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三話 午前三時の恋人
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しおりを挟む「う……」
首を振って南部は目を覚ました。部屋を見回すと、昨日休んだ舘林家の客間だった。
しかし、隣に寝ていたはずの一穂の布団の中はもぬけの殻だった。
一穂はもう起きたのだろうか。南部は起きようとしてふらつく自分の体に戸惑った。変に体がだるい。頭も重い。
しかし、南部にはそれよりも気になる記憶がある。途切れ途切れの夢のような、現実感の無いそれが心に引っかかって仕方が無い。目の前にある。しかし手を伸ばして掴もうとするとするりと指の間から逃げていってしまう。
それは翌朝、舘林家を蘇芳と美統と一緒に辞して後、日を追う毎に強く鮮明になった。
***
館林家を辞した蘇芳と美統は、車の中で一切無駄話をしなかった。
夜になって、美統は蘇芳のもとに忍んで行く。部屋の外から声をかけると蘇芳は黙って部屋の戸を開けた。美統はスッと部屋の中に滑り込んで布団の側に正座した。蘇芳が部屋の戸を閉めて美統の前に正座する。しばらくそのまま二人黙って畳の目を数えた。
「蘇芳さん…」
沈黙に耐えかねて美統が口を開いた。蘇芳は顎を引き、ため息をついた。
「分かった。私の負けだ」
美統は首を傾げる。
「勝ちとか負けとかじゃなくて……」
「分かっている。そんな事はどうでもいい事なんだ。美統」
蘇芳は真直ぐ美統を見た。
「私はお前が好きだ。他の何にも代え難いと思っている」
「蘇芳さん……」
二人はそのまましばらく見詰め合っていたが、やはり美統のほうが先に手を伸ばした。おずおずと、蘇芳の腕をつかみ引き寄せた。抱きしめると蘇芳は美統の腕の中に納まった。
蘇芳の体からよい香りが漂ってきて、美統の意識は火が点いたように燃え上がった。美統は夜明け前に言われたことも忘れて、蘇芳を布団に押し倒した。唇を求めたが今度は逆らわずに受け止めてくれた。
「蘇芳さん……、蘇芳さん……」
うわ言のように何度も言いながら蘇芳の体中に手を這わす。蘇芳の中心がもう興奮しているのを知ってそれに指を絡めた。
「ああ……」
蘇芳はため息のような声を上げて、自分も美統の高ぶったモノに手を添えた。何度もキスを交わしながら二人で上りつめていった。美統は蘇芳の手の中で弾けた。蘇芳も美統の手の中で弾けた。しばらくそのまま二人抱き合っていた。
「蘇芳さん」
はじめに声を出したのはやはり美統だった。
抱きしめてもう一度キスを仕掛けてくる。美統が腰を押し付けてきて、蘇芳は美統の下半身がもう充実しているのを知った。
蘇芳はため息をついてそれから笑った。乱れた黒い髪が白い肌に絡まる。陶器のような蘇芳の肌は、先ほどの遂情で仄かに色付いていた。
「いいんですか……?」
耳朶に唇を寄せて聞く。
「聞くな、そんな事……」
蘇芳の返事に待ちかねたように、美統は布団の下に手を入れて、用意していた薬を取り出した。
「お前……」
蘇芳があきれたように言う。
「南部が医学部なんです」
蘇芳の後ろにせっせと薬を塗り込みながらも、美統は蘇芳を押さえつけて離さない。
「お前が受けろと言わなかったか?」
切れ長の目が睨みつける。美統の指がどこに当たったのか、少し体を捩って喉声を上げた。細い首が反り返って、溜まらず美統は首に噛り付いた。
「だって蘇芳さんは口ではそう言っても、絶対僕に譲ってくれるもの」
ずっと大事にしてくれた、だから自分も大事にしたい。己の手で。
「ん……」
蘇芳の唇から吐息が漏れる。頃合と見て美統はゆっくりと蘇芳の中に侵入を開始する。大事に傷つけないよう。蘇芳が協力してくれるのが嬉しい。
「全部入りました」
美統の報告に蘇芳は涙目で眉を顰めている。苦しいのだろう。ゆっくりと動き出した。蘇芳は美統の体にしがみ付く。蘇芳のきつい締め付けに美統はあっさりと果てた。
蘇芳の体を掻き抱き「僕のものだ」と宣言した。蘇芳は何か言ってやろうかと言葉を探したが、茶色の目で嬉しそうに覗き込んでくる美統に何も言えず、ただ抱き返した。
年上であることにずっと拘っていたけれど、とんだ回り道だったと思ったし、回り道もいいかとも思った。
そのまま二人抱き合って朝まで過ごした。
***
館林詩織が美統のもとにやって来たのは、それから二月ほど経ったある日のことだった。
詩織は言いにくそうに切り出した。
「あの……、あの日、何かあったんでしょうか?」
「何かって……?」
美統は呑気そうに聞き返した。この頃世界はバラ色で、何を見ても心が弾む。ましてや恋人との仲を取り持ってくれた依頼人に対しては尚更だ。しかし、当の詩織は上の空であった。
「この頃、南部さんの様子がおかしくて……」
詩織は一旦言葉を切って、それから続けた。
「一穂も、何か変だし」
美統は慌てた。南部の様子は確かにおかしかった。
しかし「忘れられないんだ……」とため息をつく南部に「いいんじゃねえの、コクれば」と、恋に浮かれて上の空で勧めたのは美統だった。
それからどうやって口説いたのか「今日、一緒に墓参りに行くんだ」
そう南部が言っていたのを美統は思い出した。
「わ、分かりました。僕、南部と話してみます」
美統は慌てて詩織から逃げ出した。
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