逃げるオタク、恋するリア充

桔梗楓

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アフター編

23.作戦会議!

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 数日前に電話で約束した私は、笹塚と水沢を連れて悠真君の家に行く。
 理由は、私達が抱える問題をどうにかして解決したいと思ったからだ。今の状況を打破しなければ、平穏はいつまで経っても訪れないし、いい加減宗像さんや岸さんには、私達を諦めて貰いたい。
 そんなわけで、今日は水沢も加えての作戦会議をするのである。
 ……だが、珍客が一人。

「どうして園部さんがここにいるのでしょう」

 悠真君の家に行くには、一時間ほど電車に乗る必要がある。会社近くの駅前で待ち合わせしていると、なぜかそこに園部さんもやって来たのだ。
 水沢が非常に困った顔をする。

「勝手についてきたのよ。私が笹塚さんと羽坂の友人の家に行くって言ったら」
「えーだって面白そうじゃん。水沢が笹塚と羽坂についてくなんてさ。俺も混ぜてよー」
「混ぜてよってお前。他人事と思って気楽な奴だな」

 溜息をついて頭を掻く笹塚。だが、こうやって彼が来ている以上、置いていくわけにはいかない。そんな事したら、しゅんとして寂しそうな顔をしそうだし……。

「わかりました。じゃあ皆で行きましょう。もしかしたらいい案が出るかもしれませんし」
「園部さんが加わった所で何が変わるわけでもないと思うけどね」
「水沢ひどい! 俺、やる時はやる子だよ!?」

 そんな会話をしながら切符を買い、電車に乗る。
 樋口さんの登場から暫くギクシャクしていた水沢と園部さんだったが、何時の間にか元の関係に戻れたらしい。水沢曰く、あのジッポをプレゼントに渡した時に、少し話をしたのだとか。
 まだつきあうとは決めてないが、約束の二ヶ月が終わった後、ちゃんと考えてみるそうだ。
 水沢なりに少しは心境の変化があったのかもしれない。

 軽い世間話をしているうちに電車は都会を離れ、やがて車窓の景色がおちついた田園風景に変わっていく。広がる田んぼ、青々と繁る畑、地方ならではの大手スーパーや、住宅。
 目的の駅について、更にバスに乗って30分。そこから5分歩いた所に悠真君の家がある。
 インターフォンを鳴らそうとして……庭で草むしりをする、悠真君に会った。

「あれ、外にいるなんて珍しい。やっほー悠真君」
「んえ? ああ、由里ちゃん。やっほーって、なんか増えてない? お客さん」
「ごめん。なんか約一名増えちゃったんだ。ごめんね、大丈夫かな」
「大丈夫だと思うよー。えっと、はじめまして。僕は門倉悠真っていいます」

 ぺこりとお辞儀をしてから庭の門扉を開けてくれる。そんな彼の様子を、水沢と園部さんが唖然と見つめた。

「どうしたの?」
「……あ、いえ、なんでもないわ」

 水沢が慌てたように手を振りつつ、皆でゾロゾロと玄関に向かう。すると、私の腕がぐいっと取られた。

「ひぇっ! 何」
「あんた! なんであんな可愛い子と友達なのよ。びっくりしたわ!」
「あ、それ悠真君に言っちゃ駄目だよ。密かに線が細いの気にしてるんだから」
「いや、線が細いと言うより……。なんか羽坂の意外な交友関係を見た気がする」

 水沢と園部さんがひそひそと言ってくる。確かに悠真君の繊細そうな顔にほんわりした笑顔はどちらかというと可愛い部類に入るかもしれない。
 でも私はそんな事よりも、この二人が悠真君の部屋に引かないかと若干不安なのだが。水沢には一応言っておいたけど、園部さんは大丈夫だろうか。
 玄関に入るとお母さんが出迎えていて、丁度笹塚にスリッパを薦めていた。しかし顔を上げるが途端、きゃーっと奇声を上げてくるくる回る。

「まぁまぁ! 由里ちゃんいらっしゃい。それにお友達さんも。嬉しいわ、こんなに沢山来てくれるなんて」
「あはは、すみません。今日はぞろぞろと来ちゃって」
「いいのよ。にぎやかになって良いわ。それに聞いてよ由里ちゃん!前にね、大学から悠真を尋ねてきた女の子が――」
「お母さん、それはいいから早く入れてあげてよ。皆、立ちぼうけだよ?」
「あ、そうだったわね! さぁさ、スリッパをどうぞ?」

 笹塚や悠真君に続いて、水沢や園部さんがスリッパをはいたりして、慌しく二階に上がっていく。
 大学の女の子――非常に気になるが、それはまた今度改めてゆっくりじっくり聞こうと、悠真君の部屋へ入っていった。

「わぁ。これは、むしろ感心してしまうわね」
「笹塚から羽坂の趣味は少し聞いてたけど、なるほど、同類の子だったんだね~」

 珍しそうに水沢と園部さんが悠真君の部屋を見渡し、ガラス棚に並ぶフィギュアに近づく。
 やがて悠真君がお菓子やお茶を盆に乗せて戻って来て、くすっと笑った。

「珍しいですか? そういうの」
「うん。実際見るのは初めてだからね。でも俺、この人形は知ってるよ。テレビで見たことあるから」

 そう言って園部さんが指で示すのは可愛いボーカロイドのキャラクター。ああ、確かに最近はそういうのがよくメディアに出ている。笹塚も同じようなことを言っていた。

「よく出来てるし、可愛いなぁ。コレひとつ幾らくらいするの?」
「ソレは二万円くらいですね。そっちのは一万五千円くらいです」
「……けっ、結構するのね」
「あはは、それくらいはするだろうね。でもいいなぁ。一つ買っちゃおうかな」

 まじまじとフィギュアを見る園部さんに「本気!?」と水沢がぎょっとして、そんな二人の様子に悠真君はくすくすと笑い、ケーキやお茶を並べ始めた。

「気に入ったのなら、お奨めのお店紹介しますよ。他にも色々あるところですから、見て回るのも楽しいですし」
「ああ、俺見たいなあ。後で教えてくれる?」

 はい、と頷き、悠真君はお菓子を薦めた。皆で小さな座卓を囲み、お母さんお手製のレアチーズケーキを頂く。
 しかしさすがにこの人数になると、座卓がより小さく感じる。しかもそれを大の大人五人で囲んでケーキを食べているなんて、笑ってしまいそうになる。
 ……でも同時に、この情景が嬉しくも思った。つい二年前まで、ここにいるのはいつも私と悠真君の二人だけだったから。

 ――さて、こうして皆で集まったのは何も悠真君のお母さんお手製レアチーズケーキを皆で食す為ではない。確かにお楽しみになっているが。
 私と笹塚が抱える問題を何とかしたくて知恵を拝借する為集まったのである。
 もしゃもしゃとケーキを食べながら「それにしても」と、本筋の話題に変えた。

「いい加減わからないんだけど、なんで宗像さんも岸さんも、こんなにしつこいんだろう?」
「そりゃあ横取りできるって思ってるからよ」
「そうは言うけど、浩太さんは何度も断ってるんだよ? それに岸さんに対してだって、私ちゃんと断ってるのに。諦めが悪いにも程があるよ」
「あー、岸さんは分からないけど、宗像さんは多分、女のプライドみたいなのがあるんじゃない? 意地になってるのよ」

 プライド? とキョトンとすると、水沢はアールグレイの紅茶を一口飲んでこくりと頷く。

「勝手を承知で言うと、宗像さんはアンタより自分のほうが上だって思ってるのよ。趣味然り、見た目然りね。だからそんな女が自分のモトカレとつきあってるのが気に入らないの。だってまるで自分は、その女より下みたいに見えるでしょう? まぁこの場合、その女って羽坂のことだけどね」
「あーはいはい。ムカつくけど、すごく納得」
「するなよ、馬鹿」

 ぺちっと私の額を叩いた笹塚が、顔をしかめる。
 だけど、水沢の言葉はとてもしっくりきた。あれは何となく、笹塚が好きだからとかじゃなくて、ただ私という人間が笹塚の彼女であるのが許せないって感じに見えるんだ。
 最初は単にヨリを戻したかったのかもしれないけど、今はただ女のプライドを守る為、意地になってる気がする。

「でも、そうだとしたらむずかしいね。どうしたら諦められるものなのかな」
「うーん、女心はサッパリわからんねぇ~」
「園部さんホンットに役に立ってないですね。それなら岸さんの気持ちはわかるんですか?」

 じろっと園部さんを睨む水沢。彼は「えーっと…」と言いつつかしかしと頭を掻いた。どうやらそっちも理解できないらしい。使えない男だと言わんばかりに、水沢が呆れた溜息をついた。

「仲がいいんですね。お二人は」
「門倉さん。どこをどーみたらそう見えるの!」
「悠真でいいよ~。ちなみに僕個人の意見だけど、岸さんは恋をしているというより、楽しんでる感じがするね」

 悠真君がケーキを食べ終える。同じように食べ終えた笹塚が、皿を座卓に置きつつ「楽しんでるか」と呟いた。

「つまり、好きだから横取りしたいっていうより、俺と由里の間を割る事に楽しみを見出してるって事か?」
「そう。由里ちゃんとは、あわよくばつきあえたらいいかって位なんじゃないかな。メインは恋人同士をひっかきまわすことだと思うよ」
「うーん、そうなのかな」

 メインはひっかきまわすこと。と言う事は私に告白してきたあの言葉も冗談だったのだろうか。しかしそうだとしたら岸さんはものすごい悪趣味だ。
 彼は確かに軽薄そうな人だと思うけどソコまで悪人とも思えなくて、私の顔色が沈む。
 しかし悠真君はふっと不思議な笑みを浮かべ、私を見た。

「勿論、岸さんはそれなりに由里ちゃんを気に入ってるとは思うよ? ……だけどね、本当に好きなら岸さんみたいな行動はしないと思う。好きな子を傷つけて、困らせて、悲しませるなんて事、できないよ」

 悲しそうで、切ない目。悠真君の表情が今までにないものだったので、私は思わずまじまじと見てしまった。そこで笹塚がコホンと咳払いをして、園部さんに顔を向けた。

「まぁ俺も、岸は本気とは思えない。俺達をからかってるフシは確かにある。で、さ。園部。由里に言われて知ったんだが、岸って俺らと同じ大学で、しかも同じサークルにいたらしいんだが、知ってるか?」
「えっ!? そんなわけねーよ。岸って都内じゃなくて地方の私立大学だよ?」

 へ? と私と水沢の声が重なる。園部さんはキョトンとして首を傾げた。

「俺、去年に少しだけ分室工場に出張行ったじゃん。その時してた世間話で、工場長が言ってたんだよ。何を聞き間違えてそんな話になってるの?」
「えっ、だって、岸さん本人が言ったんですよ。浩太さんと同じ大学で、後輩だったって。だから宗像さんも知ってるって、え?」

 頭がこんがらがる。しかし、私よりも早く冷静になった水沢が「成程ね」と一人納得したように腕を組み、フムフムと頷いた。

「確かに分室からの出張社員に、いちいち出身大学の確認なんてしないわよね。呆れるくらい大胆だけど意外とばれないものだわ。つまり、岸さんはどこかで宗像さんと…ううん、もしかしたら逆かもね」
「逆?」
「うん。宗像さんは笹塚さんのマンションに張り付くだけじゃ飽き足らず、会社やスポーツクラブにまで来てたんでしょ?それなら、どこかで岸さんが羽坂に声をかけてるのを見かけてもおかしくないんじゃないかしら。それで…」
「あー。協力を仰いだってわけか。お互いの利害は一致するし。岸が快楽主義者なら尚更楽しい展開だろうしな」

 水沢の言葉に園部が納得したように顎を撫で、頷く。
 …つまりあれか、笹塚の後輩っていうのは真っ赤な嘘で、宗像さんと裏で手を組んで彼女から聞いた情報を、あたかも見ていたかのように言ってきたのか。…それによって私が不安を覚えるように。
 もしそれが本当なら性格悪すぎにも程がある。全く厄介な人間に目をつけられたものだ。

「でもそうだとしたら、どうしたらいいのかな。岸さんに言う? 宗像さんと組んでたんでしょって」
「そんな事言った所で開き直るのがオチでしょ。どうしても君に振り向いて欲しかったんだ~とか適当なこと言って」
「うわぁ、それ、言いそう。水沢すごい。なんでそんな岸さんの行動が読めるの」
「フン、伊達に男を物色してないって事ね」
「水沢それ、自慢にならないからね!? 俺とつきあったら絶対しないでね!?」

 尊敬のまなざしで見る私に、慌ててつっこむ園部。しかし水沢も間髪いれず「誰がつきあうなんて言ったのよ!」と重ねてつっこんできた。
 その様子に悠真君があはは~と笑って、少し冷めた紅茶を飲む。

「まぁでも、各個撃破は効果が薄いかもしれないね。こういうのは両方いっぺんにやっつけちゃったほうが効率良いかも。笹塚さんと由里ちゃん、二人対、一人ってなると意地が余計に入っちゃいそうだしね」

 あくまでゲーム論で行く悠真君がぴこぴこと人差し指を振り、そんな彼に笹塚がつまらなさそうに目線を上げ、そうは言うがと口を突いた。

「一人対一人でも諦めないんだぞ?となると二対二か?」
「そうだね~。コチラは宗像さんと岸さんの関係を知っている。…それを皮切りにして、二人が開き直るまでの間に、パパッと勝負を決めてしまわないとね」
「勝負か。だが、宗像と岸が同時に諦める要素って言ってもな」
「それなんだけど。僕、一つだけ思いつく手があるよ?」
 えっ! と私含めて、皆して悠真君に顔を向ける。四人の人間から一斉に目を向けられた彼はそれでもニッコリと笑った。
 さすが我らクランのリーダーだ。そこに痺れる憧れる!

「でも、この手。きっと一番被害こうむるのは笹塚さんなんだけど、大丈夫かな?」

 にんまりと笑う悠真君。まるでイタズラを思いついた子供みたいにあどけない笑顔で、一体何を企んでいるのか。
 何だかちょっと嫌な予感がするのか、笹が微妙な顔して黙ってしまった。
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