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5.洞窟での遭遇

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 早速オラレと二人で山に入ることにした。悪いがラキは留守番だ。本人は何も言わなかったが、足のマメがつぶれていたのだ。足手まといになると言うと本人が気にするので、連絡係という名目で残すことにした。
 自分もこの世界に来てだいぶ体力がついたな。本当にそう思う。そうリンはつぶやいた。リッカと話すうちに独り言も多くなった気がする。
 山の入り口で山に登る人を何人か見かけた。登山口には出店があって、そこで行きと帰りの人を待っているのだ。
 とりあえず出店の長椅子に腰を掛けて茶を飲みながら人々をさりげなく観察した。
 軽装の人がほとんどだが、結構重装備の人も何人かいる。大抵が二人組か三人組だ。
 『あれは卵探しをする人が、保温器具を偽装しているのだろう』
 またリッカが推論を述べてくる。当たっているかわからないが、新しい情報に対して推論を言うのが好きらしいリッカだ。雑学好きもその辺からきているのだろう。
 「そろそろ、行くことあるか?」
 オラレが先を急ごうとしているのを制し、その重装備の人の後をつけてみることにした。後をつけるのは、重装備を布で隠したフード姿の男だ。
 姿が見えるか見えないかの位置で山道を登り始めた。
 重装備のフードの男は相方がいてこちらも男だ。こちらはオラレがいるとはいえリンが足手まといだから山奥で争いになるのは避けたい。
 山道からそれて道なき道に入ることを確認したのち、十分な時間を置いて後をつけてみた。
 重装備でしかも今歩いたばかりなので、痕跡を見つけるのは楽だった。
 そのうち稜線を越えて下り、沢に出た。沢の幅は三メートルほどで、雪解け水が流れている。
 渡れないこともないが、足跡が川で消えている。
 「オラレ、沢の向こうに渡河した後がないか探して。私はこちら岸を見るから」
 オラレは無言でうなづくと、石を蹴って数歩で渡って行った。
 足跡がないという合図を送ってきたので探すことにした。
 上流と下流では、どちらが可能性が高いか?
 上流に行きましょう。リンがそう手で示すとオラレはわかったという合図をよこした。
 比較的上りやすい沢だが、なんとか熊とかなんとか虎が出たらぞっとする。できたらオラレと一緒に行動したいが、そうもいかない。
 しばらく上ると人の気配がした。向こう岸のオラレはリンの合図でこちらに合流をする。向こうには渡河の気配がなかったらしい。
 人の気配を伝え、さらに上っていくと先ほどの重装備の二人組とは違う少年がいた。オラレと同じぐらいの年齢で、金髪が日の光で光っている。
 少年がいたところは大きな滝の前で、滝の左右は切り立った崖になっている。かなり迂回しないとその先にはいくことができなさそうだ。
 少年はその滝の横でハンマーで石をたたいている。何かを採取しているのだろうか。金属の道具を使っているのを見るのは初めてだった。確か、かなり面倒な手続きと費用が必要だったはずである。
 少年はリンたちに気が付き、手を止めて挨拶をしてきた。
 「こんにちは。こんな山奥まで何をしに来ました?」
 「こんにちは。還元草を探して歩いているうちに迷いました」
 少年は首をひねると、そうですかと言って手招きをした。
 「それならこちらですよ。案内しましょう」
 悪意も見られないし、ここは素直に好意に甘えた方が良いかもしれない。今更ラプタの卵探しとは言えないし。
 「よろしくお願いします」
 そう言って少年のそばに行くと、なんと滝の後ろに洞窟があると指さした。
 洞窟は滝のしぶきで結構奥までじめじめとしていた。
 「こちらです」
 そう言われていつの間にかランプを手にした少年の後をついていくと、沢山の鉱石らしきものが転がっていた。青みがかったものや赤紫色っぽいものがある。ちょっと毒々しい感じであるが、ところどころに金色のものが混じっている。
 『気をつけろよ。この少年、目的が定かではない』
 すでに後悔しているんだけど。そうリンは声に出さずびくびくとオラレにぴったりついていつでも助けてもらえるようにしていた。
 少年と雑談を交わしながらゆっくりと奥に向かう。
 「そうですか、レーベの町ではなく仕事の依頼でアマリスから来ているのですね」
 話をしていないと逆に不安になるので、つい饒舌になってきてしまった。
 『今更だと思うがあまり情報を渡さない方が良いぞ』
 ため息交じりにリッカはそういうが、オラレは無口だし、不安は大きくなる一方だし。
 次第に進むと、少年は広い空間に出た。上から鍾乳石がぶら下がっていることもなく、ごく普通の空間だが、結構天井が高い。
 「この先に還元草が生えているのですが、皆が警戒をしているのでちょっと待ってくださいね」
 皆が警戒って。誰だろう?と思ったとき、広い空間の周りに沢山の光る眼があるのに気が付いた。
 思わず悲鳴を上げそうになった時、洞窟のさらに奥から悲鳴が聞こえてきた。男の声だ。
 その声に対する驚きのあまり逆に声が出なくなった。足に力が入らなくなり、地面に腰を落としてしまう。
 「おや、どうしました?」
 少年は微笑すると洞窟の壁面のくぼみに腰を掛けて頬杖をついた。よく見ると、そこは椅子のようになっている。
 奥から男が二人引きずり出されてくる。見覚えがない男たちだが、片方の男の背中にはラプタ運搬用の器具をつけられていた。彼らは声が出ないようで、パクパクと口を動かすだけだ。
 二人とも足から血が流れており、歩くことはおろか立つことも怪しい。
 洞窟の周りから次々と魔獣が出てきてあっという間にリンたちを取り囲んだ。
 『まずいぞ、逃げる隙もなければ戦えるすべもない』
 リッカが珍しく慌てている。
 ひと際大きな魔獣が雄たけびを上げた。
 連れられてきた男二人は気が遠くなったらしくぐったりとして動かない。
 オラレはリンの前に立つと持っていた木の棒を構えた。
 周りから嘲笑する声が聞こえてきた。それは雄たけびを上げた魔獣をはやし立てているかのようだ。
 「待てお前ら」
 少年が微笑したまま声を発すると、一瞬ではやし声や雄たけびが消えた。
 「おぬしら、年はいくつだ」
 静まり返った広間に少年の声が響く。魔獣が静かになったことでリンの心は少し落ち着いてきた。
 「私は15歳よ」
 「オラレ17歳」
 リン達二人が答えると、また広間に笑い声が満ちた。
 「少し黙れ」
 また少年がつぶやくと魔獣たちが静かになる。
 「まだ小童ではないか」
 その時、少年とは別の地の底から響くような声が少年の影から聞こえた。
 「レンジュよ。何か意見はあるか?」
 少年がその声に反応してそちらに声をかけた。
 「魔王の城に彷徨いこんできた愚かな小童を取り囲んで脅すなど性に合わん」
 「ほう」
 少年は目を鋭くして少し思案した。
 「したが、まだ若いからかまともに会話できる人族は珍しい。このまま帰すのは少し惜しい」
 今度は力強く張りのある高圧的な女の声である。
 「シンキよ、何か考えがあるのか?」
 少年が興味がそそられたように言うと、少年の影からすうっと女が立ち上がった。前にリッカが同じようなことをしていたので、もしかしたらリッカも魔族の一種なのだろうかと一瞬思った。
 『いや、私はお主と同じ世界から来たと言ったが』
 こんな事態になっても突っ込みを入れて、しかも的確な当たりリッカはリンのことをよく知っている。
 「まだ若い故、彼らが逃げ延びるチャンスを与えるのがよかろう。我らが利するならなお良し」
 なにやらよからぬことを思いついたらしいが、少しでもここから逃げられる可能性があるのなら乗るしかない。
 「提案を述べよ」
 「我らが行き詰っている例の件、助力させてみてはいかがかと。人族の知恵、どこまで迫ることができるか試してみるのも一興」
 「ふむ」
 少年は虚を突かれたようにその提案を聞いて考え込んだ。
 「確かに人族の知恵を拝借できぬか考えていたのは、そうだが」
 「我は反対です」
 また別の声がする。
 「フウハ、控えよ」
 その声を聴いて少年はすぐに抑える。 
 「は」
 声はすぐおとなしくなる。どうやらこの少年の影の中にかなりの「お供」がいるようだ。
 「相分かった。お主たち、そういうわけで我らの指示に従ってもらう。どちらか一人は人質で取らせてもらう。解決したら人質を解放するだけでなく褒美としてお主らの今の仕事、完遂させてやろう。どうだ、受けるか?」
 その指示とかいうものの内容も聞かず受けることはできないとも思ったが、ここで生存方法をえり好みできるわけもない。その指示もシーマやリッカに助けを求めれば何とかなるかもしれない。
 「わかったわ。どんな内容か教えて」
 リンがそういうと金色の少年は少し驚いた表情をした。
 「そうか、年下の娘の方が主とは面白い。シンキ、詳細の説明と人選を」
 少年の言葉を受けて高圧的な女の声が先を続ける。
 「説明だ。ここから東の地シュランで奇病が発生しておる。その原因を突き止めよ。我らのことは他言無用だ。他の人族に魔族のことを話すなら即座に失敗とみなす。また、我らの中から一人同行する」
 奇病の解明とか難しそうなものを持ってきた。そういえばB級依頼にサベンテ疾患があった。サベンテはここから東だからもしかして類似点があるかもしれない。
 「では人選といこう。どちらが行く?その程度は選ばせてやろう」
 無言でオラレがリンを前に押し出す。
 「勇気ある選択に敬意を」
 少年のその声と同時にオラレが氷に閉じ込められてしまった。ついで奥の二人の男たちも氷漬けになった。
 魔法!この世界に来て初めて見た物理魔法。仲間のオラレや男たちが氷の中に入って動かなくなったのに、少し感動してしまった。
 「なんだ。魔術を見るのは初めてか?人族の中でも魔術を使える者がいると聞いたが?」
 少年の疑問に答えたのはシンキだった。
 「人族の中でも魔術を使える者は隠れておりますゆえ。また魔術を使えるのは一部。我ら魔族と異なり、魔術を使用すると迫害されるとのこと。愚かな話ですな」
 嘆かわしいというように少年は首を振った。
 「シンキ、立案者はお前だ。ついていくがよい。詳細は道中にて話せ」
 「は」
 シンキと呼ばれる高圧的な声の持ち主の女の影がオラレの形に実体化した。服もオラレが着ていたそのもののように傷の一つ一つまで復元されている。
 偽のオラレは右手でがっしりとリンの額を鷲掴みにすると覗き込むようにして言った。
 「では行くとしよう。その奇病、原因を見事突き止めてみよ。期限は切らぬが、その寿命が溶ける前に頼むぞ。あと男の安否は安心せよ、きちんと元に戻ることは確認済みだ」
 なんてこった。偽オラレを連れて行くことになるとは。それよりシーマになんて説明しよう?リンは途方に暮れた。
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