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第三章 次世代編
命のみなもと(5)
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『どう?
とっかえひっかえの一人目の男よ!』
まるで新しい玩具を手に入れたかのように、浮浪者を紹介された。天真爛漫な様子の諏名姫とは裏腹に、疾風と功刀は地面に這いつくばりたくなった。
(……いくらなんでも。通常の人間を選ぶべきだ)
『お姫さん……。
頼むから男らの夢を毀さないでくれるか。
当代一の美女で。
しかも諏和賀城の領主である、あんたの口から。
”男をとっかえひっかえ”なんて聞きたくねえよ……』
勃つもんも萎えちまうだろ、と。功刀がなぜかひしゃげて呟いた。
みると疾風もますます悲しそうな顔をして、『同感……』と呟いた。
『オレもな』
その声に疾風と功刀がびくり、とし、構えをとった。
(今の声は)
大の男が二人してきょろきょろと気配を探す仕草に、諏名姫はくすり、と笑った。疾風がふと、眼の前の浮浪者の、つぶれていない方の目に眼をやった。
この瞳の色は。
『……ひょっとして、兄者なのか』
疾風がおそるおそる、目の前の浮浪者に呼びかけると、ふ、と浮浪者が唇のはしを上げた。ただ、それだけで、目の前の男の雰囲気が変貌した。
『油断は出来んが。二人をだませたのなら、合格か』
『そうね』
諏名姫と浮浪者……草太は頷きあった。
『つまりは、そういうことなの。
二人にも、他の者にも寝所には入って貰う。
だけど、草太兄者と以外はまぐわらない』
上手い手を考えたものだと二人は感心した。
子が出来れば、それでよし。
子が出来ずとも、時苧を納得させられるだろう。
二人の沈黙をどうとったのか、菜をはもじもじと呟いた。
『……申し訳ないけど、わたし。
兄者以外と、その……。
どうしても、したくない、の』
する位なら死を選ぶし、無理矢理させられたらこの邦を棄てる、と。
ほんのりと頬を染めて、眼をそらす諏名姫のなんと色っぽいことか。
『あー、犯してえ!」
功刀は陽気に叫んだ。
無論。眼の前の草太に阻んで貰えるからこそ、気軽に言えることだ。じろり、と草太が牽制の視線を功刀に送ったのはいうまでもない。
『そうだよな……。
兄者が菜をを他の男に抱かせて、この邦が無事な訳ないよな』
疾風が呆けたように呟いた。
なんせ草太の伯父は、土雲衆のあの頭領だったのだ。その伯父は、諏名姫の母と恋仲であったのを裂かれ、復讐の鬼と化した。
(灰燼に帰すなら、不幸中の幸い。諏名姫以外、誰も人の形をしてないんじゃないか)
その危惧は誇張ですらない。
『そうだな』
草太も、諏名姫への執着を自覚している。
『手に入れるまでは我慢できたかもしれない』
男は呟いた。
が。
唯一のものを手に入れた時、草太は諏名姫を手放せなくなった。
そして、何よりも諏名姫が草太だけを望んでいた。
『世界を地獄に堕としても。
来世に畜生道に堕ちようとも。
俺はコイツを手放さない』
己を狂気の咢に食い千切られない為にも。
……その言葉に諏名姫はますます赤くなった。草太はというと、またもとの浮浪者の表情に戻ってしまっている。
が、内心は草太も明後日の方角を向いており、真っ赤になっているであろうことは、二人には容易に想像が出来、ニヤニヤと笑みを交わした。
『おー、おー。お熱いこって』
疾風が言えば功刀も尻馬に載る。
『ムシも喰わねえなんとやら。馬に蹴られて……って奴だよな』
二人がお互いしか見ていないのは、わかっていた。
――だからこそ、諏名姫に草太の替わりをあてがうことに躊躇したのである。激情にかられたとはいえ、草太が出奔したことに衝撃を感じながらも、腑におちない思いを抱いたのであるから。
(道理で、草太があっさりと出奔する筈だ)と二人は納得したのだ。
本当に草太が諏和賀を。否、菜をを捨てたのであるならば、諏名姫は自国への脅威となる草太を生かしてはおかないだろう。
『そ、そういうことだから!
空蝉の術も一年くらいすれば子が出来なくっても、じい様にあきらめて貰えるわよね?』
諏名姫が慌てて言った。
『うーん。どうだろうか。
言いたくないが、じい様だしなー』
疾風が言った。
『そう、あの爺のことだからな。
当然、寝所を探ろうとするだろう』
草太が同意する。
『逆にいえば、棟梁に探って貰って。
”ヤることやってるのに、やはりダメだった”、という事実を突きつければいいんだよな』
功刀が言った。
『う……っ。
功刀、ものすごいこと言うわね』
諏名姫が真っ赤になりながら呟いた。
『オレが言うのなんて、可愛いもんだぜ?
お姫さんに”とっかえひっかえ”て言われた時は、”この世の終わりか!”と思ったぜ』
功刀がまぜっかえした。
『しかし、本当にいいのか?
この作戦は他でもない、お姫さんに疵がつくんだぜ』
功刀が一変して表情をあらためた。
真実の貞節を守る為に色々な男を寝所に入れ、挙句子供を生まれない、という女を演じるのだ。
里の女達からの風評を一気に落とすだけではない。男達からも後継ぎの為とはいえ、もうまともな女とは評価されないかもしれぬ。
下手をすると、諏名姫が君主である為の条件である絶対的な信頼が揺らぐ。彼女の治世の根幹を揺るがすことになるやもしれぬ。
『わかってるわ』
諏名姫は微笑んだ。
『君主としては失格かもしれない。
でも、わたしはこれしか考えられない。
里の者を弄した罪は他の事全てで、どんなことをしても贖っていくわ。
疾風兄者も、功刀もごめんなさい。
こんなことに巻き込んでしまって』
諏名姫に頭を下げられては二人は何も言えなかった。
草太はそんな諏名姫と二人のやりとりに、何も口をはさまさない。ただ、静かに端座しているのみ。
全く事情を知らない者がみたら激昂したかもしれぬ。
”愛する女をそこまで貶めて、なにも思わないのか!”と。
しかし、二人は草太と諏名姫の人柄を、よく知っていた。
いや、里中の民人が知っていた。
諏名姫が国を捨ててもついていく程に草太を想っていること。
一方の草太も、それこそ諏名姫を他の男に取られたら、その国ごとその男を滅ぼしかねないことを。
うんざりする程、お互いを想っていることを熟知していたのだ。
とっかえひっかえの一人目の男よ!』
まるで新しい玩具を手に入れたかのように、浮浪者を紹介された。天真爛漫な様子の諏名姫とは裏腹に、疾風と功刀は地面に這いつくばりたくなった。
(……いくらなんでも。通常の人間を選ぶべきだ)
『お姫さん……。
頼むから男らの夢を毀さないでくれるか。
当代一の美女で。
しかも諏和賀城の領主である、あんたの口から。
”男をとっかえひっかえ”なんて聞きたくねえよ……』
勃つもんも萎えちまうだろ、と。功刀がなぜかひしゃげて呟いた。
みると疾風もますます悲しそうな顔をして、『同感……』と呟いた。
『オレもな』
その声に疾風と功刀がびくり、とし、構えをとった。
(今の声は)
大の男が二人してきょろきょろと気配を探す仕草に、諏名姫はくすり、と笑った。疾風がふと、眼の前の浮浪者の、つぶれていない方の目に眼をやった。
この瞳の色は。
『……ひょっとして、兄者なのか』
疾風がおそるおそる、目の前の浮浪者に呼びかけると、ふ、と浮浪者が唇のはしを上げた。ただ、それだけで、目の前の男の雰囲気が変貌した。
『油断は出来んが。二人をだませたのなら、合格か』
『そうね』
諏名姫と浮浪者……草太は頷きあった。
『つまりは、そういうことなの。
二人にも、他の者にも寝所には入って貰う。
だけど、草太兄者と以外はまぐわらない』
上手い手を考えたものだと二人は感心した。
子が出来れば、それでよし。
子が出来ずとも、時苧を納得させられるだろう。
二人の沈黙をどうとったのか、菜をはもじもじと呟いた。
『……申し訳ないけど、わたし。
兄者以外と、その……。
どうしても、したくない、の』
する位なら死を選ぶし、無理矢理させられたらこの邦を棄てる、と。
ほんのりと頬を染めて、眼をそらす諏名姫のなんと色っぽいことか。
『あー、犯してえ!」
功刀は陽気に叫んだ。
無論。眼の前の草太に阻んで貰えるからこそ、気軽に言えることだ。じろり、と草太が牽制の視線を功刀に送ったのはいうまでもない。
『そうだよな……。
兄者が菜をを他の男に抱かせて、この邦が無事な訳ないよな』
疾風が呆けたように呟いた。
なんせ草太の伯父は、土雲衆のあの頭領だったのだ。その伯父は、諏名姫の母と恋仲であったのを裂かれ、復讐の鬼と化した。
(灰燼に帰すなら、不幸中の幸い。諏名姫以外、誰も人の形をしてないんじゃないか)
その危惧は誇張ですらない。
『そうだな』
草太も、諏名姫への執着を自覚している。
『手に入れるまでは我慢できたかもしれない』
男は呟いた。
が。
唯一のものを手に入れた時、草太は諏名姫を手放せなくなった。
そして、何よりも諏名姫が草太だけを望んでいた。
『世界を地獄に堕としても。
来世に畜生道に堕ちようとも。
俺はコイツを手放さない』
己を狂気の咢に食い千切られない為にも。
……その言葉に諏名姫はますます赤くなった。草太はというと、またもとの浮浪者の表情に戻ってしまっている。
が、内心は草太も明後日の方角を向いており、真っ赤になっているであろうことは、二人には容易に想像が出来、ニヤニヤと笑みを交わした。
『おー、おー。お熱いこって』
疾風が言えば功刀も尻馬に載る。
『ムシも喰わねえなんとやら。馬に蹴られて……って奴だよな』
二人がお互いしか見ていないのは、わかっていた。
――だからこそ、諏名姫に草太の替わりをあてがうことに躊躇したのである。激情にかられたとはいえ、草太が出奔したことに衝撃を感じながらも、腑におちない思いを抱いたのであるから。
(道理で、草太があっさりと出奔する筈だ)と二人は納得したのだ。
本当に草太が諏和賀を。否、菜をを捨てたのであるならば、諏名姫は自国への脅威となる草太を生かしてはおかないだろう。
『そ、そういうことだから!
空蝉の術も一年くらいすれば子が出来なくっても、じい様にあきらめて貰えるわよね?』
諏名姫が慌てて言った。
『うーん。どうだろうか。
言いたくないが、じい様だしなー』
疾風が言った。
『そう、あの爺のことだからな。
当然、寝所を探ろうとするだろう』
草太が同意する。
『逆にいえば、棟梁に探って貰って。
”ヤることやってるのに、やはりダメだった”、という事実を突きつければいいんだよな』
功刀が言った。
『う……っ。
功刀、ものすごいこと言うわね』
諏名姫が真っ赤になりながら呟いた。
『オレが言うのなんて、可愛いもんだぜ?
お姫さんに”とっかえひっかえ”て言われた時は、”この世の終わりか!”と思ったぜ』
功刀がまぜっかえした。
『しかし、本当にいいのか?
この作戦は他でもない、お姫さんに疵がつくんだぜ』
功刀が一変して表情をあらためた。
真実の貞節を守る為に色々な男を寝所に入れ、挙句子供を生まれない、という女を演じるのだ。
里の女達からの風評を一気に落とすだけではない。男達からも後継ぎの為とはいえ、もうまともな女とは評価されないかもしれぬ。
下手をすると、諏名姫が君主である為の条件である絶対的な信頼が揺らぐ。彼女の治世の根幹を揺るがすことになるやもしれぬ。
『わかってるわ』
諏名姫は微笑んだ。
『君主としては失格かもしれない。
でも、わたしはこれしか考えられない。
里の者を弄した罪は他の事全てで、どんなことをしても贖っていくわ。
疾風兄者も、功刀もごめんなさい。
こんなことに巻き込んでしまって』
諏名姫に頭を下げられては二人は何も言えなかった。
草太はそんな諏名姫と二人のやりとりに、何も口をはさまさない。ただ、静かに端座しているのみ。
全く事情を知らない者がみたら激昂したかもしれぬ。
”愛する女をそこまで貶めて、なにも思わないのか!”と。
しかし、二人は草太と諏名姫の人柄を、よく知っていた。
いや、里中の民人が知っていた。
諏名姫が国を捨ててもついていく程に草太を想っていること。
一方の草太も、それこそ諏名姫を他の男に取られたら、その国ごとその男を滅ぼしかねないことを。
うんざりする程、お互いを想っていることを熟知していたのだ。
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