逃げるオタク、恋するリア充

桔梗楓

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アフター編

29.笹塚のおねだり

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 指輪ケースが入った小さな紙袋を手に持ち、宝飾品店を出る。
 エスカレーターに乗ってスポーツ用品店に向かいながら、私は不満げにブツブツと呟いていた。

「うーん、指輪は嬉しかったけど。今日は浩太さんの日って決めたのに、私何も買えてない……」
「買ってくれただろ。映画チケットとか」
「あんなの数千円の世界じゃない! あとラーメンとポップコーン……全部合わせても一万円もしないよ!」
「大事なのは値段じゃないと思うんだが。あ、じゃあ、1つ買って欲しいものがある」

 ふと思いついたように笹塚がぴん、と人差し指を立て、私は欲しかった言葉にきらりと振り向いた。

「それだ! 何だ! 何でもいいよ! 思いっきり私におねだりするといい!」
「おねだり……」

 エスカレーターから降りて、笹塚がくっくっと肩を震わせる。
 そして私の手を握ると、何故かエレベータに向かった。ここは6階、スポーツ用品店である。

「ん、どこいくの? スポーツ用品で欲しいものがあるんじゃないの?」
「違う違う。1階に戻るぞ」

 何だかデパートの中をぐるぐる回ってる気がする。
 1階って、何が売ってたっけ。確かブランド店がいくつかと、化粧品だったはず。
 もしかしてブランドで欲しいものがあるのかな?
 おとなしく笹塚についていくと、彼が足を止めたのは化粧品売り場の一角、香水を取り扱っている所だった。

「ここ?」
「そう。んーと、あるかな? あった」

 笹塚には目的の香水があったらしく、サンプルの小瓶を手に取るとキュッと音を立ててフタを開け、私に渡してきた。
 くんくん、と嗅いでみる。

「んん? あ、これ。浩太さんがいつもつけてる香水?」
「そう。俺、これが好きで、学生のころからずっとつけてるんだ」

 大学生の分際から香水使ってただと。やっぱり笹塚は腹が立つほどオサレな男だった。彼はサンプルのスポイドを使って軽く香水を吸わせると、私の手首を取る。
 そして軽くちょん、とそこにつけてくれた。
 途端に綺麗な匂いが私を包む。何だか笹塚の胸の中にいる時を思い出して顔が赤くなってしまう。

「……可愛い顔。お前が今何考えてるのか、手に取るようにわかるな」
「え、えっ?」
「フフ。香水のつけ方はこんな感じだ。沢山はいらない。自分で嗅ぐと弱いかな、って思う程度でいい」
「うん。って、なんで私に教えるの?」

 すると笹塚はニッコリと笑う。そして新品のハコを1つ手に取ると、私に渡してきた。

「由里に買ってもらう為だよ。それで普段用に使ってくれ」
「え? という事はこれ、私が買って、私が使うの?」
「そういう事」

 ……そ、それは、プレゼントとは何か違う気がするんだが。
 笹塚の意図がよくわからなくて、彼を見上げる。笹塚は私の顔から疑問を読み取ったのか、ポケットに手をつっこんで少し意地悪そうに目を細めた。

「これが俺の我が儘。それは男女兼用の香水だからな。それを、会社に行く時、遊びに行く時、いつでも必ずつけてくれ。……聞いてくれるか? 俺のおねだり」
「う、うん。そんなのでいいなら。でも、浩太さんの我が儘ってなんかヘンだよ?」
「そうかな? 俺としてはかなり我が儘な事を言ってるつもりなんだけど。……まぁでも、それを変だと思う由里はやっぱり優しくて、ニブイんだろうな」

 くすくす、と笑って頭を撫でてくる。
 優しいはいいけど鈍いは余計だと、私は顔を歪ませてペシッと笹塚の腕を叩いた。

 夕飯は高畠さんが「美味しいですよ」とお勧めしてきた串カツ屋さんに行ってみた。
 串カツといえば何となく中年すぎたおじさんが行くようなお店ってイメージがあったけど、全然そんなことはなかった。駅ビルの最上階にあるそのお店の内装は、木目と黒のコントラストがとてもシックで、落ち着いた雰囲気のお店だった。
 当然お値段も普通のレストランや定食屋に比べたら高くついたけど、おすすめコースがとても美味しい。
 ツメがついたカニや銀杏、美味しい牛肉に歯ごたえのある豚肉、とにかく何でも「うまい!」と声が出るほど美味しかったが、ほんの少し、笹塚的には物足りないだろうな、と思った。
 ごはん大好き笹塚には、串とビールだけっていうのは寂しいだろう。そう思って一緒にマンションに帰った後、お茶漬けを作ったら大層喜んだ。やっぱり足りなかったんだろけど、お茶漬け一つにしてはものすごい感動ぶりだったので逆にこっちがビックリしてしまった。

「由里は本当に、俺のことよく分かってるよなぁ」

 お茶漬けを啜りつつ、しみじみとそんな事を言う。
 そんなスゴイような言い方をしなくても。普段の笹塚を見てたらわかるだろう。何せ夕飯作れば必ずご飯のおかわりをするし、フットサルのお弁当だっておにぎり5つをぺろっと食べているんだぞ?
 そう答えると「そうだよなぁ、全くその通りだ」と同意してしゃくしゃくとお茶漬けを食べる。
 笹塚が何を言いたいのかよくわからなかったけど、幸せそうにお茶漬けを食べる彼の顔が妙に可愛くて、私も一緒になってにまにまと笑ってしまった。

◇◆◇◆

 さて、私の企む笹塚浩太デーは別にデートで終わりではない。ディ、という位なのだから今日一日は彼の日なのである。
 だから当然! ちゃんと、この後のことだって考えてある。
 一生懸命考えたんだ。笹塚が喜ぶのに、私は何をしたらいいのか。

「という訳で、今日は私が全部やる!」
「……えーっと」

 ぽりぽり、と頭を掻く笹塚。ベッドの上で私達はパジャマ姿で向かい合う。
 意気込む私に、彼は今日何度目かの呆れた表情をした。

「ぜんぶ?」
「うん。今日は私が浩太さんをあ、あ、あい、愛してあげるから」
「ほぉ?」

 面白そうに片眉を上げる笹塚。完全に遊びモードに入っている。コイツはまた俺に何をしてくる気なのかな? といった感じにからかってるフシがある。
 むぅ、いつも余裕ぶって人をいじめて! 今度こそ今度こそ覚えてろよ! 極上の夢心地を提供してやる!
 私だって色々知っているのだ。得意のネット検索で調べ倒したんだから!
 ベッドの上であぐらを組み、私を見てニヤニヤしている笹塚の頬を両手で包み、静かに唇を重ねた。
 笹塚は、何のアクションも起こさない。そんな彼に「よし」と心の中で満足し、ちろりと舌を伸ばして彼の口腔に差し込んだ。
 ……こんなキスだけで、されるのと、するのでは全然感覚が違う。
 鋭敏になるって感じだろうか。笹塚の舌がやけに大きくて、固く感じる。そして私の舌は、彼にとってどんな感じなんだろう……そう思うと、胸がドキドキして体が熱くなっていく。

「んっ……ふ」

 ゆっくりと舌を交わらせた後、首筋に吸い付いた。皮膚が固くて、すじばっている。こうやって笹塚の体の感触や肌の質感をじっくり味わうなんて今までなかったから、とても新鮮に感じた。
 つぅ、と舌を滑らせ、彼の鎖骨に移動する。
 休日に、ラフな格好をしてる時だけちらりと見える、笹塚の妙に色気のある鎖骨。そこをなぞるように舐めると、ふっと笹塚が笑ってきた。

「な、なに?」
「いや。口にしたら怒りそうだから言わない」

 なんだよ。
 全くそんな余裕も今のうちだからな。
 そう心の内で悪態をつき、笹塚のシャツを脱がす。すると同時に彼も私のパジャマに手をかけ、前のボタンを外した。
 何もするなって言ったのにと少し彼を睨むと、楽しそうにおどけた顔をする。

「脱がすくらいいいだろ?」
「う……。い、いいけど」
「うむ。俺だってされるなら眺めが良い方がいい」

 そう言ってするすると私のパジャマを脱がすと、ついでのように私の頭や肩を撫で、顔を近づけるとちゅっと音を立てて首筋にキスをする。

「ひゃっ……だ、だめ。今日は私がするんだから!」

 笹塚のキスに気持ちよくなっちゃだめだ。彼はいつもそうやって私から主導権をナチュラルに奪う。だから力づくで、えーいっと彼の胸を押し、ベッドに押し倒してやった。
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