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アフター編
34.決戦前日
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「最近園部が気味悪くてさぁ…」
居酒屋で笹塚がぼやく。それはいつも行く会社近くの居酒屋ではない。電車に乗って一時間。悠真君の家と私の実家の間にあるお店に私達はいた。
メンバーは私と笹塚、そして悠真君。そう、私は初めて、悠真君と酒を交わしているのである。
考えるまでもなく彼と私は同い年。酒を飲んでも何らおかしくないのだ。だけど、私達はずっと悠真君のお母さんお手製ケーキとお菓子、紅茶しか口にしてなかった。
ちびちびと日本酒を口にする悠真君は何だか意外なような、不思議なような。こう、成人したての息子と初めて酒を交わす親のような、複雑な気持ちにかられる。
「気味が悪い? 会社では普通に見えるけど」
「まさか。喫煙室だの食堂だのって場所が変わるとひでえよ。仕事はちゃんとしてるから文句も言えないけど、高畠の生温い目とかスゴイ。課長もなんかアイツの頭はおかしくなったのかってブツブツ言ってたし」
おかしい……。確かに、言われてみれば最近の園部さんはちょっと変だなーとは思ってた。
トイレから出てくる所を見かけた時、なんかステップ踏んで歩いてたし。玄関で見つけた時はくるくるっとターンして軽やかに自販機のボタン押してたし。
あの時は社交ダンスでも始めたのかなと思っていたけど、成程。純粋に浮かれていたのか。
水沢はあまり園部さんとつきあってる時の話をしない。でも何も言わないという事は上手くいってるという事なのだろうと結論付けて、あまり根掘り葉掘りは聞いていない。彼女はキャラ的にものろける感じには見えないし。
「ふふ、幸せなんだねぇ園部さんは。本当に良かったね」
「本人は良いかもしれないが、俺にとっては鬱陶しい事この上ない。あの、俺達の詳細を聞いて的なチラ見がまじウゼェ……」
笹塚がそこまで言うなんて珍しい。よっぽどなのだろう。
しかし悠真君はにこにこと笑って、こくりと日本酒を口にした。
「笹塚さんも実は、由里ちゃんとつきあいたてはそうだったのかもしれないよ?」
「ない、絶対ない。俺はあいつ程じゃない」
「そうだよ悠真君。浩太さんは園部さんみたいにクルクルターンもしなかったし、3拍子のステップ踏みながらトイレから出てきたりもしなかったよ」
「あはははっ! 園部さんも面白い人だね~。水沢さんと付き合えたのがよっぽど嬉しかったんだね」
笑う悠真君に、呆れた顔をして「そんな事してたのか?」と言いつつビールを飲む笹塚。コリコリと鶏なんこつを食べて園部さんの話をする私。
和やかな雰囲気。友達や恋人とお酒を飲むっていうのは、会社の飲み会とはまた違うんだなぁと改めて思う。
そんな風に楽しく会話をしつつ、ふと「そういえば」と悠真君が顔を上げた。
「笹塚さんは今夜、由里ちゃんちに泊まるんだって?」
「そうなんだよ。……本当にいいのかな。俺すげー不安なんだけど」
「大丈夫だよ。向こうが言ってきたんだよ? 悠真君と飲んでおいでって。挨拶は明日でいいからって」
そうなのだ。どうしてこんな場所で酒を飲んでるかというと、そもそもは悠真君へのお礼も兼ねて飲みに行こうって話をしていたのである。
しかし丁度その頃、いつお互いの両親に挨拶へ行こう? という相談もしていていた。
母さんと、電話でこの話をしたら「じゃあ悠真君と飲んでからうちに来たらいいじゃないと言ってきたのだ。
流石にお酒も飲むし、初めて伺う家で宿泊だなんて、笹塚は気使うだろうし……と、やんわり断ったのだが、うちの母さんはそれくらいで自分の意見を曲げる人ではなかった。
「将来家族になる人なんでしょ? じゃあ飲んで来るくらいいいじゃない。決定! じゃあまたねぇ~! あ、依子依子! 来週、由里が捕まえた奇跡の男がくるわよ! ねぇねぇ服どうしよ、買っちゃおうかしら。やだわ母さん興奮してきちゃった!あ、道真さ~ん、前に言ってた干物の箱……」
そこでプツッと通話を切られる。
ツーツーと鳴る悲しい電話の音を聞きながら私は呆然とした。でもこの話を笹塚にしたら、彼はもっと呆然としていた。
「え……そんなノリでいいのか? お前んち……」
随分軽いんだなとブツブツ言いながら、それでも向こうがそう言ってきたなら断るわけにもいかず、笹塚は急遽お土産を用意し、こうやってお泊りセットも込みで一緒に来たのだ。
不安もあるけど、考えてみれば、それも良かったのかもしれない。母さんはあのノリだし、父さんは田んぼの世話してくれる男手が増えたとほくそ笑むだろうし、「娘はわたさーん!」なんて言っちゃいそうな父親では全く無いし、義兄さんはぽややん癒し系だし、姉ちゃんはむしろ「妹を、妹をよろしくお願いします。お世話かけます。ゲームばっかりしてる子だけどいい所も一応あるんです!」と懇願しそうだし、同居してるおじいちゃんとおばあちゃんも穏やかな人達だし。
……何だろう。全く何の問題もないのか、うちの家。
むしろ私にとっての問題は笹塚の実家である。だけど今からそんな事心配してても仕方が無いし、とりあえず今は明日の挨拶を成功させなければと、それだけだ。
「あはは、由里ちゃんちのお母さんなら確かに言いそうだね。すっごくノリが軽い人だから」
「そうなんだよねぇ。あの人誰に対してもオープンだから、浩太さんにベタベタ触りそうで嫌だなぁ」
「それは困っちゃうね。でも、由里ちゃんのお母さんは僕にもベタベタしてたから気にしなくていいと思うよ?」
「悠真にもしてたのかよ……」
「うんー。かわいいかわいい~!由里より可愛い息子ってありえない~!ほらほら、みかん食べて、りんごあるわよ!って。僕何時の間にかあの人の息子になってるみたい」
クスクスと笑う悠真君。恥ずかしい……あの母さんが恥ずかしい……。ちなみにあの人はジャニーズも好きだ。テレビ見て目当てのジャニーズが出るといつもキャアキャア言っている。恥ずかしい。
ちなみに姉さんの夫である義兄、道真さんに対しても同居したてはこんな調子だった。若いわねぇ、若い男っていいわねぇって毎日のように言っていて、姉ちゃんが「母さんの近くに道真さん置いとくと、若さが吸い取られる!」と必死になって遠ざけようとしていた。今はさすがに落ち着いてるけど。
「ま、逆にそこまで言われると少し気楽になれるかな。厳格な人よりはずっとマシなんだろうし」
「そうだね。うちの家族は厳格という言葉から180度かけ離れてるから……」
はふ、と溜息をつく。
とにかくこの話は私が恥ずかしくなるだけだからそろそろやめて頂きたい。私は無理矢理ゲームの話に話題転換させ、残りの飲み時間は三人で酒と趣味の話に花を咲かせた。
悠真君と一緒に居酒屋で過ごした後、夜半11時頃。私は笹塚を連れて実家へと帰った。
いつも騒がしいこの家も、さすがに夜中は静かである。皆寝てるかな、と思いながら玄関のチャイムを鳴らすと、姉ちゃんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。はじめまして、笹塚さん。由里の姉の依子と申します。玄関先で挨拶してしまって、ごめんなさいね」
「こちらこそ夜分にすみません。初めまして、笹塚浩太です。今日はお世話になります」
「いいえ、母が無理を言ってしまって、すみませんでした。もう今日は遅いから。ゆっくり寝てくださいね。由里、客間に案内してあげて。お布団とかは用意してあるから」
「……客間。客間って、あの物置?」
私の実家は割と年季の入った建物なのだが、それが理由かはわからないけど客間がある。いや、あった。
物心つく頃にはすでに壊れたストーブだの重いだけでそんなにモノが入るわけでもないでかいタンスだの、化けて出てきそうな程古めかしい日本人形だのなんかが無造作に放り込まれていたのだ。
すると姉ちゃんが軽く私を小突いて「しっ」と指を唇に当てる。
「昨日大掃除したのよっ! だから今は立派な客間なの」
「あぁ、とうとう、捨てたんだ。あの人形とかストーブとか」
「あの母さんが捨てるわけないでしょ。全部納戸に押し込んだのよ。全く、父さんは途中で逃げるし、母さんは買い物にいっちゃうし。結局私と道真さんと二人で何とかしたのよ! おかげで道真さん、へとへとだったんだから!」
片付けしてた時を思い出したのか、姉ちゃんが怒り出す。それは大変だっただろうな。すまない、姉よ。
うちの母さんは壊れて絶対100%使えないと判っていても、とにかく後生大事に何でも置いとく悪癖がある。
そして時折思い出したように壊れたものが復活したりして、その度にドヤ顔で「ほら!取っといて正解だったでしょ!」とか言うのが非常に腹が立つ。
……話がそれた。笹塚が立ちぼうけだ。
「ご、ごめん浩太さん。じゃあ案内するから、行こ? 姉ちゃん、ありがとうね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。笹塚さんもおやすみなさい」
「おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げる笹塚に、姉ちゃんはにっこりと笑って奥に歩いて行った。
客間と私の部屋は二階だ。なので笹塚を連れて階段を登る。
「なんつうか……お前の姉さんって、できた人だよな」
「え! そ、そう? ……私にとっては口やかましくて、帰るたびに説教する人なんだけどな」
「それはお前が心配だからだよ。しっかりしてて、いつも笑ってて。俺にはちょっと羨ましい位だ」
羨ましい? 階段を上がった所でキョトンと笹塚に振り返ると、彼は困ったように頭を掻いて笑った。
「俺にも姉がいるんだ。挨拶するから近いうち、由里も会うだろうけどな」
「お姉さん? そうなんだ。浩太さんのお姉さんだと、きっとすごく綺麗なんだろうねぇ」
「どうだろう。顔がよくても性格が悪かったら話にならないと思うんだが」
ブツブツとごちる。そんなにヒドイお姉さんなんだろうか。そんな事もチラッと思ったけど、とりあえず今日は遅い。明日はうちの親に挨拶するのもあるのだし、笹塚にはゆっくり寝てもらわねば。
カチャリとドアノブの音を立てて物置……もとい、客間の扉を開ける。中は本当に見違えるほど綺麗になっていて、広々とした和室になっていた。
真ん中には布団が敷いてある。カチカチと照明のヒモを引っ張って電気をつけると、笹塚に中へ入るよう促した。
「まぁ、寝るだけだし、足りないものはないよね?」
「ああ。すまんな、ここまでしてもらって」
「そうだねぇ、姉ちゃんはまだしも道真さんにはお礼言っておかないとね」
そして軽く明日の打ち合わせをして、おやすみなさいのキスをしてから部屋を出る。
長年過ごしたこの家に笹塚が泊まる……。その事を考えると、本当にこの人は家族になるんだなぁと思って、心の中にこみ上げる嬉しさが、止まらなかった。
居酒屋で笹塚がぼやく。それはいつも行く会社近くの居酒屋ではない。電車に乗って一時間。悠真君の家と私の実家の間にあるお店に私達はいた。
メンバーは私と笹塚、そして悠真君。そう、私は初めて、悠真君と酒を交わしているのである。
考えるまでもなく彼と私は同い年。酒を飲んでも何らおかしくないのだ。だけど、私達はずっと悠真君のお母さんお手製ケーキとお菓子、紅茶しか口にしてなかった。
ちびちびと日本酒を口にする悠真君は何だか意外なような、不思議なような。こう、成人したての息子と初めて酒を交わす親のような、複雑な気持ちにかられる。
「気味が悪い? 会社では普通に見えるけど」
「まさか。喫煙室だの食堂だのって場所が変わるとひでえよ。仕事はちゃんとしてるから文句も言えないけど、高畠の生温い目とかスゴイ。課長もなんかアイツの頭はおかしくなったのかってブツブツ言ってたし」
おかしい……。確かに、言われてみれば最近の園部さんはちょっと変だなーとは思ってた。
トイレから出てくる所を見かけた時、なんかステップ踏んで歩いてたし。玄関で見つけた時はくるくるっとターンして軽やかに自販機のボタン押してたし。
あの時は社交ダンスでも始めたのかなと思っていたけど、成程。純粋に浮かれていたのか。
水沢はあまり園部さんとつきあってる時の話をしない。でも何も言わないという事は上手くいってるという事なのだろうと結論付けて、あまり根掘り葉掘りは聞いていない。彼女はキャラ的にものろける感じには見えないし。
「ふふ、幸せなんだねぇ園部さんは。本当に良かったね」
「本人は良いかもしれないが、俺にとっては鬱陶しい事この上ない。あの、俺達の詳細を聞いて的なチラ見がまじウゼェ……」
笹塚がそこまで言うなんて珍しい。よっぽどなのだろう。
しかし悠真君はにこにこと笑って、こくりと日本酒を口にした。
「笹塚さんも実は、由里ちゃんとつきあいたてはそうだったのかもしれないよ?」
「ない、絶対ない。俺はあいつ程じゃない」
「そうだよ悠真君。浩太さんは園部さんみたいにクルクルターンもしなかったし、3拍子のステップ踏みながらトイレから出てきたりもしなかったよ」
「あはははっ! 園部さんも面白い人だね~。水沢さんと付き合えたのがよっぽど嬉しかったんだね」
笑う悠真君に、呆れた顔をして「そんな事してたのか?」と言いつつビールを飲む笹塚。コリコリと鶏なんこつを食べて園部さんの話をする私。
和やかな雰囲気。友達や恋人とお酒を飲むっていうのは、会社の飲み会とはまた違うんだなぁと改めて思う。
そんな風に楽しく会話をしつつ、ふと「そういえば」と悠真君が顔を上げた。
「笹塚さんは今夜、由里ちゃんちに泊まるんだって?」
「そうなんだよ。……本当にいいのかな。俺すげー不安なんだけど」
「大丈夫だよ。向こうが言ってきたんだよ? 悠真君と飲んでおいでって。挨拶は明日でいいからって」
そうなのだ。どうしてこんな場所で酒を飲んでるかというと、そもそもは悠真君へのお礼も兼ねて飲みに行こうって話をしていたのである。
しかし丁度その頃、いつお互いの両親に挨拶へ行こう? という相談もしていていた。
母さんと、電話でこの話をしたら「じゃあ悠真君と飲んでからうちに来たらいいじゃないと言ってきたのだ。
流石にお酒も飲むし、初めて伺う家で宿泊だなんて、笹塚は気使うだろうし……と、やんわり断ったのだが、うちの母さんはそれくらいで自分の意見を曲げる人ではなかった。
「将来家族になる人なんでしょ? じゃあ飲んで来るくらいいいじゃない。決定! じゃあまたねぇ~! あ、依子依子! 来週、由里が捕まえた奇跡の男がくるわよ! ねぇねぇ服どうしよ、買っちゃおうかしら。やだわ母さん興奮してきちゃった!あ、道真さ~ん、前に言ってた干物の箱……」
そこでプツッと通話を切られる。
ツーツーと鳴る悲しい電話の音を聞きながら私は呆然とした。でもこの話を笹塚にしたら、彼はもっと呆然としていた。
「え……そんなノリでいいのか? お前んち……」
随分軽いんだなとブツブツ言いながら、それでも向こうがそう言ってきたなら断るわけにもいかず、笹塚は急遽お土産を用意し、こうやってお泊りセットも込みで一緒に来たのだ。
不安もあるけど、考えてみれば、それも良かったのかもしれない。母さんはあのノリだし、父さんは田んぼの世話してくれる男手が増えたとほくそ笑むだろうし、「娘はわたさーん!」なんて言っちゃいそうな父親では全く無いし、義兄さんはぽややん癒し系だし、姉ちゃんはむしろ「妹を、妹をよろしくお願いします。お世話かけます。ゲームばっかりしてる子だけどいい所も一応あるんです!」と懇願しそうだし、同居してるおじいちゃんとおばあちゃんも穏やかな人達だし。
……何だろう。全く何の問題もないのか、うちの家。
むしろ私にとっての問題は笹塚の実家である。だけど今からそんな事心配してても仕方が無いし、とりあえず今は明日の挨拶を成功させなければと、それだけだ。
「あはは、由里ちゃんちのお母さんなら確かに言いそうだね。すっごくノリが軽い人だから」
「そうなんだよねぇ。あの人誰に対してもオープンだから、浩太さんにベタベタ触りそうで嫌だなぁ」
「それは困っちゃうね。でも、由里ちゃんのお母さんは僕にもベタベタしてたから気にしなくていいと思うよ?」
「悠真にもしてたのかよ……」
「うんー。かわいいかわいい~!由里より可愛い息子ってありえない~!ほらほら、みかん食べて、りんごあるわよ!って。僕何時の間にかあの人の息子になってるみたい」
クスクスと笑う悠真君。恥ずかしい……あの母さんが恥ずかしい……。ちなみにあの人はジャニーズも好きだ。テレビ見て目当てのジャニーズが出るといつもキャアキャア言っている。恥ずかしい。
ちなみに姉さんの夫である義兄、道真さんに対しても同居したてはこんな調子だった。若いわねぇ、若い男っていいわねぇって毎日のように言っていて、姉ちゃんが「母さんの近くに道真さん置いとくと、若さが吸い取られる!」と必死になって遠ざけようとしていた。今はさすがに落ち着いてるけど。
「ま、逆にそこまで言われると少し気楽になれるかな。厳格な人よりはずっとマシなんだろうし」
「そうだね。うちの家族は厳格という言葉から180度かけ離れてるから……」
はふ、と溜息をつく。
とにかくこの話は私が恥ずかしくなるだけだからそろそろやめて頂きたい。私は無理矢理ゲームの話に話題転換させ、残りの飲み時間は三人で酒と趣味の話に花を咲かせた。
悠真君と一緒に居酒屋で過ごした後、夜半11時頃。私は笹塚を連れて実家へと帰った。
いつも騒がしいこの家も、さすがに夜中は静かである。皆寝てるかな、と思いながら玄関のチャイムを鳴らすと、姉ちゃんが出迎えてくれた。
「いらっしゃい。はじめまして、笹塚さん。由里の姉の依子と申します。玄関先で挨拶してしまって、ごめんなさいね」
「こちらこそ夜分にすみません。初めまして、笹塚浩太です。今日はお世話になります」
「いいえ、母が無理を言ってしまって、すみませんでした。もう今日は遅いから。ゆっくり寝てくださいね。由里、客間に案内してあげて。お布団とかは用意してあるから」
「……客間。客間って、あの物置?」
私の実家は割と年季の入った建物なのだが、それが理由かはわからないけど客間がある。いや、あった。
物心つく頃にはすでに壊れたストーブだの重いだけでそんなにモノが入るわけでもないでかいタンスだの、化けて出てきそうな程古めかしい日本人形だのなんかが無造作に放り込まれていたのだ。
すると姉ちゃんが軽く私を小突いて「しっ」と指を唇に当てる。
「昨日大掃除したのよっ! だから今は立派な客間なの」
「あぁ、とうとう、捨てたんだ。あの人形とかストーブとか」
「あの母さんが捨てるわけないでしょ。全部納戸に押し込んだのよ。全く、父さんは途中で逃げるし、母さんは買い物にいっちゃうし。結局私と道真さんと二人で何とかしたのよ! おかげで道真さん、へとへとだったんだから!」
片付けしてた時を思い出したのか、姉ちゃんが怒り出す。それは大変だっただろうな。すまない、姉よ。
うちの母さんは壊れて絶対100%使えないと判っていても、とにかく後生大事に何でも置いとく悪癖がある。
そして時折思い出したように壊れたものが復活したりして、その度にドヤ顔で「ほら!取っといて正解だったでしょ!」とか言うのが非常に腹が立つ。
……話がそれた。笹塚が立ちぼうけだ。
「ご、ごめん浩太さん。じゃあ案内するから、行こ? 姉ちゃん、ありがとうね。おやすみ」
「はい、おやすみなさい。笹塚さんもおやすみなさい」
「おやすみなさい」
ぺこりと頭を下げる笹塚に、姉ちゃんはにっこりと笑って奥に歩いて行った。
客間と私の部屋は二階だ。なので笹塚を連れて階段を登る。
「なんつうか……お前の姉さんって、できた人だよな」
「え! そ、そう? ……私にとっては口やかましくて、帰るたびに説教する人なんだけどな」
「それはお前が心配だからだよ。しっかりしてて、いつも笑ってて。俺にはちょっと羨ましい位だ」
羨ましい? 階段を上がった所でキョトンと笹塚に振り返ると、彼は困ったように頭を掻いて笑った。
「俺にも姉がいるんだ。挨拶するから近いうち、由里も会うだろうけどな」
「お姉さん? そうなんだ。浩太さんのお姉さんだと、きっとすごく綺麗なんだろうねぇ」
「どうだろう。顔がよくても性格が悪かったら話にならないと思うんだが」
ブツブツとごちる。そんなにヒドイお姉さんなんだろうか。そんな事もチラッと思ったけど、とりあえず今日は遅い。明日はうちの親に挨拶するのもあるのだし、笹塚にはゆっくり寝てもらわねば。
カチャリとドアノブの音を立てて物置……もとい、客間の扉を開ける。中は本当に見違えるほど綺麗になっていて、広々とした和室になっていた。
真ん中には布団が敷いてある。カチカチと照明のヒモを引っ張って電気をつけると、笹塚に中へ入るよう促した。
「まぁ、寝るだけだし、足りないものはないよね?」
「ああ。すまんな、ここまでしてもらって」
「そうだねぇ、姉ちゃんはまだしも道真さんにはお礼言っておかないとね」
そして軽く明日の打ち合わせをして、おやすみなさいのキスをしてから部屋を出る。
長年過ごしたこの家に笹塚が泊まる……。その事を考えると、本当にこの人は家族になるんだなぁと思って、心の中にこみ上げる嬉しさが、止まらなかった。
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