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第1章

アトリエ。

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 「お義姉ちゃん、今、暇?」

 「暇…だけど…。」

 「じゃあ、僕に少し付き合ってくれない?」

 「付き合う?」


怪訝な表情を浮かべる私を、『いいから、いいから!』と言って部屋から連れ出したカーシー。


連れて行かれた先は、入ったことのない部屋だった。


初日にジェームズに屋敷内を案内してもらったけれど、この部屋は紹介されていないような…?どうだっただろうか。忘れてしまった。如何せんこの家は広すぎて、どの部屋が何処にあるのか覚えるにも一苦労なのだ。


 「此処は僕のアトリエだよ。」

 「アトリエ…?」

 「そう!実は僕、芸術家タイプの人間でね。こうして絵を書いたり…、あっ、楽器を演奏することも好きなんだよ。」

 「ふーん…。」


私は、アトリエと呼ばれるこの部屋をぐるりと見回した。


確かに、余計な物は何も置かれていない。置かれているものといえば、机と椅子と絵を書く為に必要な物…ぐらいだろうか。あとは過去に書いてきたと思われる作品が、幾つか飾られている。


嗅いだことのないようなニオイがするけれど、これは何のニオイだろうか。鼻を摘むよなニオイではないけれど、決していいニオイでもない。


 「ああ、ごめん。臭う?窓、開けよっか。」

 「…ありがとう。」

 「僕は慣れちゃったんだけど、画材のニオイなんだ。このニオイがあるから、自分の部屋ではスケッチぐらいしか出来なくて…父さんが、使ってないから此処を使うといいって言ってくれたから、お言葉に甘えさせてもらったんだ。」


カーシーが窓を開けてくれたおかげで、爽やかな空気が入ってくる。庭園のある方から運ばれてきた風なのか、少し甘い香りがする。


 「お義姉ちゃん、其処座って?」

 「え。」

 「今回のモデルは、お義姉ちゃん!任せて!僕、上手に書いてみせるから!とにかく、座って!」


カーシーに背中をぐいぐいと押され、窓際に置いてあった椅子に座らせられる。


いまいち状況が理解出来ずに困惑する私をよそに、カーシーは手を動かし始めてしまった。


何だか集中しているところに話しかけるのも気が引けた私は、黙って座っていることにしたが、時間が経つにつれて、それも辛くなってきた。この上なく、退屈だ。






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