ぽんこつ陰陽師あやかし縁起 京都木屋町通りの神隠しと暗躍の鬼

桔梗楓

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1巻

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   プロローグ


 三月十五日、丑三うしみつ時。
 場所は神奈川、工業地帯の片隅。俺――駒田成喜こまだなるきは古来よりひそかに継承された陰陽師おんみょうじの役目を果たすべく、果敢に怨霊と戦っていた。

「だからさ、俺はそう、本当は平和主義なんだよ。わかる? 和をたっとぶのだ」

 激しい戦いが繰り広げられている。
 低級の怨霊がどこからともなく現れては、次々と俺に襲いかかった。

「オリャー!」

 しかしその怨霊たちは着物姿の少年に軒並み殴られて、びゅーんと海に落ちていった。

「君も、そういう気持ちを持っていたはずなんだよ。だって同じもと出身の人間だからな」
「てりャー!」

 ぴょーい。

「うんうん、そうか。君は、いわゆる室町時代の人なんだな。ほうほう……そうか、今でいう落ち武者むしゃってやつかあ」
「ほあちャー!」

 ぴゅぴゅーん。

氷鬼ひょうきうっせえ。向こうでやれ!」
雑魚ざこ怨霊がオマエを狙うから、オレが倒してやってんだロ!」

 着物姿の少年――氷鬼が、猿のように顔を真っ赤にして怒り出す。

「この雑魚ざこどもは、この人を支柱にして力を得てるんだ。つまりこの人が消滅すると、雑魚ざこ怨霊はただの浮遊霊に戻っちまう」
「なるほど。それが困るから、執拗しつようにナルキを狙ってるわけだナ」

 と言いながら、氷鬼は俺に襲いかかってきた怨霊をベシッとチョップする。

「じゃあとっとと、どうにかしろヨー!」
「今どうにかしようとしてるだろ! うるせーから音立てずに戦ってくれ!」
「無茶言うナ! オマエがへっぽこだから代わりに守ってやってんだロ!」

 喧々囂々けんけんごうごう、氷鬼と言い争いをする。その時、今までの雑魚ざこ怨霊とは格が違うデカブツ怨霊が、どこからともなく現れて襲いかかってきた。

「たァッ!」

 氷鬼が跳び蹴りを食らわせる。しかしデカブツ怨霊は少しのけぞるだけで、他のヤツみたいに飛んでいかない。

「こいつ武者むしゃだ。黒くて見えづらいけど、昔のヨロイをつけてる」
「この辺一帯のボスって感じだナ。ようやく重い腰を上げたってわけカ」

 身軽な身体で宙返りした氷鬼は、地に足をつけるとバネのように跳ね飛ぶ。

「もしかして、こいつが落ち武者むしゃを利用して雑魚ざこ怨霊を呼び寄せたんじゃねえか?」
「その可能性はあるナ。アチョー!」

 なんか妙な叫び声を上げて、氷鬼がグーでパンチする。あいつ、また変な動画見たな。氷鬼の趣味は動画配信サイトを見ることなのだ。こんな子供のナリをしているが一応いにしえの時代から存在している鬼である。そのくせに、タブレット操作はお手の物。俺が汗水たらして働いている間も、配信アニメとか投稿動画とかを視聴してゲラゲラ笑ってるので、時折殺意が湧いてしまう。

「ナルキ、コイツはオレが張っ倒すから、そいつ、はやく『説得』しろヨ!」

 そう言って、氷鬼は武者むしゃ怨霊を軽々持ち上げると、工業地帯から走って離れていく。他の雑魚ざこ怨霊はまるで金魚のフンのように、ぞろぞろと武者むしゃ怨霊についていった。

「ふう」

 ようやく静かになった。この場にいるのは、俺と口数の少ない落ち武者むしゃ怨霊のみ。
 俺はその場であぐらをかき、静かにたたずむ怨霊と向かい合わせになった。

「さあ、話し合おうぜ。この世に未練を持つ、かつて人であった者」

 怨霊は暴れこそしなかったが、怒りや憎しみ、悲しみといった負の感情がただよっていた。
 当然の話だ。怨霊はうらみの霊。非業の死を遂げた者が憎しみの果てにたどり着く、悲しい結末のひとつ。
 だけど、怨霊ははじめから怨霊だったわけじゃない。
 かつて人であった時代があった。その頃は、当たり前のように喜び、幸せを感じたこともあったはずなんだ。

「なんでも聞いてやる。好きに話せよ。……俺はさ、陰陽師だけど、あんた達の話を聞くことしか、できないんだ」

 自分で言ってて、なんて情けない陰陽師だと笑ってしまう。
 氷鬼が俺を『へっぽこ』と言っていたが、まったくもってその通り。無能で無力、役立たずの陰陽師なのだ。ただ、怨霊の『声』を聞くことだけはできる。まぁ、こんなことは他の陰陽師でもできるだろうし、なんの自慢にもならないだろうけど。
 怨霊はしばらく戸惑ったような様子で黙っていたが、やがて、ぽつぽつと話し始めた。
 公家くげの流れをむ武士だったとか。妻と子供がいたとか。
 そして戦で負けて落ち武者むしゃとなり、命からがら逃げたものの掠奪りゃくだつい、妻と子供を目の前で惨殺され、すべてを奪われた。
 聞けば聞くほど、怨霊にもなっちまうよな、と納得してしまう壮絶な過去だった。
 俺は目をつむり、黙って聞いた。
 こうすればよかったという後悔を話された。そもそも戦で勝てさえすればよかったのだという恨み言も聞いた。
 心の吐露をすべて聞き終えるころ、その工業地帯は朝焼けに照らされていた。

「辛かったんだな」

 言うことがなくなったのか、黙ってしまった怨霊に、俺は話しかける。

「憎いやつ、いっぱいいたんだな。でもそいつらはもう、この世にはいない。やりきれない話だな」

 怨霊になれたというのに、本当に憎いやつらはあの世にいるのだ。こいつは怒りを向ける相手も見つけられず、ずっとこんな場所でくすぶっていたのだろう。

「奥さんと子供が、あんたを待ってる。まだ、行ってやらないのか?」

 その言葉に、怨霊がふるふると震えた。

「そろそろ行ってやれよ。何百年待たせてると思ってんだよ。間違いなく待ちくたびれてるぞ」

 呆れたように、笑って言ってやった。
 工場に張り巡らされた金属パイプに、朝の光が反射する。まぶしさに目がくらむと、怨霊の姿がふいに薄くなった。
 ――ア……アァ、オレ、ハ――
 怨嗟えんさにも聞こえる、低くうなるような声。でもそいつは、神に祈るように天をあおいでいた。
 ――オレ、ハ……タダ、キイテ、モライタカッタ……ノカモ、ナ――
 そう言って、怨霊は朝日に溶けるように消滅した。自分で滅びを選んだ――いや、会いたい人に会いにいったのだろう。
 ふぅ、と息をつくと、向こうのほうから「おーイッ」と氷鬼の声が聞こえた。

「あのヨロイ武者むしゃ、いきなり消えたゾ。そっちは片付いたのカ?」

 てくてくと歩いてくる。あんなデカブツと切った張ったしてたはずなのに、ピンピンしているところが、なんとも鬼だ。

「ああ、今、旅立ったよ」

 俺は天をあおぐと「あ~」と叫んで、その場であおむけに倒れる。

「一晩中ずーっと陰気なオッサンの愚痴ぐち聞かされた! どんだけめてたんだよアイツ。すげえ疲れた!」

 愚痴ぐちを聞くのって結構疲れるのだ。へたなこと言えないし、ひたすら相づちを打つことしかできない。世の中のカウンセラー、君たちはすごいぞ。俺は絶対なれねえ。

「ははっ、ナルキはソレしか取りがないからナー」
「ほっとけ」

 九字くじを切ろうが符を投げようが、俺の陰陽師としての攻撃力は皆無に等しいのである。
 できるのは、怨霊の声を聞くことと……身を守る符や、治療符の作成くらい。そこが得意でも、怨霊を倒せなければ無意味なのだ。
 俺は、こうやって辛抱強く怨霊を『説得』することでしか、彼らをはらうことができない。
 断言してもいい。俺以下の陰陽師はいない。ヘボ陰陽師選手権があったら一位をる自信がある! はっはっは……悲しい。

「あのデカブツ武者むしゃは、元は雑魚ざこ怨霊だったんだろうな。落ち武者むしゃ怨霊から、力を奪い取っていたんだろ」
「なるほどナ」

 氷鬼が納得したように頷いて、俺と同じようにゴロンとその場で横になる。

「はあ、でもまあ、なんとか怨霊にはご退場頂いたし、とっとと帰って姉ちゃんに報告すっかー」
「ナルキの姉ちゃんって、オレよりも鬼みたいだよナ。こんなへっぽこを笑顔で怨霊スポットに送り込むんだかラ」
「愛のむち! とか言ってるけど、姉ちゃんは俺をいじめるのが趣味だからな」

 なんとも嫌な姉である。でも、どうしてか姉ちゃんの命令には逆らえないのだ。行けと言われたらどんな怨霊渦巻く死地でも行くしかない。実はなんらかの強制符でも貼られているのではないかと思って身体中調べたこともあったが、特になかった。
 多分、幼少のころから俺にとって姉は魔王だったので、なんというか、言うことを聞くしかないと魂にり込まれてしまっているのだろう。
 でもまあ、悪い人ではない。多分。アドバイスとかくれるし、時々いいこと言うし。

「よしっ、帰るかあ!」

 俺は最後の力を振り絞って疲労した身体を起こし、工業地帯を後にした。



  

   第一章 木屋町通りの神隠し


 さて、陰陽師という単語を聞いた時、人はどんなイメージを思い浮かべるだろう?
 古代のまじない師。式神を使って悪鬼を退治する退魔師。例えば、安倍あべの晴明せいめい蘆屋道満あしやどうまんは陰陽師を代表する人物だ。
 しかしどんなイメージにしても、陰陽師は物語の中の存在に過ぎないというのが、現代に生きる人の通説。
 忍者や武士と同じように、過去にあった職業でしかないのだ。
 いや、むしろ伝承のほとんどが眉唾まゆつばものだと思われているかもしれない。だって怪異をはらうのが仕事なんて言ってみろ。一気に危ない人に認定されてしまう。頭がおかしいとか、変な宗教に入ってるとか言われて、奇妙な目で見られてしまう。
 だが、俺――駒田成喜の家系は、そういうおかしい部類の家だった。
 正真正銘、陰陽師の家系なのである。
 だから、幼少の頃から陰陽道を学んだ。霊符や形代かたしろの作り方、印の結び方、星の読み方、様々な教育をほどこされた。
 しかし、悲しいことに俺は陰陽師としての才能が皆無だった。
 幾度か怪異をはらわなければならない場面に出くわしたのだが、俺は一度として悪鬼や怨霊を退治することはできなかったのだ。
 結局、俺は陰陽師という特殊な家の末裔まつえいだっただけで、自分自身はなんの変哲もない、特別な力などまったくない、平凡な人間だった。
 父はさじを投げたし、俺も現在、陰陽師とはまったく関係ない仕事にいている。
 知識があろうと、特別な勉学に励もうと、才能がなければ意味がないのだ。そして人は生きるために食い扶持ぶちを稼がねばならない。俺は身の丈に合った人生を選んだのだ。
 そもそも、陰陽師を生業なりわいにして食っていける時代ははるか昔に終わったのである。
 安倍晴明のような素晴らしい才能を持つ者など、この世にはもういない。
 ――そう、思っていた。 


 話はガラッと変わるけれど、売れないライターにとって大事なのは、持続性のあるメシの種だ。単独でスクープをピックアップできたら一気に波に乗れるだろうけど、現実にはそううまい話は転がっていない。
 俺の仕事はライティングだ。スクープひとつ取れない雇われライターだけど。
 昨今は、ネットで仕事を請け負うフリーライターや、本業のかたわらでペンを取る副業ライターが主流みたいだけど、俺は運良く出版社に拾われた専属ライターである。
 グルメや美容、観光スポットを取材して記事にしたり、うちの出版社が出している週刊誌のひと枠を賑やかしたりするのが主な仕事だ。
 これらの仕事がつまらない……というわけではないけれど、グルメや美容の記事が書きたくてライティングの職業にかじりついてるわけじゃないんだよなと、漠然とした不満は抱いている。
 運良く俺のところにスクープが転がり込んでこないかな、なんて夢を見ているけれど、現実は厳しいものだ。人生とは、宝くじでも当たらないかぎり、地道な積み重ねしかないのである。

「もしもし、あ、姉ちゃん?」

 都内にある出版社に向かう途中、俺は駅のホームで姉に電話をした。

『連絡がおそーい! 生きてるか死んでるかくらい、昨日のうちに言いなさいよ』

 のっけからこれである。人をあんなヒデーところに派遣しておいて、おつかれさまの一言もないのか、この鬼姉おにあねは。

「昨日は疲れたから、家帰ってすぐ寝たんだよ。てか、死んでたら連絡できねーし」
『陰陽師の端くれなら、黄泉よみの国から声を飛ばすくらいの離れ技しなさいよ』
「無茶いうな! 俺はあくまで一般市民なんです」

 は~とため息をつく。

「あんなに怨霊が溜まってるなんて想像もしてなかった。姉ちゃん、実は俺を殺す気だろ」
『そんなわけないでしょ。氷鬼くんもいるんだし、大丈夫だと思ったから行かせたの。星の巡りを読んでも、ナルくんに凶のきざしは見えなかったからね』
「あっそう……」

 急に脱力してしまい、カクッと肩を落とした。
 俺が言いたいのはそういうことじゃないのだ。怨霊を攻撃する術を持たない陰陽師モドキの一般市民を危ない目にわせるなと言いたいのだ。でも姉の占いで俺の身が危うくないと示されたのなら、どう転んでも命の危機にはおちいらなかったんだろう。
 姉の占いは百発百中。外れるということがない。

「でもそれが分かっていたなら、最初からそうだと言ってくれたらいいのにさ」
『わかってないわね。私が占いの結果を口にすることで、運命が悪い方向に変わる可能性だってあるのよ。危機がせまっているなら忠告するけど、安全だと出ている占いなら、わざわざ言う必要ないでしょ』
「俺の心が安息を得るためには、言ってほしい情報だったけどな!」

 終わりよければ全てよしというけれど、実際に、怨霊渦巻く危険地域におもむく俺の身にもなって頂きたい。

『とにかくお疲れ様でした。報酬は、いつもの銀行に振り込んでおくからね~』
「まいどどーも。でもさあ、いつも思うけど、これ俺がやる必要ないよな。知り合いに腕きの陰陽師とかいねーの?」
『いたら即行頼んでる~! 今や陰陽師なんて絶滅危惧種なのよ。天然記念物なんだからね~!』
「俺はトキかっ」
『うーん。トキほど孤高の存在感はないね。残念だけど……ナルくんはカワウソとかオオサンショウウオってあたりかな』
「それはけなしてるってことだな?」
『ラブリーということよ。カワウソ可愛いでしょ』
「まったく嬉しくない!」

 俺が怒ると、姉はケラケラと笑った。

『氷鬼くんにもお礼を言わないとね。毎回うちの愛弟あいていを守ってくれてるわけだし。今度おいしいごはんをごちそうしてあげなきゃ』
「お~。なんか最近、クレープを食べたがってたぞ」
『クレープ? へ~、そういうところ、鬼のくせにラブリーね。飼い主に似るのかな?』
「はいもう切りますね~!」

 半ギレで怒鳴る。ラブリーと言われて喜ぶ男がどこにいるのだ。いや、いるかもしれないが、俺は嫌なのである。
 丁度いいタイミングで、電車が到着した。

『そういえば、今はお外にいるの?』
「うん。編集長に呼ばれたんだ。どうせ細かい雑用だろうけど」
『なるほど。しがない雇われライターは大変ね。頑張ってね~社会人くん』
「へいへい、クビにならない程度に頑張るわ」

 そう言って、俺は電話を切った。
 ふうと息をついて電車に乗る。ガタゴトと揺れる車内、窓の景色を眺めつつ――
 俺は陰陽師の仕事をするより、ライターのほうがずっと楽なんだけどな、と思った。


 俺が所属する出版社は、都内某所にあるビルの一室にある。入り口のドアを開けると、むわっと煙草たばこのにおいが広がった。

「おう駒田、来たか。すまんな~。校正の原稿がたまってるんで、ちょっくら見てくれねえか。担当の戸田とだが入院したんだよ」

 編集長のくれさんが、デスクで原稿にペンを走らせながら言う。

「いいっすよ。戸田さんって、今妊娠してるんですよね」
「そそ。切迫早産の危険があって、昨日の夜から入院したんだ。まあ、そこまで深刻じゃないみたいだけどな。電話の様子でも元気にしてたし」
「そっか。それならよかったです」

 デスクにつくと、原稿に目を通し始めた。
 ちなみに、うちの出版社はとても狭い。十畳あるかないかというスペースに、オフィス用デスクがすし詰めのように並んでいるわ、壁という壁は本棚やロッカーが置いてあるわで、人の行き来するスペースがほとんど無い。あとヤニとコーヒーのにおいがすごい。
 しばらく作業に集中する。テレビでは、おなじみのワイドショー番組をやっていた。

『近頃世間を騒がせている京都連続行方不明事件は、いまだ解決の糸口が見つかっていません。警察は総力を挙げて捜査していますが、進展は一向になく……』

 あれ、またこの事件だ。毎日毎日飽きもせず、ここ最近はどのワイドショーもこの難事件を話題にしている。

「今日、新たな行方不明者が出たらしいな」

 呉さんがテレビをチラと見て呟いた。

「朝のニュースでやってましたね。これで十人目ですか」

 ――『京都神隠し事変』。
 今、京都で起きている不思議な事件のことを、SNSなどではそう呼称している。
 事件の内容は読んで字の如く、京都で行方不明者が続いているのだ。
 二ヶ月前、高校二年の家出少女が行方不明になった。親が捜索願いを出して警察が動き始めた頃、次は大阪に住むカップルが京都に遊びに来た時、同時に行方知れずとなった。
 そして、主婦、高齢者の男性、サラリーマン、Webデザイナー……、性別も年齢も職業も全てばらばらな人達が次々と姿を消していく一方、事件の捜査は難航している。

「こういう事件に関わってみたいなあ。運が良ければ大スクープを掴めるかもしれないし」

 今、最も脂の乗っている事件だ。ライバルは多いだろうけど、ライターとして成功する秘訣は当たって砕けろだと思う。

「呉さん~。俺、京都に行ってこの事件を追ってみたいです~」

 冗談半分で言ってみた。先ず間違いなく『何言ってんだバカ』と一蹴いっしゅうされるだろうけど、言うだけならタダだ。

「あ~? そんなもん追えるわけないだろ。警察だって苦労してるくらいなんだぞ。しがないライターが運良く真相にせまれるのは、ドラマの世界だけなんだ」

 ほらやっぱり。
 呉さんが夢も希望もないことを言う。言葉のナイフがグサグサ刺さって痛いなあ。

「どうせ京都に行くなら、もっと読者が飛びつきそうなネタにしろよ」
「連続行方不明事件も十分飛びつくと思いますけど?」
「そういうシリアスなのじゃなくて、もっと軽く読めるネタってことだよ。ほら、ちょっと前に話題になっただろ。タコとイカのペテン師とか、そういう名前のやつ」
「……『蛸薬師たこやくしの占い師』、ですね」

 タコしか合ってねえ。
 蛸薬師たこやくしの占い師は、一時期話題になった人だ。なんでもその占い師に相談すると、自分の望む性格に生まれ変われるのだという。誰が聞いても胡散臭うさんくさい話だ。
 それに話題になったといっても、週刊誌でちょっとネタにされたくらいである。俺も、どうせ新興宗教かスピリチュアル商法に引っかかった『信者』が、大げさに吹聴しているだけだろうと思って、まったくに受けていない。

「占い師で言うなら、俺の姉ちゃんのほうが話題にしやすいんじゃないですか」
「ああ、『星辰せいしん卜者ぼくしゃ』か。そうかもしれんな。でも、連続行方不明事件なんて取材に行ったところで大手のマスコミが幅をかせてるし、門前払いが関の山だぞ」
「うう~それを言われると諦めるしかないんですけど!」

 俺は渋面を浮かべて唇をとがらせた。すると、呉さんがぷっと噴き出す。

「面白くないって顔に書いてあるなあ。ほんとわかりやすいヤツだ」
「ここ一年くらい、ずーっと同じようなグルメやダイエットの記事ばっかり書いてたら、そりゃこんな顔になりますよ」

 刺激が足りない。仕事がつまらない。……まあ『飯の種』に面白いも面白くないもないんだろうけど。
 俺がムスッとした顔をしていると、呉さんが「確かになあ」と頷いた。

「仕方ない。最近はヘルプの校正もよくやってくれてるし、たまには取材ルポもいいか。経費半分でいいなら行ってきていいぞ。ただしメインは、京都グルメとおすすめ穴場スポットを調べてくること。それからタコ焼きの占い師もよろしく」
「だから蛸薬師たこやくしですって」

 呉さんにツッコミを入れつつも、取材の許可が下りたことはとても嬉しい。
 彼にはこういう心意気があるから、俺は薄給ながらもこの会社を辞めずにいるのだ。
 確かに、京都は鉄板の人気ネタである。それっぽいことを適当に紹介するだけでも読んでもらえる、安定の話題性がある。
 うちで出してる週刊誌は最近マンネリ化しているし、呉さんとしては、ここらでいっちょ京都人気にあやかろうと考えたのだろう。
 名目はグルメと面白ネタの取材だけど、それさえやれば、あとの時間は好きに使っていいのだ。よし、せっかく巡ってきたチャンス。うだつのあがらないライターからちょっと売れるライターにレベルアップするためにも、ちまたを騒がす行方不明事件になんとしても食らいついてやる!
 俺は握りこぶしを作って気合いを入れるのだった。


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