17 / 31
1
17.黒衣の騎士2
しおりを挟む
王都まで三日の行程であるが、騎士団を二十人も連れてきたのは何も魔獣対策のためだけではなかったのだ。
その時、一人の奴隷がカームに報告を上げてきた。昨日から自分の下で働き始めたアマリスの元オルク商会の男であった。
「リン一行はどうやら町の中のどこにもいません。もしや町の外に出たのではないですか?」
カームは内心盛大な舌打ちをした。どのような情報を持っているかわからない逃亡者のことをアルテナに知られたくないのだ。
「町の外には魔獣の群れがいる。町の外に出たなら死体も残らん。もしそうなら捜索は打ち切れ」
カームが奴隷に指示を出すが、案の定アルテナは興味を示した。
「危険を承知で魔獣の群れに挑むとは何者だ?」
「金が無くなり、無銭飲食を繰り返した小市民でございます。お気になさらないように」
そうカームは言い訳をしたのだが、わずかに言い淀んだのをアルテナは見逃さなかった。
「ほう、サベンテでは奴隷を良しとせず魔獣に食われる道を選ぶ勇者がおるのか」
「いえ、所属はわかりませんが、アマリスからの旅行者でございますゆえ」
根掘り葉掘りどのような人物か聞かれたくないのでアマリスから来たことは伝えておく。何もかも秘密にするつもりはなく、情報は軽重をつけて操作しなければならないのだ。
リンはオルク商会の調査員なので、サベンテ疾患の調査をしてきていることは知っていた。
当然、元オルク商会の奴隷もそのことはよく知っているので、さっさと追い払いたかった。
ところがアルテナが奴隷を捕まえて言ったのだ。
「おぬしはそのリンという娘を知っておるのか?」
奴隷は面倒ごとを察知して「いいえ」と答えたが、アルテナは入手したばかりの剣を抜いて奴隷の前に掲げた。
「知らぬ者を追うことはできんだろ。はよう言え」
「サベンテ疾患を調べに来たオルク商会の小娘です」
奴隷の回答にアルテナは満足し、剣をおさめるとカームに向かって情報が増えてよかったなと笑った。
「さて、予定の取引も終わった。帰るとするぞ」
機嫌よく言うアルテナに、食事の用意ができたので食べていくようカームは勧めた。
しかしアルテナは「この奴隷、金五十で俺が買い取ろう。さほど賢いとも思えぬし、良い取引であろう?」と言うなり数人の騎士団員が示し合わせたように奴隷をとらえた。
カームには三度の飯より狩りが好きなのだと答え、堂々と騎士団の団員二十人に「リンという小娘」の痕跡を探すよう指示を出した。
「そのようなことは困ります」
とすがるカームに金五十を渡し、馬上に奴隷を引き上げると王都側の町の東端広場に移動した。奴隷によるとリン一行は十五歳ぐらいの男女と十歳ぐらいの娘の三人であると言う。
その程度なら捕まえようとすればすぐ捕まるはずだ。魔獣に襲われる前に「保護」しなくてはならない。
一方、やむを得ずカームはあきらめることにした。こうなればリンたちが野垂れ死んでいることを願うばかりだ。
アルテナは広場の中央で情報収集に放った騎士団の報告を待った。サベンテの行政官に追われるとはその「小娘リン」はどのような情報を掴んだのだろうか。捕まえてこのサベンテの秘密を一つでも多く開けることができるなら、王都からも一目置かれるに違いない。
そう考えるとおもわずにやけてくるのを抑えきれなかった。
「北の廃屋に立ち入った痕跡があります」
北の廃屋に馬を走らせる。通常、街中では馬に乗って走らせるのが禁止されているのだが、アルテナはそんなことは無視して走った。
「こちらです」
騎士団の一人が崩れかけた一軒家の前で手招きをしている。
「ここに新しい足跡がいくつもあります」
一軒家をすべて解体しかねない勢いで徹底的な捜索を行った。
しかし、足跡以外の痕跡は見当たらなかった。
ということは、ここからすぐに移動したのだろう。
アマリスはサベンテの西にあり、もしアマリスに帰るつもりなら西の門をくぐる必要がある。
町の周りを囲む塀は三メートルほどであり、飛び上がっても駆け上がっても、道具を使わない限りまず乗り越えることはできない。
東側はアルテナが来た方向であり、三人組の男女は見なかった。十歳の子供を含む子供たち一行など目立たないはずがない。
ところが何人かに聞いても情報が無い。いくらサベンテが閉鎖的だとは言え、王都ベルクラント騎士団に対してとぼけるだけの俳優的才能を持っているのはカームしかいない。
カームの様子から、既に始末したという可能性は低い。
ということは、カームの予想通りやはり町を出たと見て良いかもしれない。
町を出たとすると、出口は東西の二か所しかなく、当然アマリスに近い西側を目指すはずだ。
「よし、全員西側に集合せよ」
今から追っても馬でなら一時もあれば女子供の足なら追いつくだろう。
最初の野営地にすら着くことはあるまい。
西の門に総勢二十名が集まる。半数は騎馬である。
「よし、続け」
門から外に勢いよく走らせ始めたが、すぐに途中土砂崩れで道がふさがれていた。
そこで馬を降りて慎重に馬を反対側に移すことにした。
「隊長、こちらに足跡があります」
馬を移している途中で騎士の一人が報告してきた。北の山に向かって足跡は続いているという。
土砂崩れで柔らかくなっているから足跡が残っていたのだ。
「そちらは道などなく魔獣の住処。追いつかれまいとしての行動なのだろうが、なんという判断、なんという胆力。面白そうな娘ではないか」
馬は使えないので徒歩になる。
追っ手を避け、このまま道をそれたまま野営地を過ぎてインセント領レーベ方面に抜けるつもりなのだろう。インセント領アマリスよりもその方が近いのでより生存率も高くなる。
その生存率は限りなくゼロに近いが、あのサベンテ行政官のカームに捕まるぐらいならその方が良いと考えたのだろうか。
「だが、この魔獣があふれる野生地で生き残るすべはあるまい」
アルテナは残念だがあきらめてサベンテに戻ることにした。
その時、一人の奴隷がカームに報告を上げてきた。昨日から自分の下で働き始めたアマリスの元オルク商会の男であった。
「リン一行はどうやら町の中のどこにもいません。もしや町の外に出たのではないですか?」
カームは内心盛大な舌打ちをした。どのような情報を持っているかわからない逃亡者のことをアルテナに知られたくないのだ。
「町の外には魔獣の群れがいる。町の外に出たなら死体も残らん。もしそうなら捜索は打ち切れ」
カームが奴隷に指示を出すが、案の定アルテナは興味を示した。
「危険を承知で魔獣の群れに挑むとは何者だ?」
「金が無くなり、無銭飲食を繰り返した小市民でございます。お気になさらないように」
そうカームは言い訳をしたのだが、わずかに言い淀んだのをアルテナは見逃さなかった。
「ほう、サベンテでは奴隷を良しとせず魔獣に食われる道を選ぶ勇者がおるのか」
「いえ、所属はわかりませんが、アマリスからの旅行者でございますゆえ」
根掘り葉掘りどのような人物か聞かれたくないのでアマリスから来たことは伝えておく。何もかも秘密にするつもりはなく、情報は軽重をつけて操作しなければならないのだ。
リンはオルク商会の調査員なので、サベンテ疾患の調査をしてきていることは知っていた。
当然、元オルク商会の奴隷もそのことはよく知っているので、さっさと追い払いたかった。
ところがアルテナが奴隷を捕まえて言ったのだ。
「おぬしはそのリンという娘を知っておるのか?」
奴隷は面倒ごとを察知して「いいえ」と答えたが、アルテナは入手したばかりの剣を抜いて奴隷の前に掲げた。
「知らぬ者を追うことはできんだろ。はよう言え」
「サベンテ疾患を調べに来たオルク商会の小娘です」
奴隷の回答にアルテナは満足し、剣をおさめるとカームに向かって情報が増えてよかったなと笑った。
「さて、予定の取引も終わった。帰るとするぞ」
機嫌よく言うアルテナに、食事の用意ができたので食べていくようカームは勧めた。
しかしアルテナは「この奴隷、金五十で俺が買い取ろう。さほど賢いとも思えぬし、良い取引であろう?」と言うなり数人の騎士団員が示し合わせたように奴隷をとらえた。
カームには三度の飯より狩りが好きなのだと答え、堂々と騎士団の団員二十人に「リンという小娘」の痕跡を探すよう指示を出した。
「そのようなことは困ります」
とすがるカームに金五十を渡し、馬上に奴隷を引き上げると王都側の町の東端広場に移動した。奴隷によるとリン一行は十五歳ぐらいの男女と十歳ぐらいの娘の三人であると言う。
その程度なら捕まえようとすればすぐ捕まるはずだ。魔獣に襲われる前に「保護」しなくてはならない。
一方、やむを得ずカームはあきらめることにした。こうなればリンたちが野垂れ死んでいることを願うばかりだ。
アルテナは広場の中央で情報収集に放った騎士団の報告を待った。サベンテの行政官に追われるとはその「小娘リン」はどのような情報を掴んだのだろうか。捕まえてこのサベンテの秘密を一つでも多く開けることができるなら、王都からも一目置かれるに違いない。
そう考えるとおもわずにやけてくるのを抑えきれなかった。
「北の廃屋に立ち入った痕跡があります」
北の廃屋に馬を走らせる。通常、街中では馬に乗って走らせるのが禁止されているのだが、アルテナはそんなことは無視して走った。
「こちらです」
騎士団の一人が崩れかけた一軒家の前で手招きをしている。
「ここに新しい足跡がいくつもあります」
一軒家をすべて解体しかねない勢いで徹底的な捜索を行った。
しかし、足跡以外の痕跡は見当たらなかった。
ということは、ここからすぐに移動したのだろう。
アマリスはサベンテの西にあり、もしアマリスに帰るつもりなら西の門をくぐる必要がある。
町の周りを囲む塀は三メートルほどであり、飛び上がっても駆け上がっても、道具を使わない限りまず乗り越えることはできない。
東側はアルテナが来た方向であり、三人組の男女は見なかった。十歳の子供を含む子供たち一行など目立たないはずがない。
ところが何人かに聞いても情報が無い。いくらサベンテが閉鎖的だとは言え、王都ベルクラント騎士団に対してとぼけるだけの俳優的才能を持っているのはカームしかいない。
カームの様子から、既に始末したという可能性は低い。
ということは、カームの予想通りやはり町を出たと見て良いかもしれない。
町を出たとすると、出口は東西の二か所しかなく、当然アマリスに近い西側を目指すはずだ。
「よし、全員西側に集合せよ」
今から追っても馬でなら一時もあれば女子供の足なら追いつくだろう。
最初の野営地にすら着くことはあるまい。
西の門に総勢二十名が集まる。半数は騎馬である。
「よし、続け」
門から外に勢いよく走らせ始めたが、すぐに途中土砂崩れで道がふさがれていた。
そこで馬を降りて慎重に馬を反対側に移すことにした。
「隊長、こちらに足跡があります」
馬を移している途中で騎士の一人が報告してきた。北の山に向かって足跡は続いているという。
土砂崩れで柔らかくなっているから足跡が残っていたのだ。
「そちらは道などなく魔獣の住処。追いつかれまいとしての行動なのだろうが、なんという判断、なんという胆力。面白そうな娘ではないか」
馬は使えないので徒歩になる。
追っ手を避け、このまま道をそれたまま野営地を過ぎてインセント領レーベ方面に抜けるつもりなのだろう。インセント領アマリスよりもその方が近いのでより生存率も高くなる。
その生存率は限りなくゼロに近いが、あのサベンテ行政官のカームに捕まるぐらいならその方が良いと考えたのだろうか。
「だが、この魔獣があふれる野生地で生き残るすべはあるまい」
アルテナは残念だがあきらめてサベンテに戻ることにした。
0
お気に入りに追加
26
あなたにおすすめの小説
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
飯屋の娘は魔法を使いたくない?
秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。
魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。
それを見ていた貴族の青年が…。
異世界転生の話です。
のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。
※ 表紙は星影さんの作品です。
※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。
【完結】義妹とやらが現れましたが認めません。〜断罪劇の次世代たち〜
福田 杜季
ファンタジー
侯爵令嬢のセシリアのもとに、ある日突然、義妹だという少女が現れた。
彼女はメリル。父親の友人であった彼女の父が不幸に見舞われ、親族に虐げられていたところを父が引き取ったらしい。
だがこの女、セシリアの父に欲しいものを買わせまくったり、人の婚約者に媚を打ったり、夜会で非常識な言動をくり返して顰蹙を買ったりと、どうしようもない。
「お義姉さま!」 . .
「姉などと呼ばないでください、メリルさん」
しかし、今はまだ辛抱のとき。
セシリアは来たるべき時へ向け、画策する。
──これは、20年前の断罪劇の続き。
喜劇がくり返されたとき、いま一度鉄槌は振り下ろされるのだ。
※ご指摘を受けて題名を変更しました。作者の見通しが甘くてご迷惑をおかけいたします。
旧題『義妹ができましたが大嫌いです。〜断罪劇の次世代たち〜』
※初投稿です。話に粗やご都合主義的な部分があるかもしれません。生あたたかい目で見守ってください。
※本編完結済みで、毎日1話ずつ投稿していきます。
貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた
佐藤醤油
ファンタジー
貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。
僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。
魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。
言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。
この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。
小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。
------------------------------------------------------------------
お知らせ
「転生者はめぐりあう」 始めました。
------------------------------------------------------------------
注意
作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。
感想は受け付けていません。
誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。
異世界転生したらよくわからない騎士の家に生まれたので、とりあえず死なないように気をつけていたら無双してしまった件。
星の国のマジシャン
ファンタジー
引きこもりニート、40歳の俺が、皇帝に騎士として支える分家の貴族に転生。
そして魔法剣術学校の剣術科に通うことなるが、そこには波瀾万丈な物語が生まれる程の過酷な「必須科目」の数々が。
本家VS分家の「決闘」や、卒業と命を懸け必死で戦い抜く「魔物サバイバル」、さらには40年の弱男人生で味わったことのない甘酸っぱい青春群像劇やモテ期も…。
この世界を動かす、最大の敵にご注目ください!
公爵家三男に転生しましたが・・・
キルア犬
ファンタジー
前世は27歳の社会人でそこそこ恋愛なども経験済みの水嶋海が主人公ですが…
色々と本当に色々とありまして・・・
転生しました。
前世は女性でしたが異世界では男!
記憶持ち葛藤をご覧下さい。
作者は初投稿で理系人間ですので誤字脱字には寛容頂きたいとお願いします。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる