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第1章
騒々しい夕食の時間。
しおりを挟むそれから少し経って、やっと情緒が安定し始めた公爵様は、私に、ウィンストン家の執事長としてではなく、“マナー講師”としてジェームズを紹介した。
「ウィンストン家は、皆、ジェームズにマナーを教わっているんだよ。ヒューゴも、エイダンも、カーシーも。そして私もね。」
「僭越ながら、この私が、これからアイヴィ様に一通りのマナーをお教えします。」
宜しくお願いしますね、と微笑むジェームズは、私に嫌味ばかりを言ってくるようなバーサ先生とはまるで違った。
教え方も優しく、間違えたとしても決して馬鹿にするようなことは言わない。それどころか、『実はエイダン様もそこまで得意なわけではありませんので、大丈夫ですよ』とフォローまでしてくれる。
聞けば、エイダンは、ウィンストン家の次男でありながらも、マナーのような堅苦しい決まりが苦手らしい。それでも、所作には洗礼された美しさがあるとのことで、夕食時、お手本として彼の食べている姿を見ていたら、何故か一口サイズに切られたお肉を与えられた。
「食べたいんだろ?」
ただ食べ方を見ていただけなのに、お肉が欲しくて仕方のない食い意地の張った女だと思われていたようだ。
そうじゃない、とは思いつつも、貰ったお肉は食べる。
もぐもぐと咀嚼する私に対して、エイダンが、『お前はもうちょっと太った方がいい』と言って来る。
お肉の味を噛み締めながら、私はやはり細いのかと、どこか他人事のように思った。
エルズバーグは、私が太ることをとても嫌がった。他の子達には、普通にお肉やお魚を与えている中で、私に与える食べ物といえば基本的に野菜だった。
痩せ細られるのも嫌だとかで、月に一度程度は、お肉やお魚を食べる機会に恵まれたが、絶対に甘いお菓子だけは許されなかった。
ウィンストン家へ来て、私は久々に絶品だと思えるような美味しい料理やお菓子に出会えたわけだが、私の胃はすっかり1年半もの野菜生活に慣れてしまっていたようで、残念なことに、そう多くの量は摂取出来なかった。
徐々にこの食生活に慣れて来た頃ではあるが、私の体に肉がつき始めるのはもう少し先のように感じる。
「エイダン。レディの体型に物申すなんて、失礼ですわよ。」
「悪かったよ、母さん。」
「私にではなく、アイヴィに謝りなさい。」
「…悪かった。」
奥様に叱られ、罰が悪そうに謝るエイダンに私は『構わない』と一言だけ返す。
別に傷ついてなどいないし、私が細っこいのは事実だから言い返そうとも思っていない。
「流石、脳筋なエイダンだね~!女心、全然分かってない!」
「うるせぇよ。どうせお前だって、分かってないだろ。8歳の餓鬼に分かる訳もねぇ。」
「エイダンよりかは分かるもんねー!」
この場が食事の場でなければ、ベーっと舌でも出していたであろうカーシーと、そんなカーシーに対して、チッと鬱陶しそうに舌打ちをするエイダン。
どうやらこの2人、実の兄弟だというのに、馬が合わないようだ。
未だ言い争いを続ける2人を横目に、食事を進める私。
貴族の食卓にしては、随分と騒々しい。
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