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七章 コルベルク公国編
54 次は魔領に
しおりを挟むクリス殿下は国王陛下を表敬訪問してコルベルク公国の現状について話した。
「そうか、又従兄弟のあの男が……」
「ご存知ですか」
「使節団のひとりとして、この国に来たことがある。仕事もせず遊び惚けておった。どこの国にもひとりはいるものだと思っていたが」
国王はしばし苦虫を噛み潰したような顔で口を引き結んだ。
「国が落ち着いたので葬儀をしたいと存じまして、父上にも参列いただければと」
「そうだな。葬儀に行けるだけましなのだな」
「私の戴冠式までゆっくりして頂きたい。親孝行もしておりませぬし」
「それが、こちらも行事を抱えておってそうもなるまい」
いったん言葉を切った国王が語る。
「コルベルク公国の隣にあるブルグントの国なのだが、跡継ぎが絶えてしまった国があるのだ。その方が統治せぬか」
「父上は」
「そこはノイジードルから離れておる。飛び地を統治する国もあるが、国民には迷惑なことよ。幸いお前の所ならコルベルクとそう変わらぬ民族故、違和感もなく迎えられるだろう」
「ですが」
「ブルグンドは元々の出発地の国に戻るだろう。ブルグンドが併合した国々は自分で立ち上がったり、纏まったり、近隣諸国に吸収併合されて行くだろう。問題はその後のことよ。争いはできるだけ避けるようにしたいものだ」
「さようでございますね」
「葬儀には行こう。戴冠式はエアハルトに任せてみたいからな」
「ありがとうございます」
エアハルトには婚約者ができた。ブルグントにあった辺境伯家の令嬢だという。赤い髪で気の強そうな令嬢である。弟は尻に敷かれるかもしれない。
「兄上も私の婚姻の義にはおいでください」と母親に似た柔らかな物腰の弟を見る。
「分かった」
* * *
共同事業の方向付けをしているところにクリスティアン殿下が帰って来た。
「これお土産に頂きました」
梨奈が見せたのはウィンプルの新鮮な切り身だ。ウィンプル料理に使う新たな香草もリザートイドに教えてもらって持って帰る。
シドニーやギードたちは、もう暫らく様子を見てから引き上げるようだ。
彼らに任せて帰ることにする。
西の森に着くとダールグレン教授が「このまま魔領に行こう」と言い出した。
「あ、行くーー」
すぐに嬉しそうに返事をする梨奈の顔をチラと見て不服そうな顔をする殿下。こんなに一緒に居るのに相変わらずで、嬉しいのだろうか、安心すればいいのだろうか、それとも、もっと頑張って──、何をすればいいのかしら。
イマイチ、方向性が見いだせない。チラリと隣にいるスライムを見る。マリアの姿は止めて、可愛いエルフに戻っている。
『オイラも行くの―』
「そうね」
ジェリーはエルフの姿になると可愛い。思わず頭に手を置いて撫で撫でしてしまう。可愛いエルフは目を細める。ああ、ネコみたいで可愛い。
クリス殿下は少し渋い顔をしたが「分かった行こう」と頷く。
教授の転移で魔領に飛んだ。
結局いつものメンバーだ。
* * *
魔領に着くと、ジジの墓標兼、真実の愛の碑の周りは、遊歩道やベンチ、果てはブランコなど綺麗に整備されて、遊歩道の向こうに大きな建物が出来ている。
ベルナドット伯が相変わらず気安い様子で出迎えてくれた。
「やあやあ、お揃いでようこそ」
「お忙しい所をありがとうございます」
「こんにちは、お邪魔するよ」
一通り挨拶を済ませて、聞く。
「ここ、立派になりましたね」
「ああ、そうなんじゃ。陛下がここにゲートを作ると言われたので整備をしているんじゃ」
「それについて色々お話したい事が」
「うむ、そろそろ来られると言うておられたぞ」
「お見通しですね」
一応来る前にちゃんと連絡をして確認してある。魔王様もお忙しいだろうしご予定もあるだろうし。
ベルナドット伯の案内で魔王城に行くと、玄関まで出迎えて下さった。
魔領にいらっしゃる時は魔族の皆さまは基本魔族の姿だ。立派な角に薄い紫の肌、赤い瞳、それでも、魔王様はご立派でとてもお綺麗でいらっしゃる。
応接室で早速クリス殿下が話始める。
「街づくりについて相談を。それと、西域に行く時にご一緒願えるだろうか」
「我が娘の事なれば易い事」
「感謝申し上げる」
「リナ、息災か」
「はい」
魔王様は梨奈の頭に手を置いてクシャッとする。
「まだ子供じゃな」
子供と言われてちょっと拗ねる。
「まあよい」
優し気に微笑まれると顔が赤くなってしまう。
あとは宴会になった。
「そういえばジジの弟のババが来たのよ」
「ああ、そう言っていたねえ」
ジョアンナ女侯爵が思い出すように上を見る。
「それが、お菓子作りが得意で、みんながすっごく喜んでねー」
ババが来て、梨奈が一番喜んだかもしれない。
「お土産を託ったの。これ、焼き菓子、クッキーとかパイとか」
「おお、こんなにたくさん」
山盛りの焼き菓子を出すと、結構甘党の人も居るのか喜ばれた。ババも魔境から出なくて良かったんじゃないのかなと、梨奈は思うのだが今更手放せないし。
「あ奴は戦闘はからきしで、魔境から出て行ったが、こんな特技があったんじゃのう」
ドナティエン公爵が感心して言う。
「ジジの一族は戦闘魔族だからねえ」
「一族が五月蠅いと居づらいのじゃ」
「ジジとババの他に誰かいるの?」
「後は年寄ばかりだな」
「……へえ」
お菓子作りを勧めて良かったのかしら。たった一人の跡取りを奪ったような。何だか悪い事をしちゃったかな……。
「その内眷属を作るじゃろ」
ジョアンナ女侯爵がバンバンと肩を叩く。相変わらず力が強い。
「そんなものなのですか」
「そんなもんじゃ」
ベルナドット伯が食べ物をすすめて、アバダー卿がお酒を勧めてくれる。
魔族は寿命が長い所為か悠長だ。
クリス殿下は魔王様とダールグレン教授と話している。
「公都を移転しようと思って、良き土地を探しているのだが、肝心の元の公都におかしな者がいる上、ブルグンドの血の絶えた国をひとつ賜ることになって」
「そういうゴタゴタはよく起こる。そこは山の手前の狭い盆地であるし、コルベルク公国と似たような民族がいる。国境を接しているから仕方があるまい」
「やっとアレを追い出したと思ったのだが」
クリス殿下はコルベルク侯爵とのいきさつを話す。
「ほう、リザートイドか」
「城に囚われていて、コルベルク侯爵が我々と戦わせようとした」
教授がリザートイドの首に嵌めていた隷属の首輪を魔王様に見せている。
「これはリザートイドには効かぬのう」
「はい、お陰で戦わずに済みました」
「そうか、これはブルグンド製だな、ジジの作った物を模倣した劣化版にみえる」
ジジはそんなモノまで作っていたのか。
「彼らも力はあるが、大人しい種族だ。かなり数が減じていると聞いたが」
「そうなのか。行きがかりで保護したが、どこかに棲まう地はないだろうか」
「人は集まる所に集まる」
「まあそうなのだが……」
「まあ、見守ってやるがよい。女神が救ったものなれば」
「分かった」
三人が梨奈を見やって頷く。
(ちょっと待って、私は救っていないと思うんだけど。ていうか、攻撃しかけたよね)
アレで救ったことになるのだろうか。
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