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第一部 再興編
縺れた縁(1)
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「じい様は土雲の正体を見切っているのか?」
草太はかねてより考えていたことを、思い切って、口にした。
「うん?」
「オレの弟が若君の『影』として、育てられたのは、まだわかる。だが、生まれた時からご領主の若君ともあろう方が吉蛾で育てられたんだろう?嫌に用意周到だった、てな」
「……」
時苧はじっと草太の顔をみつめた。
「土雲の襲撃は突然だったと覚えているから、腑に落ちない」
草太はそのとき数えで七つ。記憶と勘違いがあやふやになっても不思議な年ではあるまい。
「ふむ」
時苧は煙管からぷかりと煙を吐き出した。
「襲われて。主君の血統を遺す為に咄嗟に子供を取り替えることは、胆力があれば出来る事だ。
だけど、生まれた時から替え玉として育て本当の若君を隠して育てる、というのは用意していないと……」
(流石、我が孫。いい着眼点じゃ)
時苧は黙って続きを促した。
草太は今までも散々考えてきたことなのだろう、淀みなく呟いていく。
……草太の中に、ある疑念が育ちつつあった。
「言い換えれば予め襲撃を察知していないと、出来ることじゃない。
過去に、なにか兆候があったのか。
それとも、どこまでやるか相手を知り抜いていたか、だ」
お互いに手の裡を知っている相手。
それが土雲を率いている人物なのかもしれない。
草太は、慎重に言葉を選んでいた。
やがて時苧はぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「もともと太郎一と小篠はお館様と奥方様の護衛というよりは、幼馴染よ」
「?」
太郎一と小篠は、草太の父母の名だ。
何を祖父は言い出すのか。
草太は固唾を飲んで聞き入った。
「小篠と奥方様は姉妹よ。血を分けた、同腹のな」
「母者と、奥方様が?」
初めて聞く話であった。
武士の家の生まれでもない自分の母と、ご領主の奥方が同腹の姉妹であったとは。
身分の低い者でも妻を何人も娶る風習である。
いかに同腹の絆が強いものであったろうか。
草太の感慨もよそに、うむ、と頷くと時苧は続けた。
「一郎太と太郎一もな」
「いちろうた」
草太は繰り返した。
これも、はじめて聞く話だが。父には二郎次と三朗三の他に兄弟がいたのか?
父と年の離れた2人の叔父達は、よく草太の面倒をみてくれた。
叔父、というより兄として親しんでいた。
「一郎太と太郎一。そして笹や殿と小篠はよく4人で城に上がって、お館さまが幼きころ、5人で遊んでおったよ」
懐かしそうな時苧の眼差し。
(笹や殿、が奥方様のお名前か)
「月日が経ち、お館様は小篠の姉、笹や殿を奥方にのぞまれてな。小篠は太郎一を選んだ」
「……」
「わしらは二組の縁組を祝福した。
一郎太も祝言が決まっておったし。
……一郎太が、何故その娘を選んだのか。
何故、奥方様と小篠が一郎太をいきなり蛇蠍のように嫌い出したのかは、誰にもわからなかったが、の」
炎に照らし出された時苧の顔に影が揺らめく。
「気づいたのは、一郎太が祝言の決まっていたおはた、というその娘を斬り殺して出奔した後じゃったよ」
それまで昔を懐かしんでいたような時苧の顔が翳った。
「!」
草太はかねてより考えていたことを、思い切って、口にした。
「うん?」
「オレの弟が若君の『影』として、育てられたのは、まだわかる。だが、生まれた時からご領主の若君ともあろう方が吉蛾で育てられたんだろう?嫌に用意周到だった、てな」
「……」
時苧はじっと草太の顔をみつめた。
「土雲の襲撃は突然だったと覚えているから、腑に落ちない」
草太はそのとき数えで七つ。記憶と勘違いがあやふやになっても不思議な年ではあるまい。
「ふむ」
時苧は煙管からぷかりと煙を吐き出した。
「襲われて。主君の血統を遺す為に咄嗟に子供を取り替えることは、胆力があれば出来る事だ。
だけど、生まれた時から替え玉として育て本当の若君を隠して育てる、というのは用意していないと……」
(流石、我が孫。いい着眼点じゃ)
時苧は黙って続きを促した。
草太は今までも散々考えてきたことなのだろう、淀みなく呟いていく。
……草太の中に、ある疑念が育ちつつあった。
「言い換えれば予め襲撃を察知していないと、出来ることじゃない。
過去に、なにか兆候があったのか。
それとも、どこまでやるか相手を知り抜いていたか、だ」
お互いに手の裡を知っている相手。
それが土雲を率いている人物なのかもしれない。
草太は、慎重に言葉を選んでいた。
やがて時苧はぽつり、ぽつりと言葉を紡いだ。
「もともと太郎一と小篠はお館様と奥方様の護衛というよりは、幼馴染よ」
「?」
太郎一と小篠は、草太の父母の名だ。
何を祖父は言い出すのか。
草太は固唾を飲んで聞き入った。
「小篠と奥方様は姉妹よ。血を分けた、同腹のな」
「母者と、奥方様が?」
初めて聞く話であった。
武士の家の生まれでもない自分の母と、ご領主の奥方が同腹の姉妹であったとは。
身分の低い者でも妻を何人も娶る風習である。
いかに同腹の絆が強いものであったろうか。
草太の感慨もよそに、うむ、と頷くと時苧は続けた。
「一郎太と太郎一もな」
「いちろうた」
草太は繰り返した。
これも、はじめて聞く話だが。父には二郎次と三朗三の他に兄弟がいたのか?
父と年の離れた2人の叔父達は、よく草太の面倒をみてくれた。
叔父、というより兄として親しんでいた。
「一郎太と太郎一。そして笹や殿と小篠はよく4人で城に上がって、お館さまが幼きころ、5人で遊んでおったよ」
懐かしそうな時苧の眼差し。
(笹や殿、が奥方様のお名前か)
「月日が経ち、お館様は小篠の姉、笹や殿を奥方にのぞまれてな。小篠は太郎一を選んだ」
「……」
「わしらは二組の縁組を祝福した。
一郎太も祝言が決まっておったし。
……一郎太が、何故その娘を選んだのか。
何故、奥方様と小篠が一郎太をいきなり蛇蠍のように嫌い出したのかは、誰にもわからなかったが、の」
炎に照らし出された時苧の顔に影が揺らめく。
「気づいたのは、一郎太が祝言の決まっていたおはた、というその娘を斬り殺して出奔した後じゃったよ」
それまで昔を懐かしんでいたような時苧の顔が翳った。
「!」
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