蒼天の城

飛島 明

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第三章 次世代編

名を継ぐ者(2)

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 ――兆候を感じたのは、半年前。

 里で薬師を営んでいるおみつと四郎夫妻宅に遊びに行った時であった。
 二人は土雲を倒したのち、真実の名を取り戻して瘤瀬衆を抜けた後、諏和賀で生活を営んでいた。

 彼ら以外にも何人かは瘤瀬衆を抜け、普通の民人としての暮らしを選んだ者も勿論、いる。
 有事の際にはその者達は民人を指揮する立場になり得る。その者達の暮らしている場所が、瘤瀬衆の諏和賀での拠点ともなりうる。以上のことを民人として暮らす際にも約束させているし、忍ぶを抜けた者達もその重要性はわかっている。

 敵国や夜盗が押し入った時のことばかりではない。災害時に指揮を執る者は必要だ。
 それ以外にも神事や祭りごと。そういった暮らしにも、忍ぶは深く携わっていた。

 それを抜かせば、時苧は彼らに瘤瀬衆としての任務を一切要求しなかった。



 本草学に詳しいおみつは薬師として諏和賀になくてはならぬ人物となっていた。四郎は治療に必要な薬草を採取しに山に入ったり、栽培したり。お互いに補い合う、よい生活を営んでいた。おみつ達は民人の暮らしを護りながらも、薬師として諏和賀の里に関わってくれていたから、諏名姫もよく遊びに行っていた。

「あら!久しぶりね!」
 おみつが諏名姫をみつけ、声をかけた。
 おみつの廻りには、男の子が纏わりついており、そして彼女のおなかはほんのりと膨らんでいた。
「姉者。ご無沙汰してしまって」
 諏名姫はすまなそうに詫びた。
「いいのよ。御用繁多なご身分だもの。
かえって、恐縮しているのよ?
ご領主の諏名姫さま御自ら、こんなあばら家にご来臨賜るなんてね!」
 おみつは冗談ぽく笑った。



 土雲衆を倒して城主におさまった菜をに、瘤瀬衆は主従の礼をもって応じた。ところが諏名姫は寂しそうな顔をすると、甘えるように呟いたのだ。
『じい様とシミ婆からお赦しが出たの、”菜を”って名乗っていいって。
だから……皆の前では『菜を』でいさせて?』

 それがどれだけ瘤瀬衆の心に光を宿したかは、菜を自身は知らない。

 身分を得たことで菜をは変ってしまうだろう、己も菜をに対する見方が変ってしまうだろうと。皆、やり場のない思いを抱いていたのだ。

 菜をは己の言葉とおり、確かに城主として在るときの菜をは『諏名姫』であった。そして瘤瀬の里では皆が心配する程、相変わらず破天候な『菜を』であった。

 そんな訳でおみつに菜をは姉として甘え、彼女も諏名姫に妹として遇し、遠慮しなかった。




「姉者のおかげで、草太兄者を呼び戻せるのよ!」
 諏名姫は嬉しそうであった。

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