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第1章
パン粥。
しおりを挟む「お母様…。お母様…。」
「アイヴィ、大丈夫よ。大丈夫だからね。」
私の目から流れ落ちた一筋の雫を奥様が、そっ…と優しく拭う。
私は高熱に魘されていてよく覚えてないけれど『お母様』と囈言を繰り返すに、奥様は大丈夫だと言い続けてくれていたそうだ。
目を覚したとき、奥様は上半身だけをベッドに倒し、私の手を握って眠っていた。
じんわりと伝わってくる温かさに、どうしてか酷く安心している自分が居た。
「んっ…。」
奥様の瞼が、ぴくりと動くと、ゆっくりと開かれた目。ぱちぱちと数回瞬きをすると、綺麗な緑色の瞳に私が映された。
「…おはようございます。」
とりあえず何か言わなければと思った私は、掠れた声で、朝の挨拶をする。
なんだか声が出しづらいな…なんて呑気なことを思っていれば『アイヴィ…!』と抱き締められた体。
突然のことに吃驚するけれど、相手が奥様だからか、エルズバーグに抱いていたような嫌悪感は無く。振り払う理由もないからと、私は、黙って抱き締められることにした。
「体はもう大丈夫なの?何処も痛くない?」
「…頭は痛いです。」
「倒れるときにテーブルに頭を打ったのは覚える?そのときにちょっと切っちゃったみたいで…。」
「ああ…。」
通りで痛いわけだと納得する。
「3日もの間、目を覚まさないから本当に心配したのよ。」
「3日も…。」
この時点ではまだ、私が倒れたことで屋敷内がどれだけ慌ただしかったのかを知らない私は、ことの大きさを把握しておらず『随分と寝てたな』なんて呑気なことを思っていた。
体はまだ重たいけれど、3日前に比べればだいぶマシになったように思う。
具合が悪いときは横になるに限る。
「アイヴィ、お腹空いてない?食べられるのならご飯にしましょう。今、用意させるから。」
「ありがとうございます。」
流石に3日もの間、高熱に魘されていていた私が、通常通りの料理をいきなり食べられるわけもなく。料理人の配慮で、消化のいいパン粥が用意された。
奥様は、湯気を立てるパン粥をスプーンで一掬いすると、フーフーと息を吹き掛け、私へと差し出した。
「…あの…。」
「どうしたの?アイヴィ。パン粥嫌い?」
「いえ、そうではなく…。自分で食べられます。」
「……。」
「……。」
「はい、あーん。」
有無を言わさぬ笑顔を浮かべ、スプーンを口元へと持って来た奥様。絶対にそのスプーンを渡してくれないだろうなと悟った私は抵抗するのを止め、おずおずと口を開く。
久々に食べたパン粥は、ほんのりとした甘味がどこか懐かしく、美味しかった。何より3日もの間、水以外のものを入れていなかった私の胃に優しかった。染みる。
食事を終えた私は、湯浴みで3日分の汗を洗い流した。
奥様に抱き締められたことを思い出しては、今更ながらに臭くなかっただろうかと心配になる。冷静に考えて、奥様も3日もの間、体を洗っていなかった私をよく抱き締めたものだ。汚いとか思わなかったのだろうか。
「アイヴィ様、スッキリしましたね!」
「ありがとう、スザンヌ。」
「とんでもないですっ!」
ニコニコとした笑みを浮かべるスザンヌは、どこか生き生きしているようにも見える。
私が目を覚ましたという報告を受けた彼女は、持っていた業務を全て放り出して私の元へとやって来たそうだ。
仕事はきちんとするように言えば『私の最優先事項はアイヴィ様のお世話ですから』と言い切られてしまった。
私はこの子がいつかクビになるのではないかと心配だ。
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