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アフター編
11.女ともだち
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どうやら、樋口さんは園部さんをターゲッティングしたようだった。メールでそれとなく笹塚に聞いてみたら、やっぱり彼女に「恋人いるんですか?」という質問をされたようで、彼はしっかりきっぱり「いる」と頷いたらしい。ちなみに、そんなメールのやりとりをした後、笹塚から電話がきて「何だよ気にしてたのか?」と妙に嬉しそうな声で聞いてくるものだから、ムカッとして「別に、腕とかペタペタ触られてビール注いでもらってニヤニヤしてる浩太さんなど見ていない」と答えたら「くっそ……お前。なんで今日俺んちに泊まってねえんだよ!」と今度はキレてきた。
私はよく笹塚に「お前はよくわからんヤツだ」と言われるけど、彼だって充分よくわからん人だと思う。いきなりキレるのはやめて頂きたい。
結局、岸さんと違って人のものに手を出すつもりのない樋口さんは、園部さんに狙いをつけた。
当の園部さんは今現在も水沢の為に頑張っているわけだけど、恋人ではないし、本人も水沢のことを他人に言うつもりはないようだ。
やんわりと「好きな人がいるんだよね~」とは言ったそうだが、それくらいでは樋口さんは諦めなかった。
……笹塚といい、初期水沢といい、園部さんといい。岸さんも樋口さんも、後は高畠さんを追いかけてる事務の子も所沢さん追っかけてる女の子も、結構肉食系っていうか、恋愛に積極的だよね。
これだけ周りの人が恋を頑張ってるのところを見ると、私や悠真君はどれだけ草食系だったんだろうと思う。最近は草食を越えたものを絶食系っていうらしいが、まさしく私は絶食系だったのだろう。
まぁ、今は、笹塚限定で肉食なのかもしれないけど。
朝の朝礼前。いつもの掃除時間、ロビーを掃除していた園部さんに樋口さんが近づき、おずおずとかわいいハンカチで包んだお弁当箱を差し出していた。先日の飲み会からずっと毎日続く、彼への差し入れだ。
「あの、園部さん……よかったらこれ。お昼に食べてください」
「え、またっ!? ……あ、うん。あ、ありがと」
少し困った様子で包みを受け取り、人受けの良さそうな笑顔をする園部さんに、ふふっと控えめに笑う樋口さん。その笑みは……少し前の私や水沢を思い出す。
彼女はウソモノなのかな? それとも私と違ってホンモノなのかな?
樋口さんはぺこりと軽く頭を下げて総務の島に帰っていく。園部さんも雑巾片手に戻ろうとして、ふと廊下に向かう、私……いや、後ろにいる水沢を見た。
園部は少し後ろめたそうな、辛そうな顔をして俯き、足早に去っていく。
水沢はそんな彼を見てもつんとして、全く私関係ありませんって顔をしていて、何となく私はものすごく園部さんが可哀想に思えてしまった。
「ね、水沢。あの、せめて園部さんにもっとこう、おめでとうってちゃんと言ったら? 折角契約とってきたのに」
「契約取るのは当たり前でしょ。そういう仕事してんだから」
「そっ、そうだけど。このままだと本当に園部さん、樋口さんに取られるよ?」
「取られる? 勘違いしてんじゃないわよ。私は彼とつきあってもいないし好きでもない。ただ単にこの二ヶ月、園部さんが頑張ったら付き合うのを考えてあげてもいいって、それだけよ」
ぷいっとそっぽを向いて、汚れた雑巾が入ったバケツを持って女子トイレへ行く。ザーッと水を出して洗濯板でガシガシ洗うその顔は、ムスッとして怒っているようだった。
隣で水沢の洗った雑巾を水で濯ぎながら「うーん」と唸ってしまう。どうして水沢はこう、頑固というか、ツンケンしちゃうのかな。
「あのさ、実際のところ園部さんの事、どうなの? 嫌いなの?」
「……別に」
「別にって事は、嫌いじゃないんだよね。でもこのままだと二ヶ月経つ前に、園部さんが樋口さんに向いちゃうかもしれないよ?」
「好きにすれば。所詮その程度の気持ちだったって事でしょ」
ごしごしと洗う。
何だか雑巾にやつあたりしてるみたいだ。そろそろ、雑巾がすり切れるよ?
「水沢。『その程度の気持ち』で契約なんて取れないと思うけど」
「……」
「園部さん、水沢の為に頑張ったんだよ? 今だって毎日ちゃんと発注書……」
「ああもうっ! うるせえ超ニブ羽坂のクセに! 知ったようなこと言うんじゃないわよ! 何!? 自分は好きな人と落ち着いて余裕ってわけ。人にお節介焼くヒマあるなら自分の手綱を握ってなさいよ!」
キィー! と怒り出す水沢。だけど水沢の怒鳴り声はもう慣れてるからあんまり怖くない。彼女が怒って怖いのは、どっちかというと静かに人を殺る目をしてる時だ。喚いてるだけの水沢は別に怖くない。怒りレベルをマックス10で言うなら、今はレベル6くらいだ。
「大体園部さんが頑張っても、それに対して私が何かをしなければならない義理なんて1つもないわ。彼は勝手にやってるだけ。私の為に頑張ってるなんて押し付けもいい所。はっきり言って迷惑よ」
「……ゴメン。水沢の為に頑張ってるって思うのは私の主観だよ。園部さんがそう思ってるわけじゃないよ」
そう言うと、水沢は怒った顔から無表情になり、バケツに向かって俯く。
そして小さく「わかってるわよ」と呟いた。
何だろう。私はどうしたいのかな。別に園部さんと水沢をくっつけたいとか、そういうんじゃないんだ。ただ、どうしても園部が可哀想で、水沢のイライラした顔をどうにかしたい。
水沢は別に、毎日いつもぷりぷり怒ってるわけじゃない。なのに最近は園部さんが関わるといつも怒った顔をして、更に樋口さんが毎日園部さんに弁当渡すようになってからは余計にムスッとして、面白くなさそうにしている。
一応私は多分きっと水沢の友達なんだし、友達には笑ってほしい。
でも、その為にはどうしたらいいんだろう……。
「あっ、ごほうび!」
「は?」
「ご褒美、あげたい。園部さんに、私が!」
「……はぁ?」
呆れた声を出す水沢に、雑巾をぎゅうぎゅう絞りながら早口で言い募る。頭の中はぐちゃぐちゃとしていて、とにかく何か言わなければ! と殆ど衝動のように声を出す。
「けけ、契約おめでとうって労いたい! つきましては何かプレゼントしたいと思います!」
「お、オイ、あんた彼氏持ちで……何言ってるかわかってんの?」
「彼氏持ちだって会社の人をお祝いしてもいいはずだよ。しかも同じ営業部だし! だ、だから水沢も一緒にきてよ。笹塚さんにリサーチして、園部さんの欲しいもの、調べておくから」
「はぁっ!? なんで私が一緒に行かなきゃなんないのよ」
「とと、友達じゃん! 一緒に見に行くくらいつきあってくれたっていいでしょ!」
「ちょっ、いつの間に友達になってるのよ! 私別に羽坂と友達じゃないわよ!」
……。
がーん……。
や、やっぱり、友達って思ってたのは、私だけだったんだ。そんな気はしてたけど、はっきり言われると結構悲しい……。
「……そっか。と、ともだちじゃ、なかったね。ご、ごめん。私、勝手に」
「ちょっとぉ!? なんで泣いてるのよ! 泣かないでよ、私がいじめてるみたいじゃない!」
「っ……。ごめん。な、泣きたいわけじゃないんだけど。ごめんね。なんか、出てきて」
ぐじゅ、と音を鳴らして鼻を鳴らす。園部さん云々はもはやどうでもよくなって、とにかく水沢に友達と思われてなかったのが悲しくて堪らない。脱ぼっちを目指していたが、やはり私は今だぼっち羽坂だったのだ。
これからはあんまり水沢にくっつかないで、大人の対応を心がけよう……。
「も、もう。泣かないでってば。わ、悪かったわよ。……友達、友達だから」
「……え」
「友達よ。私達。ゴメン……私天邪鬼だから。つい、可愛くない事言っちゃうの。でも羽坂は、こんな私でもちゃんとつきあってくれる……友達だよ」
「本当? ……う、嬉しい」
ぼろぼろと涙が出る。笹塚と両思いになった時くらい嬉しい。さっきまで奈落に突き落とされたみたいにショックだったのに、今は天に昇る勢いで舞い上がってる。
なんて単純なんだ。私は。
「本当よ。だからもう泣かないで。ホラ、朝礼始まるし、行こ?」
「うん、ありがとう。じゃあ、一緒にプレゼント買いにいこうね? 水沢と選びたい」
「はいはい、しょうがないわね。つきあってあげるわよ」
「良かった! じゃあ今度の休み、一緒に行こうね!」
気分がばら色になる。考えてみれば女の子の友達は初めてなんだ。何だかすごくわくわくする。
後で笹塚に園部さんの欲しいものをちゃんと聞いておこう。
ついでに服とかも見にいきたい。水沢とは服の趣味が似てるから色々聞けるかもしれないし、水沢のメイクはどこのメーカー使ってるのとか、そういう話もできるかもしれない。
うわぁ、楽しそう。昔はそんな事、思いもしなかったのになぁ。本当、私は変わったものだ。
足取り軽くスキップで歩く。そんな私の後ろで、水沢が「あれ……?」と軽く首をかしげていた。
私はよく笹塚に「お前はよくわからんヤツだ」と言われるけど、彼だって充分よくわからん人だと思う。いきなりキレるのはやめて頂きたい。
結局、岸さんと違って人のものに手を出すつもりのない樋口さんは、園部さんに狙いをつけた。
当の園部さんは今現在も水沢の為に頑張っているわけだけど、恋人ではないし、本人も水沢のことを他人に言うつもりはないようだ。
やんわりと「好きな人がいるんだよね~」とは言ったそうだが、それくらいでは樋口さんは諦めなかった。
……笹塚といい、初期水沢といい、園部さんといい。岸さんも樋口さんも、後は高畠さんを追いかけてる事務の子も所沢さん追っかけてる女の子も、結構肉食系っていうか、恋愛に積極的だよね。
これだけ周りの人が恋を頑張ってるのところを見ると、私や悠真君はどれだけ草食系だったんだろうと思う。最近は草食を越えたものを絶食系っていうらしいが、まさしく私は絶食系だったのだろう。
まぁ、今は、笹塚限定で肉食なのかもしれないけど。
朝の朝礼前。いつもの掃除時間、ロビーを掃除していた園部さんに樋口さんが近づき、おずおずとかわいいハンカチで包んだお弁当箱を差し出していた。先日の飲み会からずっと毎日続く、彼への差し入れだ。
「あの、園部さん……よかったらこれ。お昼に食べてください」
「え、またっ!? ……あ、うん。あ、ありがと」
少し困った様子で包みを受け取り、人受けの良さそうな笑顔をする園部さんに、ふふっと控えめに笑う樋口さん。その笑みは……少し前の私や水沢を思い出す。
彼女はウソモノなのかな? それとも私と違ってホンモノなのかな?
樋口さんはぺこりと軽く頭を下げて総務の島に帰っていく。園部さんも雑巾片手に戻ろうとして、ふと廊下に向かう、私……いや、後ろにいる水沢を見た。
園部は少し後ろめたそうな、辛そうな顔をして俯き、足早に去っていく。
水沢はそんな彼を見てもつんとして、全く私関係ありませんって顔をしていて、何となく私はものすごく園部さんが可哀想に思えてしまった。
「ね、水沢。あの、せめて園部さんにもっとこう、おめでとうってちゃんと言ったら? 折角契約とってきたのに」
「契約取るのは当たり前でしょ。そういう仕事してんだから」
「そっ、そうだけど。このままだと本当に園部さん、樋口さんに取られるよ?」
「取られる? 勘違いしてんじゃないわよ。私は彼とつきあってもいないし好きでもない。ただ単にこの二ヶ月、園部さんが頑張ったら付き合うのを考えてあげてもいいって、それだけよ」
ぷいっとそっぽを向いて、汚れた雑巾が入ったバケツを持って女子トイレへ行く。ザーッと水を出して洗濯板でガシガシ洗うその顔は、ムスッとして怒っているようだった。
隣で水沢の洗った雑巾を水で濯ぎながら「うーん」と唸ってしまう。どうして水沢はこう、頑固というか、ツンケンしちゃうのかな。
「あのさ、実際のところ園部さんの事、どうなの? 嫌いなの?」
「……別に」
「別にって事は、嫌いじゃないんだよね。でもこのままだと二ヶ月経つ前に、園部さんが樋口さんに向いちゃうかもしれないよ?」
「好きにすれば。所詮その程度の気持ちだったって事でしょ」
ごしごしと洗う。
何だか雑巾にやつあたりしてるみたいだ。そろそろ、雑巾がすり切れるよ?
「水沢。『その程度の気持ち』で契約なんて取れないと思うけど」
「……」
「園部さん、水沢の為に頑張ったんだよ? 今だって毎日ちゃんと発注書……」
「ああもうっ! うるせえ超ニブ羽坂のクセに! 知ったようなこと言うんじゃないわよ! 何!? 自分は好きな人と落ち着いて余裕ってわけ。人にお節介焼くヒマあるなら自分の手綱を握ってなさいよ!」
キィー! と怒り出す水沢。だけど水沢の怒鳴り声はもう慣れてるからあんまり怖くない。彼女が怒って怖いのは、どっちかというと静かに人を殺る目をしてる時だ。喚いてるだけの水沢は別に怖くない。怒りレベルをマックス10で言うなら、今はレベル6くらいだ。
「大体園部さんが頑張っても、それに対して私が何かをしなければならない義理なんて1つもないわ。彼は勝手にやってるだけ。私の為に頑張ってるなんて押し付けもいい所。はっきり言って迷惑よ」
「……ゴメン。水沢の為に頑張ってるって思うのは私の主観だよ。園部さんがそう思ってるわけじゃないよ」
そう言うと、水沢は怒った顔から無表情になり、バケツに向かって俯く。
そして小さく「わかってるわよ」と呟いた。
何だろう。私はどうしたいのかな。別に園部さんと水沢をくっつけたいとか、そういうんじゃないんだ。ただ、どうしても園部が可哀想で、水沢のイライラした顔をどうにかしたい。
水沢は別に、毎日いつもぷりぷり怒ってるわけじゃない。なのに最近は園部さんが関わるといつも怒った顔をして、更に樋口さんが毎日園部さんに弁当渡すようになってからは余計にムスッとして、面白くなさそうにしている。
一応私は多分きっと水沢の友達なんだし、友達には笑ってほしい。
でも、その為にはどうしたらいいんだろう……。
「あっ、ごほうび!」
「は?」
「ご褒美、あげたい。園部さんに、私が!」
「……はぁ?」
呆れた声を出す水沢に、雑巾をぎゅうぎゅう絞りながら早口で言い募る。頭の中はぐちゃぐちゃとしていて、とにかく何か言わなければ! と殆ど衝動のように声を出す。
「けけ、契約おめでとうって労いたい! つきましては何かプレゼントしたいと思います!」
「お、オイ、あんた彼氏持ちで……何言ってるかわかってんの?」
「彼氏持ちだって会社の人をお祝いしてもいいはずだよ。しかも同じ営業部だし! だ、だから水沢も一緒にきてよ。笹塚さんにリサーチして、園部さんの欲しいもの、調べておくから」
「はぁっ!? なんで私が一緒に行かなきゃなんないのよ」
「とと、友達じゃん! 一緒に見に行くくらいつきあってくれたっていいでしょ!」
「ちょっ、いつの間に友達になってるのよ! 私別に羽坂と友達じゃないわよ!」
……。
がーん……。
や、やっぱり、友達って思ってたのは、私だけだったんだ。そんな気はしてたけど、はっきり言われると結構悲しい……。
「……そっか。と、ともだちじゃ、なかったね。ご、ごめん。私、勝手に」
「ちょっとぉ!? なんで泣いてるのよ! 泣かないでよ、私がいじめてるみたいじゃない!」
「っ……。ごめん。な、泣きたいわけじゃないんだけど。ごめんね。なんか、出てきて」
ぐじゅ、と音を鳴らして鼻を鳴らす。園部さん云々はもはやどうでもよくなって、とにかく水沢に友達と思われてなかったのが悲しくて堪らない。脱ぼっちを目指していたが、やはり私は今だぼっち羽坂だったのだ。
これからはあんまり水沢にくっつかないで、大人の対応を心がけよう……。
「も、もう。泣かないでってば。わ、悪かったわよ。……友達、友達だから」
「……え」
「友達よ。私達。ゴメン……私天邪鬼だから。つい、可愛くない事言っちゃうの。でも羽坂は、こんな私でもちゃんとつきあってくれる……友達だよ」
「本当? ……う、嬉しい」
ぼろぼろと涙が出る。笹塚と両思いになった時くらい嬉しい。さっきまで奈落に突き落とされたみたいにショックだったのに、今は天に昇る勢いで舞い上がってる。
なんて単純なんだ。私は。
「本当よ。だからもう泣かないで。ホラ、朝礼始まるし、行こ?」
「うん、ありがとう。じゃあ、一緒にプレゼント買いにいこうね? 水沢と選びたい」
「はいはい、しょうがないわね。つきあってあげるわよ」
「良かった! じゃあ今度の休み、一緒に行こうね!」
気分がばら色になる。考えてみれば女の子の友達は初めてなんだ。何だかすごくわくわくする。
後で笹塚に園部さんの欲しいものをちゃんと聞いておこう。
ついでに服とかも見にいきたい。水沢とは服の趣味が似てるから色々聞けるかもしれないし、水沢のメイクはどこのメーカー使ってるのとか、そういう話もできるかもしれない。
うわぁ、楽しそう。昔はそんな事、思いもしなかったのになぁ。本当、私は変わったものだ。
足取り軽くスキップで歩く。そんな私の後ろで、水沢が「あれ……?」と軽く首をかしげていた。
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