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アフター編

26.お祝いデート!

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 6月に入って最初の週末。私は笹塚と約束を交わし、待ち合わせ場所で彼を待っていた。いつものような、お泊りからのデートではない。
 何故かというと、私は今日のデートに気合を入れまくっているからである。服も化粧も髪もしっかり決めまくりだ。笹塚のマンションに泊まっておでかけになると、どうしてもその辺りが適当になってしまうので、現地集合をお願いしたのである。
 髪は初夏らしく、上に結い上げてお団子にしてみた。服は可愛いレースつきのキャミワンピに白いシースルーのカーディガン。革紐で足首を括るタイプのヒールサンダルに、夏らしい麻カゴの小さなカバン。
 羽坂由里独断プロデュースによる爽やかお嬢さんコーディネートである。

 しばらく待っていると、駅側から笹塚が歩いてきた。衿付の白い綿シャツの下には紺色のカットソーがちらりと見え、うっすらとした鎖骨が色気を誘う。むむ、チラリズムで圧倒的に私が負けてる気がするのは、女として少し悔しい。

「おはよう、浩太さん」
「おはよ。なんか、こういうデートは久しぶりだな」
「そうだね。最近はお泊りからお出かけするほうが多かったし。でも、新鮮な感じもするよね」

 そう言うと、笹塚はにっこりと笑って同意した。
 晴れやかな笑顔。彼の憂いも去って、ようやくすっきりした顔を見せてくれた。

「由里のその服、新品か? 可愛いな」
「本当? 良かったです。気合入れて買い物したかいがありました!」
「……前からお前、妙に張り切ってたけど、何かあるのか?」

 彼が言う通り、先日より私は「次のデートは首洗って待っててよ!」だの「幸せ拷問地獄に連れて行ってやる!」だの、色々言っていた。
 何せずっと前から企んでいた事なのだ。気合の入れようも違うというものである。

 そう。デートをしようと思いついたのはつい先日だけど、実はしばらく前から、具体的には笹塚が怒って私を抱き、あの辛く不安そうな目をしてきた時から、彼になにかしたいと思っていたのだ。
 それは勿論、宗像さんや岸さんをどうにかするということも入っていたけど、それとは別で、笹塚に何かしてあげたい、彼を安心させるにはどうしたらいいのかと、常々考えていたのである。
 それがこのデートのきっかけだ。私はビシッと笹塚に人差し指を突きつけた。

「今日は笹塚浩太デーとする!」
「……は?」

 かくり、と首を傾げる。またお前は妙なことを考えて、という顔だ。しかし私は大真面目である。

「だから! 今日は浩太さんの日なの。一杯我侭言ってくれていいし、私が何でも買ってあげる日なんだよ!」
「……何でも? 本当に?」
「おう、どんと来い! 今日の羽坂由里は太っ腹なのだ!」
「じゃあ俺、夏に向けて新しいボディボード欲しい。バットテールの、3万くらいのやつ」
「おう、それくらいなら大丈夫! 余裕余裕!」
「あと、新しいサングラス。5万くらいの」
「ごっ…!? だっ、だいじょう、ぶ……」

 思わず口がまごつくが、冷や汗をかきつつ頷く。私には、経理の高畠さんが薦めてくれた給料天引きの積み立て貯金があるのだ。あれ、幾らくらい貯まってるんだろ? ちゃんと見てなかったな。でもそれなりにあるはず。
 しかしそこで、笹塚がくっくっと肩を震わせて笑い出した。

「本当に由里には冗談が通じないな。嘘だよ。そんなの買ってもらう気ねえよ」
「うっ、で、でも、欲しいものなんでしょ?」
「別に。特に急ぐものでもないしな」
「むぅ……。じ、じゃあ、とりあえずお昼行こう! さぁ何が食べたい! 肉でも寿司でもフランス料理でも何でもこい!」
「じゃあラーメン」

 ラーメン!? 折角私が奢ろうって意気込んでるというのに、いつもと変わらないではないか。
 私が不満げな顔をしていたのか、笹塚が意地悪そうにニヤリと笑って、私を見下ろしてくる。

「俺の我が儘、全部聞いてくれる日なんだろ?」
「……っ、そ、そうだよ。わかった。そんなにラーメン食べたいなら、ラーメン食べにいこう!」

 笹塚の好きないつものラーメン屋に足を向ける。ずかずかと前を歩いた所で、後ろからついてきた笹塚が時折、笑いを堪えるような声を立ててきた。


 ラーメン屋で、私はよく頼む醤油ラーメンとギョウザのセットを、笹塚はそれと追加でチャーハンを頼んだ。
 ちゅるちゅると麺を啜りつつ、頭では必死に今日のデートプランを組み立てる。
 笹塚はきっと私に気を使っているのだ。一介の事務員の給料などたかが知れている。そんな私からあれこれと奢ってもらったり買って貰うのは悪いと思っているのだろう。
 しかしそれでは困るのだ。
 今日、私は思い切り笹塚をいい旅夢気分にさせるつもりなのである。

 だから、必死に検索サイトで調べ捲くったのだ。喜ばれるデートとは何ぞやと。
 ネットに載っている情報は殆ど、男性が女性に対するノウハウばかりだったけど、デートを喜ぶかどうかなんて、男女でもそう変わらないはずだ。
 情報は、要約して至れり尽くせりが良く、適度なプレゼントが好感を得ると書いてあった。
 だから私は笹塚に、我が儘とご馳走を提案しているのである。

 だから何としても笹塚に我が儘を言ってもらわねば……。

「そんな親の仇みたいに睨むなよ。ラーメンは不満だったのか?」
「えっ!? ふ、不満じゃないよ、美味しいよ。それに睨んでないよ! 見つめてただけ!」
「……ッ。そうか」

 なんか笹塚、今すごい爆笑を堪えなかったか? 必死で笑いを止めた感じがする。
 ともあれ、私達はほぼ同時に食事を終え、笹塚はカランと音を立ててレンゲを空になったチャーハン皿に置く。
 そして両手でコップを持って水を飲んでる私を見つつ、ものすごくナチュラルな仕草で伝票に手を伸ばしてきた。私は慌ててコップをテーブルに置くと、すばやく伝票を奪い取る。
 なんてヤツだ! ご馳走するって言ってるのに油断も隙もない!
 笹塚が肩を震わせて俯く。やはり笑いを堪えているのだろう。

「なんつうかお前。今日必死だな……」
「浩太さん、私で遊んでないか!? 違うの! 今日は私がちゃんとご馳走して甘やかす予定なんだから意地悪はなし!」
「……へぇ? 甘やかしてくれるんだ」
「そうだよ。な、何よ、嬉しくないの?」
「馬鹿、嬉しいに決まってるだろ。どんな風に甘やかしてくれるのか楽しみだな」

 うむ。そうだ、その言葉が聞きたかったのだ。
 楽しみにしてるがいい! 笹塚を夢心地にしてやるからな。吠え面かくなよ!
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