やっていけるかどうかは、入ってから考えることにします。人と比べるのもなしです、自分は自分で訓練して強くなります。場数を踏んで、どんな場合のも対処できるようにします。零だけじゃなくて、もっと多くの人たちを守れるように」

 話すと楽になるというのは間違っていなかったようで、実際気持ちが軽くなる。泣いていたせいで赤く腫れた目を細めて、秋は笑った。
 その様子を見て安心したように、昭も笑う。そして「そういえば」と、仕事モードに切りかえて、砕けた口調で秋をここに連れてきた本題を話し始めた。

「佐々木さんと話し合った上での提案なんだけど、秋さんが良ければ正式入社を早めない?」
「え、それってどういう……」
「元々KIPの入社は合格通知が届いた次の日からなんだ。でも今回はたまたま募集時期と受験シーズンが被ったから、今年の卒業見込み者も受験資格を与えたんだよ。それで、卒業見込みの人達は合格して卒業したら入社ってなってるんだ。日にちは4月1日で統一したんだけど、今月中に入社すれば、今回の事件が秋さんの初任務ってことに出来るから、入社後すぐに訓練を始められるよ」
「4月に入ると、訓練を始められないんですか?」
「うん、本格的な訓練は初任務が終わったら開始されるしくみでね。月末に全員の任務がまとめられるから、4月に初任務だと訓練は5月からスタートになるんだ。今月中に入社して、今回のを初任務に設定すれば4月から始められるから、早く強くなりたいなら僕達で話を進めておけるよ」

 秋はそれを聞いて目を輝かせる。そして「是非お願いします!」と勢いよく頭を下げた。
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