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アフター編

2.水沢と園部の事情

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 その日は花見だけで会社は終わり、ひとしきり飲んで騒いだ社員達はそのまま一旦会社に戻ると帰る用意をして、ある者達は二次会に、または普通に帰る。
 そして私達、笹塚と園部さんと水沢と私は、駅近くにある居酒屋……何度か笹塚と行った事のある、焼き鳥の美味しい居酒屋に集まっていた。
 昼間の話の続きをする為である。

 ムスッとした顔で腕を組む水沢に、何か意固地になったような表情の園部さん。どこか表情の読めない笹塚に、そういえばなんで私この場にいるんだろ、と首を傾げる私。
 店員がやってきてビールピッチャーを二つ、ゴトリと置いていく。
 ……マテ、花見であんだけ飲んで、まだ飲めるのか君たちは。

 適当にビールを注ぎ合って、一応乾杯と言ってかちんと合わせる。一口こくりとビールを飲んで、グラッと頭が揺れた。
 やばい、今日花見で4缶もチューハイ飲んだから、結構酔っ払ってる。ビール、飲みきれるかな。
 何か食べて酔いをごまかそう。そう思ってつきだしの惣菜を食べていると、笹塚がジョッキをテーブルに置いて、向かい側に座る園部さんと水沢に顔を向ける。

「とりあえずさ。ここまで来てしまったけど聞いていいのか? 二人の事情」
「うん、いいよー」
「っていうか、事情って程のものではありませんし」

 そう言って、水沢が説明してくれる。
 曰く、半年くらい前から突然園部さんが水沢に声をかけ始めたらしいとの事。朝礼前の掃除の時や、営業部会議の昼休み、仕事を終えて水沢が帰る時、とにかく何か隙を見つけては園部さんが何度も「つきあって」と言ってきて、その度に水沢は断ってきたらしい。

「それなのに、社メールまで使ってつらつらとメールして。いい加減しつこくてイライラしてたのに、今日の花見でまた言ってきて。つい怒っちゃったんですよ。園部さん、仏の顔も三度までって言葉知ってます? 三度どころじゃないですけど」
「ホトケ……?」
「アンタは黙ってて」

 はい、すみません。
 怒った水沢超怖い。こんな般若みたいな水沢でも、園部さんは好きなんだ……。すごいな~って、あれ? 園部さんは「今」の猫かぶりじゃない水沢が好きで、つきあってって何度もしつこく言っているのかな?
 うう、気になる。でも水沢が黙れって言うし。ああでも、気になる!
 いいや。もう水沢には怒られ慣れてるし。大人の人付き合いルールから外れてしまうかもしれないけど、やっぱり聞こう。

「あの、園部さんって…水沢さんが好きだからつきあって欲しいって何度も言ってるんですよね?」
「うん、そうだよー」
「それって……この、水沢さんですよね? お嬢様っぽくない方の……あの」

 段々と声が尻すぼみになっていく。何となくうまく言えない。でも園部さんは私の言葉で察したらしく「ああ」と相槌を打ってにっこりと笑った。

「勿論。今の水沢さんが好きだよ。前から水沢さんって猫かぶってるな~って気づいてたけど、それも可愛いからいいかって思ってたんだ。でも、素の水沢さんのほうがずっと魅力的だって気づいたからね」
「そ、そうなんですか」
「ちょっと園部さん! そういう事をペラッと言わないで下さい!」

 ビールを飲んでた水沢が慌てて園部さんの口を閉じにかかる。しかし彼はそんな彼女を見て嬉しそうに首を傾げた。

「あれ、照れたの? 可愛いなぁ」
「あぁ?」

 すごいドスの利いた声で園部さんを睨みつけ、慌てて顔を逸らし、突き出しを食う水沢。…今のは素でやってしまって、一応年上だったと慌てて場をとりなす仕草だな。その証拠にコホンコホンとわざとらしく咳払いをしている。

「そ、そういうのは言葉に出すと非常に嘘くさく安っぽくなるので好きじゃないだけです。どちらかというと嫌悪感が出てくるのでやめて下さい」
「そうなんだー。じゃあ今の言葉が本当だって証明してみせるから俺と付き合おうよ」
「なんで話がすぐそっちに戻るんですかっ! 断ってるでしょー!?」

 また付き合おう付き合わないの言い合いになってしまった…。この二人はこの半年、ずっとこんな感じだったんだろうか。それは……大変だったな、水沢……。
 それにしてもこんなに園部さんがしつこい人だなんて知らなかった。笹塚が言うには彼の営業スタイルはしつこさで数字取ってるようなものらしいが。
 間隣でしきりに俺アピールをする園部さんに、水沢がキレたようにああもうっと叫び出す。

「なんで今なんですかっ! どうして今になってそんな、しつこくするんです!? 私、この会社に入ってもう4年目なんですよ? 今までそんなそぶり、1つも見せてこなかったじゃないですか!」
「えー? 見せてきたつもりだよ? 発注書渡す時に髪ひっぱったり、水沢さんの誕生日にチロルチョコあげたり」
「あのセクハラとしょぼいチョコはそんな意味が込められてたの!? わかるわけないでしょ! ……っじゃなくて、わ、わかるわけ…ない、ですよね」
「水沢、もうわかってるから。敬語使うの大変なら使わなくていいから」

 どうどう、と彼女を宥めるように、そしてさりげなく背中を擦る園部さん。……なんだろう、笹塚といい園部といい、さりげなく女性に触る術に長けてるなぁ。もしかして男の人は皆そうなのかな。
 案の定水沢が触るなぁー! と暴れているが、園部さんはそんな彼女にニコニコと笑う。

「今になって言い始めたのはちゃんと理由があるよ? 俺、ずっと待ってたんだもん」
「……待ってた?」
「うん。だって水沢さんは入社してすぐ笹塚狙い始めたでしょ? あんだけ分かりやすく動いてたら俺でもわかるよ? でもさー笹塚は羽坂さんをずっと狙ってたし。それならそのうちフラれるだろなーって待ってたの」
「なっ…!」

 顔色を変える水沢。まさか園部さんがそんな長期戦で構えていたとは思わなかったのだろう。私だってびっくりだ。というか皆、恋愛に関して積極的なんだなぁ……。私、その頃はゲームやアニメの事で頭が一杯だったな……。

「で、俺の目論見通りフラれてくれたわけだけど。やっと俺の番だーとか思ってたら、水沢、あっちこっちで合コン行きはじめちゃって。折角色々誘おうと思ってたのに、休みという休み、全然空けてくれなくなってしまって……」

 そうそう。水沢もまた、私と同じくらいの時期に、過剰に自分を偽ることはしなくなったのだ。でも同時に今いる会社でいい男を捕まえる事は諦めたらしく、彼女は短大や高校の友達のツテを頼りに、あっちこっちで積極的に合コンを参加し始めたのである。勿論そっちでは猫を被った完璧なお嬢様面で。水沢は内向きに男探ししてたのが、外向きになったのである。

「だからさーもう、焦っちゃって。猫かぶり水沢はやたら可愛いから、ついついコロッていっちゃうヤツがいつ現れるかもわからないでしょ? だからもうなりふり構わず押せ押せ作戦にでよう! と思い至ったんだ。それが半年前。というわけで、さぁ、俺と付き合おう!」
「結局その話に戻るの!? だからヤダって言ってるでしょ! 私はもう会社の男はいいの。外で見つけるんだから放っておいてよ!金持ちで仕事できて顔良くて余所見しない男を見つけるんだから!」
「そ、それはまた、すげえ男を探してるんだな……」

 二人の剣幕にただビールを飲んで聞いてただけの笹塚がやっとつっこむ。私もびっくりだわ。仕事できて余所見しないはわかるけど、顔良いもまぁわからないでもないけど、金持ちって何だ。
 しかし園部さんはキョトンとしたように目を丸くする。

「俺、金持ちだよ?」
「ええっ!?」

 何でもない事のようにサラッと言う園部さんに水沢だけでなく私までつい反応してしまった。隣に座る笹塚がシラーッとした目で私を見てきて、あははと笑ってごまかす。
 だって、ほら、ねえ? いや、笹塚が貧乏なんて言ってないですよ。ただ自らを金持ちだと称する人なんて滅多に見ないから……。

「俺の父さん、猪俣商事の社長だもん」
「いのまた!?」
「超一流の大企業じゃない!なんであんたそん……っ! お、御曹司だったの!?」
「そうそう、おんぞーしだったの、俺」

 へらっと笑って答える園部さん。すげえ胡散臭い。ホントに御曹司なのか? 自然、私と水沢の視線が笹塚に向けられる。二人分の視線を受けた笹塚は少し眉を顰めた後、軽く頷いた。

「本当だよ。コイツは猪俣さんとこの息子さん。色々あって今は母方の旧姓だが」
「そうなんだ……」
「うん。家族間で色々あってねぇ。でも取り分はちゃんともぎ取ってあるから俺、資産だけはあるよ。将来安泰だね、水沢!」
「そうね……。じゃない! 別に金持ちってだけでステータスにはならないわよ! 顔が良くて、仕事ができないと!」
「俺顔いいじゃん。仕事もできるよ? それに余所見もしないよ?」

 きっぱり言い切る園部さん。その自信はどこからくるのだ。ちょっと分けて頂きたい。
 案の定水沢は「はぁ~?」と呆れた顔をしたが、私はまじまじと彼を観察した。
 顔は、うーん、確かに良いか悪いかで言われたら良い方かもしれない。愛嬌のある丸い目に、溌剌とした優しい顔。笹塚と同じように後ろに撫で付けた髪。ちょっとワックスを使ってるのか所々ピンピンとはねてて、そこに若さを感じる。……い、いや、別に笹塚がおっさんくさいなんて思ってませんけど。高畠さんみたいに妖しい色気はないし、製造部や工場で大人気の所沢さんみたいなガッシリした美丈夫って訳でもないんだけど。あえて口にするとしたら爽やか兄ちゃんかな。50歩譲ってカッコイイ、って感じか。……って私が批評する権利なんてないのかもしれないけど。
 仕事はどうなんだろう? できないかって言われたら確かに園部さんはできる方だと思う。笹塚より数字は少ないけどコンスタントに仕事を取ってくるというか。営業にも色々いて、一発でかいのをドーンと当てたら暫く数字ナシが続くって人とか、低飛行をずっと飛び続けてるような、パッとしない人とかいるけど、園部さんは中飛行を無難に飛び続けてる人だ。それを仕事できると評するなら仕事できる人だと思う。ちなみに笹塚は仕事持って来すぎだ。私がそれで何度定時すぎまで働かされたものか……っ! 定時で帰りたい役人根性な営業事務としてはもう少し手加減して欲しいと思う。
 あとは余所見しないか? こればかりはわからないな。つまりそこんとこを証明するからとりあえず付き合えって言ってるのだろう。多分。

 でも、水沢は水沢でなんでこんな頑なに断り続けてるのかな?彼女的「いい男」じゃないからだろうか。

「園部さんのその仕事できる、は仕事できるんじゃないのよ。普通なの」

 ぷいっと顔を逸らしてビールを飲み、なかなか厳しいことを仰る水沢。え~と不満そうに声を上げ、尚も園部さんは縋り続ける。

「じゃあどれだけ仕事できたら水沢の中で仕事できる男なの?」
「笹塚さんレベルよっ! 私、専業主婦が夢なんだから。ちゃんと稼げる人じゃないとイヤなの」
「大丈夫だよ~奥さんと子供養える程度には稼いでるつもりだよ~? それに資産もあるし。こんな優良物件他にないと思うんだけどなぁ」

 確かに、優良物件と言われたらそうかもしれない。私がそんな風に思いながらビールを飲んでいると、いきなり笹塚がグイと私の腕を掴み、軽く睨んできた。

「お前、そんな目で男を見るな」
「え? どんな目でしょう」
「男の価値を測ってる目だ、それは。お前には俺がいるんだから妙な事を考えなくていい」
「あ、はい。うん。……ごめんなさい」

 ぺこりと頭を下げて謝ると、安心したように笹塚が頷く。ついでにテーブル下で手をぎゅっと握ってくれたりした。何だかよくわからないけど嬉しくなってしまう。
 思わず顔がでれりとしてしまって、それに気付いたのか園部さんが「あーもう!」と頭を抱えた。

「俺の前でバカップルを披露するなぁ! くそお、俺も幸せになりたい! 何!? 水沢はどーしてそこまでして断り続けるの!? フリーならとりあえず付き合ってくれてもいいじゃん! 何が不満なの!?」
「いきなりぶちギレないでよ! そ、そんな事言われたって。私は追われるより追う側に立ちたいの。でないとこう、手に入れたっていう達成感が無いじゃない。だからイヤなの!」
「じゃあ追ってこればいいじゃん! 俺に惚れろよ!」
「無茶言わないで! それなら私が惚れるほどいい男になってみせなさいよ!」
「なってやろうじゃん! めろめろにさせてやるよ! 水沢的イイ男がどの程度か知らんけどな!」

 そう園部さんが怒鳴ると、水沢がまるで喧嘩でもするかのように彼を睨んだ。あ、あれは、火をつけたな。水沢は怒り出して心に火がつくと、人に啖呵切るクセがある。
 思った通り、水沢が園部さんに無理難題を言い放った。

「じゃあ教えてやるわよ! 私的イイ男はね、とにかく仕事できる男なの! 資産があろうが、自分を食わせる実力がないようなボンはお呼びじゃないのよ! 私をめろめろにしたかったら少なくともこの2ヶ月、毎日発注書10枚以上提出の上に、新規契約の一本でも取る事ね!」

 うわぁそれは、無茶だぞ水沢。笹塚だって20枚くらい発注書取れる日もあれば、6、7枚の日だってある。しかしそれは本人の実力というより、相手先の都合の問題だ。印刷するブツがなければ話にならない。ついでに言うと新規はよっぽどじゃないと取れない。昨今の印刷業界は殆どが大手に取られてしまっていて、なかなか継続顧客の獲得ができないのだ。低コスト競争で言えばどうしても大手に負けてしまう。
 だからウチは独自で開発した印刷技術や高品質を売り込んでいるのだが……。

 しかし、園部さんがその喧嘩買った! とでも言うように水沢に意気込んで来る。

「じゃあ水沢が言う通り2ヶ月発注書10枚以上、更に新規顧客獲得したら俺と付き合うんだな? めろめろになるんだな?」
「ええ、そこまで出来たらイヤでもめろめろになるわよ。いくらでも付き合ってあげるわ!」
「言ったな? じゃあ見てろよ! 俺の実力を見て腰くだけになるがいい!」

 バチバチと火花を散らす二人。
 ……あれ? 何で恋愛がらみの話が何時の間にか喧嘩モードに……。水沢と腰据えて話し合うと皆喧嘩腰になってしまうのだろうか。
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