蒼天の城

飛島 明

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第二部 探索編~子安

御前会議にて

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 脅威を取り除いた後、瘤瀬衆は民人に混じって国土の復興を始めた。

 が、人も増え軌道に乗り始めると、眼を逸らしていた問題が立ち上ってくる。瘤瀬の長・時苧と次期棟梁の草太は、新たな脅威に備える為にも、綻びた『糸』を紡ぎなおす事を考え始めた。
(このくにを護らねば……!)
 二人の心には熱い感情が渦巻いていた。

 同時に草太は、鷲のように翼を広げてかつての祖父のように諸国を検分して回りたいと思っていた。
「旅に出る」
 翌日、草太がかねてより念頭においていた計画を口にした時、諏名姫の貌が強張った。
「兄者……、そんなっ急に!」
 オロオロとした声が、己が口を滑り出したのを聞いた。

 草太は菜をや瘤瀬衆の前では、余計な言葉は口にしない。諏名姫の蒼白な顔には気付かず、続けた。
「急ではない。いずれ土雲を倒した時には、とかねてから考えてはいた。井の中の蛙になる気はないからな。我らを取り巻いているつ邦々を見聞してくる」

「……」
 では兄は。
 この邦を、わたしを見捨てる訳ではないのだ。
 菜をはぼんやりと思った。
 ――それでも。
 半身がちぎれるような寂しさと足元の地面がなくなるような不安定さは、どうしたらよいのか。

「後の事は疾風にまかせておく」
 草太はようやく菜をの表情に気がつき、付け足した。
「どうした」
「いえ……」
 問われて、なんとか口にした。

 
(覚悟はしていた。土雲衆を倒して諏和賀を取り戻せば、もう兄者をここに縛るものはなにもない)
 自分の為に、兄は最愛の恋人を斬殺したのだ。
 恋人の墓は恋しかろうとも、彼女を弑す起因となった己の顔など見るのも厭で当然だ。
 ――いずれ、兄者はしがらみから放たれてこの邦から出て行く――。
 だが、こんなに早く。
 いざ言われると、兄に縋ってしまいたくなる己がいた。

「諏和賀にいながらにして、諸国の事情がわかるように草を放っておくことを考えていた。以前、爺さまが諸国に張り巡らせていた”蜘蛛の糸”を張り直す」
「…………」
 兄たちは、諏和賀を取り戻す事を夢見ながらも、その先を考えていたのだ。
 己の領主としての小ささに、諏名姫は愧じた。
 娘の葛藤など知らぬげに、草太は計画を話していく。

「瘤瀬の者は諏和賀の警護にあたっているし。いざ、事がある時に瘤瀬衆が諏和賀城におらねば、話にならないし。それでは、とてもではないが”草”には足らぬからな」

 諏和賀の為に働く間者を、現地で見繕うという。

「兄者……戻ってくるの?」
 菜をは思わず、縋るような瞳で草太を見上げた。草太は、菜をが怯えていることなど気付く余裕はなかった。
「ああ。一つの邦を探索するのに三旬を目途にして、ま、ちょこちょことな。途中、連絡がつくように脚の早いヤツと氷雨を連れて行く」

 氷雨とは、阿賀の育てた長距離連絡用の鷹である。阿蛾以外、誰にもなつかぬ鳥であったが草太には一目おいているような賢さを持っていた。

 ふと。
「お前、オレが戻らぬとでも思っていたのか?」
 草太は菜をに訊ねた。
「……うん……」
 兄にずばりと言い当てられて、菜をは俯いた。
「なぜ」
 草太はなおも切り込む。

「だって……ここには、もう兄者を縛るものはないでしょう」
 草太が気を付けておかねば、聞き逃してしまうような小さな声だった。
「縛る?」
 男が、俯いた菜をの貌を下から覗き込む。草太の湖のような黒々とした深い色の眸が、悲しく沈んだ菜をの瞳をみつめる。

「ここは兄者にとって、悲しい土地でしかないでしょう」
「なんだ、そんなことか」
 ようやく、小さな声で菜をは呟いたのに、草太は珍しく白い歯を見せて笑った。

「そうでもないさ。ここはオレの生まれ育った土地でもあるし、愛したヤツらが眠っている土地でもある」
「…………」
 菜をが草太を見つめていると、草太が俯いていた彼女の顎に手を添え、くい、と挙げさせた。
 瞳と瞳を合わせてくる。

「土地はまだ痩せているが、人は優しく逞しい。縛られている訳じゃない、オレが一生をかけて護りたい土地でもあるんだ。オレはお前がここにある限り、お前とこの土地を全力で護る。お前がいる場所が、オレが護る場所なんだ」
 勁い瞳に偽りはなく。
「兄者……」
 菜をは涙で潤んだ眸で草太を見上げた。
「それに」
 草太は目をそらしたので、菜をは首を傾げた。
「?」

 ”もう、護りきれなくて愛している者を死なせたくない”。
 草太は己がうっかり口走りそうになり、慌てて口を噤んだのである。



 御前会議であったのに、二人の世界に入ってしまった草太と諏名姫。二人を見て、時苧以下の者達はにやにやと見守っていた。
(これだけ熱烈な言葉を吐いてて。吐いた人間も、吐かれた人間も”求愛しておりませんし、されてもおりません!”てのが信じられん)

 ……とは。その場にいた誰しもがみな、思っていたかもしれない。

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