猫神主人のばけねこカフェ

桔梗楓

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1巻

1-3

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 しみじみとキリマが頷き、美来は軽く笑った。キリマが母のシャンプーでうっとりしていたのを思い出したのだ。

「キリマもお母さんのシャンプーが好きだったんだね。私はシャンプーが下手だし、これからはキリマもお母さんにしてもらう?」

 決して雑にしているつもりはないのだが、不器用な美来はいつもシャンプーに苦戦していた。それなら母にやってもらったほうがキリマも嬉しいだろう。美来がそう思って尋ねると、キリマは慌てて振り返り、尻尾を立てて前足で美来の膝をフミフミと踏んだ。

「いや。俺は、美来がいい。お母さんのシャンプーは確かに体中から力が抜け落ちるほど気持ちいいけど、俺は美来がいいんだ!」

 何故かむきになったみたいに言うので、美来は「う、うん」と戸惑いつつ頷く。
 その時、すっかりくつろぎの体勢で伏せていたウバが、ぱたぱたと尻尾を振りつつ、美来に問いかけた。

「それにしても美来とお母さんは、一体なんの話をしていたのじゃ? わらわについて話し合っていた様子だが、猫かふぇとはなんだ?」

 美来はハッと思い出し、ポンと拳を手のひらに当てた。

「そうそう。その相談をしようと思っていたんだよ。猫カフェっていうのは、お客さんに猫を見てもらって、いやされながらカフェを楽しんでもらうお店のことだよ」
「ふむ。つまり、わらわがこの家に棲むには、猫かふぇでわらわみずから、人間の客に奉仕せよということか?」

 ムッとしたように、ウバが耳をピンと立てた。にわかには信じられないが、自分で『猫神』と言っている以上、彼女のプライドは高そうだ。そんなウバが人間に甘えたり、擦り寄ったりなど、できるとは思えない。
 美来はおずおずとウバの顔色をうかがう。

「やっぱり嫌かな?」
「当たり前じゃ! わらわがかつてやしろにいた頃は、人間がわらわに供物くもつを差し出し、ひれ伏しておったのだぞ。そんなわらわに労働をいるというのか。わらわがこの家に棲まうのが、どれほどありがたいか、わかっておるのかっ」

 案の定、ウバは怒り出した。
 やはりプライドが高いらしい。この様子では、ウバを無理矢理猫カフェに置いたとしても、客に迷惑をかける可能性があるだろう。考えれば考えるほど、ウバは客商売に向いていない。美来はひたいを押さえつつ「うーん」と悩む。

「でも、ウバを飼う条件が猫カフェだし……」
「それなら話は簡単だ。そいつを捨てたらいい」

 突如、冷たく言い放ったのはキリマだった。美来は「えっ」と驚いた声を出す。ウバも、金色の目を丸くしてキリマを見つめた。

「俺はかつて、その猫神に退治されて自分の力を失ったんだ。神は鬼をつものだから当然の話だが、力を奪われた鬼がちた場所は、地獄でしかなかった」
「キリマ……」

 美来は、膝の上で力なく呟くキリマの背中を撫でる。キリマは決まりが悪そうにうつむいた。

「猫鬼は普通の猫に比べてはるかに寿命が長い。俺は死ぬこともできないまま、毎日泥水をすすり、生ゴミを漁っていた。そんな俺を拾ってくれたのが、美来なんだ」

 遠い目をするキリマを、ウバが黙って見つめる。

「俺にとってこの家は、やっと見つけた安息の地だ。毎日おいしいごはんがもらえて、新鮮な水やミルクがもらえて、美来がそばにいる。俺はそれだけで幸せなんだ。だから、神だなんだとかしずかれて、毎日馳走をたらふく食ってたやつなんかと一緒に棲むのはごめんだ」

 フンッとキリマはそっぽを向いた。急激に場の空気が悪くなって、美来はあわあわと慌て出す。すると、ウバがノッシリと四本足で立ち上がった。

「そうさな。わらわとて人間に愛想を振りまいてまでここに棲みたいとは思わぬ。わらわに相応ふさわしいのは、もっとわらわをうやまう従順な人間であろう」
「まったくその通りだ。あんたを神様だとあがたてまつってくれる優しい人間様を探せよ」

 キリマのそっけない言葉にしかめ面を浮かべたウバは、まるで売り言葉に買い言葉のように「言われなくても探すとも」と吐き捨て、スタスタと出ていこうとした。
 焦った美来はなにか目を引くものはないかと探して、ソファの脇に置きっぱなしになっていたチラシを一枚取り、くしゃくしゃに丸めてウバの傍に投げる。

「ニャッ!?」

 神や鬼と言えど本質は猫なのか、ウバとキリマは揃ってパッとチラシに顔を向け、床にころがるそれを捕まえようとした。
 その瞬間、美来はオモチャ入れから猫じゃらしをサッと二本取り出し、チャキンと構える。さながら宮本武蔵みやもとむさしの二刀流である。得物は猫じゃらしだが。
 床を転がり、チラシを奪い合うウバとキリマの傍に走り、二本の猫じゃらしを突き出した。
 キラリと目を光らせたのはキリマ。初めて見るオモチャに驚くのはウバ。

「とうっ! 私の猫じゃらしを捕らえられるかな!?」

 美来は猫じゃらしを横に振る。小さな鈴のついたそれは可愛らしい音を立て、先端についた細長いリボンもウネウネと動いた。
 先に反応したのはキリマだ。ハシッとリボンを取ろうとした彼に、美来はサッと猫じゃらしを上げる。ウバは前足を伸ばして伏せの体勢になり、尻尾をせわしなく左右に動かした。

「ニャー!」

 ハンターの目になったウバが飛び上がる。美来は猫じゃらしを回してウバの前足を避け、次は床に猫じゃらしを置いた。そして蛇に似せてユラユラと動かす。

「ニャ」
「ニャ!」

 臨戦態勢で尻尾を揺らすキリマに、猫じゃらしを観察しているのか、ウロウロと歩き回るウバ。
 シャッとキリマが猫じゃらしに猫パンチを繰り出し、ウバは前足で猫じゃらしを踏みつけようとする。
 二匹の多段攻撃をさらりとかわした美来は、クルクルと猫じゃらしを回し、蝶々に見立ててリボンを宙でゆらめかせた。

「ニャァァァー!」

 ウバの巨体が跳ぶ。爪を立てた前足でかっさらうようにリボンを捕ろうとするが、美来の猫じゃらしは優雅にかわす。ドスンと衝撃的な音をさせ、ウバは床に転がり、すぐに体勢を立て直して猫じゃらしを睨んだ。その金色の瞳は爛々らんらんと輝いている。

(ふはは、かかりおったな。君たちはすっかり猫じゃらしのとりこよ!)

 美来は勝者の笑みを浮かべた。険悪な空気はどこへやら。今は二匹とも猫じゃらしに夢中だ。
 その後たっぷり十五分、美来は猫じゃらしでウバとキリマを翻弄ほんろうした。
 先に体力が尽きてフローリングに伏せたのはウバだ。ぺたんと四肢ししを投げ出し、背中をせわしなく上下させて「はぁ」と息をつく。

「……なんだこれは。わらわともあろう者が、つまらぬことで必死になってしまった」
「美来の猫じゃらしはたくみすぎるんだよ。止めようと思っても、目が、足が、勝手に動いてしまう」

 伏せってこそいないが、キリマも疲れたようにぐったりしていた。十分に猫じゃらしで遊んだ美来は「ふふふ」と笑ってオモチャを片付け、キリマの頭を撫でる。

「たくさん遊んで少しは落ち着いた? ウバはもう、うちの子なんだから、キリマは意地悪なこと言っちゃだめだよ」
「……だ、だってさ」
「だってはなし! キリマとウバに因縁いんねんがあるのは理解したよ。でも、だからといってウバを追い出していいはずはないと思う。だって、今のウバは、ひとりぼっちなんでしょ?」

 美来の言葉に、フローリングで伸びていたウバがピクッと耳を揺らす。キリマはなんとも言えない様子で美来を見上げた。

「神社で見つけたウバは、毛並みは荒れ放題だったし、目ヤニが溜まっていた。間違いなく放置されていた猫だったよ。昔は猫神としてあがめられていたのかもしれないけど、今は違うんだよね?」

 その問いかけに、ウバはそっぽを向いて黙り込む。だが、美来の言葉を否定しないということは、それが正解なのだろう。
 ウバは四百年もの間、山に棲んでいた。それがいつからか仲間もいなくなり、たった一匹になったのだ。
 ウバにどんな心の転機があったのかはわからない。でも、ウバは人里に下りてきた。そして人間を見下しながらも、美来に拾われたのだ。
 動物病院で大人しく処置されていた時の態度は、少なくとも美来を拒絶していなかった。ウバは拾われたいと思ったのではないか。
 美来はウバに近づくと膝をつき、優しく頭を撫でる。花代子が洗ったばかりの毛並みはフカフカで、なめらかな手触りが心地いい。耳をくすぐれば、気持ちよさそうに「うなあ」と鳴いた。

「ウバを拾った時、運命だって感じたよ。だって、出会い方がキリマと全く同じだったからね。キリマもウバと一緒だったよ。毛並みはぐちゃぐちゃで、下水のにおいがして、酷くすさんだ目をしていた。……だから、助けたいって思ったの」
「美来、それは」

 キリマがなにかを言いかけて、困ったように口をつぐむ。黒い尻尾をぺたんと床に伸ばして、三角形の耳を伏せた。しばらくすると思い直した風に顔を上げ、ねた様子で口を尖らせる。

「……それより美来、あんまりウバを撫でるな。俺も撫でろ」

 催促するみたいに、前足でぽしぽしと美来の膝を叩く嫉妬しっと深いキリマに笑いつつ、美来はウバに向かって優しく目を細めた。

「ウバ、うちに住みなよ。猫カフェって言っても、人間に愛想を振りまく必要はないんだよ。ただ、お店で過ごしてくれたらいいの。私がアルバイトしている猫カフェでも、猫たちは自由気ままにしているよ」
「だ、だが、ここに棲むとなれば、そこのキリマが嫌な顔をするだろう?」

 ウバが横目でキリマを見る。するとキリマは「ニャー」と不満げに鳴いた。

「そりゃ嫌に決まってんだろ。でも、美来がそこまで言うなら構わない。ここは美来のうちなんだからな」
「わらわがいても構わんと言うのか。かつてはおぬしの力を奪ったというのに」
「確かに、思い出すと腹が立つ。でも怒ったところで、奪われたものは返ってこない。おまえが美来の言うことをちゃんと聞いて大人しくするなら、俺はいいよ」
「……そうか」

 そっけない態度で返事をするキリマに、ウバが神妙に頷く。美来が二匹のやりとりを黙って見ていると、ウバは前足と後ろ足を交互に伸ばして立ち上がった。

「承知した。それなら、ここに棲むのもやぶさかではない。猫かふぇというものも、愛想を売らなくてよいのなら構わん」
「本当に? よかった!」

 美来がぱあっと満面の笑みになる。そんな彼女を驚いた目で見てから、ウバはコホンと咳払いをした。……猫が咳払いをするのを、美来は初めて見た。

「時に美来。その『猫かふぇ』というものは、結局のところ、猫が人間に接客するということなのか?」
「そうだね。お料理や飲み物を運ぶのは人間だけど、お客さんは猫を見にきているようなものだし、接客というのも間違ってはいないかな」
「つまり、猫が主役の店、ということか?」
「猫カフェっていうくらいだからね」

 美来が頷くと、ウバが「ふぅむ」とうつむく。やがてなにかを決心したのか、大きな尻尾を膨らませて、パッと顔を上げた。

「美来、それならば、わらわがその猫かふぇのあるじとなろう」
「はあっ?」
「へ?」

 美来とキリマの声が重なり、揃ってウバに注目する。
 ウバは自分の名案に満足しているのか、こくこくと頷いた。

「そう。主じゃ。働く猫どもを管理し、時に指導する上役の猫が必要であろう。わらわが主となって、その『猫かふぇ』とやらをおおいに盛り上げてくれようぞ」
「ちょっと待て! 俺は嫌だぞ! おまえの下につくなんて絶対反対だっ! それに猫カフェの主人は美来が……いや、美来のお父さんがなるはずだろ!」

 尻尾を立てたキリマが前かがみになって怒り出す。しかしウバは聞く耳を持たない様子でペロペロと前足を舐めた。そしてチラリと美来を見る。

「美来の『お父さん』……。つまり『お母さん』のツガイということか。そのツガイは、猫かふぇでどんな役割をになうのだ?」
「え? うーん。コーヒーや紅茶をれたり、軽食を作ったりする役割かなあ」

 もっと言えば、父親は喫茶店の経営者なのだから、キリマの言葉が正しい。だが、ウバは美来の説明を聞いてフッと鼻であざ笑う。

「なんだ。ツガイは単なる飯炊き役ではないか」
「め、めしたき……って」

 源郎が聞いたら怒り出しそうだ。源郎の名誉のためにも、ウバの認識を改めさせたいところである。

「わらわが猫カフェのあるじとなる。そこのキリマは従業員、美来はわらわたちの世話役兼給仕、そして飯炊きの『お父さん』。うむ、完璧な布陣であるなっ」
「待て! 勝手に俺を従業員にするな!」
「ところで美来、お母さんはなにをするのだ?」

 ニャーッと怒り出すキリマには目もくれず、ウバが尋ねてくる。はいしどうどうと、キリマの背中を撫でてなだめながら、美来は答えた。

「お母さんはフロアスタッフだよ。あとは、車で出前に行ったりしてるかな」
「ふむ。お母さんはわらわに至上のシャンプーをしてくれる崇高な存在だ。あまり負担をかけたくないので、美来は給仕に一層はげむがよいぞ」
「なんでお前がさっそく仕切ってんだよ!」

 ニャンニャンと手足をばたつかせてわめくキリマを抱き上げ、「しょうがないなあ」と美来はため息をついた。

「ウバを飼うための条件が猫カフェだからね。仕方ない、ウバを猫カフェの店主としてお迎えいたしましょう。ただし、あくまで裏の話だからね? 表の経営者はお父さんなんだから、店ではちゃんとお父さんの言うことを聞くように」
「そこはわきまえておるぞ。元々、わらわたちの存在は人間世界の裏側にある。影の支配者、縁の下の力持ちというやつであるからな!」

 ウバが二本足で立って仁王立におうだちになり、えっへんと胸を張った。ウバは基本的に傲岸不遜ごうがんふそんな態度だが、人間の前で声高に己の正体を明かすつもりはないようだ。
 それなら別に、猫カフェの店主を名乗ろうが構わないだろう。キリマは不満そうだが、ウバ自身が満足しているので、申し訳ないけれど我慢してもらうしかない。

「さて、うちが猫カフェになるなら、今のアルバイトは辞めなきゃいけないね。お店のメニューもリニューアルしたいし、お父さんやお母さんとも話し合わないといけないし、仕事もいっぱい増えそうだよ」
「まったく。俺は今までの暮らしで十分満足してたのに、なんでこんなことになってしまったんだ」

 美来の腕の中で、キリマががっくりと首を垂れる。

「キリマは災難だったね。でも私、正直言うとワクワクしているんだ。あの古くて流行はやらない喫茶店がどんな風に変わるんだろうっていう楽しみもあるし、大好きなキリマと一緒に働けるなんて、想像するだけでも嬉しいからね」
「み、美来……」
「だから、一緒に頑張ろうよ、キリマ」

 美来はピンク色をしたキリマの小さな鼻に、自分の鼻をツンと当てる。たちまちキリマはひげを震わせ、長い尻尾をだらしなく下に伸ばした。

「しょっ、しょうがないな~。み、美来がそう言うなら、俺も頑張るしかねえな~」
「ありがとう、キリマ!」

 ぎゅっと抱きしめて頬ずりする美来に、キリマはでれでれと脱力している。

「わかりやすいヤツよのう」

 ウバは嘆息まじりに、呆れた口調で呟いた。



   第二章 ばけねこディスカッション


 父、源郎の思いつきから始まった猫カフェ改装計画。ウバを飼う条件として、猫カフェの経営に協力すると美来が頷いてから一ヶ月が経った。話はころがるように進んでいて、資金調達から新しいメニューの考案まで、家族総出で忙しくしている。
 美来はといえば、アルバイト先である猫カフェのオーナーと話をして、月末をめどに辞めることとなった。
 そして新緑の季節。
 街路樹の葉が伸びやかにしげる、爽やかな快晴の日。
 シフトもあと少しとなったアルバイト先で、オーナーの桜坂さくらざかがパンケーキを焼きながらアンニュイなため息をついた。

「仕方ないとはいえ、うちの猫ちゃんたちは美来ちゃんに懐いていたから寂しくなるわあ。これからはお客さんとして、いつでも遊びにきてね。大歓迎するわよ!」

 オーナーの桜坂は立派な成人男性だ。
 スキンヘッドの頭には猫柄のバンダナが巻かれていて、筋骨きんこつ隆々りゅうりゅうの体はたくましく、『にゃんぽぽかふぇ』と書かれた可愛いシャツがはちきれんばかりである。相貌もいかついので、初見の客はぎょっとすることが多い。だが、桜坂はとても優しい人物である。そして心が乙女で、独特の話し方をする。座右のめいは『猫と筋肉は裏切らない』だ。
 この店に住まう八匹の猫はみんな彼に懐いているし、非常に可愛がられているということが、つやつやの毛並みや元気いっぱいの姿でわかる。

「オーナー、ありがとうございます。是非、遊びにきますね」
「待ってるわよ~。それに、猫カフェの経営についても相談にのるわ。色々とわからないこともあるでしょう?」
「そうですね。私は経営については素人しろうとですけど、お父さんが言うには、保健所から許可をもらうために、店内を大きく改装しなくちゃいけないみたいなんです。猫カフェを開店するのって、大変なんですね」
「そうねえ、自治体によって条件が厳しかったりゆるかったりするけど、衛生管理には気を付ける必要があるわ。それに、厨房ちゅうぼうは火を扱うから、猫ちゃんが入れないように作らなくちゃいけないの。ここ、重要なポイントね」

 美来は食器を洗いつつ「なるほど」と頷き、桜坂の言葉を心の中で繰り返した。猫にとって安全で快適な店づくりをしなくてはいけない。確かに、これは大切なところだ。

「そういえばオーナー。猫カフェの猫って、何匹くらい必要なんですか? うちは二匹しかいないんですよ」
「カフェの広さにもよるけど、二匹はちょっと少ないんじゃないかしら。猫って集中的に構うと嫌がるでしょ。それぞれの猫ちゃんが適度に自由でいられる数は必要だと思うわ」

 桜坂の言う通り、たった二匹では客の注目を常に浴びて、ストレスを感じてしまうだろう。

「でも、あの子たちは普通の猫じゃないしな……」
「美来ちゃん、なにか言った?」
「あっ、いえ、なんでもないです。えっと、他に気を付けなきゃいけないことってありますか?」

 美来がごまかすために聞くと、パンケーキを皿に載せた桜坂が「そうねえ」と宙を見つめる。

「あっ」
「はい?」
「いや、うーん、やっぱりいいわ。美来ちゃんはしっかりしているものね。大丈夫よ」

 奥歯にものが挟まったような言い方だ。思ったことをハッキリ口にするタイプの桜坂にしては珍しい。美来が首を傾げていると、気を取り直した桜坂が可愛らしくデコレーションしたパンケーキをカウンターに置いた。

「さっ、仕事よ! 美来ちゃん、これ三番テーブルね」
「はーい!」

 甘いホイップクリームがたっぷり載ったパンケーキには、猫型のビスケットがついている。美来はデコレーションが崩れないよう慎重に皿を持つと、客が待つテーブルに移動した。


 アルバイトが終わり、美来は自転車をいで帰路につく。
 桜坂は本当に美来の猫カフェを楽しみにしているらしく、様々な情報を教えてくれた。更に、とあるケーキ屋の紹介までした上、アポイントも取ってくれた。
 猫カフェとして改装すれば、客層も一気に変わるはず。今までは近所に住む高齢者が主な客層だったが、これからは女性客を中心とした戦略を考える必要がある。女性の好みといえば可愛くておいしいスイーツが定番だ。高品質のケーキは、リピート客を増やす重要な要素と言えるだろう。


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